河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

2144- ブルッフ1協、カプソン、展覧会の絵、スラットキン、リヨン管、2016.6.30

2016-06-30 23:56:09 | コンサート

2016年6月30日(木) 7:00pm サントリー

ブラームス 悲劇的序曲  13′

ブルッフ  ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調  9+8+7′
  ヴァイオリン、ルノー・カプソン
(encore)
マスネ タイスの瞑想曲 (オーケストラ伴奏つき)  6′

Int

ムソルグスキー(ラヴェル編、スラットキン編) 展覧会の絵 36′

(encore)
オッフェンバック  ホフマンの舟歌  3′
スラットキン  ツイスト・カンカン  3′


レナード・スラットキン 指揮 フランス国立リヨン管弦楽団


リヨン管を初めて聴いたのは出来て間もない頃、セルジュ・ボドとの来日公演でした。
971- セルジュ・ボド リヨン管弦楽団 初来日 1979.4.26
まだまだというところでしたね。


スラットキンとの演奏は肩の力が抜けたもので日常普段の地元公演の延長のような雰囲気。楽しそうにしゃべったり、周りのプレイを見ていたり、はたまた、真剣そのものといったかたなど、色々と楽しそうだ。
ブラームスの1音目、音がでかい。分厚い16型の本格派演奏。スラットキンも言っているように、この時代、フランスのオーケストラがブラームスをやるのは意外なんてぇのは時代遅れと。インターナショナル化は時代の波。
この演奏聴きごたえありましたね。巨大な序曲でした。
スラットキンのバトン・テクニックはもはや世界最高峰で、このような棒さばきを楽々とやってのける指揮者はめったにいない。ちょっと見には小さめの何気ない棒にしか見えないのだが、作品を完全掌握していてピンポイントの筆の運びには驚嘆する。瞠目です。譜面無しのムソルグスキーではますますさえわたるものでしたね。
オーケストラのサウンドは分厚いものですが、なんというか、一つの音程に幅がある、奇妙な話ですがピッチがあっていないのではなくて、その幅の振幅の中であればどこをどう動こうとも安定したピッチで悠々と自在に動き回れる、そのような極めて不思議で、ある意味、許容範囲が広く楽天的になれる、そんな雰囲気が濃い。逆に言うとその幅の分、ミスする確率がどんどん減っていく、ので、気持ちに余裕が出ていて、いわゆるいい音楽をずっとしていられる。彼らの日常ですね。普段の演奏がこんな感じで形作られている。それがそのまま出てきている演奏でした。聴く側の日本人にとってはちょっと緊張感足りないんじゃないかと言う人がいても不思議はないですね。これは、世界の違い、ですから、つべこべ言っても始まらない。

次のコンチェルト、カプソンの濃厚で堅実な歩み、音に出さなければお話にならないと、ホール全体に密度の濃いヴァイオリンサウンドが響き渡りました。高音域から低音まで均質。まだら模様の音ではない。きっちりとバランスされた響きが素晴らしい。ブルッフをやっているというよりも、物足りない曲で、曲より演奏の方がやたらと巨大。もっと歯ごたえのある作品を聴きたかった思いもありますね。アンコールはオーケストラ伴奏つきで、ここらへん、やっているほうも同じような思いがあったのかもしれませんね。これまた本格派の演奏となりました。
カプソンは昨年一度接しました。
1753- ソヒエフ、トゥールーズ・キャピトル国立管、2015.2.21


後半は、ラヴェル編曲+スラットキン編曲の展覧会の絵、聴いたこともないような響きが散見され面白かったですね。
スラットキンの弁によると、ラヴェル以外の編曲が35もあって、ラヴェル以前の編曲も3個ある。ラヴェルが編曲に使ったスコアはあまり正確ではなかったということが知られており、自分は、よりムソルグスキーのオリジナルに近づけるような編曲をした、とのこと。

棒の動き無くざっくりとトランペットの吹奏で始まった展覧会の絵は、杞憂の無いもので、だいたいこのスタンスが最後まで続く。まぁ、リラックスの極みですね。
音色は少しザラザラと明るく、ブラームスのところで書いたピッチの雰囲気と同じ。音はでかいというより横幅があり、本当に横広な広がり。臆面なくすべてさらけ出す。
スラットキンの棒はますます冴えわたり、まぁ、魔術師みたいなもんですね。あのバトンだとプレイする方もあまり頑張らずとも正確に音を出していけるでしょうね。凄いもんです。
スラットキンの編曲の妙、屈託のないオーケストラ・サウンド、指揮者のバトン・テクニックの凄さ、色々と、大変に楽しめました。

アンコールはスラットキンがこっちを向いて、2曲やりますからね、と宣言。最初のピースで拍手がパラパラ起こりましたけれども、とりあえずはポーズの拍手を拒んだ感じで2曲連続演奏。
舟歌は大変に美しい演奏。2曲目は楽しかったですね。ボテボテの分厚い編曲ではなくてパーカッション類を躍らせた割と薄めの響きで現音系大好きのスラットキンに相応しいものでした。
いろいろ楽しめました。ありがとうございました。
おわり

おまけ
スラットキンが昔振っていた現音系の演奏会より

801- スラットキン共感の棒nyp  Horizon’s 1984 Festival 1984.6.2 HF-4

802- スラットキン1984.6.2のNYT評  Horizon’s 1984 Festival HF-4.1


 

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2143- オベロン、チャイコン、山根一仁、シベリウス2番、山田和樹、バーミンガム市響、2016.6.29

2016-06-29 23:30:53 | コンサート

2016年6月29日(水) 7:00pm みなとみらいホール、横浜

ウェーバー  オベロン序曲  10′

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調  18′、5+10′
ヴァイオリン、山根一仁

(encore)
バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタBWV1003より、アンダンテ  4′

Int

シベリウス 交響曲第2番ニ長調  10+15′、6+14′

(encore)
チャイコフスキー エフゲニー・オネーギンより、ポロネーズ  4′

山田和樹 指揮 バーミンガム市響


前日のサントリー公演から今日は横浜みなとみらいで。
コンマス席空席のまま、1プルト内側さんが立ってオーボエから始まるチューニング、それを済ませてからコンマスが登場するスタイルはこの日も同じ。コンマスさんは特にすることが無い。これが逆に指揮者の次の人、という雰囲気を醸し出す。いざとなれば指揮者のすることは替りにやるよといった意思表示のようにも見える。アメリカオケみたいに30分ぐらい前からがやがやとステージに三々五々集結して定刻になったらコンマス以外全員そろってた、というスタイルとの違いはそれなりに大きいのかもしれない。

オベロン序曲から始まった演奏会は昨日に続いて本格的な演奏。副主題でテンポをグッと落とし静かにスローに歌い始めるあたりに何故か郷愁を感じる。徐々にアチェルランドしていき主題回帰でインテンポへ。これが山田式なのかと、普段聴いている国内オケ棒とは随分と違うなぁと、昨晩に続き感じる。極端なテンポ落としでした。

次のチャイコン、ヴァイオリンは山根さん、1995年生まれだから21ぐらいですね。若い。
前の晩の神技ピアノの河村さんのようにはなかなかまだ、いかない。
妙な言い方かもしれないが、音を出してから型を決めていくことができない。それがいいことなのかどうかということはあるけれども、落ち着き先が判然としない。もう一度弾いたら全く別のような演奏になっているかもしれませんね。
低音に潤いがあり音がでかい。このホールいっぱいに響き渡るものでした。
指揮者はヴァイオリニストを見守っている感じ。第2楽章の憂いを含んだ多彩なニュアンスはサポート越えでした。終楽章のノリは音楽的で、上滑りしないのはヤマカズ、そしてこのオケのいいところです。

後半シベリウス、モザイク風味満載の曲は前夜のベト7のようにストレートなトライだけでは料理しきれない。山あり谷あり崖あり。
ザザザザザ、ザザザザザザー、ザザザザザ、ザザザザザザー、、ザザザザザー、
もう、聴き過ぎな曲で。
陳腐なルーチンワークに陥ることは無い。やはり山田式の濃厚なもの。特に第2楽章の緩急自在過ぎるテンポの揺らし、目まぐるしく変わる変幻自在の濃淡プレイ、咆哮と静寂が滑らかに入れ替わる。そうとうに濃い味付けでした。本来の曲想以上の揺らしで、ドラマチック。モザイクの醍醐味を味わい尽くしました。オーケストラのドライブも含めコントロールしてましたね。
半面、スケルツォ楽章のように何度繰り返しても同様な煮凝り状態なところがあり、ここがオーケストラの限界線、みたいなところも見え隠れします。こういったあたりはロンドン響の方が1枚も2枚もうわて。
スケルツォに導入された終楽章はシンプルな構造がさらにスカスカに見えるヤマカズ棒。なのですが、アンダンテ楽章と同様な動きを濃くつけることで飽きさせない。ただ、展開部の終結が再現部のエンディング、コーダへと進んでしまうように聴こえるのはヤマカズの曲想のとらえかた、構造を表現するときの全体俯瞰がどれだけできているかというテーマにぶつかっていくのだと思いますよ。シンプルな曲は簡単ではないですね、特にこの3,4楽章みたいなものは。

あと、第1楽章でトランペットがフライングのように聴こえましたがあれは指揮棒によるところが大きい。全体的に前夜のベト7の域には達せず、ベートーヴェンの本格派演奏をそのままシベリウスに移送するだけでは全部を表現するのは簡単ではなく、合奏体としてのこのオーケストラの能力は素晴らしいものですけれども、ロマン派あたりまで本格的に演奏をこなしていくにはさらに多彩な表現を身につけていかなければならないと思いました。

このホールには日フィル定期その他でたびたび訪れてその都度感じることですが、横浜の聴衆の拍手やブラボーは、違和感ありまくり、感動邪魔しまくりの都内の客とは随分と違います。
最初は静かな拍手、だんだんヒートしてくる、いつもながらベストなかたたちが沢山おります。
この日は、セクションごとの立たせ、ヴィオラのスタンディングで客が大きくどよめく、なにか裏ワザでもあったのかもしれない。

それから、500円プログラムとは別にこの公演用のプログラムが無料でつきました。奥田氏の解説文は香りのある生きたもので、ヤマカズならず音楽への愛着が感じられるいいものでした。
おわり

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2142- エグモント、ラフマニノフ3番pf協、河村尚子、ベートーヴェン7番、山田和樹、バーミンガム市響、2016.6.28

2016-06-28 23:32:11 | コンサート

2016年6月28日(火) 7:00pm サントリー

ベートーヴェン エグモント序曲 9′

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調  19′、12+15′
   ピアノ、河村尚子
(encore)
ラフマニノフ エチュード op.33-8  4′

Int

ベートーヴェン 交響曲第7番イ長調  12+8′、8+6′

(encore)
ウォルトン 「ヘンリー5世」より「彼女の唇に触れて別れなん」  2′


山田和樹 指揮 バーミンガム市響


バーミンガム市響とサイモン・ラトルのコンビの来日公演を聴いたのは1991年と1994年、ほかの年にも来日していたかちょっと記憶にない。
1991年はトゥーランガリラやGM9など、派手系で意欲的なプログラム。1994年は落ち着いたプログラムで、ソリストにアルゲリッチやクレメルをむかえていたので、1万9千円と、22年後の今回の公演よりも高い。この来日公演で忘れられないのは、ハイドンのシンフォニーとアルゲリッチが独奏をしたプロコフィエフの3番コンチェルト、そしてショスタコーヴィッチの15番シンフォニー。あれはよく覚えていますね。アルゲリッチの爆演、ショスタコーヴィッチの最後のところのまさしくピアニシモによるパーカッションの饗宴、あれですよ、忘れ難きは。
今回の公演、ヤマカズとの来日、どのような経緯でこうなったのかわかりません。プログラムによると当公演の前、チェルトナムとバーミンガムでこのコンビで、来日公演プログラムをやっているようなのでその流れと思われます。9月から女性指揮者が音楽監督になることが決まっている模様ですので、ヤマカズは単発の客演なのかもしれません。ここらへん、500円プログラム冊子を読んでも判然としない。判然としないと言えば、このオケの来日公演がらみの、要は日本との絡みの話が書かれていない。時の流れの実感があまりないものです。


序奏がおそろしくゆっくりテンポのエグモント序曲の心地よい響きから始まった。冒頭の第1音が異常な長さでなかなか切れない。ヤマカズさん、このオケのサントリーでのサウンド具合でも確かめていたんでしょうか。棒を持った右手のかすかな震えに、いくら場慣れした指揮者でも最初の音は緊張するものだ、そんな感じも見え隠れしました。
いわゆるかんむりコンサートで、始まる前、外で招聘会社の身長のある若者社員たちが誘導看板を持ち上げて招待客を誘導していたこっぱずかしいざまはカラヤン広場に相応しいものとは思えない一瞬現実離れしたシーンでも見ているようなところがありましたが、その誘導されて入った客たちも含め、ホールはほぼ満員の盛況。それらを含めるかどうかは別としても、やっぱり日本最高峰の耳を持つ有料客が静かに聴く演奏会は指揮者にとっても恐ろしさを感じる局面があってもおかしくない。

オーケストラの音色はラトル時代とは随分と変わりました。細めの分析的でナイーブ、ちょっとボテ系なところもありつつ、ユニークなプログラムで魅了していた一時代とは随分と変わりました。
一言で言えばマスで攻めてくる響き。音の束(たば)ですね。ストリングがメインと言えば当たり前すぎる話ですが、そうとうに弦中心な世界になっている。後半プロのベト7では、14-12-9-8-8(たぶん)でベースに重心が移っている。おそらくエグモントでも同じ型での演奏だったと思います。この日の公演では収録マイクが派手にあったのでいつか聴く機会があるかもしれません。
弦はこのバランスのアンサンブルにプレイヤーたちが完全に慣れている状況で、ベートーヴェンサウンドは有無を言わせぬ説得力。ウィンドやブラスのザッツはスパーと決まるのではなくバチッとくる。音の焦点が一点あってそこめがけてみんなバチッと吹く。教科書的ザッツではなく生きた音楽の実感ですね。ティンパニも一人孤高の高みに達していて本格派オケにいかにもいそうな雰囲気をかもしだしつつ。
エグモントいい鳴りでした。フィナーレの晴れた長調、ベートーヴェンの吹き抜けるようなカタルシス、よかったです。


ラフマニノフの3番コンチェルトは何回聴いても凄い曲と思う。冒頭の神秘的な導入から始まって、次々に繰り出される技巧、目まぐるしく動き回る両手の動き、人間技とはとても思えない。ラフマニノフもよくこんな曲を作ったものだと思う。まぁ、本人がプレイ出来そうなことを全部押し込んだ作品なのかもしれない。
河村さんの入れ込み具合も尋常ではない。没我分身ラフマニノフといった感じで、観聴きするほうもエキサイト気味で興奮を抑えきれない。静かな伴奏の上を激しく動き回る指は、もう、ポリフォニックなスーパー人間技、神降臨の作品、再現芸術の醍醐味を味わい尽くしました。極みですね。
河村さんの表現は振幅が非常に大きい。2楽章などはメロディアスでふと気がつくとロマンチックなムードが漂い映画音楽でも聴いているような錯覚に陥る。心地よい。
かと思うと早技神技パッセージでの余裕。この目まぐるしく動く鍵盤上の指、その激しい音の響きを河村さんは耳をそばだてて自分で聴きながら確かめているような神余裕がありますね。バチバチ・スー、バチバチ・スー、と、くる感じで、音符の塊が前のめりせずにまとまるのでスコアとは少し音価レングスが異なるのかもしれない。スー、のあたりで音を確かめている雰囲気があります。
第1楽章のおしまいでちょこっとだけ出て、それでもなおかつ待ちくたびれた様子も見せないブラスの活躍は終楽章のピアノによる静かな祈りのような短いフレーズのあとからだけとなりますけれど、この緊張感の保持、素晴らしいものですね。
ピアニスト河村が極度な神指モーションになる中、滑るようなストリング、ブツブツと縦突進するブラスセクション、全部合体したエンディング、ラフマニノフの昇天技極まれり、ピアニストは最後の音を弾き終わる前だよあれは、と言う感じで立ち上がり指揮者に走りヤマカズに突進ハグ。全部決まった瞬間でした。
まぁ、45分もあんな難解な作品を弾きっぱなしなんだから最後のアクションだけは好きにやらせてくれてよ、そんなところか、ハグ・フィニッシュは河村さんの絶演に相応しいものでした。エキサイティングな演奏で興奮を抑えきれませんでした。
ちなみに及川さんの演奏を聴いたことがありますが、彼は椅子のケツ蹴りフィニッシュで、椅子が1メートル半ほどヴァイオリンの方に飛んでいきましたね。あれはあれでスーパーな幕切れだったのを覚えています。

ということで、素晴らしいラフマニノフ、伴奏のオケ、伴奏どまりではない。ヤマカズはそうとうにオーケストラに事前味付けをしている模様。ニュアンスが濃い。ハーモニーのバランス、異種インストゥルメントが絡むアンサンブルのバランス、慎重に調整されたものと思われます。ラフマニノフの響きをこのように表現したということになりますね。
また、同じようなアンサンブルでパッセージが動きを見せるところで、濃厚に膨らみをつける。伴奏越えですね。個別のプレイヤーによる名人芸ではなくマスで攻めるあたりのことはストリングだけでなくウィンドアンサンブルでも同様と思います。バーミンガム市響はひとつの合奏体として秀逸なものでした。


後半プロのベト7、これは上記を踏まえればもはや推して知るべしの本格派ベートーヴェンで、まぁ、EU離脱表明したとはいえ、どこの国のオーケストラなのかわからなくなる。
ベース8、チェロ8、と重心を下げつつ、機動性の表明も感じさせる響きで、見た目も動きがよい。ノンビブなところも魅せつつ、研ぎ澄まされたスタイリッシュなものではない、ブリティッシュ風味ないつでもオレらが一番新しいといったところもまるで無い。オーソドックスの極みに変貌した。これがこれから作っていくわれらのトレンドなのだということかもしれない。そんなフレッシュさも感じさせてくれました。
正三角形に構築された音場バランスで荒れ狂うシンフォニーの音の狂乱、ギスギスせずに進むさまは滑らかさを追ったものではなくて、マスでのアンサンブルの妙味を感じさせてくれるものでした。マスサウンドで動きがよいのでみなぎる活力感じますね。オーケストラとしての果敢な攻め、これが現音系ではどうでるのか、確かめたい気もします。
このベト7、第1,2楽章はアタッカで。第1楽章のコーダの爽快感はまだ先があるのよと感じさせてくれるのに十分なベートーヴェンの作曲技巧だと思いますけれども、それを十分に把握したうえでのアタッカで、第2楽章にストンとはいる短調の憂い、以前は有名演奏家が無くなった時に追悼の意でよく演奏されたこの第2楽章、憂いを含んだ表現は慎重なアンサンブルバランスへの配慮が自然で秀逸な演奏でした。
この楽章はポーズをつけて一服。第3,4楽章はアタッカで。少しずつ加熱していく演奏はエモーショナルなヤマカズ棒でさらにヒートに。国内オケを振っているときとは少しばかり違う動きは大きく、また刻みが深い。若いときの小澤のような一心不乱棒とは別のものですが、あの瞬間を思い出す局面も少なからずありました。
オケが要所を果敢に決めていってくれるので過激な曲にも突き抜けた爽快感の方が上回るようになり、抜けるようなエンディング。

個人的にはヤマカズさんは振りが板についていないところがあると思っているのですが、不自然なぎこちなさとか、滑らかでない棒の運びとかが散見されるというあたりのことですが、それは先のパッセージのことを考え過ぎながら振っているからではないのかな、と思ったりして、指揮棒の余裕がまだまだ見せかけと言っては語弊がありますがそのようなものでいっぱいいっぱいなのではないかという気もします。
これからどのように進化、変化していくのか、楽しみな棒でもありますね。

今日は素晴らしい演奏、ありがとうございました。
おわり

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2141- シューマン2番、エルガー2番、アシュケナージ、N響、2016.6.22

2016-06-22 22:10:05 | コンサート

2016年6月22日(水) 7:00pm サントリー

シューマン 交響曲第2番ハ長調  11′6′9′7′

Int

エルガー 交響曲第2番変ホ長調  18′13′8′16′

ウラディーミル・アシュケナージ 指揮 NHK交響楽団


サントリー初日、さっぱりもりあがりのない聴衆、いつもの事なのだが老人が多すぎて、もはや、眠っている、聴いていない、聴こえない、その世界に重心が移ってしまったような反応で、やっぱり、N響事務局には、定期会員募集を一度全部やめます、世襲も継続もへったくれもありません、全部やめます。20XX年にゼロから定期会員を募集します。と、奇策のアナウンスをして欲しい。

と言うことで、アシュケナージの棒はさえわたる。
濃くて深みのある弦の響き、よどみなく流れる音楽。シューマンの震えるような弦の刻みがマッシヴなサウンドで流れるように表現される。これぞオーケストラを聴く醍醐味。
がっしりとした構成感、シンフォニックな鳴り、拍子を取るというよりもキューを入れたところがオーケストラの打点、ための無い棒で音がびっしりと詰まっている。ため無しでは息をするタイミングもないと言われそうだがそんなことはない。弦は音を切らずに音価を正確に伸ばし、圧力も減衰しない。ウィンド、ブラスはパッセージを滑らかに切らずに吹き上げる。そして呼吸。
N響の白眉は第2楽章、この流れは素晴らしく迫力があり、妖艶でもありますね。シューマンの管弦楽は全くもってもたもたするところもなく、わざわざこのようなボテボテ肉厚な譜面でオーケストラを試したかったのだと言いたげ。
本格的な演奏で秀逸な作品は秀逸な演奏で、満足。

後半のエルガーは、シューマンと同じ方針で、これまたアシュケナージの棒が隅々まで照らし全てを表現、やっぱりこれも、オーケストラの響きを聴く醍醐味。素晴らしい。
パルジファルから始まって、目もくらむような彫りの深いブラスセクションによる遠近法の極意みたいなエンディングで気絶させられてしまう1番の次にふさわしいのはこの2番。あるべき姿。この第1楽章はシューマン同様、濃くも深い弦の圧力、そしてイギリス・ブラスバンド風味満載のブラスセクションのパッセージが気持ち良い。N響のもたつかないブラスはアシュケナージとの合体技。結局、指揮者の神技棒のなせるもので、この一体感の音楽の進行が素晴らしく良い。そしてもつれたものがほどけるようにこの楽章は爆発エンド。快感です。
ゆるみない演奏は最後まで続く。終楽章の弱音終止はサッと終わる。あっという間の出来事、この1時間ロング、分厚いクリーム色の素晴らしい弦サウンド、それにブラスセクションの横広の充実した響き。圧倒的な演奏でした。アシュケナージの神技魅せてもらいました。
ありがとうございました。
おわり

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2140- ストラヴィンスキー、ベートーヴェン、カンブルラン、読響、2016.6.18

2016-06-18 23:24:01 | コンサート

2016年6月18日(土) 2:00pm 東京芸術劇場

ストラヴィンスキー 管弦楽のための4つのエチュード  3′2′2′3′

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 皇帝  20′8′+11′
  ピアノ、ハヴィエル・ペリアネス
(encore)
ショパン ノクターン第20番 遺作   4′

Int

ベートーヴェン プロメテウスの創造物、より
        序曲、5曲アダージョ、16曲フィナーレ  5′8′5′

ストラヴィンスキー 火の鳥(1919年版)  21′


シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売交響楽団


このプログラム構成は面白いもので、ベートーヴェン2曲が、ストラヴィンスキーにサンドウィッチにされているということと、視点を変えて、前半がピアノラ、ピアノの曲、後半がバレエ曲ということで二通りの楽しみ方が出来そうだ。
指揮者カンブルランの意図はわからないが、いつも、なにか考えさせてくれそうなところがありますね。
気持ちは二通りの楽しみ方で。

エチュード、4曲どれもこれも充実したハーモニーで、すればするほどストラヴィンスキー、特に第3曲カンティーク、このスモーキーなサウンドバランスの見事さ。味わいが濃すぎる。満足感でいっぱいになる。

ここに突然響く皇帝、このアンマッチな雰囲気、それ自体がベートーヴェンの奇作秀作のムードにつながっていく。練習曲の後は唯一無二の作品、この対比の妙。面白い。
このピアニストはお初で聴く。若いと思いますが本格派で、作品に真正面から取り組んでいて、逃げも隠れもしない状況を自分で醸しだしていく。勇気が自身に変わった瞬間があったのだろうと推測する。
アンコールのショパンはガラリとムードがかわりデリケートの極みのように響く。ベートーヴェンとの切り替え、音への集中。魅力的なピアニストですね。

後半、プロメテウスから3曲。演奏会で取り上げるのも珍しくて、やっても序曲だけ。なんでエロイカ節やらなかっただろうと思ってしまいますよね。フレッシュな気持ちになる。素晴らしく新鮮な泡立ち感覚。あまりに新鮮過ぎて、帰りに全曲のCDを2種買ってしまった。

締めくくりの火の鳥、これは読響の余裕の解像度レベル、そしてちりばめられたニュアンス。引き締まった演奏で聴きごたえ満点でした。
4曲とも楽しめました。ありがとうございました。
おわり

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2139- ドン・ファン、Oboe協、ルルー、ブラームス3番、アシュケナージ、N響、2016.6.17

2016-06-17 23:27:56 | コンサート

2016年6月17日(金) 7:00pm NHKホール

シュトラウス ドン・ファン 18′
シュトラウス オーボエ協奏曲ニ長調   9+9+7′
 オーボエ、フランソワ・ルルー
(encore)
グルック オルフェオとエウリディーチェ、より 精霊の踊り 2′

Int

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調  13′8′6′8′

ウラディミール・アシュケナージ 指揮 NHK交響楽団


この日の巨大多目的ホールのオケポジション。組み立てステージでピットを全部つぶしているわけではなくて、前1列残している。オケ自体も極端に前に出てきているわけでもない。それなのに、音が大変に豊穣。ドン・ファンもブラ3も豊かな鳴りで気持ちよく聴くことができた。今でもステージ、オケポジション割と頻繁に変わるので、この期に及んでまだ試行錯誤しているのかしらと疑いたくもなる。

アシュケナージのブラ3は巨大な演奏。そびえ立つという感じ。ためを多く作らない指揮者で、パッセージも必要以上に長くすることもない。その決められた中で呼吸している音楽。鋭い作りでスケールが大きい。素晴らしく目の覚めるような演奏でした。十分に楽しめました。

オーボエのルルーさんに接するのはたしか2回目。
あまりに動きが大きすぎる。吹きながら右横見たり、左横見たり、前後左右に動き回りながら吹く。とにかくあちこち動くので音の焦点が全く定まらない。改善の余地、大ありです。
おわり



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2138- ベトソナ、1、15田園、22、23熱情、愛知とし子、2016.6.16

2016-06-16 23:59:59 | リサイタル

2016年6月16日(木) 7:00pm ベヒシュタイン・サロン、汐留

オール・ベートーヴェン・プログラム

ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調  6′6′3′7′
ピアノ・ソナタ第15番ニ長調 田園 10′6′3′4′
Int
ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調 6′5′
ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調 熱情 9′7′7′

(encore)
バッハ 主よ、人の望みの喜びよ 3′

ピアノ、愛知とし子


演奏のこと以外の雑味成分を全て除いて耳と目をプレイに集中していけば、なかなかいいリサイタルだと思いました。
駆け上がるような音型から始まる1番は、モーツァルトのシンフォニーとの相似形というよりも未来のベートーヴェンのシンフォニーの力感を感じさせてくれて魅力的。シンコペーションやスタッカートの切れ味が今一つでしたが、曲が進むにつれて良くなっていきましたし。1番から思考の森に入り込むような演奏はそれはそれで魅力的ではあるが、ひたすら系もいいものです。
田園はパストラーレのモードというより激しさの側面が見え隠れしていて新たな発見。生で聴く醍醐味のようなものがありますね確かに。
休憩後の22番、短いものですがヴァルトシュタインの響きが聴こえてくる。特に第2楽章に感じる。この日はヴァルトシュタインも告別もありませんでしたが、ヴァルトシュタインの終楽章を聴けば告別の第1楽章が呼応する。そのような感じで、プレイ演目に無い作品のあたりのことまで色々とイメージ出来ました。22番の劇的な泡立ちと言うのは1個前のヴァルトシュタインに近くて、未来に向かう模索なのかどうかは知りませんけれど、熱情へのブリッジにはなっていると思いますね、結果的な話かもしれないが。
21番と23番の両方の怒涛のような音楽の間に、やっぱり激しさがあった。
プログラム最後の熱情、あまりに激しい曲で、緩徐楽章を聴けばほっとする作品。それもアタッカで終楽章に突入するのでやっぱり真の安らぎは無い。シンフォニーの5番もアタッカで終楽章に突入しますが、スケルツォからの移動なので熱情とは違います。発想のフレームワークの活用ということでしょう。

愛知さんはお初で聴きました。演奏はベートーヴェンに真剣に向き合っている感じ。対峙ではありません。作品への手応えの実感を伴いながら演奏しているように見受けました。ですので作品からエネルギーの照射を受ける、それで受けたこちらはまた聴き込んでいきたいと思わせてくれる。手応えあるリサイタルでした。
ありがとうございました。
おわり

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2137- コリオラン、運命、皇帝、辻井、オルフェウス、2016.6.15

2016-06-15 23:59:27 | コンサート

2016年6月15日(水) 7:00pm サントリー

ベートーヴェン コリオラン 序曲   7′
ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調  7′10′6′10′
Int
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 皇帝 20′7′10′
 ピアノ、辻井伸行

(encore)
リスト カンパネラ 4′  辻井、ソロ
モーツァルト ピアノ協奏曲第26番戴冠式 第2楽章 6′ 辻井+オルフェウス
シベリウス 悲しきワルツ 5′  オルフェウス
メンデルスゾーン 弦楽八重奏曲第3楽章スケルツォ  4′  オルフェウス
エルガー 愛の挨拶  4′  オルフェウス


演奏、オルフェウス室内管弦楽団


今回の一連の公演にはサブタイトルとして、圧巻のベートーヴェン、とあるが、聴いてしまえばこれはオルフェウスへのものであろう。
曲ごとにコンマスが目まぐるしく変わる。全員がコンマス出来るのか、そうだとすれば強烈なアンサンブルはなるほどとうなりたくなる激しい拮抗アンサンブルである。まるで戦いのようだ。スポーティーな力感みなぎる草木もなぎ倒すような疾風怒濤の激しい演奏でした。
1曲目のコリオランの並々ならぬ激流。コンマスの動きは全く正しいとしか言えない。チャイニーズ系の女性、迫力ありましたね、そして若い。コアメンバーやサポートプレイヤーなどもいるかとは思いますが、まぁ、強烈。
ノンビブ奏法のようにも見えますが、それよりもなによりものこぎりで一気に木に切り込むアクションのように見えてしまう。ファイティングの凄さがもろに表現された演奏で、あっという間の出来事。凄まじい演奏でした。きっちりそろっているので、ぐうの音も出ない。
こんなコリオラン聴いたことない。

次の運命は、もう、推して知るべし、の枠を大幅に越えてしまって、おそろしく引き締まった超筋肉質シックスパック演奏、コンマスは本家の人だと思いますが、棒の替りに体と頭が激しく動く、演奏はそれ以上に激しい。その弦なんかは全部引き締まり過ぎてキシキシと良質のサウンドできしんでいるような具合だ。
ノンビブ系のテンポ設定で一瞬のゆるみもなく突き進む。加速ではなく等速スタイルで激しさの波やドラマのつくり込みよりもとにかく最高のアンサンブルで一気に演奏しまくっている感じ。終楽章の繰り返しあり。
コリオランも運命も表現としてベートーヴェンの音楽に相応しいものだろう。激流でした。

休憩で一息つく。

後半の皇帝、辻井は昨年ペトレンコ、リヴァプール・フィルの伴奏でラフマニノフの3番コンチェルトとプロコフィエフの3番コンチェルトを連夜にわたり聴いた時以来。
オルフェウスの熱い演奏のなか、辻井は辻井で独特の雰囲気をもっている。それは満員のホールの聴衆が作り出す空気感のようなものもあるかもしれない。前半の激しい演奏の後の皇帝だからヒート感は冷めるものではないけれども雰囲気のモードは少し変化しました。
リヴァプールのときも感じたジャバジャバした音の溜まり、皇帝でもありますけれど、一つ一つの音の粒立ちは割と良くて、また、音価の乱れもない。個々の音を丹念に作っていけば音楽の流れはいつの間にか出来上がってくるような気がしますが。
音楽が生きている実感はありますね。今の彼は演奏会、リサイタル、弾けば弾くほど調子が上がってくるような、プレイすることが活力の栄養源。

アンコールはびっくりの5曲。ピアノソロが1曲、オケ伴奏つきが1曲、さらにオケが3曲。大サービスでした。
疾風怒濤のオルフェウスはアンコールで多少落ち着いたのでしょうか、まぁ、整理体操みたいなもんでしょ。
自分としてはあらためて大発見のオルフェウス、充実の公演でした。
ありがとうございました。
おわり




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2136- アラブの香り、小山実稚恵、大野和士、都響、2016.6.15

2016-06-15 23:24:50 | コンサート

2016年6月15日(水) 2:00pm 東京芸術劇場

モーツァルト 後宮からの誘惑 序曲  5′

サン=サーンス ピアノ協奏曲第5番ヘ長調 エジプト風  11′11′6′
  ピアノ、小山実稚恵

Int

リムスキー=コルサコフ シェヘラザード  9′12′10′12′

大野和士 指揮 東京都交響楽団


都響の新たな試み、平日午後のコンサート。既に何度か行われているようだ。
この日は、ほぼ満員御礼状態で、サラリーマンの基準だけで物事を考えていってはダメというのがよくわかるものでした。
演奏会にタイトルをつけるようになってどのくらい経つのだろうか、弊害の方が大きいような気もするが、この日もタイトル付き。「アラブの香り」。
言われてみれば、そうか、と思うぐらいのもの。

このコンビ、もしかして日中の演奏会の方が具合がいいのではないのか、と、いいことは時間のせいにもしたくなることもある。
最初のモーツァルトからして、サラーと抜けるような透明なサウンドでびっくり。一段、上に持ち上げたような音場が見事に展開されました。ほんと、いい音だった。

少し右寄り斜め上から聴いたせいかピアノの音が今一つ聴こえてこない。良質なオケサウンドがここでも心地よく響いていました。コンチェルトとはいえもう少し濃いニュアンス、味付けが欲しいとも思いましたけれども。

後半のシェヘラザードは、形式感のないものですので、意外なテンポの揺れは不安定感を増長するだけのような気もしますが、指揮者はメリハリつけてガラッと変えるやり方でドラマ性を持たせていたと思います。まぁ、妖しさはありませんがその分、ドライな砂漠風味、オアシスもあり、そんなところです。
おわり

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2135- 第九、準・メルクル、国立音大、2016.6.12

2016-06-12 18:15:31 | コンサート

2016年6月12日(日) 2:00pm サントリー

雅楽 壹越調調子(いちこつちょうのちょうし)  3′
  笙、宮田まゆみ

武満徹 セレモニアル ―秋の頌歌―  9′
  笙、宮田まゆみ
  オーケストラ、国立音楽大学オーケストラ

Int

ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調  15′12′13′24′
ソプラノ、澤畑恵美
アルト、加納悦子
テノール、福井敬
バリトン、黒田博
合唱、国立音楽大学合唱団
管弦楽、国立音楽大学オーケストラ

指揮、準・メルクル

国立音楽大学創立90周年 特別記念演奏会


音楽大学の記念公演で準・メルクルが振るというので観に来ました。
圧倒的な振り。全部指示だしている感じで、それが嫌味や不自然さをまるで感じさせないもので、神技のようでさえある。本当に凄い棒だ。
以前、PMFを振った時も感じたがヤングなオケの駆り立て方わかっているというよりも、みんな全て納得、屈服。それをプラスの力にする。ここらへんの心的ドライブ感もメルクルが持っている素晴らしい才能だろうなぁと改めて実感。
横にサラッと振っているように見える棒は音楽をどんどん前に進めていく。時として縦に深く切り込んだりしていても、基本は前進する力、圧倒的な推進力です。ドライブして駆り立てて演奏が突き進めば進むほどアンサンブルがそろってくる。若者のすがすがしさを感じさせてくれる。

スケルツォなんかちょっとこんがらかっても進めて解決。きっちりそろえるには前進あるのみといった感じですね。
メルクルの棒で曲が新鮮に生き返る。再創造の技が満載の圧倒的な棒。この楽章でも押さえるツボがあるのだと思うし、ポイントをしっかり把握して邁進、もう、感服。

終楽章の合唱コントロールも凄い。頭から引き締まっていてまったく遅れることのない緊張感。合唱ドライブは全部、最初から最後まで一緒になって歌っていることによるところも大きい。声も聞こえる。おそらくマイクは全部拾っていると思う。
合唱指示はオペラティックな雰囲気で、それはプロソリストへの割と控えめな指示でも同じ。

この大学オケの音色は明るくて少し硬め。大学オケを普段聴くことがないのでほかのところはどうなのかといったあたりの事はわかりません。
音楽専門集団ですので居心地よく聴くことができました。

前半は音楽ではなく儀式みたいな感じでしたね。
この前半、ブラス、ウィンドセクションあわせて男は3人だけ、時代の流れを感じます。

本格的な第九公演、満喫できました。
ありがとうございます。
おわり

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2134- バラキレフ、チャイコフスキー、メンデルスゾーン、アシュケナージ、N響、2016.6.11

2016-06-11 23:50:58 | コンサート

2016年6月11日(土) 6:00pm NHKホール

バラキレフ/リャプノーフ編曲 イスラメイ  9′

チャイコフスキー 協奏的幻想曲ト長調  15′15′
   ピアノ、ルステム・ハイルディノフ

(encore)
フェリックス・ブルーメンフェルト 左手のための練習曲Op36  4′

Int

メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調 スコットランド  13′+4′+11′+10′

ウラディミール・アシュケナージ 指揮 NHK交響楽団


アシュケナージ元気そうでなによりです。へこへこ頭を下げますが、あれは要注意ですね。この指揮者の恐さをプレイヤーは知っていると思いますのでそこらへん油断は無いと思います。
ピアノの方、アシュケナージに恐縮している感じでした。偉大なピアニストの棒のもと、ピアノを弾けるなんてそうあるわけではないと思いますし。
プログラム前半の2曲、味わいがありました。

ピアノを使う日はピットを全部つぶして舞台にし、オーケストラは前に出てきませんから、そのせいか、N響のメンデルスゾーンなど、あまりぱっとした演奏ではありませんでした。
ピットを全部つぶしたり一部つぶしたり、オケを前に出したり引っ込ましたりと、演奏会のたんびにコロコロと位置を変えるようなことを今でもやっているので、オケサウンドも前に出たり引っ込んだりと日ごとに違う感じが否めない。すごくいいサウンドのときもありますが、一様ではないので、新NHKホールを早く建てた方がいいと思います。
おわり

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2133- マンフレッド、ハイドンヴァリエーション、ブラ2、小泉和裕、日フィル、2016.6.11

2016-06-11 22:51:35 | コンサート

2016年6月11日(土) 2:00pm サントリー

シューマン マンフレッド序曲  12′

ブラームス ハイドン・ヴァリエーション  18′

Int

ブラームス 交響曲第2番ニ長調  16′11′5′9′

小泉和裕 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団


オーソドックスなプログラムで突き進む小泉ですが、日フィルを振るとなれば、普段、ラザレフやインキネンといった指揮で振れた振り子のより戻し的な意味合いではむしろ良かったのかもしれないと思った。響きや型がきっちりと決まっていて好調な日フィル、安定の重厚な演奏でした。
アウフタクトで駆け上るような音型や弦の弾きにもっと力強さが欲しいと思う個所もありますが、単発演奏でこの日のような演奏は極上の部類に属するものでしょう。
楽しむことができました。ありがとうございました。
おわり

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2132- ドミトリー・マスレエフ、ピアノ・リサイタル、2016.6.10

2016-06-10 23:21:41 | リサイタル

2016年6月10日(金) 7:00pm 武蔵野スイングホール、武蔵境

バッハ パルティータ第1番変ロ長調BWV825  14′

シューマン ピアノ・ソナタ第2番ト短調Op22  17′

シューベルト/リスト 水に寄せて歌うS558/2  5′

リスト 超絶技巧練習曲集第8番ハ短調 狩  4′

Int

チャイコフスキー 18の小品 Op72 より
 第14番 悲しい歌  4′
 第16番 五拍子のワルツ  2′
 第15番 少しショパン風に  2′
 第18番 踊りの情景(トレパークへの誘い)  4′

メトネル 忘れられた調べ、第1集Op38より、
              第1番 追想のソナタ イ短調    12′

サン=サーンス/リスト&ホロヴィッツ 死の舞踏  8′

(encore)
ハイドン ソナタ ハ長調 Hob ⅩⅥ 48 第2楽章   3′
チャイコフスキー 子守歌Op72-2   4′
メンデルスゾーン/ラフマニノフ 真夏の夜の夢よりスケルツォ  4′

ピアノ、ドミトリー・マスレエフ


2015年のチャイコン・チャンピオンの演奏、ちょっと遠かったのですが出かけました。距離はあるが電車に乗ると案外すぐに着く感じ。
早めについて、駅近の天丼てんやでワンコイン天丼食べて、上島珈琲でブレンドのショートサイズを一杯。
マスレエフは今回が初めてではなくて、昨年2015.8.4にサントリーでゲルギエフ&PMFの伴奏でラフマニノフの2番コンチェルトを聴いていて、そのときと同じような印象を受けました。が、今日は180人規模の小ホールで、早い話、聴衆全員がサントリーのステージの上で聴いているような雰囲気でした。また、このホールは小さいのに後方に向けて上にきっちり傾斜しているので見晴らしがいい。聴衆全員がマスレエフの全体弾き姿を見られるのではないか。ということで、昨年観た時よりもより克明に眺めながら聴くことができました。

長身痩躯でブラウン系の金髪、1988年生まれの28歳らしく柔らかそうで少しロンゲ気味に。ナーバスな雰囲気はなくてひょうひょうとしている。一見すると淡白にも見えるが、気負いが無くて、各曲の前に比較的長めに時間を取って集中力を高めてから演奏に入る。
一つ一つの曲への打ち込み度が凄くて、今回は得意演目をたくさん並べた感がありますが、それぞれ、がらっと雰囲気が変わる。流されない。新しいアトモスフィアを次々に作っていく感じで、既に自己のスタイルが確立している。早熟というより変化の進行だと思いますので、聴く方としてはその時々で色々なことを期待できそうですね、これからも。

指全部見えました、なんだか自由自在過ぎて身体とは別に独立独歩みたいな感じ。身体はほとんど動かしませんし。自由に動く指はそれだけでなく、例えばデクレシェンドしてピアニシモで終わるような曲想では指を鍵盤の上で少しツイストする感じで、解放された最後の響きが微妙にビブラート気味になったりしていた。あれは凄いですね。空気が震える。
ですので、冒頭のバッハのようにチェンバロと違い強弱がでるピアノというのはありますが、それよりもなによりもマスレエフ自身での味付けがタップリ。といいつつも曲想の余計な動かしは無く、一心不乱。いきなり音楽へ突入。演奏の煩わしいものから解放されていますね、素晴らしいバッハでした。

次のシューマンはドップリロマンみたいな世界ですけれども、スタッカート気味な切れ味の素晴らしさとテヌート気味な鬱なモードの対比がよく出ている。なによりそれぞれへの移動が滑らかで自然。音楽が生きている。激しさの方が勝っているパフォーマンスでした。強烈なインパクトですね。

といったふうに、選曲一つ一つ別々の作曲家によるものを、目まぐるしくがらっと雰囲気を変えてくる。シューベルトとリストは一呼吸おいて集中力高めて続けて演奏。出入りしません。全く違う音楽な気がするのだが、この一呼吸が効果抜群ですね。
シューベルトのフラットな中からにじみ出る、流れるような呼吸の音楽、これは、次のリストの激しさとは別のマスレエフの心象風景のような気もします。

ここで15分の休憩をはさんで後半。
チャイコフスキーの4曲、珠玉のような小品4曲を連続演奏。身体動かしませんし肩に力が入っているふうもなくて珠玉の演奏、トレパークで締める。もしかしてとっておきのピックアップなのかもしれない。順序も含め。
メトネルは音のつながりを楽しむ感じで。前半のシューベルト思い出します。こうゆう曲も聴かせてくれますね。音に隙間の無いハイテンションで濃度の高い演奏でした。
最後の曲は、サン=サーンス+リスト+ホロヴィッツ、3者のハイブリッド作品みたいな感じで、もはや、ヴィルティオーゾ越えなワールド。ピアノピースの締め、圧巻。
メトネルとサン=サーンスは一服おいて連続演奏。出入りはしない。
メトネルからがらっと雰囲気変わるサン=サーンスなのですが、マスレエフは腕まくりして腕をぐるぐる回してといった雰囲気はありません。冷静な熱狂ですね。あらたなタイプの演奏家なのかもしれません。
充実のリサイタル、楽しめました。ありがとうございました。
おわり


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2131- サブタイトル付き4曲、ボストリッジ、大野和士、2016.6.9

2016-06-09 23:15:41 | コンサート

2016年6月9日(木) 7:00pm サントリー

ブリテン ピーター・グライムズより、4つの海の間奏曲 3′5′3′5′

ブリテン イリュミナシオン 23′
  テノール、イアン・ボストリッジ

Int

ドビュッシー 夜想曲より、雲、祭      6′7′

スクリャービン 交響曲第4番 法悦の詩  21′

大野和士 指揮 東京都交響楽団

作品に副題がついていること以外はあまり関連性があるとも思えないが、それでも前半2曲はブリテンで統一されているので相応な安心感有ります。
ボストリッジは1月に同じブリテンの戦争レクイエムで聴きました。曲への入れ込みが激しい。自分のところでなくても口を一生懸命動かしている。それが印象的でした。
この日のプログラムはイルミネーション。歌詞字幕があるとイメージが湧いてくるのだが、プログラム冊子のリブレットを見ながら聴くのは簡単ではない。それでもランボーの内容と表現がよくわかるボストリッジの歌唱でした。エモーショナルです。あの体躯で割と動くし、繊細な声ですので、ぶれが少し目立ちます。インテリ系を感じさせる歌ではあります。

後半のドビュッシーはウィンドのハーモニーが素晴らしいバランス。清らかなダーク系とでも言おうか、響きがよくて楽しめました。このオケの持ち味ですね。
最後のスクリャービン4番は大野の表現が濃い。どちらかというと3番よりの解釈でかなりエモーショナルな動きがあります。4番5番はこれまでとは違う色彩で満たしてほしいところもありますが、5番なんかもこの日の濃い4番解釈の方針でやれば、それはそれで情感の部分でわかりやすい音楽として聴くことができるような気もしました。

この4番で知ったかぶりのフライングブラボーがあり、折角20分かけて作った音楽の現場の雰囲気というものをぶち壊しにしてくれました。戸惑いの拍手のようなものが続き、緊張感がなし崩し的にぶち壊れてしまったのは残念。
もし、そのフラブラ男が、相手の女性を隣にして、知ったかぶりの自慢をしたかったが故のフラブラとすれば、その女性には別れた方がいいとアドバイスしてあげます。男の気持ちはわからなくもないが何も顧みず迷惑行為を行うようなヤツは相手の気持ちなんか理解しようとしませんしね。
後味の悪い演奏会でした。
おわり

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2130- ディアベッリ、クライスレリアーナ、木村徹、2016.6.8

2016-06-08 23:49:26 | リサイタル

2016年6月8日(水) 7:00pm 小ホール、東京文化会館

ベートーヴェン ディアベッリ変奏曲Op.120 57′

Int

シューマン クライスレリアーナOp.16 36′

(encore)
シューマン 2′

ピアノ、木村徹


お初で聴くピアニストです。ディアベッリも生聴きは初めてのような気がする。
変奏曲と言っても一種のイメージの変奏曲といった雰囲気で、普通の変奏曲なら33個もあったら、いい加減飽きてくるものだが、このディアベッリは一般的なバリエーションと異なる味わいで、これだけ長くても飽きない。
小鳥の鳴き声みたいなふしで始まるディアベッリは変奏曲の素材としては決して長続きするようなふしとは言えないと思う、よく1時間ロングの曲として作り込んだもんで、さすがベートーヴェン。こうゆう曲は雑念を払って弾きまくるのがベストのような気もする。
木村さんのピアノはどちらかというとモノトーン的で、あっさりとしたもの。ストイックさとは違いますし、感情に訴えることもない。派手な立ち振る舞いからは最も遠いところにあるかもしれない。左手を垂直にはねる弾きが割と多い。ベースが克明に聴こえてきます。ポリフォニックな観点でのクリアさがあると思いました。色々なものが同時に、よく聴こえてきますね。滑らかさがあればさらに良いと思いますね。
29アダージョ、30アンダンテ、31ラルゴ、ここらあたりにコッテリと時間をかけたプレイ、木村さんの焦点スポットなのかもしれない。聴きごたえありました。
ディアベッリはピアニストにより大幅に演奏時間が異なり、かなりまちまちなのですけれども、このコッテリ3変奏に大いに時間をかけてトータルで57分とヘヴィーなものになりました。過熱感、躍動感とはちょっと違う、低温料理をおいしく召し上がったようなおもむき。

後半のシューマン、魅惑的なふしが心地よく響く。アンコールの時に、今日はシューマンの誕生日で、と言っておりましたが、重なった日と言うことで。
曲想のせいか前半より快活なところも。それにシューマンの物憂げさも自然に出てくるところもいいですね。長調と短調の交差に説得力ある演奏。作品以上のあでやかさを無理に出すことなく、別の側面からその本質に迫ろうとするものかと思いました。
おわり

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