河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

2362- 首席客演指揮者イルジー・ビエロフラーヴェク氏へ、哀悼の意、日フィル

2017-06-10 23:58:51 | アート・文化

今日2017.6.10、日フィルの横浜定期に行ってきました。プログラム冊子に一枚の紙が挟んでありました。ビエロフラーヴェクへの哀悼の意。

日フィルのホームページサイトにも訃報については書かれておりますが、今日見た紙のものは、内容は同じではありますが、少し違う文となっておりまして、なんとも心からの強い哀惜の念を感じたのでした。ネットとは別に、紙で表す哀悼の意。
日フィルが重ねたビエロフラーヴェクとの歴史、それは点であったのかもしれないが、共にした昔年そしてこれまでの思いを強く感じさせるものです。

 


ビエロフラーヴェク、日フィルの最後の公演は2009年12月、ブルックナーの5番シンフォニーとのこと。

私がビエロフラーヴェクを最後に聴いたのは2015年、チェコフィルとのわが祖国でした。今から1年半ほど前の公演でした。今読み返すと不思議なことに、この日を感じさせるものとなっていました。

2009- わが祖国、ビエロフラーヴェク、チェコ・フィル、2015.11.4

おわり

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1450- テイキングサイド フルトヴェングラー 公演情報

2013-01-27 23:10:00 | アート・文化

オフィシャルサイト → ここ  
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銀河劇場サイト →  ここ
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昔のロンドン公演の朝日新聞の評 →  ここ
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下の写真は、山野楽器でもらった1000円割引券
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1429- リサ・デラ・カーサ NYT追悼記事、それにCD

2012-12-17 20:10:00 | アート・文化

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オペラは生もの、舞台の時代を共有していないのであまり胃の底にズシリとくるものはないのですが、ニューヨークタイムズの追悼記事は長いものでした。
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ニューヨークタイムズ記事URL
http://www.nytimes.com/2012/12/13/arts/music/lisa-della-casa-opera-singer-dies-at-93.html?ref=music&_r=0
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Ldc

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NYT2012.12.12記事意訳.
Lisa Della Casa, Soprano, Dies at 93
By JONATHAN KANDELL
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リヒャルト・シュトラウスの主要なオペラの歌い手で、とびぬけた声、美貌、ずば抜けた舞台度胸を併せ持っていたスイス生まれのソプラノ、リザ・デラ・カーサがこの月曜日(*河童注2012.12.10)にスイスのミュンスターリンゲンで亡くなった。93歳でした。
彼女の死は、生前頻繁に出演していたウィーン国立歌劇場からアナウンスされました。
デラ・カーサは、ヨーロッパ1940年代の戦争世代に見いだされたソプラノの一人です。
シュトラウスのアラベラで、深い気品と熱い情熱を兼ね備えていたデラ・カーサは「やさしくて、行儀作法がないといったある種、弱な部分を魅せつけた」と、音楽学者のJ.B.スティーンは自著「The Grand Tradition: 70 Years of Singing on Record」に書いている。(*河童注:マクミラン出版1974/6)
同じくモーツァルトのオペラでの役も絶賛された。
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彼女自身が数えたところによると、こんくらい歌った。
200回以上歌ったのは、
アラベラ、
ドンナ・エルヴィラ、
アルマヴィーヴァ伯爵夫人、
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100回以上歌ったのは、
アリアドネ
フィオルディリージ
パミーナ
マルシャリン
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ヨーロッパの主要オペラハウスにおけるデラ・カーサの美貌とカリスマ性は、カラヤンのような著名指揮者でさえ、彼女の声を越えた魅力にやられてしまった。
「カラヤンはあたしをマルシャリンと思っていたし、信じて!彼の棒のもと、タンホイザーに出てくれないか頼み込んできたわ。」こんな感じで、たとえヴェーヌスのようにドラマチックソプラノか高声域のメゾのような彼女に相応しいとは思えないものまで。と、彼女は、ランフランコ・ラスポーニの著「The Last Prima Donnas」のインタビューに答えている。
「カラヤンはこう言ったのよ。カーサ、愛の素晴らしき女神たる正しきセクシーさをあなたは持っている。」
彼女は断りました。
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メトロポリタン・オペラでは別の不満を持っていたのよ、と彼女は話している。
総監督のルドルフ・ビングは彼女に同じ役をつけた。
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アルマヴィーヴァ伯爵夫人
ドンナ・エルヴィラ
マルシャリン
アラベラ
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メトでの147回の出演のうち114回がこれら4つの役だった。
「メトで歌っていた15シーズンは幸せではなかったわ。」デラ・カーサはラスポーニに語っている。
「だって、ビングさんはモーツァルトとシュトラウスのオペラに不可欠なものをあたしが繰り返し歌う、それ以外何かできることは無かったのよ。イタリアものフランスものは事足りていたしね。」
でも、彼女はめったに口論はしなかったし、オフステージでの約束もしなかった。
エゴやライバル意識むき出しで悪名高きオペラ界において、彼女の仲間たちはこのような彼女の行動を称賛した。
1940年代、アラベラ役で有名だったルーマニアの美貌のソプラノ、マリア・チェボターリは、若いデラ・カーサにズデンカの役を歌わせるよう宣伝してくれた。
「あたしがおせっかいやきますわ」チェボターリは、まだあまり知られていないデラ・カーサの才能に懐疑的だったウィーン国立歌劇場の総監督に言った。
デラ・カーサは、また魅惑的な美貌でもみんなのあこがれのまと。ドイツのソプラノ、アンネリーゼ・ローテンベルガーなんか、彼女をエリザベス・テーラーと比べた。
それにもかかわらず、彼女はその経歴の頂点55歳、1974年のウィーン国立歌劇場でアラベラを歌い終わったところで突然引退を発表した。
その後、彼女はスイスのコンスタンス湖の近くの城に、夫のDragan Debeljevicと健康に問題があった娘Vesnaとともに退きました。公に説明することもなくまた、リサイタルやマスタークラスも行うこともありませんでした。
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リサ・デラ・カーサは1919年2月2日にベルンの近くのブルグドルフで生まれた。父はイタリア・スイス人で眼科医、母はバイエルン生まれでレストランを経営していた。両親は音楽になじみ、オペラの経歴を積み重ねるよう彼女を応援した。
15歳の時、マルガレーテ・ヒーザーのもとチューリッヒの音楽院で声楽を学んだ。ヒーザーは彼女の唯一の先生で、ベルカントとシュトラウスの融合ということを教えた。
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デラ・カーサは1941年、スイスのSolothurn-Biel Municipal Theaterで蝶々夫人のタイトルロールでデビューした。それからほんの2年後、チューリッヒ市オペラハウスのメンバーとなりそこでは、メゾ役のばらの騎士のアンニーナでデビューした。
チューリッヒ・オペラでは魔笛の夜の女王とコジ・ファン・トゥッティのドラベッラを多く歌った。
第二次世界大戦後、彼女の活躍はオーストリアのオペラ舞台に移っていった。1947年にザルツブルク音楽祭にアラベラのズデンカ役で初登場した。彼女の初登場を聴いたリヒャルト・シュトラウスは「この小さなデラ・カーサはいつかアラベラを歌うなぁ。」
1947年の秋に、彼女は、これから27年アンサンブル・メンバーとなるウィーン国立歌劇場でリゴレットのジルダを歌いデビューした。
最初の結婚は短く終わったが、ユーゴスラビアのジャーナリストでヴァイオリニストのDebeljevicにあう。彼はカーサの仕事を管理し、さらに唯一の娘Vesnaの世話をすることに専念した。
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1953年にデラ・カーサはメトロポリタン・オペラにアルマヴィーヴァ伯爵夫人でデビューした。メトでは1968年まで歌い続けることになる。
最初の頃はドンナ・エルヴィラや蝶々夫人を歌っていたが、ニューヨークの批評家を惹きつけることはなかった。しかしアラベラ役で能力発揮。
「ウィーンの雰囲気ワイルドなものを感じさせるような彼女の登場、そこには感動と美貌のなかに若さがあった。」と、1957年、ニューヨークタイムズのハワード・トーブマンは書いた。「そして、その歌唱はいつも美しく正確で、よく歌いこまれ、フレーズも敏感に表現されていた。」
1960年代後半、デラ・カーサは出演を減らし始めた。特に彼女の娘が1970年にかろうじて致命傷をまぬがれた動脈瘤にかかった後は、さらに減っていった。
しかし、4年後引退を宣言した時はオペラ界は茫然とした。彼女は、お城とスペインの地中海の海岸の別荘とで、家族と過ごしました。
「歌手の運命に関する奇妙なもの」、彼女はラスポーニに言っている。「目的のためにすべてを捨て去らなければならないということなの、そしてそれは閃光の中ですべて終わるんですわ。」
●●●●●●●●●●●●
意訳おわり
以上、拙訳で申し訳ございません。だいたいの輪郭をつかんでいただければと思います。
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Scan10697

Scan10698_5

愛聴CDで追悼
HISTORIC
LISA DELLA CASA SINGS RICHARD STRAUSS
1990年頃買ったものです。だいぶ古くなりました。どこで買ったものか、六本木WAVEの輸入盤はロゴ入りの値段シールが付いているのでわかるので、これはそうではないですね。おそらく東急本店通りのビルの一角にあったころのHMVかも。
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4つの最後の歌
アラベラから3曲
アリアドネから1曲
カプリッチォ
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オペラは断片を聴いてしまうと全部聴きたくなる。
4つの最後の歌を聴いてみました。
1953年録音
カール・ベーム指揮ウィーン・フィル
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3.「眠りにつくとき」 Beim Schlafengehen
1.「春」 Fruhling
2.「九月」 September
4.「夕映えの中で」 Im Abendrot
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通常の並びを数字で示しましたが、このCDの収録順は上記のとおりで、「眠りにつくとき」が一番最初に歌われます。中間部の極めて美しいヴァイオリン・ソロが一曲目で、なんとなくもったいないというか、味わうには冒頭すぎる雰囲気もある。
これを聴きながら追悼します。
もちろん、アラベラ、アリアドネ、カプリッチォ、聴きます。
おわり

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1400- 「3出休み」? いつまで続ける前代未聞ルール、全日本吹奏楽コンクール

2012-10-23 21:51:35 | アート・文化

第60回全日本吹奏楽コンクール
http://www.ajba.or.jp/competition60.htm

中学 2012年10月31日(水) / 名古屋国際会議場
高校 2012年11月1日(木) / 名古屋国際会議場
大学の部 2012年10月27日(土) / 宇都宮市文化会館
職場・一般の部 2012年10月28日(日) / 宇都宮市文化会館

高校の部、行けません。
いくら土地勘のある名古屋とはいえ、平日東京からは無理無理です。あきらめます。
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それで、ブログタイトルの件ですけれど、
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3出休制度「3年連続全国大会に出ちまうと、翌1年間は吹奏楽コンクール出場不可。」
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うますぎる状態が続くとコンクールに出られなくなる。これは審査員の耳悪を棚に上げた史上最低の暴挙であるといえよう(こーほー風)
ありえない(笑)
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Wikiで「全日本吹奏楽コンクール」をググると文中、当制度の理由として「できるだけ多くの人に全国大会を経験して欲しい」という引用がある。「できるだけ多くの学校に全国大会を経験して欲しい」というところだろうね。
端的に言うと、レベルがワンランク下の学校でも全国大会に出場できるということになる。生徒たちの意欲も増す。ワンランク下の学校はたくさんあるのでそのなかで優劣を競い合えば自ずとみんなうまくなる可能性も広がる。メリットがたくさんある、そんなところかな。
だからといって努力の成果を積み上げれば積み上げるほど、積み上げた甲斐がなくなる学校もある。吹奏楽名門校に入学したはいいけど、うまい下手にかかわらず、大会に1年間絶対に出ることができない可能性が生まれた。これはもはやコンクールとはいえないのでは?
問題の解決方法をルール改変にすり替えた。と、傍観者には思えます。(無責任ですみませんが)
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1970年のルール改変で順位制をやめ、金・銀・銅にしたあたり、既に問題が内在していたとみます。このルールだと最低でも3位。29校でて、1位か2位か3位に必ず入るのと変わりありません。この時点でコンクールというよりも発表会に近い。予選がコンクールで本選は発表会なのです、と言われればそうですかとしか言えませんけれど何かわりきれないものがあります。
金銀銅にしても問題は解決せず、3出休といったルールになったのでしょうか。
何のためにやっているのかわけがわからなくなっちまいました、私の感覚では、ですが。
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では、なにが問題で、どうやって解決すればいいのでしょうか。
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問題は「審査員の耳。」で、解決方法は「翌日金賞グループによる再演奏順位制。」
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問題点と解決方法がうまくリンクしてませんが、フィギュアスケートなみにがんじがらめにしたとしても「目で見る」と「耳で聴く」では全く異なります。まぁ、トリルを因数分解して波形にしてみて揃っていた、いなかったを採点の基準にするなら別ですが。
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「審査員の耳力」が一番問題だと思います。昔と比べ物にならないぐらい技術向上が激しくて団体ごとの差もなくなりつつあり、これまでと同じように採点するのは困難になった、ということであれば進化しなかったのは審査員の耳だけという話です。
採点基準がモヤッとしていて閾値は明確ではなく、グレードでモヤッと仕切られていると思うので、匿名であろうがなかろうが、誰がどういう採点であったか、わかったとしてもソー・ホワットでしかないと思います。
解決策ではありませんが日常的に「耳を良くする」ことが必要で、そのためには、通年で吹奏楽を聴き、かつ越年できれば何年か連続で日ごろから吹奏楽に接することが出来る人が審査委員の中に最低でも3人ぐらいは欲しいと感じます。審査員というのは自分がつけた採点に責任を持つわけですから、その採点の根拠として、大会の演奏比較だけでなく、何を基準に聴いたのか、といったあたりを日常的に聴ける環境にあり、またその努力を行なえる人、手っ取り早く言うと経験者なのかもしれませんが、吹奏楽の文化の流れに精通した人たち数人が相応の根拠をもって言える人がつけてほしい。つまり日常的に耳の練習をした人が必要です。今の審査員の現状はそうではないと思います。
現状は、金銀銅はつけれるが、1位2位3位4位5位~29位はつけれない。金銀銅の責任の軽さと、順位をつける責任の重さは比べ物にならないので、出来ない。ということではないのかな。
これが原因の全てで金銀銅制になったなどというつもりは毛頭ありません。単に順位制を好きな自分からの斜め見です。また、
実状がよくわからないので無責任な話ではあるのですけれど、まだら模様な審査員の方々、課題曲はもちろん事前に全て譜面をみて、模範演奏を生聴きして、さらに自分でピアノを弾くなり、模範演奏を聴くなりといったことをおこなっていると思いますけれど、自由曲についてはどうなんでしょうか。同じように譜面を予め確認して音、響きを確かめ、あるいはCDメディアなどを聴いて確認しているのでしょうか。
本当によくわかりませんね。
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それで解決方法は、高校野球並みのトーナメント方式は無理か、ならばフィギュアスケートなみのディテールこだわり採点か、はたまた、こうゆうのはどうでしょうか。
今のモヤッとした金銀銅でもある程度のラインはそれなりに正しいと思いますので、金賞校による、翌日決戦。金賞校は翌日、再演奏して今度は順位を争う。金賞校による1位2位3位決定戦を行なう。審査員も大変でしょう。大変なのがあたりまえなのですよ。
私の解決方法は飽くまでも1位の優勝校一校を決める方式にこだわります。個人的にはこっちの方がすっきり。頂点を目指す。
おわり

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1309- 東京フルトヴェングラーフォーラム2011

2011-10-28 00:33:55 | アート・文化

F1

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東京フルトヴェングラーフォーラム2011
http://www.kt.rim.or.jp/~otakesan/F%20forum.pdf
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11月3日(祝)14時より本郷中央教会
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・シンポジウム
研究会代表の野口剛夫さん
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・演奏
フルトヴェングラー作曲ピアノ三重奏曲
フルトヴェングラー作曲ピアノ四重奏曲 世界初演
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東京フルトヴェングラ―研究会
http://www.kt.rim.or.jp/~otakesan/furt.htm
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1304- 半世紀前にあった「マーラー・センチュリー」Saturday Review 1960.7.16

2011-10-11 00:10:00 | アート・文化

写真はニューヨークの50年前のマガジンです。日本でもここ10年ぐらいですか異常なマーラー状態です。
1970年代にポツポツと大曲演奏はありました。カラヤン&ベルリン・フィルが来日して悲劇的を普門館で演奏したのも1970年代。
http://blog.goo.ne.jp/kappamethod1/d/20100610
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さらに、1980年代からどんどん増え始め、バブルの大きさとサウンドのそれが比例するかのような盛り上がりをみせ、そのままやむことなく今の今まで果てしもなくマーラー演奏が続いているわけです。演奏者の腕っぷし試にはいいのかもしれませんが、そろそろなんとかなりませんか。まぁ、お金を払った甲斐があるだけの音量ではあるので、損した感じにはなりませんねたしかに。

貼り付けてあるのは、マーラーがメトで振ったオペラのリスト、それに同じくマーラーがニューヨークで振ったコンサートのデータです。興味のある方は拡大してみていただくか、印刷してください。他のページもマーラー関係の記事がありますが省略します。
最後の写真は裏表紙です。
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1303- コラボっちゃった?日本フルトヴェングラー協会&東京フルトヴェングラー研究会。

2011-10-09 19:13:25 | アート・文化

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ずっと宇宿絶賛記事が一面にちりばめられていたあいかわらずのずれまくり協会でしたけれど、今回は追悼記事でクローズアップ。次回からはきっちり元に戻ってほしいと思います。
それで、二三日前に届いた協会冊子に東京フルトヴェングラー研究会のパンフレットが一枚挟まっていた。どちらともお仲間なので個別には違和感はないのだが、融合しちゃったのかしら。
研究会の方は演奏会中心で最初から聴かせてもらってますが、歴史的には協会の半分以下でこれからも続いてほしい気持ちはあります。野口さん。
こちらは例によってフォーラムがあるようですね。
2011年11月3日
「フルトヴェングラー・フォーラム in 東京 2011」
フォーラム基調講演
「芸術は爆発だ、岡本太郎とフルトヴェングラー」
祝日ですしみなさんもお出かけしてみたらいかかでしょうか。
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ところで協会の方ですが、次回の頒布は結構まともです。研究会CD2枚もありますが、本流のWF番号のCDが2セット出るようですし。
次々回は大型資料、宅配別送というものらしくこれまた楽しみですね。
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日本フルトヴェングラー協会
http://furtwangler.gr.jp/top01.html
シンプルですねー。
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東京フルトヴェングラー研究会
http://www.kt.rim.or.jp/~otakesan/furt.htm
同じく。
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1176- ワルター、トスカニーニ、クライバー、クレンペラー、フルトヴェングラー

2011-01-30 00:25:00 | アート・文化

有名な写真ですが、よりオリジナルに近いと思うんですが。

ブルーノ・ワルター

アルトゥーロ・トスカニーニ

エーリッヒ・クライバー

オットー・クレンペラー

ウィルヘルム・フルトヴェングラー

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1012- 歴史的 遷都君 1300年 すべらないコースター

2010-05-19 23:24:30 | アート・文化

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今年は平城遷都1300年です。思えば長い年月でした。
地域限定のコースターをいただきました。
このコースターはすべりません。
背筋をシャキッと伸ばし、一口ウィスキーを飲んだら垂直に置く。これがコツですね。
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平城遷都1300年祭

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979- ジミー メト・デビュー40周年2010-2011シーズン

2010-03-02 00:10:00 | アート・文化

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メトロポリタン・オペラの2010-2011シーズンプログラムが発表されております。このシーズンも賑やかなものになるでしょう。

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【ニュー・プロダクション】

ラインゴールド

ボリス・ゴドゥノフ

ドン・カルロ

トラヴィアータ

中国のニクソン

オリー伯爵

ワルキューレ

【レパートリー・プロダクション】

ナクソス島のアリアドネ

アルミーダ

ボエーム

カプリッチョ

カルメン

ホフマン物語

コジ

ドン・パスクヮーレ

西部の娘

アウリスのイフィゲニア

ランメルモーアのルチア

魔笛

オルフェオとエウリディーチェ

ペレアスとメリザンド

スペードの女王

リゴレット

ロメオとジュリエット

シモン・ボッカネグラ

トスカ

トロヴァトーレ

ヴォツェック

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ジェイムズ・レヴァインがこのオペラハウスで最初に振ったオペラがトスカ。197165日のことです。それから長い年月を経て次シーズンで40年になるというわけです。音楽監督になったのは1976年ですがどちらにしても長い。これほどのオペラ人間もざらにはいないし、ニューヨークのオペラ好きから愛され続けた棒振りもいない。天性の抜けるような音楽、そしてずぶずぶにはまったワーグナーでさえいつでも抜け出せそうな清らかさ。

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このシーズンの注目はリング・サイクルのニュー・プロダクション。ロベール・レパージュの演出です。2010-2011シーズンはラインゴールドとワルキューレ、翌シーズンがジークフリートと神々の黄昏。前回のプロダクションはオットー・シェンクの演出で、1986922日の月曜日の夜8時に始まったオープニングナイトは85ドルのパルテール席に忍び込み何が何だかわからないまま消防車が待機していたというフィナーレの炎と煙だらけのハウス、そこに妙に清らかに鳴り響いた最後のピアニシモ。シェンクのプロダクションはこのワルキューレから始まって4シーズンかけてリング・サイクルしたのだった。

今回は時代の流れなのか、2シーズンでニュー・プロダクションを完成させるようだ。そしてそのあとは全部まとめて一気に敢行。

初台の新国立劇場でも再演とはいえ、2夜ずつ2シーズンでやるわけだからこれはこれですごい。初台の200120022003200420092010は記憶に残るリング・サイクルではある。このあと一気に4夜できれば、それこそ神々も降りて来よう。

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メトの方は、昔みたいにジミーが一週間に5回振るとか、土曜マチネーの昼夜振るとかといった無尽蔵のエネルギーも少しばかり枯れてきていてほかの実力者があらわれている。そこらへんはまた別の機会に。

それでもワーグナーは手放せない。彼が振るしかないのだ。バイロイトで閃きのパルジファルを何度か振るうちにワーグナーの経過時間はどんどん長くなり、カミタソのプロローグ+第1幕なんて2時間15分ぐらいまでいってしまったわけだが、味わい深くてこくのありすぎるワーグナーがレパージュのプロダクションとどう折り合っていくのか観所聴き所満載。

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グルックの演目が二つあるのも注目。

イフィゲニアでは、スーザン・グラハム、プラシード・ドミンゴなどがアナウンスされているが、ドミンゴは歌えるのか、ちょっと心配なところもあります。

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いずれにしても、エンタメのまちマンハッタン、それに流れそうないつものメト。山とあるエンタメの一つにしか過ぎないオペラ。娯楽の一つ。それにしても、この豊富なプログラム。1シーズン住めば極楽も天国になる。

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978- 新国立劇場、メト 2010-2011シーズンプログラム

2010-03-01 00:10:00 | アート・文化

初台の新国立劇場も、ニューヨークのメトロポリタン・オペラもそれぞれ2010-2011シーズンの演目が発表されました。

初台は新制作4演目を含む合計10演目。

マンハッタンの方はニュープロダクション7演目を含む28演目となっております。

初台の方はメトと規模が二回り違うとはいえ、昔のように来日公演がメインだった頃とは雲泥の差です。10数年でこのような充実感、根付きのための歴史、バックボーンはそれなりにあったということでしょう。

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初台

メト

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初台2010-2011

【新制作】

アラベラ

トリスタンとイゾルデ

マノン・レスコー

コジ

【再演】

フィガロ

アンドレア・シェニエ

夕鶴

トラヴィアータ

ローゼンカヴァリエ

マダム・バタフライ

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メト2010-2011

【ニュー・プロダクション】

ラインゴールド

ボリス・ゴドゥノフ

ドン・カルロ

トラヴィアータ

中国のニクソン

オリー伯爵

ワルキューレ

【レパートリー・プロダクション】

ナクソス島のアリアドネ

アルミーダ

ボエーム

カプリッチョ

カルメン

ホフマン物語

コジ

ドン・パスクヮーレ

西部の娘

アウリスのイフィゲニア

ランメルモーアのルチア

魔笛

オルフェオとエウリディーチェ

ペレアスとメリザンド

スペードの女王

リゴレット

ロメオとジュリエット

シモン・ボッカネグラ

トスカ

トロヴァトーレ

ヴォツェック

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ということでマンハッタンに1シーズン住めば初台3年分ぐらい住んだことになるかもしれない。

メトも初台もどれもこれも観逃せないものばかりだ。初台のキャストも充実しており、メトのオールスターキャストの方針とは異なるとは言えないだけに、数の力学では負けてしまうのだが、そのかわり、日本語の字幕が付く。

字幕の効果は抜群で、簡単に言うなら予習も何もいらない。映画と同じようにその日にその場でストーリーを追えばいいのだ。そのオペラを初めて観る人、オペラそのものを初めて観る人、どちらにもその効果は絶大。ワーグナーなんて、あるとないではまるで大違い、だ。

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初台も10数年の年月を重ねてきた。演目、歌、劇の充実度はもちろんのこと、バックステージで舞台やらなんやらの経験を積んできている人もたくさんいると思う。この人たちの積み重ねが今もこの後も大きくものをいう。

常設のオケがいて劇場付の歌い手がいて、メトのレヴァインのような存在があればなにもいうことはない。

おわり

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941- メトロポリタン・オペラ 2009-2010シーズン ライブHDとラジオ放送ガイド

2009-12-23 16:40:27 | アート・文化

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メトロポリタン・オペラハウスから案内が今頃になって届きました。差出し元のポスト印がなぜかフランス。どんな経路できたのかしらないが、今はシーズン真っ盛り。

今回の案内は今の2009-2010シーズンのブロードキャストについて。

メトは大昔から、土曜日マチネー公演のライブをラジオ放送で流しており、街中に溢れる海賊盤のLPCDはほぼ全部これのコピー。河童もその昔当地で、オープンリールデッキTEACX2000Rで直取りしたものを多数持ってます。土曜日はその公演を聴きに行っているか、雪のある真冬以外はチャリでセントラルパーク7周の日なので、留守録。

大部分は、オープンからカセットに落とし、もっと後になってからは、DATにダビングして保存。

カセットテープは当時、最高の品質でこれ以上ないレベルまで達してましたので、メトの放送の音質のことを考慮するとあまり音質のレベルダウンは感じない。つまりもともと良くないFM放送。その頃DATがあればよかったのでしょうが時代がまだそこまで来ていなかった。

その後DATにダビングしたのはいいですが、今度はDATが衰退、撃沈。オペラ録音の道具としてはあんなに便利なものはないと思うのですが、スタンダード・モードで180分までまる取りできたのに、なぜか撃沈。今のCDRのふがいない収録時間に比べたら完全に凌駕。先に出たメディアが後に出たメディアを凌駕していたというのも変ですが、この時代、大は小を兼ねる必要はないということなんでしょう。時代の価値の位相がよじれてしまった。今の収録時間しかないCDRに、愛聴DATに眠っている音源をコピーする気にはなれない。DVDへの手もあるが入り乱れるフォーマットの乱立でちょっと躊躇。

DATのときもディジタルフォーマットのため著作権問題があり、混乱したまま衰退。CDDVDも再生オンリのときはおとなしかったが、一般大衆がいざRつまり録音、録画ができる時代になって混乱。HDDからの録画のソフトルールをマニュアルで確かめるまでもなく量販店で売っているメディアの多様性?を見れば、鬱陶しいことこの上ない。

機種により再生、録画が不可、さらにはマシンの方が壊れるかもしれない、などと平気で書かれた粗悪なハードレベル。そして著作がらみのソフトルールに辟易。

いつも通り脱線しました。

メトの土曜日マチネーは毎週あり、パルジファルもやるのですが、そんなときは通常の2時の開演ではなく、0時半とか1時スタート。休憩入れて終わるが6時半とか。ジミーの第1幕はカミタソもそうですが十分すぎるぐらい時間をかけるので大変。留守録も大変。10号リール9.5センチ速にして、休憩のあたりにオートリバース検知の銀紙を事前に貼り付けて、本人はチャリ。はたまた徒歩5分のメトの現場で直聴き。

8時から夜公演をひかえているわけですから、それはもうみんな、大変。

そんなスリリングな土曜日ですが、マチネーのラジオ・ブロードキャストに加え、ピーター・ゲルブになってから方針強化で、日を選び映像の生放送もされるようになった。ゲルブの路線でシネマ・オペラ、劇場公開用の直取りというわけだ。

ラジオも映像もどちらも生ライブで観聴きができるわけだ。現場で聴いている人には関係ないけれど。

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名づけて、

Live in HD and Radio Guide

2009-10 Season

というガイド本が届いたわけです。

今の時代、ネットでサイトを見れば同じデータのことはすぐにわかるわけですが、こうやって手に取ってコーヒーを飲みながら見る、ときの流れ、頭の骨休めには最高ですな。

HDというのはHigh-Definition transmissionsのことです。

今の時代、カメラ移りがよくないとダメ。その昔メトで、XXさんのサロメを観ましたが、歌は横に置くとしても、踊りとかなによりも容姿なんだろうね問題は。聴衆は苦笑いというかなんともいえないゆがむにゆがめない苦笑となったことがあったのですが、それはそこにいた人たちだけが観たものであり、音のブロードキャストだけなら何の問題もありません。街中にある昔の海賊盤は、もしかしてそれはそれでラッキーなことなのかも。

オペラのDVDは、至近距離の映像で、喉の奥とか毛穴まで覗き込みたいとは全く思わないが、そんな映像が多い。メトはばかでかいオペラハウスなので遠めの映像でデフォルメされた感じで撮ってほしいものだ。三脚っていうんですか、ビノキュラスでは腕が疲れるなどといって、ファミリーサークルでは、三脚に双眼鏡をセットして観てました。なんていう人もおりましたね。

メトは日曜日はお休み、土曜日はマチネーと夜があるので、結局、週7回公演。

最終的に、月、水、金、土シリーズ聴きまくり。木金土火はお隣でニューヨーク・フィルハーモニックの定期公演があるのでダブらないように慎重に。

NYPは火曜日のサブスクリプションは穴なのでこれはずっと会員を張っていた。メータは腐るほど見た。弛んでいた時代ではありますが。。。

それで、海賊盤作成のために今シーズンのメトの放送日データも貼り付けておきます。

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820- 札響を聴きに北海道へ行こう

2009-04-27 00:30:00 | アート・文化

2009426日の日経新聞日曜版のアート探究欄にエリシュカ指揮の札響のことがデカデカと半面使い掲載されている。共感の美文だ。

個人的には札響を生で聴いたことがない。ずーと昔、音楽雑誌で付録にEPがついている月刊誌みたいなもの(たしか学校経由で買った?)に札響の演奏もあったような記憶がかすかにある。

指揮者のエリシュカは名前を最近聴いたような気がするだけで、その前は全く知らなかった。

今日のこの掲載記事を読む限りにおいては、飛んで札幌まで行く必要があるようだ。幸い今回の演奏はライブCDが出るようなので、出来上がったらまず買って聴いてみよう。

月に2度の定期というから5月か6月には日が合えば行って聴いてみたい。

日経の文を書いている編集委員ですが、いつもは短い中にそつなく手際よくまとめている。今日の記事は長い。問題もある。ゲネプロを聴いて、本番を聴いた後で書いた文章なのだ。いくらでも美文に出来る。予定調和ではなく結果調和で書ける。

ゲネプロを聴いて本番前に新聞で紹介するとかならまだわかるが、あまり言ってもしょうがない、仕事だと思うのでそれはそれで良しとしよう。でも、この新聞記事を見てからでは聴きにいけない。

ゲネプロではチェコのローカル色を前面に押し出した練習のように見受けられるが、本当にそうだったのだろうか。そうだったのだろう。そこにいた人が一番よくわかる。

言葉を換えてこう言ってもいいのではないか。チェコの曲の解釈を移植しに日本まで来た。のだと。

その昔、ギュンター・ヴァントは一人で何回もNHKso.を振りにきた。彼がブルックナーを振るたびに思ったこと、それは、真っ白なオーケストラにブルックナーというものの在りかを教えてくれた。その一言に尽きる。すさまじい安定感があった。そしてヴァントの素晴らしいところは、そのブルックナーがローカルなものではなく、普遍性をもった曲として聴かせてくれたこと。これからブルックナーの世界が日本にもやってくるのだと示してくれた。そしてその通りになった。同じくNHKso.を振っていたミヒャエル・ギーレンのマーラー。あれも同じようなものだったように思う。

この記事で得たものは結果であり情報としてはとくに何もない。

それと、Vのサウンドの表記までは言わないが、コシュレルはコシュラーの読みでいいと思う。

おわり

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778- お水取り

2009-02-28 22:10:00 | アート・文化

2月も終わりですね。

3月になると、東大寺二月堂のお水取りがあります。

一昨年ちょっと行きました。

始まる前の場所取り。

Dscn0702

はじまりそうです。

Dscn0703_2

はじまりました。寒かったです。

写真もふるえてます。

Dscn0704

ふるえっぱなし。

Dscn0705

今年も行きたいですね。

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