1964年にベトナム・トンキン湾内の公海上で、米海軍駆逐艦マッドクスが北ベトナムから攻撃をうけたというでっちあげをもとに、米国政府は北ベトナムへの空爆を始めた。アメリカ合衆国がベトナムの泥沼にはまって身動きならなくなるきっかけだった。
2003年にはサダム・フセインのイラクが大量破壊兵器を隠し持っていると国連で虚偽の宣伝をし、アメリカはイラクに攻め込んだ。フセインは死刑になり、イラクの政治の主導権を握るイスラム教徒がスンニ派からシーア派に変わった。スンニ派の現政権批判者や、旧イラク軍の元軍人たちが「イスラム国」に集まっている、と言われている。
「イスラム国」の人質となっていた人々のうち、トルコ人、フランス人、イタリア人、スペイン人、ドイツ人には解放の例があるが、イギリス人、アメリカ人、日本人の人質は殺された。アメリカ政府とイギリス政府はテロリストとは交渉しないと明言している。
米国・ワシントンDCでは、ダニエル・ラッセル国務次官補が2月4日、「イスラム国」による人質事件への日本の対応に関して、テロリストに対する日本政府と安倍晋三首相の断固とした態度を称賛した。日本政府が身代金支払いに応じなかったことを踏まえて、日本人や他国の人々を守るための決意と勇気を示した、と語った。(朝日新聞2月5日夕刊)
正確を期すために米国務所のサイトからラッセル国務次官補の発言を英文で紹介しておく。
ASSISTANT SECRETARY RUSSEL: ……We also commend the Japanese Government and Prime Minister Abe for a resolute stand against hostage takers, against terrorists, against an effort to collect ransom in exchange for human life. We believe that the Japanese Government showed determination, firmness, and courage ・that in the long run will protect Japanese citizens and the citizens of other countries as well.
ここで、命と引き換えに身代金を集めようとするイスラム国のやり方に、日本政府が断固反対する立場を堅持していたことが、米側から明らかにされた。
日本政府は国会で、①2014年12月3日、後藤さんの妻から、犯行グループからメールで接触があったと連絡を受けた。しかし、②2015年1月20日以前の段階では「イスラム国」)と特定できなかった③2014年8月に湯川さんの行方不明を把握したあと政府がヨルダンの首都アンマンに置いた現地対策本部のスタッフは1月20日まで増員されていなかった④後藤さんの妻へ届いたメールの内容や、日本政府とヨルダン政府の交渉の内容も明らかでない、などの点を示した。
要するに、政府が何をやっていたのか、国民は何も知らされていないのである。さらに朝日新聞の報道によれば、安倍首相は2月4日の衆院予算委で「一切言わないという条件で情報提供を受けている。特定秘密に指定されていれば、そのルールの中で対応していくことに尽きる」と述べた。
一方、はっきりしていることはたくさんある。安倍首相は2月4日、憲法改正の国会発議とその賛否を問う国民投票の時期について、来年夏の参院選後との認識を示した。
3年の自民党総裁任期を現行の最長連続2期から同3期へ延長する案が浮上している。長期政権への準備である。
安倍首相は在外日本人の安全確保のため大使館の防衛駐在官の増員が必要だと国会で述べた。
2月1日には「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります」という談話を出した。2月3日夜には自民党の派閥の会合で、「日本は変わった。日本人にはこれから先、指一本触れさせない。その決意と覚悟でしっかりと事に当たる」と述べた。(朝日新聞)
2月1日の安倍首相のたかぶった談話は海外メディアの格好の材料になった。ニューヨーク・タイムズは、
Departing From Japan’s Pacifism, Shinzo Abe Vows Revenge for Killings
と、おどろおどろしい見出しを掲げた。安倍首相の言った「その罪を償わせる」は英訳すると “to make the terrorists pay the price” となり、ブッシュ元米大統領が9.11を受けて叫んだのと大いに似た発言だった。だからこそ、revenge の語がタイムス紙の見出しになった。
安倍政権による、2015年度予算案の防衛費は過去最高額になった。集団的自衛権行使を容認した2014年7月の閣議決定後、初の当初予算案で、4兆9801億円を計上したほか、垂直離着陸輸送機オスプレイ5、6機のステルス戦闘機などの購入・武器修理費などに計約2.6兆円分の「ローン」契約を明記した。(東京新聞)
「日本をふたたび世界の真ん中で輝く国にする」ための「積極的平和主義」のかけ声の下で、安倍政権は何をやろうとしているのか。そのかたちがはっきりとした輪郭を見せ始めた。この動きは、「イスラム国」による後藤・湯川両氏の殺害で高まった日本国民の憤慨をテコにして、増幅されている。「イスラム国」による2人の日本人殺害は、安倍首相が「日本をとりもどす」という個人的な心情の実現の好機になった。
したがって、後藤・湯川の両氏の殺害と、日本政府の対応の一部始終が、特定秘密の闇に葬られないようにしなければならない。2014年12月3日から2015年1月20日までの、日本政府の締まらない対応の理由を明らかにするのが、国会での野党の仕事である。そこには、平和主義国家日本と将来の積極的関与主義国家日本をつなぐミッシング・リンクとして、後代の歴史家が注目するような事実が隠されている可能性がなきにしもあらずだからだ。
(2015.2.8 花崎泰雄)
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