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news commentary

鞭に代えて銃

2018-02-22 22:44:55 | Weblog

1990年代のことだったと記憶している。シンガポールで駐車中の車にスプレーで落書きをしたアメリカ人の男子高校生が、シンガポールの裁判所で鞭うちの刑を言い渡されたことがあった。当時のビル・クリントン米大統領が野蛮な鞭うち刑をやめるようシンガポールに要請した。だが、シンガポールは、野蛮な刑というがこの刑は植民地時代に宗主国っであったイギリスが持ちこんだものだと反論。鞭声粛々とむち打ち刑を執行した。イギリスだけでなく、日本にも「笞杖徒流死」の五刑があった。

英国では学校でも鞭打ちが行われた。公立・私立を問わず、お行儀の悪い生徒(主として男子)を校長や教師が鞭打っていた時代があった。いまでは法律によって禁じられている。

学校での銃乱射による悲劇が絶えない今の米国では、教師に鞭の代わりに銃を持たせようという気分が広がっている。新聞によると、最近乱射事件があったフロリダの高校の犠牲者の家族らがホワイトハウスを訪れてトランプ大統領と懇談。その席で、教師や学校職員に銃を持たせてはどうかという提案が出席者からあった。提案に対してトランプ大統領が賛意を表明したという。

米国の教師が銃を携行して教壇に立つようになるかどうか、まだ不明だ。銃をもった教師が教壇に立てば、銃を持つ教師の横暴から身を守るという理由で、生徒が銃を教室に持ち込むようになるかもしれない。そういえば1950年代に『暴力教室』(blackboard Jungle)というアメリカ映画がヒットしたことがあった。

(2018.2.22 花崎泰雄)

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メルケル政権の脱原発政策の理念

2018-02-08 21:21:21 | Weblog

[ドイツ=小野フェラー雅美 2018.2.8]

日本版ウィキペディアは東日本大震災を次のように説明している。「2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一発電所事故による災害である」。福島第一原発の事故は、大規模な地震災害がもたらした併発事故という括りがされている。ドイツでは一般に「フクシマにおける原子力大災」と呼ばれ、地震という自然災害より人災である原発災害に焦点が当てられた表現となっている。

2011年3月11日に福島で起った原発災害の直後に行われたドイツの州議会選挙の結果は、福島の事故の影響を大きく受けた。3月11日の災禍の前に選挙があったハンブルクでは前回の結果と比べて大きな変化は見られなかったが、ザクセン・アンハルト(3月20日)、ラインランド・プファルツとバーデン・ヴュルテンベルク(3月27日)、ブレーメン(5月22日)では、以前から脱原発を謳っていた緑の党が過去最高の票を集めた。

その結果、バイエルン州と共にドイツ経済を牽引しているバーデン・ヴュルテンベルク州(ダイムラー、ポルシェ、アウディなど自動車産業で潤う)では州政府の政権交代に発展した。緑の党と社民党(SDP)との連立政権が成立し、キリスト教民主同盟(CDU)とドイツ自民党(FDP)は与党から野党に回った。

International Journal for Nuclear Powerの統計(2016年12月31日現在)では、ドイツは世界で8番目の8基の発電用原子炉を持っていた。粉塵や二酸化炭素排出の問題を持つ火力発電に比べて「きれいなエネルギー」といわれていた原子力発電に対し、ドイツでは1970年代から懐疑的なグループによる反原発運動が起こっていた。それに拍車をかけたのが1986年のチェルノブイリ原発事故だ。中南部ドイツも汚染され、子どもを砂場で遊ばせないよう指導があり、雨の日の外出を控えるよう警報が出された。その年最初の子が生れた筆者を含め母乳の自主的検査も行われた。ドイツでは1kgにつき600ベクレル以上のセシウム137を持つ食品の流通が禁じられている。南ドイツでは30年以上を経た今でも茸や根菜類を食す猪肉のセシウム汚染調査が続けられ、現在も破棄される猟獣がある。

実は、ドイツでの脱原発の動きは2011年から始まったわけではない。1998年に成立した緑の党とドイツ社民党(SPD)との連立政権下、シュレーダー首相(SPD)が選挙で公約していた「脱原発」を実行に移し、2000年には各電力供給会社と政府が徐々に電力の原発依存率を落とすことに合意。原発停止の段取りは時期と量とで一応法制化された。

2003年と2005年に大手の原発2基が停止された。その後、2005年のCDUとCSU(キリスト教社会同盟)とSPDによる第1次メルケル大連立政権と2009年の第2次メルケル連立政権(CDU/CSU+FDP)は、脱原発の方向は堅持するも、2010年に既存の原発の稼動延長を決定した。この決定をめぐって国中で議論が白熱化した。その只中にフクシマ原発事故が起った。

2011年の福島における原子力大災は、第2次メルケル政権の原子力発電政策を180度転換させた。2011年3月のフクシマの惨事以来一時休止されていたドイツの8基は、同年夏には完全停止された。残る8基の原発も2017年(1基)、2019年(1基)、2021年(3基)、2022年(3基)と、原子炉が0基となるまでの原発停止年が「原子力基本法」第7条第1項で法的に定められた。同時に、各地方自治体に対して、輸入電力も含め、ドイツで使用される電力を原発由来でない「再生可能」エネルギーへ移行させることが指示された。

ライプチヒ大学で物理学博士号を取得しているアンゲラ・メルケル氏が2011年6月9日に行った施政演説は、本題に入る前に、3ヵ月前に起こった福島大災を詳細に語り、日本の被災者への心からの見舞いの言葉で始まった。その演説でメルケル氏は脱原発の理念を明確に示した。

「日本のような工業大国でさえ、原子力の持つリスクを完全に制御できない……無に等しかった確率の『残存リスク』が起きてしまった、という事実を認める者は、政策決定の前提である評価を新たにやり直すべきであり……リスク予想、確率分析の信頼性が根底から崩れた今、政府は何世代にも亘る大きな災いをもたらすリスクを宿す原発に将来の国民の運命を委ねられない」

「先秋、エネルギー協議の際、原発稼動延長に力を入れた私自身が、議会ではっきり言えることは、フクシマが私の原発への態度を根底から変えた、ということです」とメルケル氏は強調し、段階的脱原発詳細への決議の経緯、電力供給網の近代化を含めた代替エネルギーへの移行過程とそれに必要な監査システムの設置や、並行した(個人家屋も含めた)建築分野での省エネ建築への移行などを詳しく述べた。その一部は以下の通り。

①政府は原子炉安全委員会に全原発について詳細な安全試験を委託し、安全なエネルギー供給のための倫理委員会を発足させ、両委員会の結果報告書を基に、8件の法案と条例を議決した。

②原子力基本法の変更。ドイツでの原子力発電利用は2022年に終わる。

③8基の稼動停止直後のエネルギー供給の保障、電力の安定した供給のため発電拠点に十分な化石エネルギーを予備。

④当座2回の冬季期間のみ、停止された8基の内の1基を予備として稼動可能な態勢に置く。これもフクシマ大災後の反応から学んだことであり、人間が判断して起こりえない事態が想定されるとしても、万一の事態に備える態勢は敷いておかなければならない。

⑤将来のエネルギー供給の中心は再生可能エネルギーであるべきだ。2050年までに再生可能エネルギーの割合を60%、電力では80%を目標とする。2020年までに消費電力の最低35%を、風力、太陽、水その他の再生可能なエネルギー源から賄う。

⑥野心的な再生可能エネルギーの増設やそれに必要な供給網の拡充とともに、国内全体のエネルギー効率を上げなければならない。その中心にあるのが、個人家屋を含めた建物の分野だ。ドイツのエネルギーの40%がそこで消費され、それは全CO2排出の3分の1を占める。2020年までにこの分野の電力消費を10%落とすことを目標とする。


ドイツ政府による脱原発は、その環境保護目標と切っても切れない縁をもつ。それは、2020年までにドイツの地球温暖化ガス排気量を1990年の値の40%まで落とす、という目標だ。8基の原発が停止された2011年末以降、化石エネルギーなどを用いた火力発電による代替エネルギーの顕著な拡大は見られなかった。これは、再生可能エネルギー(風力や太陽光を用いた電力)を代替とする政策が今の所功を奏している結果といえる。

また、2011年、2012年にフランスなどからの輸入電力が増加した形跡もない。2011年末の8基停止の直後、すなわち2012年の初めは、ふつう暖房に電力が必要となる冬場で、前年、前々年の同時期比の再生可能エネルギー生産は42%増となった。これは、再生可能エネルギーへの切り替えがスムーズに行われた結果と見てよい。

ちなみにドイツの電力は自国消費量を大きく上回って生産され、2016年には51テラワット/時を輸出した。輸出先はオランダ、オーストリア、スイスなど。再生エネルギーと言いつつフランスから原発電力を買っているではないか、ということをよく聞く。このデータは輸入量のプラス・マイナスの結果なので、無論買っている部分もあるのだが、全体像を見ると原発電力で車を生産している、ということにはならないようだ。

筆者は2006年にEUの電力事情を視察に来た東京電力幹部と仕事をしたのだが、EU各国間の電力の売買には既に長い歴史があり、各国は夏時間などのメリットを使って、より安価な電力を売り買いし工業生産に必要な電力などを賄っている。

2010年と2017年の統計を比較すると、エコ電力(風力、水力、太陽光、バイオマス)の割合は予定通り増え、これからの大勢を一応示唆している。

 

                                                                   2010年                               2017年

  電力生産総量(テラワット/時)              605                                     654

  内再生可能エネルギー                                  17 %                                 31.1 %

  原子力発電                                                 22%                                  11.6 %

  火力発電石炭                                               19 %                                 14.4 %

  火力発電褐炭                                               23 %                                  22.6 %

  火力発電天然ガス                                         13 %                                  13.1 %

 

(細かいことだが、天然ガスについてはメルケル政権前の時代にパイプラインを引いた際のロシアとの買い付け協定があり、早急に需要を落とせない背景がある)

 

メルケル氏が繰り返し強調している点は、2050年までに、輸入電力をふくめ80%の使用電力の由来を上記エコ電力で賄う国にもってゆくことだ。

停止と同時に原発の解体撤去作業が始まる。これがなかなかな問題だ。GE特許により建てられたドイツ最古のカール原発の解体撤去には稼動年数25年を大きく上回る34年を要し、建設費を大幅に上回る1.5億ユーロを費やした。ドイツの「原子力基本法」は、廃棄証明なしの原発運営を許さない。「廃棄証明」とは、稼動停止後最低30年かかる燃料棒の冷却と温度管理や除染を含めた完全廃棄と最終保管までの運営への州管轄当局の許可を指す。電力会社には「完全停止後の」廃棄手順の詳細な遂行と報告が義務付けられている。

作業は汚染建屋の破砕と破砕物質の除染と埋立だが、問題は大きく3つある。①小型ショベルカーの「遠隔操作」(人は乗っていない)による解体では遠隔操作作業員や周辺住民の健康への配慮、汚染チェックは必須②複雑で時間の掛る除染作業、外界を汚染物質の影響から遮断するため、停止された建屋をコンクリートなどのドーム状の建物で覆い、その中で行われることが多い③除染済み建設廃棄物の最終保管地がない。誘致した自治体での仮保管管理が長期化する。燃料棒は完全停止後も冷却されねばならず、その温度制御を含め生物の健康に害を与える放射性物質は厳密に管理され続けられねばならない。セシウム137の場合は半減期である30余年間、テクネチウム99は21万年、ネプツニウム237は210万年かかる。

低価格な選択肢が別にある。建物全体をコンクリートで封じ込める、チェルノブイリで採られた選択だ。この選択によると、セシウム137に関しては30年以上に亘る漏れなどの厳密な点検を必要とし、半減までの状態の注視もあり、最低一世代分の期間、居住不可能な地域ができる。

さきにふれたカール原発の解体撤去では、180万トンの除染済み建設廃棄物がグライフスヴァルト原発の敷地内に一時保管された。これは東西ドイツ合併前の東独が持っていた旧式な原発で、1989年の合併直後のチェックの結果停止されたもの。旧西独の原発操業電力会社はこの解体撤去費用を稼働中に蓄えることを義務付けられていたが、国で運営していた旧東独にはその蓄えがなかった。日本はどうなのだろう?

2017年停止のバイエルン州の一基は、34年稼動後、去年12月末に完全停止され、電力網から外された。操業電力会社は州の管轄当局に停止後の核燃料棒の冷却、温度制御方法、除染・廃棄手順など、放射性物質汚染在庫品目録を含めた詳細にわたる「停止コンセプト」を提出し、登録された外部第三業者による汚染検査も含め、許可管轄局下に後始末をしなければならない。

2011年6月のメルケル演説後、筆者は、南ドイツの原発拠点に隣接する市で、市長による2012年の新年の施政演説を聞いた。1万人弱の小さな市ながら、40%あった隣接市原発由来の電力を半年で0にできた、と市長は言った。筆者は、その40%の電力の1/3を、耕地に太陽光発電パネルを立てることで賄った農場主を知っている。電力消費量の多い重工業を抱える都市には同様な時期内の移行は難しいだろうが、各地方自治体に自治体が必要とする電力の由来変更を課する、という政策は成功していると思う。

一方で、大手電力会社は政府を相手取って何億ユーロにも上る訴訟を起した。2010年に政府が決定した原発運転延期路線をもとに各電力会社は稼動続行の方向で投資を進めていた。それが2011年の脱原発への方向転換により覆され、見込まれていた売上の達成も、撤去のための費用積立もしえなかった、という。これには理がある。この訴訟の決着はまだついていない。

2017年以降、ドイツ発のディーゼル・スキャンダルを通し、自動車産業全体が電気自動車への移行を目指し始めた。限られた化石エネルギーはいつか代替を必要としていたが、電力供給容量が今までの計算では合わなくなる可能性が出てきた。それを踏まえ、電力供給達成目標のハードルはより高くなりそうだ。

国際的な工業立国として脱原発を目指すドイツは政治的にも経済的にも先駆的役割を果たしており、その先行きは各国の注視の的となっている。ドイツの選択のあと、ヨーロッパで同じ選択で続いたのはベルギー(2025年完全停止)とスイス(2034年)のみ。原発大国フランスはその路線を堅持しているが、75%あった原発由来の電力供給量を2025年までに50%まで落とすことを2014年の10月に決定している。

現在、主要工業国のひとつと看做されているドイツが、その生産性と気候環境保護を維持しつつ、原発依存エネルギーをゼロにもっていけるかどうか、世界から注目されている。

 

 <参考文献>

http://www.sueddeutsche.de/politik/regierungserklaerung-zur-energiewende-merkel-erklaert-den-atomausstieg-zur-herkulesaufgabe-1.1106773

https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-06-09-merkel-energie-zukunft.html

https://de.statista.com/statistik/daten/studie/153533/umfrage/stromimportsaldo-von-deutschland-seit-1990/

http://www.kas.de/wf/doc/kas_30751-544-1-30.pdf?151210102433

https://www.financescout24.de/wissen/ratgeber/atomausstieg

https://www.bfs.de/DE/themen/ion/umwelt/lebensmittel/pilze-wildbret/pilze-wildbret.html

https://www.bundesregierung.de/Content/DE/Artikel/2017/12/2017-12-29-akw-gundremmingen.html

http://www.klimapark-rietberg.de/?p=1076

https://www.heise.de/newsticker/meldung/Deutlich-mehr-Strom-kam-2017-aus-erneuerbaren-Energien-3924755.html

 

 

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核戦略あれこれ

2018-02-04 22:56:18 | Weblog

そういえば「大量報復論」という議論があった。1950年代、アイゼンハウアー米大統領、ダレス国務長官の時代の核戦略理論だ。アメリカの核兵器が当時のソ連に対して圧倒的に優位に立っていた時代だった。アメリカがその敵国に対して壊滅的な核攻撃を行う能力を持っていることを示すことで、敵国に攻撃を思いとどまらせることができるとする核抑止論のはしりだった。

大量報復論はソ連が核戦力で急速に米国に追いつき、米国と同じ大量報復能力をもったことで、説得力を失った。いや、その前に核軍事大国のにらみは、朝鮮戦争や第1次インドシナ戦争で効き目がないことが露呈していた。

次に出て来たのが「柔軟反応戦略」だ。通常戦力から核戦力まで、起こりうる戦争の規模の各段階で対応できるように米国の戦力を整備するという考え方だ。アイゼンハウアー時代の大量報復論を批判したケネディー大頭領の時代になって浮上した非核戦力の重要性の再認識である。

マクナマラ国防長官の時代、議論はさらに精緻にして非情なものとなった。攻撃する側から第1撃をうけても、相手側に受け入れがたいほどの損害をあたえる能力を維持しておくという「確証破壊」の理論と、戦争が起きた場合、米国の人口と産業への損害を限定的なものにするという「損害限定」の理論が編み出された。確証破壊とは相手人口の3分の1、産業能力の3分の2を破壊することである。産業施設や都市が核攻撃の目標になった。

米国が確証破壊能力を持つことで、対抗上ソ連も確証破壊能力を持つにいたった。安全保障のジレンマである。そういうわけで、相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)の時代が始まった。MADnessの上に不安定な平和のバランスが保たれているという狂気の時代の核神学である。

ニクソン大統領の時代なってマクナマラの相互確証破壊の理論が一部修正された。都市の破壊だけではなくより限定的な攻撃目標の設定と、抑止力が無効になったばあいでも、大規模核戦争にいたらないよう紛争を終結させる柔軟性に力点が置かれた。

カーター政権は、全面核戦争をのぞいて、規模の小さい核戦争では、ソ連の政治指導部を攻撃する能力の必要性を唱えた。

レーガン政権はソ連の核ミサイルが米本土に着弾する前に破壊する戦略防衛構想を打ち出した。

ブッシュ(父)政権ではソ連が崩壊し核削減の方向へ動き出した。クリントン政権でも引き続き核削減の意欲を示した。ブッシュ(子)政権は、核抑止力は「ならず者」国家には有効でないとの認識を示した。ならずもの国家は自国民の生命や財産を賭けてならず者の振る舞いをしているからだ。オバマ大統領は「核なき世界」を提唱した。唱えただけで実行ははかばかしくなかった。

第2次大戦後の米国では大統領が交代するたびに、米国の安全保障の要と考えている核戦略の基本構想が修正されてきた。このたびトランプ米大統領が新しい核政策で、小型核弾頭の開発・配備、非核攻撃に対しても核で反撃する可能性があることを公にした。

核攻撃は米国が広島と長崎に対して行った2例があるのみだ。現代の水爆は広島型原爆と比べて想像を絶する破壊力があると推定されている。だが、そのメガトン級の水爆が実際の都市の上で爆発する様子を見た人はいない。核弾頭を乗せたミサイルが陸上の発射基地や原子力潜水艦から発射され、設定された目標に到達し、目標を破壊する様子はシミュレーションやハリウッドの映画でしか見たことがない。

戦略・戦術はペロポネソス戦争から現代のアフガニスタン戦争、イラン攻撃までの実戦を例に議論されるが、核戦争は実際の経験がなく、コンピューター・シミュレーションをもとに戦略を組み立てるしかない。

核弾頭の小型化し、爆発力を抑えて非核攻撃に対して核兵器を使うということは、核先制攻撃の表明である。これが相手方に対して米国やその同盟国に対する攻撃を手控えさせるきっかけになるのか、新たな核軍拡競争の引き金になり、余剰小型核兵器が拡散し、偶発核戦争の種をまき散らすのか。だれにも分からない。

「北朝鮮」が米国の核の脅しを屁とも思わない「ならず者国家」なら、トランプ大統領の新核戦略を気にも留めないだろうし、ロシアと中国は核軍拡に動き出すだろう。小型の戦術核を使った戦争は戦略核を使った全面戦争へと発展する。核戦略をめぐる理論のうち、神話でない部分はこのdoomsday theory だけである。

(2018.2.4  花崎泰雄)

 

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黄金の便器

2018-01-29 22:38:21 | Weblog

このニュースは旅先のホテルのテレビで見た。

ドナルド・トランプ米大統領がホワイトハウスの飾りにゴッホの『雪のある風景』を借用できまいかとニューヨークのグッゲンハイム美術館に依頼した。

美術館から丁重な返事があった。申し訳ありませんがゴッホのあの絵は原則貸出し禁止になっており、お貸しできません。代わりにこれはどうでしょうか、と18金の便器の貸し出しを提案した。

抱腹絶倒のお話だが、報道によれば、これは昨年9月のことで、トランプ氏の「シットホール」発言以前の出来事だった。

報道によると、ホワイトハウスの美術担当者のドナ・ハヤシ・スミス氏が、ホワイトハウスの大統領レズデンス(公邸部分)の装飾用に貸し出しを要請し、グッゲンハイムの主任キュレーターのナンシー・スペクターが要請を断った。このやり取りはeメールで行われ、グッゲンハイム美術館もホワイトハウスもかん口令が敷かれていたが、その交信記録を手に入れたワシントン・ポスト紙がすっぱ抜いた。伝えられるところでは、スペクター氏はトランプ大統領に批判的だったという。

ゴッホの代わりにスペクター主任キュレーターが提案した18金の便器は、イタリアの芸術家マウリッツィオ・カッテラン氏の作品で作品名が『アメリカ』。

順番から言えば次のようになる。カッテラン氏が成金アメリカを風刺し、トランプ氏の金色好きを風刺してスペクター氏がホワイトハウスに金の便器の貸し出しを提案した。ガッツのある話ではないか。そのあとトランプ氏が「シットホール」と言った。

日本の安倍首相はトランプ氏に金色のテーブルクロスを贈っている。

(2018.1.29 花崎泰雄)

 

 

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核抑止力

2018-01-20 22:16:30 | Weblog

「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら生きるに値しない」

さきごろレイモンド・チャンドラーの長編7作を完訳し終えた村上春樹の『プレイバック』の訳文である。原文では、フィリップ・マーロウは次のように言っている。

“If I wasn't hard, I wouldn't be alive.  If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.”

「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている意味がない」。私の若いころにはそんな言い回しで流行った。ハードボイルド小説の美学だった。村上春樹氏も訳書『プレイバック』(早川書店、2016年)巻末の訳者あとがきで、マーロウのこの決め台詞の過去の訳文を詳細に解説している。

「個人と国家はともに、たとえば自由のような普遍的な道義原則によって政治行動を判断しなければならない。ところが、個人はこのような道義原則を擁護するために自己を犠牲にする道義的権利を持っているが、国家は、自由の侵害に道義的非難を加えて政治行動の成功――このこと自体が、国家生存という道義原則によって導かれているのだが――をおぼつかなくするような権利は何らもっていない。……抽象レヴェルの倫理は、行動をそれが道徳律に従っているかどうかによって判断する。政治的倫理は、行動をその政治的結果如何によって判断する」

ハンス・モーゲンソーの有名な『国際政治(第5版)』(福村出版、1998年)の1節である。

2017年のノーベル平和賞受賞団体・「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長が1月16日、衆院第1議員会館で、国会議員と討論した。

フィン事務局長は、核の抑止力は神話にすぎず、日本は核兵器廃絶に向けたリーダーになれる、と呼びかけた。『ハフィントン・ポスト』によると、佐藤正久・外務副大臣が、「日本を取り巻く安全保障環境は戦後最も厳しいと言っても過言ではない。核兵器禁止条約は現実の安全保証の観点を踏まえていないため、署名することはできない」と発言した。

フィン事務局長が、①アメリカや世界にある核兵器は北朝鮮の核開発を押しとどめる抑止力として役に立たなかった。核の抑止力は神話である②むしろ核開発を煽ってきた③北朝鮮が核兵器を持つことに不安を感じるのは、核兵器が平和と安定をもたらさないことをだれもが知っているからだ、と主張した。

これに対して、佐藤外務副大臣は①核兵器禁止条約の目指す核廃絶というゴールは共有している②北朝鮮の核は差し迫った脅威である③日本国民の命と責任を預かる政府としては、米国の抑止力が必要だ、と反論した。

フィン事務局長は安倍首相との面会を日本政府に求めたが日程の都合により実現できないと断られた。

安倍首相は去年8月9日、長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長に「あなたはどこの国の総理ですか。今こそあなたが世界の核兵器廃絶の先頭に立つべきです」といわれたことがあった(東京新聞)。

安倍首相を頭に日本政府の面々はその行動規範として、モーゲンソーのいう道徳律よりも政治倫理を優先させるリアリストであり、レイモンド・チャンドラーのいうhard と gentleの二項対立のhard面に固執する。

「核の抑止力は神話である」とするICAN事務局長・ベアトリス・フィン氏と、北朝鮮の核の脅威を喧伝し、米国の核を至上の安全保障政策とする日本国総理大臣・安倍晋三氏と間の火を吹くような討論を見たかった。米露英仏中印パの核の抑止力があって世界の平和が守られているのか、北朝鮮の核だけが平和の攪乱要素なのか、核抑止力というのは幻想であって、実際は核の不安定なゲームが繰り広げられたにもかかわらず、幸運にも世界は何とか破局を免れて来たのか、安倍首相の深い洞察力を誰もが知りたがっている。

安倍首相は2016年9月の第71回国連総会で次のように演説した。

「議長、北朝鮮は今や、平和に対する公然たる脅威としてわれわれの正面に現れました。これに対して何ができるか。今まさに、国連の存在意義が問われています。北朝鮮は、SLBMを発射しました。その直後には、弾道ミサイル3発を同時に放ち、いずれも1000キロメートルを飛翔させ、我が国排他的経済水域に着弾させました。このとき民間航空機や船舶に被害がなかったのは、単にまったくの偶然に過ぎません。北朝鮮は本年だけで、計21発の弾道ミサイルを飛ばしました。加えてこのたび9月9日には、核弾頭の爆発実験に成功したと宣言しています。核爆発実験は、今年の1月に次ぐものでした。しかし一連のミサイル発射と核弾頭の爆発は、景色を一変させるものです。北朝鮮による核開発は、累次に及ぶ弾道ミサイル発射と表裏一体のものです。北朝鮮は、疑問をはさむ余地のない計画を、我々の前で実行しているのです。今やその脅威は、これまでとおよそ異なる次元に達したと言うほかありません」

フィン事務局長が上記の安倍・国連演説を引合いに出し、安倍首相自ら核の抑止力の破綻を認めているではありませんか、と詰め寄った時、安倍首相がなんと応じるか、興味があったのだが……。

(2018.1.20  花崎泰雄)

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旅費について

2018-01-15 19:59:41 | Weblog

さきごろ尖閣諸島周辺の接続水域内を潜航した中国海軍の潜水艦が攻撃型原子力潜水艦だったと防衛大臣が1月15日に公表した。カメラの前で「領土保全や国民の生命財産を守るための態勢を一層進める」と語るはずの安倍首相がテレビに出てこないので、どうしたのかなといぶかっていたら、彼はバルト三国・東欧訪問の旅に出ている最中だった。

それにしても、安倍首相は暇を見つけてはまめまめしく海外に出張する人だ。もっか日本とバルト三国の間になにか緊急にして重要な問題が浮上しているようには見えないから、この訪問は友好関係の基盤整備事業のようなものである。新聞などには北朝鮮問題と関連していると書かれているが、地政学的にはバルト三国は北朝鮮から遠い。

ところで、朝日新聞(2018年1月15日付朝刊)によると、安倍首相は、今回の訪問を含めると第2次安倍政権の発足から5年1カ月で76カ国・地域を訪問した。首相在任期間が5年5ヵ月だった小泉純一郎氏の49ヵ国・地域を上回るのだそうだ。

舛添・前東京都知事の海外出張経費が話題になっていた2016年に、衆議院で安倍首相の外遊旅費について質問書が出され、それに対して政府が答弁書をだした。それによると、安倍首相は2012年12月の首相就任から2016年5月までの間に41回の外国訪問を行った。そのうち40回分については決算・清算が終わっており、総額で費用は87億7400万円だった。

87億円余のお金が過剰か、妥当か、少なすぎるか、あるいはお金が有意義に使われたのかどうか、この判断は難しい。とくに意義については、ないと主張しようにも具体的な証拠がなく、あると主張しようにも具体的な証拠がない。

去年の4月ごろイギリスのインディペンデント紙がトランプ米大統領の旅費について記事を掲載したことがあった。それによると、トランプ氏は就任10週間で日本円に換算して26億円ほどの旅費を使ったそうである。オバマ前大統領が最初の2年間で使った金額にあたる。

トランプ大統領の旅費のほとんどがフロリダの別荘マララーゴで週末を過ごすためだった。大統領の旅行ともなれば多額の警備費用がかかる。

一国の最高指導者の旅行ともなれば金はかかるだろう。そのうえ、使い過ぎだといって注意する上司もいない。いるのは、じゃんじゃん使って言い仕事をしてくださいという、ごますりばかりだろう。

そのお金を使う指導者の方だが、これだけの金を使うにふさわしい仕事を自分はやっているのだろうかと、旅先でわが身を振り返ることがあるのだろうか。

(2018.1.15  花崎泰雄)

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Does Size Matter?

2018-01-06 23:31:03 | Weblog

 Does Size Matter? なんて見出しをつけるとちょっとあぶない話かなと誤解されそうだが、お話したいのは性事ではなくて政治のこと。ただし、こちらの政治の話も危ない。もっと危ない。

キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が今年の元旦メッセージで「合衆国はわが国の核ミサイルの到達圏内にある。核のボタンは常時わが執務室のデスクの上におかれている」と豪語した。新聞やテレビ、インターネットのニュースでご覧になったことだろう。キム・ジョンウン氏に対抗して、合衆国のドナルド・トランプ大統領もツイッターを使って咆哮した。「わが方の核ボタンはもっと大きくて、もっと強力である」。

相互確証破壊(mutual assured destruction, MAD)の時代、あのmadnessの時代でも、キム・ジョンウン―トランプのような声高な恫喝合戦は聞こえてこなかった。一般大衆には見えない、声も聞こえない外交のバックチャンネルで脅迫合戦が繰り広げられた。普通の人には「我が国は先制核攻撃の権利を放棄しない」程度の抽象化した声しか聞こえてこなかった。リチャード・ニクソンはベトナム戦争終結に手を焼いていたころ、「ニクソンが怒りにまかせて手に核のボタンを持てば、もはや誰も制しようがなくなる“マッドマン”だということを北ベトナムの連中に信じさせたい」と言ったそうだが、それは北ベトナムや国際社会に対して明言したのではなく、ニクソンの側近にこぼした愚痴であった。

したがって、二国間関係を憎悪と敵意の言葉の応酬から計量分析する外交的危機の研究手法を用いると、米朝関係は戦争の瀬戸際に立っている。1962年のキューバ危機の際の米ソ対決は、派手な罵り合いは表だってなかったが、米艦艇がカリブ海をブロックし、その封鎖線に向かってソ連船が突き進んで行くという具体的な事実があって、皆が震え上がった。おそらく米大統領・ケネディもソ連首相・フルシチョフも震えていたことだろう。

キム―トランプ間には憎悪の言葉の交換はあるが、この2人はテレビで映像を見ている限りでは、かれらの容姿・振る舞い・発言がマンガチックで、どこかの首相のように心底北の脅威を感じる気にも、アメリカの核の傘を無邪気に信じる気にもなれない。俺のボタンはお前のより大きい、なめんじゃないよ、だって。ははは。

1月3日のニューヨーク・タイムズ紙の記事によると、アメリカ合衆国大統領は核のボタンというものを持っていないそうである。大統領付の武官が提げているブリーフケース、俗に核のフットボールとよばれているものの中には、核攻撃のための手順書、核ミサイルの基地一覧、トランシーバー、そして秘密コード入力装置が入っている。核のボタンはレトリックにすぎない。

ニューヨーク・タイムズ紙の見立てによると、おそらくキム・ジョンウン氏の執務室のデスクにも核のボタンはないだろうということである。北朝鮮の長距離ミサイルは液体燃料を使っており、燃料注入に数時間かかる。ボタンを押して、はい、発射というようなものではないらしい。

笑い事では済まないのは、一国の最高指導者が核による恫喝をかたやツイッターに書き散らし、かたや喚き散らすという、その粗雑なメンタリティーである。トランプ大統領のメンタリティーに関しては、米上院にも危惧する議員がいて、ボブ・コーカー上院外交委員長は昨年、大統領の核使用権限に歯止めをかけるための公聴会を開催している。

(2018.1.6  花崎泰雄)

 

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ああ除夜の鐘が鳴る

2018-01-01 00:45:53 | Weblog

「そもそも議会は、人民を代表するものとされてきたが、この原則自体が非民主主義的なものである。なぜなら、民主主義とは人民の権力であって、人民の代表が人民に代って権力を行使することではない。議会が存在するということは、ただそれだけでは、人民の不在を意味する。真の民主主義は、人民自身の存在をもってはじめて可能となるのであり、人民の代表によってうみだされることはない。議会は権力の執行から人民を合法的に引き離すための機関となってきた。大衆は政治から疎外され、代表機関が人民の主権を横取りしてしまった。人民の手に残されたものは、欺瞞的な見せかけだけの民主主義であり、それは、たかだが投票箱に一票を投ずるための長い行列によって示されるようなものである」

どこの国の民主主義を論じているのでしょうね。いまの日本かもしれませんね。このあいだの総選挙の小選挙区で自民党は48%の得票率で議席獲得率が75%ですからねえ。1年ちょっと前のアメリカの大統領選挙では、得票数ではヒラリー・クリントンがドナルド・トランプを上回っていましたが、選挙人獲得数では逆にトランプがクリントンを上回りました。

次に、もう一つ。

「国家はあらゆる政治社会における最高の強制権力だ、と説かれている。だがその強制権力は実際では、その社会で生産手段(instruments of production)を所有するひとびとの利益を保護し助長することに使用される。国家は与えられた階級関係の体系を維持する意志を表現しており、その最高強制権力をこの目的に使用することで、そうしている。結局、この権力は、国家の防衛諸力(defence forces)から成り立っている。この防衛諸力は、最後の瀬戸際に、生産手段の所有者の意志を、そういう所有から排除されたひとびとに押しつけるためにつかわれる」

ふむふむ。こういう国はどこにでもありそうですね。アメリカ合衆国の政治は金満家に乗っ取られたようにも見えます。「生産手段」を「毛並」と言いかえると日本の政治の現状のようにも見えます。「党・官僚(軍を含む)・企業家」と換言すれば、お隣の中国のようにもみえますね。最後の一行など、かつての天安門事件を思い出させます。

最初の「そもそも議会は……」で始まる引用は、ムアンマル・アル・カッザーフィ『緑の書』(藤田進訳、第三書館、1980年)から。カッザーフィとはリビアの、あの、故カダフィ氏です。なぜか、書棚の奥から今日ポロリと出てきました。カダフィ氏自身は独裁の実践者ですから、ゴーストライターがいたとしても、“筆先三寸”というか、口は重宝なものというか、そうした本の見本です。ですが、独裁者が観察しても普通の人が観察しても、政治の陥穽は同じところにあるというのが面白いですね。

二つ目の引用は、ハロルド・ラスキ『政治学大綱』(日高明三・横越英一共訳、法政大学出版局、1967年)。私が好きな政治学の教科書の1つで、いまでも、パラパラとページをめくることがあります。原著は1925年から1938年にかけて版を重ねてきた政治学の古典です。

年月がたっても政治は変わらないというか、ちっともよくならない、場合によっては後退もする、という感慨です。とりとめのない話になりました。除夜の鐘が鳴っています。団地の中なので近くに寺はありません。テレビの音声です……。

(2017年12月31日 花崎泰雄)

 

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遠い太鼓

2017-12-20 23:13:14 | Weblog

去年のいまごろ、ジャズ・ピアニスト、バド・パウエルのことを書きその中でバドの葬式に一役買ったジャズ・ドラマー、マックス・ローチにちょっとだけふれた。そのマックス・ローチが享年83歳で鬼籍に入ってから、今年でちょうど10年になった。

18歳のとき、マックス・ローチはもうニューヨーク・ハーレムのモンローズ・アップタウン・ハウスというクラブでドラムを叩いていた。そのときアルト・サックスを吹いていたのがチャーリー・パーカーである。1950年ごろにはマイルス・デイビスの「バース・オブ・クール」に参加した。

1953年カナダのトロントで演奏して評判になった『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』は、「これがビーバップの誕生だ」とされる記念碑的な録音になった。そのセッションでドラムを叩いていたのもマックス・ローチだ。 マッセイ・ホールのセッションには、チャーリー・パーカー、 ディジー・ガレスピー、 バド・パウエル、 チャールズ・ミンガスらが参加していた。ベースのチャールズ・ミンガスとはピアノのデューク・エリントンを交えたトリオで「マネー・ジャングル」(1963年)を制作した。このアルバムのなかの Very Special という曲が、私は好きである。

才気煥発なミンガスとローチがデューク・エリントンに激しく挑みかかる。これに対してエリントンが、ピアノが壊れるのではないかと心配になるほどの強さで鍵盤をたたいて、ミンガスとローチの2人に応じる。やがて曲が進むうちに、デューク・エリントンが2人の曲者・ローチとミンガスを従えて演奏している姿が鮮明になってくる。

マックス・ローチがクリフォード・ブラウンと組んだ1954年から1956年にかけての演奏も大好きだが(マックスのドラミングよりクリフォードのトランペットがもっと好きだが)、惜しいことにクリフォード・ブラウンが1956年に事故死して、ローチ&ブラウンの演奏は聞けなくなった。ローチ&ブラウンのコンボでピアノを弾いていたのが、バド・パウエルの弟のリッチー・パウエルで、クリフォード・ブラウンはリッチー・パウエル夫妻の車に同乗していて事故に遭った。この交通事故でクリフォード・ブラウンとリッチー・パウエル夫妻の3人が死んだ。1956年のことだった。

クリフォードとリッチーの2人を突然失ったマックス・ローチはふさぎ込んで深酒をし、喪失感から立ち直るのに数年かかった。クリフォード・ブラウンの死から4年。マックス・ローチは1960年に、人種問題と政治問題を詰め込んだ、難解なアルバム We Insist!  Freedom Now Suite をリリースした。

曲目を並べただけで、アルバムの政治性がはっきりとわかる。

 Driva' Man,

Freedom Day,

Triptych: Prayer, Protest, Peace,

All Africa,

Tears for Johannesburg.  

アルバムに盛り込まれているのは、1950年代から始まったアフリカ系アメリカ人による人種差別に対する異議申し立てと、アフリカへの関心の高まりだ。

なかでも、Tears for Johannesburg は当時の南アフリカ政府に対する抗議を込めた曲だ。1960年、南アフリカ政府の人種差別政策に抗議するためにシャープビルの警察署前に集まった人々に対して警官が発砲し200人以上の人が死傷した。シャープビル事件と呼ばれている。事件が起こった3月21日は現在では南アフリカの「人権の日」、国連の「国際人種差別撤廃デー」になっている。

ニューヨーク・タイムズ紙のマックス・ローチの訃報を読むと、マックスが『ダウンビート』に「社会的な意味を持たないものは、今後二度と演奏しない」と、このアルバムのリリース後に語っている。We Insist!  Freedom Now Suite でテナーサックスを吹いたスウィング・ジャズの大物・コールマン・ホーキンスは抗議のサックスを激しく吹き鳴らした。その激しさは2年後になっても残っていて、コールマン・ホーキンスのニューヨーク・ビレッジゲートでのライブ『ホーキンス! アライブ!』の「ジェリコの戦い」でその政治的音色を使った。

We Insist! Freedom Now Suite にはあふれるばかりの政治性があるが、それとみあうだけの音楽性があるか? そう問い詰められると、今となっては即座にイエスと言えない。音楽に政治的メッセージをつぎ込んで、なおかつその音が心にしみるようにする工夫は難しい。

だが、We Insist! Freedom Now Suite を聞くと、半世紀前の1960年代のアメリカ社会がはっきりとした輪郭で蘇ってくる。私の知人のアメリカ人夫婦は大学生時代に公民権運動支援のためにアメリカ南部に出かけ、そこで知り合い、恋におちた。そして子どもをうみ育て、何冊かの本を書き、彼らの子どもが結婚して子どもを生み、2人はジジババになった。マーティン・ルーサー・キング牧師は公民権運動を指導し、1964年にノーベル平和賞を受賞し、1968年に暗殺された。ケネディー大統領暗殺によって副大統領から昇格したジョンソン大統領は、人種差別や貧困問題を解消すべく「偉大な社会計画」を唱えたが、一方で、アメリカをベトナム戦争の底なしの泥沼に引きずり込んだはてに、政治から引退した。アメリカがベトナムから撤退したのは1970年代になってからである。

  ふつふつと煮えたぎる湯にふつふつと思う 人のなす業(わざ)のいくつか

      (『時 小野フェラー雅美歌集』短歌研究社 2015年)

 

(2017.12.20 花崎泰雄)

 

 

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だんまりはあんまりだ

2017-12-09 23:27:55 | Weblog

トランプ米大統領が12月6日、エルサレムがイスラエルの首都であると認め、テルアビブの合衆国大使館をエルサレムに移転するとの大統領布告に署名した。

布告にはこんなことが書かれている。合衆国の外交は筋の通った現実主義に立脚し、それは明白な事実を正直に認めることで始まる。連邦議会は1995年にエルサレム大使館法を可決し、合衆国がエルサレムをイスラエルの首都と認め、駐イスラエル合衆国大使館をエルサレムに移転するよう求めてきた。立法化から22年、今がその時だと判断した。この遅れていた現実の承認は、合衆国とイスラエルとパレスチナ人の平和希求にとってともに有意義である。

トランプ大統領は、スラエルとパレスチナの双方が受け入れられる和平交渉へ向かって引き続き努力すると言明したが、多くの国の首脳がトランプ大統領を非難した。

新聞を拾い読みすると、当然のことだが、中東地域では、パレスチナ自治政府のアッバス議長が、パレスチナとイスラエルの和平プロセスはもちろん、中東地域全体、ひいては世界に危機をもたらす、と批判した。ヨルダン国王のアブドゥラ2世、サウジアラビアのサルマン国王が懸念を表明、トルコのエルドアン大統領は越えてはならない一線だ、と発言、イランの最高指導者ハメネイ師は、米国は中東政策を行う資格がないと批判した。

ヨーロッパでは英国のメイ首相がトランプ大統領の決定に同意しないとし、フランスのマクロン大統領もエルサレムはイスラエルとパレスチナ双方の首都であると発言、ドイツのメルケル首相も支持しないことを表明した。ロシア、中国も政府高官が米大統領の決定に懸念を表明した。

トランプ大統領のゴルフ友達である日本の安倍首相は、今のところ、だんまりを続けている。毎日新聞によると、河野外務大臣はトランプ氏の中東和平促進への努力を評価すると前置きしたうえで、情勢悪化を懸念していると発言した。菅官房長官は「予断を持って発言することは差し控えたい」といつもの調子だ。

識者の中では田中明彦・政策研究大学院学長が面白いことを言っている。「北朝鮮問題には米国の責任ある関与が不可欠で、日米の足並みが乱れているとの印象を北朝鮮に与えるのはリスクが高い。エルサレム首都認定は米国内の支持者向けで、ある意味で内政問題。(日本政府が)トランプ大統領を表だって批判するのはリスクが高いと考えるのは当然だ。パレスチナ問題に強い利害を持つ欧州諸国とは事情が異なる」。

田中学長のコメントの笑えるところは、中東和平の主導的仲介者としてふるまってきた米国が、これまでのスタンスをちゃぶ台返しにするような態度に出たことについて、ある意味で内政問題だという見立てである。内政問題のために世界の安全保障を顧みないトランプ大統領の外交音痴の恐ろしさを知らないわけではないだろうに。次に、日本は北朝鮮の脅威があるから、パレスチナに利害を持つヨーロッパ諸国のようにトランプ大統領を非難するのは得策ではないという判断である。ヨーロッパは北朝鮮の脅威から遠いが、北朝鮮がこの9月に核実験を行った際、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領は、北朝鮮を厳しく非難する共同声明を出した。安全保障問題を世界規模で見ていることの証左である。米国が激しくイスラエル寄りに舵を切った今回のエルサレム首都承認も、北朝鮮の核ミサイルに劣らない世界の安全保障上の重要問題なのである。外交政策には利己的な面が強く出てくるが、それがあまりにも見え見えだと、日本ってなんて身勝手な国なのでしょう、と国際社会に不信感をもたれる。

北朝鮮の核とミサイルは、米国と対等な立場で米朝関係を交渉するための北朝鮮の道具である。核とミサイルの標的は米国である。日本が北朝鮮の脅威をひしひしと感じるのは、日本が米国の忠実な子分であることと、地理的に米朝の間にあることによる。中国やロシアが世界戦略の一環として、日本に核ミサイルの照準をあてていることは十分懸念されるが、政府もメディアもそのことを喧伝しない。つまり、米中関係、米ソ関係がまだ最悪の事態になっていないから、米国の子分である日本国も大きな不安を感じなくてすむのである。

ここで突然、話は変わるが、天皇の生前退位の日程が正式に決まったさきごろの皇室会議では、新聞報道によると、退位日に関していくつかの異なる意見が出たらしいのだが、詳しい記録は公開されなかった。

朝日新聞によると、菅義偉官房長官は会議の詳細なやりとりを公表しない理由について、「国民がこぞってお祝いすべき日に関するものであって、どなたがどのような発言をされたかを明らかにすることは必ずしも好ましくない」と皇室会議が合意したためだと強調した。詳細な記録については「作成しない」と明言した。詳細は菊のカーテンの奥に奉納された。

日本国憲法1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 (2017.12.9 花崎泰雄)

 

 

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