熨斗(のし)

のし(熨斗)について、趣味について、色々なことを綴っていきます

赤そばの里ー中川村

2011-09-28 07:31:19 | 風景

中川村の赤そばの花が見ごろを迎えていました。

朝、日の出前の赤そばの里は静かで、朝梅雨に濡れた赤そばは、

  

朝日が当ると赤く輝き、目覚めます。

 

この赤そばは「高嶺ルビー」という品種のそばで、

1987年に信州大学の教授がヒマラヤの標高3800mの所に咲く、赤い花のそばを

日本に持ち帰ったのが始まりであると云う記載は、箕輪にある赤そばの里にも書いてありました。

今は長野県内色々な場所で赤そばを見る事が出来ます。

 

この中川村の赤そば花まつりの会場はJR伊那田島駅の直ぐ近くで・・・

烏帽子岳を望む里に飯田線が走っていく風景が見られます。

  

日が上ると、少しづつ人が増えて来ました。

 

 

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小八郎岳から見た南アルプス

2011-09-26 08:41:39 | 風景

 

三連休の2日目、晴天の兆し。

朝5時に起きて雲一つない南アルプスの撮影に行きました。

・・・と言ってもここ飯田、下伊那地方は南アルプスから日が上るので、

日が上ってしまうと逆光になってほとんど写真が撮れなくなってしまいます。

高森町、もみじ平から見た夜明け前の伊那谷の風景です。

     

まだ、少し時間があったので、近くの小八郎岳まで行ってみました。

最近の山ブームで、里山にも県外の登山者が沢山来ます。

この日は、登山口の駐車場に名古屋、多摩、岐阜などのナンバーの車が停まっていました。

小八郎岳から烏帽子岳、奥念丈岳まで縦走する事が出来ますが、日帰りは難しいです。

小八郎岳に上り始めると木々の間から朝日が差し込んで来ました。

山頂近くの展望台から下を見ると、家々の屋根と蛇行した天竜川に朝日が当り、きらきら輝いて見えます。

正面には南アルプスがシルエットの様に見えます。

 

小八郎岳(1475m)山頂です。

山頂には片桐小八郎之霊という碑が建っています。

この片桐小八郎と云う人ー

この地の武将で、この山の山頂に城を構えて夏はここで過ごしたらしいです。

保元の乱(1159年)で源頼朝の父義朝に従い手柄を立て、平治の乱(1159年)で戦死したと

いう話でしたが、この頃の書物には名前も出ているらしい勇敢な武将らしいです。

後ろを振り返ると2195mの烏帽子岳。

正面は八ケ岳から長野県南端の熊伏山まで一望できます。

  

写真左側のぎざぎざの山が鋸(のこぎり)岳(2607m)、中央のとんがりが仙丈岳(3033m)、

そして右端が北岳(3192m)。北岳は日本で第2位の標高です。

 

左から塩見岳(3047m)、小河内岳(2801m)、中央から右、東岳(3141m)荒川岳(3083m)

一番右側の大きな山が赤石岳(3120m)です。

こんなに見晴らしの良い場所に城を構えていたんだ・・・。

眼下に見える広い農地ー全てが自分の物だと思うほど大きな気持ちになったかもしれない。

 

長野県には県民のほとんどが歌える「信濃の国」という歌があります。

長野県南部、飯田下伊那地方には、「下伊那の歌」があります。

「赤石は山並み青く、天竜は川波白く・・」

と始まる下伊那の歌。

まさに、飯田下伊那を一望できるこの様な場所から見た風景なのだろう。

*南アルプスは赤石山脈とも云われ、赤石岳は飯田市のほぼ真正面に位置します。

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

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初秋の中央アルプス

2011-09-24 00:35:06 | 風景

23日台風一過、透き通る空気の中で、中央アルプスは今年一番の雄姿を現していました。

目の前に見える山は、左から越百(こすも)、南駒ケ岳、空木岳です。

台風が去ると思い出す、この台風一過という言葉。

以前にも書いたような気がするのですが、娘はこの言葉、小さい頃は

(台風一家)だと思っていたと言っていましたが、意味はー台風の様な大変な家庭の事ー。

先日話した友人も同じように(台風一家)だと思っていたと言っていたのですが・・・

でも意味が違っていました。ー台風の家族の事ー。

日本列島を縦断した台風15号家族、四国辺りの風は台風長男の仕事、

名古屋周辺の一番酷かった場所は、お父さんが一吹き。

お母さんは早々東北の方でちょっと雨を降らしながら、

娘は長野県の山で雨を降らしながらついでにちょっと見学って・・・そんな台風15号一家をイメージすればいいのかな?

 

   

飯田から40分ほど北に向かった駒ヶ根近く、そんな台風15号一家の被害もあまりなく、そばの花も、稲も倒れていませんでした。

駒ヶ根に着くと木曽駒ケ岳が見えて来ました。

 

雲一つない今日の中央アルプス。

千丈敷きカールも山荘もロ-プーウェイも、はっきり見えます。

よーく見たら山を歩いている人が見えないかな・・・とじっと目を凝らしてみました。

   

黄色く色づいた田んぼ。

お日様が高くなって来たら、赤トンボが舞い出しました。

  

赤トンボと言えば思い出す「ゆうやけこやけの赤トンボ~」の歌

「負われて見たのはいつの日か」と続きます。

きっと、お母さんに背負われて田んぼから帰る時、赤トンボが飛んでいたのだろう・・・と今なら思えるけど、

    

赤トンボに追われてみたのは・・って

野良犬じゃあるまいし、赤トンボが追って来るって?

しかも追われながら赤トンボの顔を見たら・・・鬼の形相の赤トンボ、

と思っていたのは・・・・・いつの日か。

 

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よこね田んぼの秋

2011-09-18 21:27:16 | 風景

飯田地方、ぼつぼつ稲刈りが始まっています。

春、田植えがすんだばかりのよこね田んぼは、こんな感じでしたが・・・

今は・・・・黄色一色。

そして、みんなで作った案山子が青空の下で元気に田んぼを守っていました。

  

もうすぐ稲刈りです。

 

 

 

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御岳登山ー父と 4

2011-09-16 20:54:33 | 

 御嶽山周辺にはいろんな植物や高山植物がありました。

これは檀(まゆみ)?

   

 

こけもも

いわぎきょう

などの他にもいろんな植物が岩陰に咲いていました。

その中には薬草となる植物も多く・・・昔、

御嶽山に登る修験道の行者はこれらの薬草を用いた、採薬術、合薬術の知識も身につけていたと言われています。

  

頂上近くは霧で覆われていたのに、駐車場まで下りて来るとそこはまだ真夏の太陽、

空には入道雲が暑そうに浮かんでいました。

父は車に乗ると、少し果物を食べ、お茶を飲んで眠ってしまいました。

どうも父親譲りか、私もしばしば胃の調子が悪くなるので、御岳に登った際には、麓の大滝村で作られている

御岳百草丸を買って来ようと思っていました。

田の原の駐車場から凡そ30分くらい下った所に御岳百草丸の会社がありました。

工場見学もさせてくれると言うので、車の中で寝ている父を残して工場見学をしながら薬草などの説明を受けました。

昔、寿光行者が大滝口登山道を開くのに5年の歳月を費やしたが、その際に協力してもらった大滝村の村人にお礼する物がないからと言って、

百草の作り方を教えたのが始まりなのだそうです。

 

私達が外に出て来た頃、父はちょうど目が覚めて車から外に出て来ました。

説明して下さった会社の方に、

「ちょっと薬を飲みたいんだが、この水道の水は飲めるかな?」と近くにある水道を見ながら聞いています。

ちょっと拍子が悪くなって私は

「すみません。胃の調子が悪いのに御嶽山に登って来たものですから・・」と付け足しました。

「コップは貸してもらえるかな?」と父が言うと、親切にコップにお茶を入れて持って来てくれました。

「薬はお茶で飲んじゃいかんのじゃないかな?」と父が言うと、

「ちょっと見せて下さいね(・・と父の持っている薬を見て)大丈夫です、うちの薬はお茶でもいいんですよ」とにこにこ顔。

父が家から持って来て、(どこで停まっているかも知らないのに)

御岳百草丸の工場で飲もうとしていたのは・・・・・、御岳百草丸でした。

ちょっとずうずうしかった父の態度も、会社の人にはこれほど嬉しかった瞬間はなかっただろうと思います。

数ある胃薬の中で、他のメーカーの胃薬でなくてホントに良かった!!

 

・・・という訳で、父も百草丸を買って来ました。

 

 

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