今日十三日昼間に搾り出した短歌メモから。
金襴豪華なる金襴丼とふ裏メニュー 曾祖父の手帳にレシピはなくて
戦争に連れて行かれて戻らざりし祖父だけは裏メニュー聞いてゐたらし
曾祖父は〈裏メニューのレシピは一子相伝〉と赤字で手帳に記してゐたり
幼き父は曾祖父の今際の際の〈きんらんどんす〉の譫言(うはごと)ばかり覚えてゐたり
枕辺の誰もが〈きんらんどんす〉の意味を判らず 幼き父も
曾祖父の納骨済んで戦争終はりぬ 祖父だけは結局戻つて来なかつた
駅前の広場に面した四、五軒が焼け残つて少し平和になつた
唐突にその客は来たり 戦場の祖父の形見の手帳を持つて
〈この手帳の金襴丼を食してみたし〉と客は父へ頁を見せたり
洗ひ古しの軍服着たるその客は右側の眼に眼帯してをり
夕方、郵便局窓口へ持ち込んで投函。先方への配達予定はほぼ一週間後の十九日もしくは最悪二十日の由。二十日必着を考えるとぎりぎり危なかったとヒヤリ。
著名な方の訃音に接すると、堀辰雄『聖家族』冒頭の有名な一文〈死があたかも一つの季節を開いたかのやうだった。〉を思い出す。ご遺作となられた作品のスコアがお手元に届いて現在お持ちという飯森先生のご発信によると、西村先生のご病気発覚は7月末頃だったらしい。9月7日ご逝去から慮るとご病気進行の余りにもの速さへの絶望感壮絶さご無念が偲ばれてこちらもただただ言葉を失ってしまう。
今日は、何が何でも短歌十首を搾り出さねば。
胸奥で流れたエレジー。
2頁目。
今日は、何が何でも短歌十首を搾り出さねば。
胸奥で流れたエレジー。
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