大阪ネット通信(21年7月9日号)
「日の丸・君が代」強制反対・大阪ネット
「表現の不自由展」かんさい使用承認取消し抗議・撤回を求める!
7/16・17〔10~20時〕、18〔10~16時〕エルおおさか9階ギャラリー(入場料1000円)
この企画に対して、「6月15日以降、エル・おおさかに電話やメールでの抗議が25日までに約70件寄せられた。また、施設周辺で大音量で中止を求める抗議活動も行われた」ことが「施設の利用方法などを定めた府条例に基づき、施設の管理に支障がある場合は使用許可を取り消すことができるとするケースに該当すると判断」したとのことです。2年前の愛知トリエンナーレに引き続く「表現の自由」の侵害そのものであり、すでに東京でも同様の事態が起こっています。この府の施設の指定管理者の決定に事前に同意し、「表現の不自由展をみんなが快いものだと思っていないのも事実としてありますし、その方々が様々な活動をするのも自由だと思います」としているのが吉村知事です。反対行動が危険だとするならまずそれらを封じる対策をとるべきなのに、使用許可を取り消しすることは、そうした行為に手を貸すものです。これが許されるなら今後市民や労働者の集会が同様の手段で開催できなくなることになります。個人・団体等で抗議・撤回の声をあげましょう。〔大阪ネットは、府(知事)・指定管理者に抗議・撤回要請書を提出しましたが、府は指定管理者の決定だとして回答を拒否〕主催者は提訴、仮処分を勝ち取り、あくまで開催をめざして当日にお会いしましょうと呼びかけています。上記の予定の期日に結集等、可能な連帯の行動を!
『ルポ「日の丸・君が代」強制』(永尾俊彦著、緑風出版)のご購読を!〔➡2970円のところ2000円の特別価格で販売中〕
第二部東京編に続いて、以下のように大阪の闘いが当事者からの最新の証言を中心に。
第一部 少国民たちの道徳(第二章 西の少国民「上があるから下ができる」~黒田伊彦さんの語り)
第三部 大阪編<o:p></o:p>
第一章 大阪の「狂妄派」~ビシッと「モノサシ一本」の快感
第二章 大阪の教師、子どもたちと「日の丸・君が代」強制
一 「歴史が歴史をたしかめる」~増田俊道さん(社会)の場合
二 「真の愛国者は自由を保障することで育つ」~梅原聡さん(理科)の場合
三 「先生に何ができるの」への答えを探して~井前弘幸さん(数学)の場合
四 「事実さえ教えられれば」~松田幹雄さん(中学・理科)の場合
五 「背骨」は曲げられない~志水博子さん(国語)の場合
性的少数者と思想的少数者~南和行弁護士インタビュー
※アマゾンでは不可です。書店取り寄せ、集会等での販売や大阪ネットにご連絡を(返信でも可)
〔予定〕
7/13(火)関生判決(8時半~裁判所前公園座り込み、10時言い渡し)
18(日)第11回「日の丸・君が代」問題等全国学習交流会(10時半~17時日比谷図書館ホール)
講演:岡田正則さん、全国の闘いの報告他、終了後に銀座デモ
31(土)領土問題研究集会(13時半~エル709)
8/19(木) 奥野さん「不起立」減給処分人事委(10時半~咲州庁舎23階中会議室)
9/ 8(水)奥野さん「合理的配慮」無視の「君が代」処分撤回裁判(10時半~地裁809)
21(火)梅原さん再任用拒否国賠訴訟(11:15~大阪高裁202大法廷)
22(水)「君が代」調教NO!松田さん処分取消裁判(13時半~地裁)
27(月)松田さんコロナ在宅勤務不払い裁判(13時半~地裁809)
2021年6月28日
意 見 陳 述 書
原告 奥野泰孝
第1 生徒が主役
1 支援学校(2006年までは養護学校)では、「生徒が主役」とよく言われます。重い障害を持った生徒の場合、食事、着替え、トイレ等での全介助や、言葉を使わないコミュニケーションの工夫が必要であったりします。もし「生徒が主役」ということを忘れたら、生徒の訴えを無視して教員が自分の都合で生徒の身体を移動したり、トイレで「今排尿しなさい」と強制することになります。生徒の自立支援をすることが「生徒が主役」ということだと思います。
2 私の所属する支援学校では、体育大会の時、教員は黒や白の体操服を着ます。児童生徒の活躍が目立つようにという配慮です。日頃は、教室内の雰囲気が明るくなるような色の服を着たりもします。行事で舞台発表のある時は、立位できなかったり自力歩行できない生徒の後ろに教員が付きます。全身黒の目立たない服を着て、中腰というきつい姿勢で生徒を後ろから支えます。
卒業式も生徒(卒業生)が主役です。主役のために支援の方法などを考えます。自己肯定感を高め、周りへの感謝と将来への希望と決意を持って巣立って行く、そういうことを私は目指しました。
第2 卒業式の目標と合理的配慮
1 2014年度卒業のA君については、毎日起こしているてんかん発作を式の間に起こさないようにすることが必要だと考えました。発作を起こすと、ぐったりし、介助しても自力歩行ができなくなる可能性があったのです。A君は立位を維持することができなくて学校では主に車いすを使っていましたが、自立支援の目的で3年間毎日、介助歩行をする時間を持ってきました。歩くことが生きる意欲にもなっていました。その成果を卒業式で披露すべきと私は考えました。周りのほとんどの人が起立した状況での取り残された孤独感は発作の誘因になると考えました(前年卒業式で発作)。私はクリスチャンですが、日本社会の中で少数者としての孤立や不安を感じることがあるので、立てないA君が、周りを立っている人に囲まれ、信頼している担任教員も立つなら、どんなに不安になるか共感できました。
2 A君が発作を起こしにくくする接し方を私は3年間担任をして学びました。私は祈り、考え、斉唱時も彼と一緒に座って居るという合理的配慮をしました。結果としてA君は発作を起こさず、にこにこと自力で歩き、2m程は介助の手を離れ、式場を退場しました。
第3 教育の仕事と信仰
1 1981年、初任の養護学校は、主に筋ジストロフィーの児童生徒が在籍していました。私は図工・美術担当です。
障害の重い児童生徒は風邪をひくと痰を自分で取り除けないことがあって生死に関ります。なのに私はよく風邪をひいてしまい、自分の健康管理ができないことに責められる思いでした。ある時学校隣接の病院の看護師に「この子たちの自己実現ってどういうことだと思いますか」と聞かれて、「自分がこうなりたいと思う夢を実現していくことでしょうか」と答えたものの、寿命の短い子どもたちを前にして、適切な答えが見つからず悩みました。そういう時にキリスト教に出会い、信仰を持つようになりました。隣人を自分自身のように愛することや、規則のために人が存在するのではなく、人のために規則があるんだということを聖書を通して学びました。
2 普通高校に転勤して、美術を通して、生徒の自己実現を支援しようと取り組みました。また人権教育の大切さを学びました。そして2006年に現在も所属する支援学校に転勤した時は、初任の養護学校で十分出来なかったことをやり直せという神の導きと感じました。また、支援学校の美術教育には表現活動の根っこがあると目が開かれる思いでした。美術の表現活動は、自己肯定になり、自己実現に繋がると思いました。
第4 教育の目的
1 教育基本法にある教育の目的「人格の完成を目指す」とは、自己肯定して生きて行けるようにすることだと思います。子どもたちに獲得してほしいのは、今日を犠牲にしないで充実して生きる力だと思います。自己肯定し今日を生きることが自己実現だと思います。重い障害の子どもと接していると本当に自己肯定の大切さを感じます。競争に勝つ力を身に着けるなんて教育の本質とは思えません。
2 特別支援学校は、障害に応じて、一人一人の教育的ニーズに応じることができるように存在しているのですから、立てない生徒の教育的ニーズは何か考えて合理的配慮をするのは当然だと思います。しないことは差別です。合理的配慮を選択し、実践したことがなぜ職務命令違反として処分の対象となるのでしょうか。
3 最後に。 この訴訟は、「教育の目的とは何か」ということを根本的に問うものだと思います。現場の教員の経験と学びからくる
判断がもっと尊重されるようになることを強く願い、裁判での判断をお願いします。 以上
「コロナ在宅勤務不払い裁判」第5回口頭弁論(2021.7.5)の報告は以下です。
大阪市は、欠勤扱いを防ぐため、校長が「自宅での研修」(=在宅勤務)を認めていた事実を否定できず
3つの論点について裁判が進むことが確定
コロナ在宅勤務不払い裁判
第5回口頭弁論傍聴・報告集会にご参加を!
第5回口頭弁論 7月5日(月)13:30 大阪地裁809号法廷
報告集会 同日 14:00~15:00 弁護士会館1110号室
6月30日、被告大阪市から被告第2準備書面が届きました。原告第2準備書面に対する反論です。原告からは、6月1日付で請求内容を再度整理・主張した原告第3準備書面を提出し、6月30日付で、2020年12月10日に支給された勤勉手当の減額分も請求対象に含める請求拡張申立書を提出しました。
7月5日の第5回口頭弁論は、審理・判断の枠組み、出勤命令の必要性をめぐる双方の主張の陳述になります。
これまでの裁判の経過は以下の通りでした。
2020年9月17日 提訴(訴状提出)
10月28日第1回口頭弁論(訴状・答弁書陳述、原告意見陳述)
12月23日第2回口頭弁論(原告第1準備書面陳述)
3月3日第3回口頭弁論(被告第1準備書面陳述)
4月26日第4回口頭弁論(原告第2準備書面陳述)
提出書面は以下でした。
・訴状(働いた分の給料を払え、自宅での研修を認めなかった違法・出勤命令のパワハラによる精神的苦痛に対して賠償せよ)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2020/10/20200916sojo.pdf
・訴状と答弁書の対比表(被告答弁書は原告主張に対する認否と出勤命令の違法性についての求釈明)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2021/03/sojototobeensho.pdf
・原告第1準備書面(出勤命令が違法なパワハラにあたることを詳述)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2021/03/genkokudai1junbishomen.pdf
・被告第1準備書面(裁判の争点は校長が在宅勤務を命ずる法的義務があったかどうかだ、その上で、あの状況でスイスに行った者の「良心」は信じがたく、欠勤によって原告がやるべき仕事をやらなかったため学校は多大な迷惑をこうむった)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2021/03/hikokudai1junbishomen.pdf
・原告第2準備書面(あくまで、3つの点で判断求めていることをことわったうえで、人格攻撃の被告第1準備書面に対して、原告の当時の仕事内容を説明し、出勤の必要性がなかったと反論、校長等とのやり取りと市教委が在宅勤務を検討しなかったことを立証する時系列の事実経過を添付)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2021/04/shomen20210420.pdf
・別紙経過(時系列)
https://democracyforteachers.files.wordpress.com/2021/04/jikeiretsubesshi.pdf
では、今回提出された被告第2準備書面の内容はどんなものでしょうか。
原告が第2準備書面主張した内容、時系列の事実経過とも、ほとんど否定できていません。ほとんど唯一といっていい反論が、校内新任研にかかわる報告書類についてです。原告は4月1日から出勤し、4月2日に報告書類を提出しているが、欠勤中に自宅でやったに違いないと決めつけて、だから出金の必要があったのだと強弁しています。しかし、この書類は、学校の校務支援パソコンでしか作成できないものであることは、学校関係者ならわかることです。この報告書はスイスに行く前に途中まで作成し、4月1日に残りの作業をして4月2日に提出したものです。また、被告第2準備書面でも、作成責任が校長にあることを認め、時系列の事実関係を示した表に対しても、原告が2020年3月30日(月)8:20の事実として記載した『原告から教頭に架電した。原告は「管理職人事の結果は?」と聞いたところ、教頭は「校長・副校長は残留。自分(教頭)は●●中学」となった。「初任研最終提出書類について、校長と相談しておく」と答えた。』に対する被告第2準備書面のコメントは、『この日であったかは不明であるが、教頭は原告に対して、人事異動にかかわる内示の結果、原告が翌年度も●●中学校の配置に決まったことは伝えた。』です。3月30日に教頭が『初任研最終提出書類について、校長と相談しておく」と答えた。』ことを否定しないで、原告の責任を問うことはできないのではないでしょうか。原告が4月1日に出勤したとき、新教頭に聞いて、初任研最終提出書類が提出できていないようだったので急いで仕上げたというのが経過です。相手方弁護士は書類作成にあたって相談できる学校関係者がいないのかと同情してしまうようなひどい書面となっています。
焦点は、裁判の枠組みについての裁判長の判断になっているように思います。
7月5日(月)13:30 大阪地裁809号法廷の第5回口頭弁論傍聴と14:00~15:00弁護士会館1110号室での報告集会にご参加よろしくお願いします。