弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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普通解雇・懲戒解雇において解雇権濫用の有無を判断する具体的事情

2010-12-30 | 日記
Q2普通解雇・懲戒解雇において,解雇権濫用の有無を判断する具体的事情として,どのような事情を立証すればいいのですか?

 普通解雇・懲戒解雇において,解雇権濫用の有無を判断する具体的事情としては,実務上,以下の①②が争われることが多いとされています(東京地裁労働部の裁判官によって執筆された『労働事件審理ノート』)。

① 勤務成績,勤務態度等が不良で職務を行う能力や適格性を欠いている場合か
 当該企業の種類,規模,職務内容,労働者の採用理由(職務に要求される能力,勤務態度がどの程度か),勤務成績,勤務態度の不良の程度(企業の業務遂行に支障を生じ,解雇しなければならないほどに高いかどうか),その回数(1回の過誤か,繰り返すものか),改善の余地があるか,会社の指導があったか(注意・警告をしたり,反省の機会を与えたか),他の労働者との取扱いに不均衡はないかなどを総合検討する。
② 規律違反行為があるか
 規律違反行為の態様(業務命令違反,職務専念義務違反,信用保持義務違反等),程度,回数,改善の余地の有無等を同様に総合検討する。懲戒解雇の場合は,普通解雇の場合よりも大きな不利益を労働者に与えるものであるから,規律違反の程度は,制裁として労働関係から排除することを正当化するほどの程度に達していることを要する。

 ここで注意しなければならないのは,漠然と,会社が解雇を有効と判断すべき事情が多いように思えた場合であっても,解雇しても大丈夫だとは直ちにはいえない点です。

 勤務成績,勤務態度等が不良であるというためには,その評価を基礎づける「具体的事実」を立証できなければなりませんが,「仕事ができない。」「勤務態度に問題がある。」「協調性がない。」といった抽象的な説明しかできない事例が散見されます。
 解雇されてもやむを得ないと考えられるような具体的事実を説明できないようでは,大した理由もないのに,何となく気に入らないから解雇しただけなのではないかとの疑いを払拭することができなくなってしまいますので,最低限,どこがどのように問題なのか,その評価を基礎づける具体的事実を説明できるようにしておく必要があります。
 「彼の勤務成績,勤務態度が悪いことは,本人が一番良く知っているはずだ。このことは社員みんなが知っていて証言してくれるはずだから,裁判にも勝てる。」といった安易な考えに基づいて「問題社員」を解雇する事例が見られますが,訴訟になるような事案では,労働者側はほぼ間違いなく自分の勤務成績,勤務態度には問題がなかったと主張してきますし,社員等の利害関係人の証言は経営者が思っているほど重視されません。
 したがって,解雇に踏み切る前の時点で,解雇されてもやむを得ないと考えられるような具体的事実を説明することができるのかどうか,その事実を立証できるだけの客観的証拠が準備できているかどうかを確認する必要があります。
 そして,相手の言い分を聞かないことには,解雇されてもやむを得ないと考えられるような具体的事実があるのかないのかを確認することが難しいのが通常ですから,解雇に踏み切る前に,「問題社員」の言い分を十分に聴取し,使用者側が認識している事実関係と照らし合わせて,客観的にどのような事実が認定できるかを検討すべきと考えます。

 社員を解雇する場合には,労働者に指導,注意,警告しても改善の見込みがないような大きな問題がある場合でない限り,解雇に先立ち,十分な指導,注意,警告をし,反省の機会を与えることが必要となります。
 実際に解雇に踏み切る場合の「警告」としては,原則として,当該社員に対し,具体的問題点を指摘し,それが改善されない場合には解雇する旨警告し,実際に改善されなかった場合に初めて,解雇すべきと考えます。
 このような警告がないままいきなり解雇した場合,労働者にとって不意打ちになりますから,労働者の納得を得にくく,トラブルになりやすいですし,問題社員の解雇であっても,解雇が無効と判断されやすくなります。
 警告の内容としては,「具体的」に問題点を指摘し,具体的にどうすれば解雇されることを回避できるのか,労働者が理解できるようにしておく必要があります。
 具体的に問題点を指摘できない場合は,解雇事由が存在しないわけですから,解雇を回避する必要があるという結論になります。
 また,警告した結果,問題点が改善された場合には,解雇事由が存在しなくなっているわけですから,やはり,解雇すべきではないという結論になります。
 ここで重要なのは,最初に解雇を決定し,それから,どうやって辞めさせるかを検討するのではなく,解雇を回避する方法がないか検討したものの,やはり解雇を回避できない事情があるため,やむなく解雇に踏み切るというスタンスです。
 まずは,十分に指導,注意,警告をした上で,それでも改善されない場合に初めて,解雇に踏み切るべきことになるのが通常ですので,順番を間違えないようにして下さい。

弁護士 藤田 進太郎

正社員の解雇が有効となるための要件

2010-12-30 | 日記
Q1正社員の解雇が有効となるには,どのような要件を満たす必要がありますか?

 民法上の原則では,「当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。」(民法627条1項)などと定められており,一見,使用者は,民法627条所定の期間前に解約を申し入れてさえいれば,雇用契約を自由に終了させることができるようにも思えますが,実際には,解雇は厳しく制限されています。

 まず,労働基準法違反の申告を監督機関にしたことを理由とする解雇,性別を理由とする解雇,女性労働者の妊娠,出産,産前産後休業等を理由とする解雇,不当労働行為の不利益取扱いとなる解雇,公益通報をしたことを理由とする解雇等,一定の場合については,法律上解雇が禁止されています。

 また,使用者が労働者を解雇しようとする場合には,原則として,30日以上前に解雇の予告をするか,30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければなりません(労基法20条)。
 解雇予告又は解雇予告手当の支払なしに即時解雇がなされた場合は,即時解雇としての効力は生じませんが,使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り,通知後,30日の期間を経過するか,又は通知の後に所定の解雇予告手当の支払をしたときは,そのいずれかのときから解雇の効力を生じることになります(相対的無効説,細谷服装事件における最高裁昭和35年3月11日判決)。

 さらに,当該解雇が,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,解雇権を濫用したものとして,解雇は無効となります(労働契約法16条)。
 実際の訴訟で解雇の有効性が争われた場合,解雇権濫用の有無が中心的争点となることが多く,原則として解雇は無効で,特別な事情がある場合に限り解雇が有効となるというように,原則と例外が逆転した実務運用がなされていますので,有効な解雇を行うことは極めて難しくなっています。
 実際に有効な解雇を行うことが難しいにもかかわらず,それなりの割合の経営者が,解雇予告又は過去予告手当の支払さえすれば解雇できると誤解していますので,注意が必要です。

 近年,解雇を契機として労使紛争が表面化し,使用者が多額の解決金の支払を余儀なくされることが多くなっています。
 社員の解雇をし,紛争が表面化してから弁護士に相談したのでは,過去の事実は動かせない以上,どれだけ優秀な弁護士に依頼したとしても,それなりの出費は避けられないのが通常です。
 解雇を検討する場合は,解雇に踏み切る前の段階で,弁護士に相談し,弁護士の指導の下,解雇を行うことをお勧めします。

弁護士 藤田 進太郎

ユニプラ事件東京高裁平成22年10月13日判決(労経速2087-28)

2010-12-26 | 日記
本件は,被控訴人に営業職として雇用された控訴人が,被控訴人の工場での現場研修業務の際,積み上げられた機材(布又は紙の原反)が荷崩れを起こして控訴人の両膝にぶつかるという事故(本件事故)が発生したこと及び被控訴人の従業員から命じられた鉄芯を持ち運ぶ作業時に,膝を捻ったり床に強く打ち付けるといった動作を繰り返したことが原因となって,右膝半月板損傷等の両膝関節機能障害を発症した旨主張し,被控訴人に対し,不法行為又は安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払いを求めた事案です。

本判決は,原審と同様,控訴人の請求を棄却すべきものと判断し,控訴を棄却しました。
本件は,労災認定がなされているにもかかわらず,以下のように理由で,事故の発生が否定されている点に特徴があります。

控訴人は,所沢労働基準監督署が現地調査の上で労災認定をしていることからして本件事故が起きたことが認められるべき旨を主張するが,E事務官による調査結果は控訴人の申告に基づくものであって,控訴人の両膝痛の症状が被控訴人工場での作業後に発生したことを裏付けるにとどまり,控訴人が労災認定を受けたことをもって本件事故が発生したとはいえないこと,本件事故を目撃したものがおらず,本件事故に関する控訴人の供述には不自然,不合理な点が多く,これを採用することができないこと,F医師の意見書は本件事故が発生したことの証拠となるものではないことは,上記引用にかかる原判決が詳細に説示するとおりであって,本件の全証拠によっても,本件事故の発生の事実を認めることはできない。

本件においては,事故を現認していない社員が,事故を現認したと虚偽の事実を「労災および通勤災害事故報告書」に記載したり,事故の発生を疑わしいと思った社員が社内報告用の文書であるから署名するようにと言われたために安易に署名押印したりしています。
言ってみれば,「嘘」を「労災および通勤災害事故報告書」に記載し,障害補償一時金等の請求を受けさせ,その結果,トラブルが拡大したわけです。
自業自得といわなければなりません。
「労災および通勤災害事故報告書」等の書面には,「労災が降りるようにしてあげれば,社員のためになるから,できるだけ社員に都合のいいように書いてあげよう。」などと考えて,事実と異なる記載をしてはいけません。
事実と異なる記載をしただけでも大問題ですが,それにより,会社が当該労働者から訴えられるリスクが高くなるのだということを,よく認識する必要があります。
「労災が降りるようにしてやったのに,恩を仇で返された。」などと愚痴を言っている経営者の様子が想像できますが,自らまいた種だということを,自覚しなければなりません。
やはり,嘘はいけません。
ありのままに,正直に記載するのが,正しいやり方です。
労働者に有利な内容であれば,嘘をついてもいいなどと,勘違いしてはいけません。
事実をありのままに報告できない会社は,やはり,トラブルが多くなっています。
正直は善なのです。

弁護士 藤田 進太郎

福岡中央労基署長事件東京地裁平成22年6月9日判決(労経速2087-3)

2010-12-26 | 日記
本件は,デュポン株式会社に雇用されていたCが,精神障害(うつ病)を発病して自殺したのは,業務に起因するものであるとして,Cの妻である原告が,労働者災害補償保険法による遺族補償給付の支給を請求したところ,福岡中央労働基準監督署長が,平成17年6月27日付けで不支給処分をしたことから,その取消しを求めた事案です。

本判決は,以下のとおり判断して,請求を棄却しました。

以上のとおり,Cが業務倫理規定違反等に該当し得る不正経理を行っていたのではないかというデュポン社の嫌疑は合理的なものであり,これを解明するために行われた事情聴取も前記判示の事情の下では相当性を欠くものではなく,Cが受けたうつ病発症前の業務による心理的負荷の程度及びうつ病発症後の業務による心理的負荷の程度は,通常の勤務を支障なく遂行できる平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症・増悪させる危険性を有しているとはいえない。
したがって,特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因は認められないが,Cのうつ病発症及び死亡を,業務に内在する危険の現実化したものであると評価することはできず,業務と死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。

特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因は認められない場合でありながら,うつ病発症前の業務による心理的負荷の程度及びうつ病発症後の業務による心理的負荷の程度が,通常の勤務を支障なく遂行できる平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症・増悪させる危険性を有しているとはいえないことを理由に業務起因性を否定している点が,参考になると思います。

本判決は,業務起因性に関する法的判断の枠組みについては,以下のように判断しています。

労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡について行われるところ,業務上死亡した場合とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,負傷又は疾病と業務との間には,条件関係に存在するのみならず,相当因果関係があることが必要であると解され,その負傷又は疾病が原因となって死亡した場合でなければならないと解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
そして,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合には使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから,業務と死亡との相当因果関係の有無は,その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。
また,今日の精神医学的・心理学的知見としては,環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとするいわゆる「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられている。
そうすると,上記「ストレス-脆弱性」理論及び危険責任の法理の趣旨に照らせば,業務の危険性の判断は,当該労働者と同種の平均的な労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とすべきである。
このような意味での平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症させ死亡に至らせる危険性を有しているといえ,特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因のない場合には,業務と精神障害発症及び死亡との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
また,判断指針・改正前判断指針は,いずれも精神医学的・心理学的知見を踏まえて作成されており,かつ,労災保険制度の危険責任の法理にもかなうものであり,その作成経緯や内容に照らして不合理なものであるともいえない。
したがって,基本的には判断指針・改正判断指針を踏まえつつ,当該労働者に関する精神障害発症・死亡に至るまでの具体的事情を総合的に十分斟酌して,業務と精神障害の発症・死亡との間の相当因果関係を判断するのが相当である(なお,改正判断指針は,処分行政庁による本件処分時には存在しなかったものであるけれども,判断指針も改正判断指針も,ともに裁判所の本件処分の違法性に関する判断を拘束するものではないから,裁判所が改正判断指針に示された事項を考慮し,判断指針に示された事項のみにとらわれないで,本件処分の違法性を検討できるというのが相当である。)。

弁護士 藤田 進太郎

ティーエムピーワールドワイド事件東京地裁平成22年9月14日判決(労経速2086-31)

2010-12-24 | 日記
原告は,被告の正社員として一般事務等に従事していましたが,平成21年4月6日,身体,精神の障害により業務に耐えられないことなどを理由として解雇されました。
本件は,原告が,被告の社長や社員による集団的いじめや嫌がらせを受けて多大な精神的苦痛を被り,さらに本件解雇は解雇理由が存在せず,もしそうでなくても合理的相当性を欠き無効などと主張して,被告に対し,
①不法行為に基づく慰謝料等の損害賠償346万円及びこれに対する不法行為後である平成21年4月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い,
②雇用契約上の地位確認,
③平成21年4月6日から同月20日までの賃金11万3500円及びこれに対する支払日の翌日である同月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払い,
④平成21年5月から本判決確定まで毎月25日限り賃金22万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払い
を求めた事案です。
これに対し,被告は,集団的いじめや嫌がらせの事実を,原告が業務上の指導をいじめ等と曲解しているという理由で否認し,また,本件解雇は解雇理由が存在し,合理性相当性も認められると主張して,原告の主張を争いました。

本判決は,集団的いじめや嫌がらせの事実の存在を否定し,解雇を有効とした上で,原告の請求を棄却しました。
本件は,原告の行動や主張内容が不適切だったことが判決の結論に影響していると考えられますが,使用者側の良かった点としては,「被告は,4月9日に本件解雇の意思決定をするまでは,原告に対し,仕事を続けたいのでこうするという意見表明の機会を与えて,退職を選択しない余地を残している。」という点が挙げられると思います。
解雇に先立ち,まずは,労働者が退職せずに済む方法について,しっかり検討すべきなのです。
しっかり検討し,それなりの対応をしたからこそ,その後の解雇が有効となったわけです。


弁護士 藤田 進太郎

日本鋼管事件最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決(労判198-23)

2010-12-23 | 日記
本最高裁判決は,私生活上における従業員の行為について,懲戒処分等の会社の規制を及ぼしうるかどうかについて判断し,これを肯定しています。
しかし,その要件として,
「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには,必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが,当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」
と判断しており,解雇等の重い処分については,限定された場面でのみ行うことができるものと考えられます。

弁護士 藤田 進太郎


営利を目的と知る会社がその名誉,信用その他相当の社会的評価を維持することは,会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから,会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については,それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても,これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない。
本件懲戒規定も,このような趣旨において,社会一般から不名誉な行為として非難されるような従業員の行為により会社の名誉,信用その他の社会的評価を著しく毀損したと客観的に認められる場合に,制裁として,当該従業員を企業から排除しうることを定めたものであると解される。
所論は,右懲戒規定にいう「会社の体面」とは,会社の社会的評価のほかに,会社がそのような評価を受けていることについての会社の経営者や従業員らの有する主観的な価値意識ないし名誉感情を含むものであり,同規定は,従業員の不名誉な行為がこのような会社関係者の主観的感情を著しく侵害した場合にもこれを懲戒解雇の対象とする趣旨である旨主張するが,会社の存立ないし事業運営の維持確保を目標とする懲戒の本旨にかんがみれば,右「会社の体面」とは,会社に対する社会一般の客観的評価をいうものであって,所論指摘の諸点を考慮しても,なお,同規定を所論のように広く解すべき合理的理由を見出すことはできない。
しかして,従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには,必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが,当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。


池袋労働基準監督署長事件東京地裁平成22年8月25日判決(労経速2086-14)

2010-12-22 | 日記
原告は,株式会社光通信の関連会社に勤務していた当時,過重な労働等によりうつ病等の精神疾患を発症したとして,労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を求めましたが,処分行政庁である池袋労働基準監督署長は不支給処分を行いました。
本件は,原告が,同署長は業務起因性の判断を誤ったと主張して,被告に対し,同処分の取消しを請求した事案です。

本判決は,以下のように判断して,業務起因性を否定し,請求を棄却しました。

判断指針によると,出向については,その平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」(人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷「Ⅲ」と日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度の心理的負荷「Ⅰ」の中間に位置する心理的負荷)の中間に位置する心理的負荷)とされているところ,前記アの説示を前提にすれば,本件出向自体については,心理的負荷の強度「Ⅱ」の域を出るものではないと認められる。
そして,ニュートン社及びベストパートナー社における原告の労働時間が生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの過酷な長時間残業とまではいえないことを「出来事に伴う変化等による心理的負荷」(あるいは,改正判断指針における「出来事後の状況が持続する程度による心理的負荷」)として考慮すれば(前記イ),その心理的負荷の強度はそのまま「Ⅱ」とするのが相当である。
また,平成17年6月16日のCからの注意,指導については,これを「上司とのトラブル」にあたるとしてその平均的負荷の強度を「Ⅱ」とみるにしても,既に説示したとおり,その心理的負荷を過大に評価することはできなから,仮に長時間労働の点を考慮するとしても,強度「Ⅲ」(人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷)に当たる余地はないというべきである。
なお,原告は,同日の事態が改正判断指針における「ひどい嫌がらせ,いじめ又は暴行を受けた」(平均的な心理的負荷の協働「Ⅲ」に該当する旨主張するが,これに当たらないことも前記ウにおいて述べたところから明らかである。
以上を総合すれば,原告の業務による心理的負荷の総合評価は「強」には至っていないというべきである。

そして,前記認定事実の下では,原告の業務による心理的負荷が客観的に精神障害を発症させるおそれのある程度に過重であったと認めることはできない。
よって,本件精神障害の発症につき業務起因性を認めることはできない。
なお,原告の主治医らの意見書(前記1(2)ア,イ)においては職場での人間関係におけるストレスが発症の原因となっている旨の意見が述べられているものの,これは同ストレスと発症との関連性を裏付けるに過ぎず,そこにおけるストレスの強度について何ら言及しているものではないから,業務と本件精神障害との間の条件関係を基礎づける意味はあるにしても,相当因果関係を何ら基礎づけるものではない。
また,F医師の意見書には,発症原因について職場での上司のいじめであるとの記載があるが,これもあくまで原告の自訴に基づくものであり,職場での実情については既に認定したとおりであるから,上記記載も,前記説示に何ら影響を及ぼすものではない。


なお,本判決は,業務起因性の判断基準について,以下のように判示しています。

被災労働者に対して,労働者災害補償保険法に基づく労災補償給付が行われるには当該疾病が「業務上」のものであること(労災保険法第12条の8第2項,労働基準法79条),具体的には労働基準法施行規則35条に基づく別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」にあたることが要件とされる。
そして,労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば,「業務上」の疾病といえるためには,当該疾病が被災者の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められる必要がある(いわゆる危険責任の法理)。
したがって,被災労働者の疾病が業務上の疾病といえるためには,業務と当該疾病の発症との間に条件関係があることを前提に,労災保険制度の趣旨等に照らして,両者の間にそのような補償を行うことを相当とする関係,いわゆる相当因果関係があることが必要であると解される。
ところで,精神障害の病因については,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論によることが相当であると考えられるところ,今日の社会においては,何らかの個体側の脆弱性要因を有しながら業務に従事する者も多い。
このような点と,労災保険制度が前記危険責任の法理にその根拠を有することを併せ考慮すれば,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも当該労働者と職種,職場における立場,経験等の面で同種の者であって,特段の勤務軽減を要することなく通常業務を遂行することができる労働者を基準として,当該労働者にとって,業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在する危険性が現実化したものとして,業務と当該疾病との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
そして,判断指針・改正判断指針は,いずれも精神医学的・心理学的知見を踏まえて作成されており,かつ,労災保険制度の危険責任の法理にもかなうものであり,その作成経緯や内容に照らして不合理なものであるともいえない。
したがって,基本的には判断指針・改正判断指針を踏まえつつ,当該労働者に関する精神障害発症等に至る具体的事情を総合的に斟酌し,必要に応じそれを修正しつつ,業務と精神障害発症との相当因果関係の有無を判断するのが相当である。
なお,改正判断指針は,本件各処分時には存在しなかったものであるけれども,判断指針も改正判断指針も,ともに本件各処分の違法性に関する司法判断を拘束する性質のものではないから,裁判所が,改正判断指針にとらわれないで,本件各処分の違法性を検討することには,何ら問題がないというべきである。
以下,このような観点から,本件精神障害の業務起因性につき検討することとする。


弁護士 藤田 進太郎

京都下労働基準監督署長事件大阪地裁平成22年6月23日判決(労経速2086-3)

2010-12-21 | 日記
本件は,富士通株式会社に勤務していた原告が,平成14年12月から通院・投薬を受けている精神障害に罹患したところ,その発症が同会社の同僚等の職務に伴ういじめとそれに対する適切な措置が訴外会社においてとられなかったという業務に起因するものであるとして,労働者災害補償保険法に基づいて京都下労働基準監督署長に対し,療養補償給付を請求したところ,原処分庁が,同請求について平成18年5月9日付けで不支給とする旨の処分をしたため,被告に対し,同処分の取消しを求めた事案です。

判決は,平成14年11月ころ原告に発症した「不安障害,抑うつ状態」は同僚の女性社員によるいじめやいやがらせとともに,会社がそれらに対して何らの防止措置もとらなかったことから発症したもの(業務に内在する危険が顕在化したもの)として相当因果関係が認められ,同認定を覆すに足りる証拠はないとして,本件疾病と業務との相当因果関係(業務起因性)を認めなかった本件処分は不適法となり,取消しを免れないと判示しました。

本件のような事案が放置された場合,使用者は使用者責任等を問われかねない他,職場環境の悪化による業務効率の低下を招きかねません。
ストレスが多くなると,誰かをスケープゴートにして,ストレスを発散しがちになりますので,使用者としては十分に注意する必要があります。

なお,本判決は,精神障害の業務起因性の判断基準については,下記のように述べています。

弁護士 藤田 進太郎


(精神障害の業務起因性の判断基準)

精神障害と業務との間の相当因果関係

労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の傷病等について行われる(同法7条1項1号)ところ,労災保険法に基づく労災保険制度は「業務に内在又は随伴する危険が現実化して使用者の支配下で労務を提供する労働者に傷病等を負わせた場合には,使用者が,使用者の過失の有無にかかわらず,労働者の損失を補償するのが相当である」という危険責任の法理に基づくものである。
そので,労働者に発症した精神障害について業務起因性が認められるための要件であるが,業務と疾病(精神障害も含めて)との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,当該疾病が業務に内在又は随伴する危険の現実化したものと認められる関係(相当因果関係)の存在が必要であると解するのが相当である。

同相当因果関係の内容

業務と精神障害の発症・増悪との間に相当因果関係が認められるための要件であるが,前提事実(5)で記載した「ストレス-脆弱性」理論を踏まえると,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえることが必要とするのが相当である。
そこで,如何なる場合に業務と精神障害の発症・増悪との間で相当因果関係が認められるかであるが,今日の精神医学において広く受け入れられている前提事実(4)で記載した「ストレス-脆弱性」理論に依拠して判断するのが相当であるところ,この理論を踏まえると,業務と疾病との間の相当因果関係は,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性とを総合的に考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度の過重であるといえる場合には業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして認められる(当該精神障害の業務起因性が肯定される。)のに対し,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度の過重であると認められない場合は,精神障害は業務以外の心理的負荷又は個体的要因に起因するものといわざるを得ないから,それを否定することとなる。
なお,被告が判断基準として主張する判断指針は,複数の専門家による検討結果に基づき,上記「ストレス-脆弱性」理論を踏まえたもので,現在の医学的知見に沿って作成されたものであって,その内容には一応の合理性が認められる。
しかし,それは労働者災害認定のため,大量の事件処理をしなければならない行政内部の判断の合理性,整合性,統一性を確保するために定められたものであって,基準に対する当てはめや評価に当たって判断者の裁量の幅が大きく,また,業務上外の各出来事相互の関係,相乗効果等を評価する視点が必ずしも明らかでない部分がある。
以上のような判断指針の設定趣旨及び内容を踏まえると,裁判所の労働者に発症ないし増悪した疾病と業務との相当因果関係(同疾病などとの間の業務起因性)に関する判断を拘束するものではないといわなければならない。
そうすると,本件疾病と業務との間で相当因果関係が認められるか否かを判断するにあたっては,本件疾病発症前の業務の内容及び業務外の生活状況並びにこれらによる心理的負荷の有無及び程度,さらには原告側の反応性及び脆弱性を総合的に検討し,社会通念を踏まえて判断するのが相当ということになる。

京都下労働基準監督署長事件大阪地裁平成22年6月23日判決(労経速2086-3)

2010-12-21 | 日記
本件は,富士通株式会社に勤務していた原告が,平成14年12月から通院・投薬を受けている精神障害に罹患したところ,その発症が同会社の同僚等の職務に伴ういじめとそれに対する適切な措置が訴外会社においてとられなかったという業務に起因するものであるとして,労働者災害補償保険法に基づいて京都下労働基準監督署長に対し,療養補償給付を請求したところ,原処分庁が,同請求について平成18年5月9日付けで不支給とする旨の処分をしたため,被告に対し,同処分の取消しを求めた事案です。

判決は,平成14年11月ころ原告に発症した「不安障害,抑うつ状態」は同僚の女性社員によるいじめやいやがらせとともに,会社がそれらに対して何らの防止措置もとらなかったことから発症したもの(業務に内在する危険が顕在化したもの)として相当因果関係が認められ,同認定を覆すに足りる証拠はないとして,本件疾病と業務との相当因果関係(業務起因性)を認めなかった本件処分は不適法となり,取消しを免れないと判示しました。

本件のような事案が放置された場合,使用者は使用者責任等を問われかねない他,職場環境の悪化による業務効率の低下を招きかねません。
ストレスが多くなると,誰かをスケープゴートにして,ストレスを発散しがちになりますので,使用者としては十分に注意する必要があります。

なお,本判決は,精神障害の業務起因性の判断基準については,下記のように述べています。

弁護士 藤田 進太郎


(精神障害の業務起因性の判断基準)

精神障害と業務との間の相当因果関係

労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の傷病等について行われる(同法7条1項1号)ところ,労災保険法に基づく労災保険制度は「業務に内在又は随伴する危険が現実化して使用者の支配下で労務を提供する労働者に傷病等を負わせた場合には,使用者が,使用者の過失の有無にかかわらず,労働者の損失を補償するのが相当である」という危険責任の法理に基づくものである。
そので,労働者に発症した精神障害について業務起因性が認められるための要件であるが,業務と疾病(精神障害も含めて)との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,当該疾病が業務に内在又は随伴する危険の現実化したものと認められる関係(相当因果関係)の存在が必要であると解するのが相当である。

同相当因果関係の内容

業務と精神障害の発症・増悪との間に相当因果関係が認められるための要件であるが,前提事実(5)で記載した「ストレス-脆弱性」理論を踏まえると,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえることが必要とするのが相当である。
そこで,如何なる場合に業務と精神障害の発症・増悪との間で相当因果関係が認められるかであるが,今日の精神医学において広く受け入れられている前提事実(4)で記載した「ストレス-脆弱性」理論に依拠して判断するのが相当であるところ,この理論を踏まえると,業務と疾病との間の相当因果関係は,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性とを総合的に考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度の過重であるといえる場合には業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして認められる(当該精神障害の業務起因性が肯定される。)のに対し,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度の過重であると認められない場合は,精神障害は業務以外の心理的負荷又は個体的要因に起因するものといわざるを得ないから,それを否定することとなる。
なお,被告が判断基準として主張する判断指針は,複数の専門家による検討結果に基づき,上記「ストレス-脆弱性」理論を踏まえたもので,現在の医学的知見に沿って作成されたものであって,その内容には一応の合理性が認められる。
しかし,それは労働者災害認定のため,大量の事件処理をしなければならない行政内部の判断の合理性,整合性,統一性を確保するために定められたものであって,基準に対する当てはめや評価に当たって判断者の裁量の幅が大きく,また,業務上外の各出来事相互の関係,相乗効果等を評価する視点が必ずしも明らかでない部分がある。
以上のような判断指針の設定趣旨及び内容を踏まえると,裁判所の労働者に発症ないし増悪した疾病と業務との相当因果関係(同疾病などとの間の業務起因性)に関する判断を拘束するものではないといわなければならない。
そうすると,本件疾病と業務との間で相当因果関係が認められるか否かを判断するにあたっては,本件疾病発症前の業務の内容及び業務外の生活状況並びにこれらによる心理的負荷の有無及び程度,さらには原告側の反応性及び脆弱性を総合的に検討し,社会通念を踏まえて判断するのが相当ということになる。

マイルストーン事件東京地裁平成22年8月27日判決(労経速2085-25)

2010-12-18 | 日記
本件は,原告が,労働者派遣業務等を営む株式会社である被告との間で締結した登録型有期雇用契約が被告の違法・不当な雇止めによって終了し,少なくとも3年間分の賃金等の支払を受ける権利等を侵害されたとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権として上記3年間分の賃金相当損害金等の支払を求めた事案です。

本判決は,本件「事情によると雇止めとなった平成21年3月当時,原告は,本件財団幹部らの発言から,将来本件財団の正社員に登用される可能性が十分にあるものと考え,本件雇用契約が更新継続されることに,かなり強い期待を抱いていたことが認められる。」と認定しつつ,下記のように判断して,原告の主張を採用せず,請求を棄却しました。
やはり,常用代替防止といった観点からすると,登録派遣の雇止めの効力を争ったり,損害賠償請求したりするのは厳しいです。
地位確認ではなく,損害賠償請求の形を取っているのも,地位確認が難しいと考えたからでしょう。
そもそも,原告側のストーリーに無理があったような気がします。

余談ですが,
正社員として雇ってもらいたければ,その「前提」として,それだけの魅力のある人物にならなければならないというのが,本来の話です。
「正社員にしてくれたら,いい仕事をする。」とか,「給料を上げてくれたら,もっといい仕事をする。」ではダメです。発想が逆です。選ぶのは相手なのです。
「いい仕事をしていたら,他社からスカウトされたり,勤務先から給料を上げるから正社員としてずっと働いて欲しいと頼まれた。」というのが,順番です。
そこそこ仕事ができる派遣社員の場合,むしろ,派遣先が正社員にならないかと熱心に勧誘し,派遣元と派遣先に争いが生じるといったケースの相談が多くなっています。

弁護士 藤田 進太郎


しかし,登録型有期労働契約の場合,派遣期間と雇用契約期間が直結しているため,労働者派遣が終了すれば雇用契約も当然に終了する。
そうすると本件雇用契約は,本件財団との本件派遣契約を前提としていることになり,本件財団幹部らの発言のとおり原告が本件財団の正社員(正職員)に登用されると,本件派遣契約は終了し,その結果として本件雇用契約も当然終了することになるのであるから,原告の上記期待は自己矛盾を含むものといわざるを得ない。
そもそも労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)は,派遣労働者の雇用の安定だけでなく,常用代替防止,すなわち派遣先の常用労働者の雇用の安定をも目的としているものと解されるのであるから,この解釈の下では同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することによって派遣労働者の雇用の安定を図ることは,常用代替防止の観点から労働者派遣法の予定するところではないものというべきである(この点を指摘する文献として土田道夫「労働契約法」705頁。同旨の説示を含む裁判例として松山地裁平成15年5月22日判決・労働判例856号45頁及びその控訴審である高松高裁平成18年5月18日判決・労働判例921号33頁参照)。
そうすると原告の上記期待は,労働者派遣法の趣旨に照らしても合理的なものであるとはいい難く,民法709条にいう「法律上保護される利益」には当たらないと解すべきである。
なお原告は,本件雇用契約は事実上期間の定めのないものと化していたと主張するが,上記(1),(二)で認定した事実のほか,原告には各更新時において自己の評価を気にする様子が見られたこと(証人C)などを考慮すると,原告の上記主張は採用の限りではない。
以上によると,その余の点を検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がないことに帰着する。

なお付言するに,本件雇用契約のような派遣型有期雇用契約は,上記のとおり,労働者派遣契約を前提としているのであるから,その派遣契約が終了した以上,派遣元使用者において上記雇用契約の更新を拒絶しこれを終了させたとしても,それ自体はやむを得ない行為であって何ら不合理な点はない。
そうなると仮に原告の上記期待利益が合理的なものであったとしても,被告による本件雇用契約の更新拒絶は,民法709条所定の不法行為を構成するような筋合いのものではない。
この点に関して原告は,「本件雇用契約の上記業務内容では間もなく原告を正社員として登用しなければならない時期を迎えていたことから,本件財団は,これを回避するため,人事刷新,体制の再編強化などといった,ありもしない事実を理由に原告との派遣契約の終了を画策し,被告もこれに荷担したものである」旨主張するが,上記のとおり原告本人の供述等によると本件財団の専務理事等は原告の正社員登用をおのめかすことがあったというのであるから,原告の上記主張にあるような画策をしてまで原告との派遣契約を終了させるはずもなく,ましてや被告までこれに荷担することなど通常ではあり得ないことである。
いずれにしても,かかる原告の主張を裏付けるに足る的確な証拠はなく,憶測の域を出るものではない。
よって,原告の上記主張は採用の限りではない。

以上の次第であるから,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


京濱交通事件横浜地裁川崎支部平成22年2月25日判決(労経速2085-11)

2010-12-18 | 日記
本件は,被告に雇用されていた原告が,被告の作成した就業規則29条に定める満60歳定年後の再雇用基準を満たしていないことを理由とする再雇用拒否が無効であるなどと主張して,被告に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに定年の日の翌日からの賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。

本判決は,本件継続雇用制度の導入を定める本件就業規則29条は,手続要件として高年齢者雇用安定法附則5条1項の要件を満たしておらず,手続要件を欠いていて無効であることを理由として,原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあると判断しています。

私が本判決をざっと読んでみて疑問に思ったのは,就業規則29条の継続雇用制度を定める部分が無効であったとしても,60歳を定年とする部分については有効なのではないか,そうでないというならば何らかの判断が必要なのではないか,という点です。
この点については,裁判所の判断中では触れられていないように思えます。
私の読み落としか,勘違いがあるのでしょうか?
まさか,無効と判断した直後の「これに対する被告の再抗弁等の主張はないから」(弁論主義)というのが理由なのでしょうか?
現段階ではあまり深く検討していないので,もう少し,検討してみようと思います。

弁護士 藤田 進太郎

東京大学出版会事件東京地裁平成22年8月26日判決(労経速2085-3)

2010-12-16 | 日記
本件は,被告を定年退職した原告が,被告に対し,再雇用を希望する旨の意思表示をしたところ,被告がこれを拒否したが,同拒否の意思表示は正当な理由を欠き無効であるから,被告との間で平成21年4月1日付けで再雇用契約が締結されていると主張して,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案です。

本判決は,
「以上のとおり検討した法の趣旨,再雇用就業規則制定の経過及びその運用状況等にかんがみれば,同規則3条所定の要件を満たす定年退職者は,被告との間で,同規則所定の取扱い及び条件に応じた再雇用契約を締結することができる雇用契約上の権利を有するものと解するのが相当であり,同規則3条所定の要件を満たす定年退職者が再雇用を希望したにもかかわらず,同定年退職者に対して再雇用拒否の意思表示をするのは,解雇権濫用法理の類推適用によって無効になるというべきであるから,当該定年退職者と被告との間においては,同定年退職者の再雇用契約の申込みに基づき,再雇用契約が成立したものとして取り扱われることになるというべきである。」
とした上で,所定の要件を満たすかどうかについて検討し,
「本件再雇用拒否は,原告が再雇用就業規則3条所定の要件を満たすにもかかわらず,何らの客観的・合理的理由もなくなされたものであって,解雇権濫用法理の趣旨に照らして無効であるというべきである。そうすると,原告は,再雇用就業規則所定の取扱い及び条件に従って,被告との間で,再雇用契約を締結することができる雇用契約上の権利を有するというべきであるから,原告の平成19年7月30日付け再雇用契約の申込みに基づき,原被告間において,平成21年4月1日付けで再雇用契約が成立したものとして取り扱われることになるというべきである。」
と結論づけました。

高年法には私法的効力がないという判断がいくつかの裁判例でなされていたところですが,この判決からは,就業規則の規定によって私法的な拘束力が生じるリスクがあることが分かります。
対策としてまず考えられるのは,就業規則の内容をよく吟味して,作成,改訂することです。
東京大学出版会の再雇用就業規則の「(1) 健康状態が良好で,8条(勤務日,勤務時間)に定める勤務が可能な者,(2) 再雇用者として通常勤務ができる意欲と能力がある者を再雇用する(3条)」という規定の仕方はちょっと…。
今さら,就業規則の改定が難しいようなら,65歳までの現実の雇用を免れない可能性が高いことを前提として,60歳までの賃金額を減らし,それを60歳以降の賃金に振り分ける等の工夫ができないか,検討していくことも検討してもいいのではないでしょうか。
こちらも難しい会社も多いとは思いますが,賃金表などを作成しておらず,昇給幅が経営者の裁量に委ねられている会社などでは,工夫の余地があるように思えます。
安易な就業規則作成は,リスクが大きいですね。

個人的には,10年後,20年後に,年金支給開始年齢がまた引き上げられる可能性があると考えています。
その際,定年が65歳以上でないとダメだとか,70歳までの雇用確保措置を取れだとか,規制が強まるリスクがあります。
現在の法規制のみを前提にものを考えるのではなく,時代を先取りして,対応を検討しておいた方がいいのではないでしょうか。
その意味で,いっそのこと,定年を65歳くらいまで上げてしまって,これまで60歳までで支給していた賃金の一部を,60歳~65歳の賃金に振り分けて対応することを検討してもいいかもしれません。

それにしても,再雇用まで,このような形で強制されるというのでは,新規採用時の選別には,本当に,手間暇をかけないといけませんね。
いったん雇ってしまうと,辞めさせるのが大変です。


弁護士 藤田 進太郎

労働組合による街宣活動の違法性

2010-12-16 | 日記
Q30労働組合による街宣活動が違法と評価されるのは,どのような場合ですか?

 労働組合は,団結権,団体交渉権が法的権利として保障されており,その目的とする組合員の労働条件の維持,改善を図るために必要かつ相当な行為は,正当な活動として,不法行為に該当する場合でも,違法性を阻却されることになります。
 労働組合の組合活動としての表現行為,宣伝行動によって使用者の名誉や信用が毀損された場合,当該表現行為,宣伝行動において摘示されたり,その前提とされた事実が真実であると証明された場合はもとより,真実と信じるについて相当の理由がある場合も,それが労働組合の活動として公共性を失わない限り,違法性が阻却されることになりますし,当該表現行為,宣伝行動の必要性,相当性,動機,態様,影響など一切の事情を考慮し,その結果,当該表現行為,宣伝活動が正当な労働組合活動として社会通念上許容された範囲内のものであると判断される場合には,行為の違法性が阻却され,不法行為とならないことになります。
 したがって,会社建物前でなされた街宣活動については,よほど酷いやり方をしない限り違法とはなりにくいものと思われます。
 名誉毀損についても,明らかに虚偽の事実を摘示して使用者の名誉を毀損するようなことをしない限り,違法と評価されることは多くないものと思われます。

 他方,企業経営者の自宅付近で行われる街宣活動は,会社前路上などで行われる通常の街宣活動と比べて,大幅に制約されることになり,企業経営者の住居の平穏や地域社会における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使として相当性を有し,容認されることがあるにとどまることになります。
 労使関係の場で生じた問題は,労使関係の領域である職場領域で解決すべき問題です。
 企業経営者も,個人として,住居の平穏や地域社会における名誉・信用が保護,尊重されるべきはずです。
 このため,労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及ばないと考えられるからです。

弁護士 藤田 進太郎

団体交渉の打ち切り

2010-12-16 | 日記
Q29団体交渉が行き詰まった場合は,団体交渉を打ち切ることができますか?

 労使の主張が対立し,いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みがなくなったような場合は,団体交渉を打ち切ることができるものとされています(池田電機事件における最高裁第二小法廷平成4年2月14日判決)。
 ただし,交渉が進展する見込みがなくなったといえるかどうかの判断が難しいケースも多いと思われますので,できるだけ組合の了解を得てから交渉を打ち切るべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎