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弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログです。

不誠実団交

2010-12-16 | 日記
Q28使用者が団体交渉に応じているにもかかわらず,団体交渉拒否と評価され,不当労働行為となることもあるのですか?

 労組法7条2号は,使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止していますが,使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も,同規定により団体交渉の拒否として不当労働行為となると考えられています(カール・ツアイス事件における東京地裁平成元年9月22日判決)。
 具体的には,使用者は,

① 労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり
② 必要な資料を提示するなどし
③ 結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても,その論拠を示して反論する
 などの努力をすべき義務があるとされています。
 使用者には譲歩の義務がなく,労働組合の要求に応じる必要はありませんが,上記のような誠実交渉義務がありますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

「一部調書は検事の作文」

2010-12-15 | 日記
「検事による供述調書の作成を巡り、元検察最高幹部の一人が99年、北島敬介検事総長(故人)あてに「一部の調書は『検事の作文』といわれても仕方がない」と懸念する私信を送っていたことが分かった。」との記事が流れています。
確かに,検面調書に「作文」的要素があるという印象は,初めから感じていたことですが,「何を今さら」といった印象のニュースではあります。
「私信」を送っていたというだけの話ですし…。
昔から,大部分の刑事事件では,弁護人が,検面調書の記載内容に任意性がない,事実とは異なるといった主張をしたところで,裁判所から相手にされませんでした。

弁護士 藤田 進太郎

国営諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防排水門開放

2010-12-15 | 日記
国営諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防排水門開放がなされる見込みとなっています。
漁業関係者が歓迎する一方,干拓地の農業関係者は憤っているようです。

このように,ある決断がなされれば,被害を被る人がまず確実に現れます。
被害を被る人,犠牲になる人が出てもなお,実行すべきことなのか,悩みながら決断していくのが,政治的判断になります。
何らかの改革がなされれば,犠牲になる人が出てくるのです。
それだけの覚悟が必要となります。

なお,何らかの補償金が支払われることになった場合は,「増税」といった形で,国民一般に負担が課せられることになります。

弁護士 藤田 進太郎

労組法上の使用者

2010-12-15 | 日記
Q26「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なくて拒むこと。」(労働組合法7条2号)は,不当労働行為の一つとして禁止されていますが,「使用者」とは雇用主のみを指すのですか?

 「使用者」の判断基準としては,朝日放送事件における最高裁第三小法廷平成7年2月28日判決が,「雇用主以外の事業主であっても,雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ,その労働者の基本的な労働条件等について,雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配,決定することができる地位にある場合」には,その限りにおいて,右事業主は同条の「使用者」に当たるものと判示しています。
 つまり,雇用主でなくても,基本的な労働条件等について雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配,決定することができる地位にある場合には,当該労働条件等との関係に限っては,「使用者」に該当することになりますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

「返済猶予法」1年延長

2010-12-14 | 日記
「返済猶予法」が1年,延長されることになりました。
借りる側から見ればいいことのように思えるかもしれませんが,当然,新規貸し出しの際は,返済猶予があり得ることを前提に審査しますから,審査が厳しくなります。
その結果,業績の悪い会社は貸付を受けることがさらに難しくなり,業績のいい会社に貸付勧誘が集中して,金利競争が激化することになるでしょう。
この法律は,所詮,その場しのぎの対症療法に過ぎません。

弁護士 藤田 進太郎

労働審判手続において調停が成立しなかった場合

2010-12-14 | 日記
Q25労働審判手続において調停が成立しなかった場合は,どうなるのですか?

 労働審判委員会から示された調停案を当事者のいずれかが最後まで受け入れなかった場合は,審理の終結が宣言され,概ね調停案に沿った内容の労働審判が当事者双方に告知されるか,審判書が送達されることになります。
 労働審判に対しては,告知・送達から2週間以内に異議を申し立てることができますが,当事者いずれも異議を申し立てなかった場合は,労働審判は裁判上の和解と同一の効力(既判力,執行力等)が生じます。
 他方,当事者いずれかから異議が申し立てられた場合は,異議を申し立てた当事者に有利な内容の部分を含めた労働審判の効力そのものが失われ,訴訟手続に移行します。

 労働審判で解決しておくべきか,訴訟で戦うべきかの判断についてですが,私の個人的な感覚としては,他の労働者への波及効果等の理由から,会社経営上争う必要が高いものを除き,できるだけ労働審判手続において解決すべき事案が多いのではないかと考えています。
 代理人の弁護士が異議を申し立てるべきだという意見の場合は,異議を申し立てて訴訟で争う価値があるのかもしれません。
 しかし,代理人の弁護士が労働審判手続で調停をまとめるべきだとか,労働審判に対し異議を申し立てずにそのまま解決した方がいいという意見を述べている場合は,異議を申し立てていい結果に終わることは稀ではないかという感覚です。
 感情的な判断は差し控え,依頼した弁護士の意見に耳を傾ける経営姿勢が重要と思われます。

 訴訟手続に移行した場合,労働審判の代理人が引き続き訴訟を受任する場合であっても,新たに訴訟委任状を追完する必要があります。
 原告(労働審判手続における申立人)に対しては,異議申立てから2~3週間程度の間に,労働審判手続を踏まえた,「訴状に代わる準備書面」及び書証の提出,提訴手数料の追納及び郵便切手の予納が指示されることになります。
 これに対し,被告(労働審判手続における相手方)は,「訴状に代わる準備書面」に対する「答弁書」等を提出し,第1回訴訟期日に臨むことになります。
 労働審判手続において既に争点の整理ができているケースが多いことから,異議申立て後,判決までの期間は短くなっており,労働審判を経ずに訴訟が提起された場合と比較して,解決までの時間が長くなってしまうということは多くないようです。
 ただし,「訴状に代わる準備書面」の記載内容が労働審判手続を踏まえた内容になっていないような場合は,答弁書も労働審判における答弁書と同じような内容のものが提出されることになりがちであり,同じような主張・反論が繰り返された結果,解決までの時間が無駄に長くなってしまう可能性があります。
 したがって,訴訟に移行した後の主張書面には,労働審判の経緯を踏まえた主張・反論をしっかり記載すべきことになるでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

労働審判を申し立てられた場合における使用者側の主な注意事項

2010-12-14 | 日記
Q24労働審判を申し立てられた場合における,使用者側の主な注意事項はどのようなものですか?

 労働審判は,第1回期日まで(答弁書の記載内容等,第1回期日での説明)が勝負です。
 裁判官からも同様の発言を聞いたことが,何度もあります。
 第1回期日終了時までに形成された心証に基づいて調停が試みられ,労働審判が出されるのが通常です。
 訴訟を提起された場合は,差し当たり,請求棄却を求め,請求の原因については「追って認否する。」とだけ記載した答弁書を提出し,第2回期日までに認否反論を準備すれば足りることも多いですが,労働審判ではそれは許されません。

 また,第1回期日の変更は原則として認められません。
 少なくとも,準備不足を理由とした第1回期日の変更は認めてもらえません。
 労働審判手続では,当事者双方及び裁判所の都合のみならず,忙しい労働審判員2名のスケジュール調整が必要なため,期日の変更が通常の訴訟よりも難しくなっているようです。
 第1回期日の変更が例外的に認められた事案の大部分は,申立書が裁判所から届いて1週間から10日程度までの時期,労働審判員の選任が完了していない時点に,裁判所に連絡して日程調整した事案のようです。

 第1回期日は,原則として申立てから40日以内の日に指定されますから(労働審判規則13条),相手方(主に使用者側)としては,準備する時間が足りないから第1回期日を変更したい,あるいは,主張立証を第2回期日までさせて欲しいということになりがちですが,いずれについても実際は難しいということになります。
 したがって,たとえ不十分であっても,第1回期日までに全力を尽くして準備していく必要があります。

 なお,弁護士は随分先までスケジュールが入りますから,のんびりしていると第1回期日の日時に別の予定が入ってしまいます。
 依頼したい弁護士がいるのであれば,申立書が会社に届いたら直ちにその弁護士に電話し,第1回期日の予定を空けておいてもらうなどの対応が必要となります。
 私のところに労働審判の相談に来た時期が第1回期日まで1週間を切った時期(答弁書提出期限経過後)だったため,即日,急いで作成した答弁書を提出せざるを得ず,第1回期日が指定された日時は私のスケジュールが既に埋まっていたため,第1回期日に私が出頭できなかった事案もありました。

 当事者は,裁判所(労働審判委員会)に対し,主張書面だけでなく,自己の主張を基礎づける証拠の写しも提出するのが通常ですが,東京地裁の運用では,労働審判委員には,申立書,答弁書等の主張書面のみが事前に送付され,証拠の写しについては送付されない扱いとなっています。
 労働審判員は,他の担当事件のために裁判所に来た際などに,証拠を閲覧し,手控えを取ったりしているようですが,自宅で証拠と照らし合わせながら主張書面を検討することはできません。
 また,労働審判官(裁判官)も大量の事件を処理していますので,答弁書を読んだだけで言いたいことが明確に伝わるようにしておかないと,真意が伝わらない恐れがあります。
 労働審判委員会は,申立書,答弁書の記載内容から,事前にそれなりの心証を形成して第1回期日に臨んでいます。
 第1回期日は,時間が限られており,その場で言いたいことを言う機会が十分に与えられるとは限りません。
 したがって,労働審判手続において相手方とされた使用者側としては,重要な証拠内容は答弁書に引用するなどして,答弁書の記載のみからでも,主張内容が明確に伝わるようにしておくべきことになります。
 陳述書を答弁書と別途提出するかどうかは当事者の自由ですが(答弁書の記述で足りるのであれば,陳述書を出す必要はありません。),重要ポイントについては,答弁書に盛り込んでおくことが必要となります。

 第1回期日おける審理では,代理人弁護士の発言はほとんど認められず,代理人が発言すると制止されることが多いので,会社担当者が事実説明をしていくことになります。
 したがって,期日には代理人弁護士が出頭するだけでは足りず,紛争の実情を把握している会社担当者が2名程度,出頭する必要があります。
 しかし,会社担当者は裁判所の手続に不慣れなことが多いため,緊張して事実を正確に伝えることができなくなりがちです。
 言いたいことが言えないまま終わってしまうことがないようにするためには,事前に提出する答弁書に言いたいことをしっかり盛り込んでおいて当日話さなければならないことをできるだけ減らしておくべきでしょう。

 労働審判の第1回期日にかかる時間についてですが,2時間程度はかかるものと考えておく必要があります。
 私がこれまでに経験した労働審判事件の第1回期日は,1時間20分~2時間30分程度かかっています。
 事案の難易度にもよりますが,同程度の事件であれば,申立書,答弁書において,充実した主張反論がなされているケースの方が,所要時間が短くなる傾向にあります。

 第2回以降の期日は,第1回期日で実質的な審理が終了し,労働審判委員会から調停案が示されていたような場合には,解決金の金額を中心とした調停内容についての調整がなされることになり,当事者双方が調停案を直ちに受け入れたような場合は,期日は30分足らずで終了することになります。
 ただし,第2回以降の期日であっても,当事者双方が調停案を直ちに受け入れなかったものの,もう少しで調停が成立しそうな状況だったため,その日のうちに調停を成立させるために交渉が継続され,約2時間30分かかったことがありました。
 念のため,長めにスケジュールを空けておいた方が無難かもしれません。

弁護士 藤田 進太郎

労働審判の申立て件数,審理期間,紛争解決実績

2010-12-14 | 日記
Q23労働審判の申立て件数,審理期間,紛争解決実績はどうなっていますか?

 全国で申し立てられた労働審判の数は,
平成18年は労働審判制度が開始した4月~12月の9か月間で877件(一月平均97.44件)
平成19年は年間で1494件(一月平均124.5件)
平成20年は2052件(一月平均171件)
平成21年は3468件(一月平均約289件)
と急増しており,平成21年は3000件を突破しました。

 同じ期間に東京地裁に申し立てられた労働審判事件数は,

平成18年4月~12月の9か月間で258件(一月平均28.67件)
平成19年は年間で485件(一月平均40.42件)
平成20年は711件(一月平均59.25件)
平成21年は1140件(一月平均約95件)
と,やはり,急速に申立件数が伸びており,平成21年は1000件を超える申立てがなされています。
 労働審判手続では,原則として3回以内の期日で結論を出すことになっており,第2回期日までに終了した事件は,全体の約61.6%にも上っています。
 また,平成21年12月末までの時点で,労働審判既済事件の平均審理期間は申立てから74.6日とされており,全体の約36.1%は申立てから2か月以内,全体の約72.8%は申立てから3か月以内で終了しています。

 終局事由の内訳は,労働審判が18.9%,調停成立が68.8%,24条終了が3.2%,取下げが8.4%,却下・移送等が0.6%となっています。
 調停成立が68.8%であること,労働審判(全体の18.9%)に対して異議申立てがなされた事案の割合が63.3%であり異議申立てがなされなかった36.7%(全体の約6.9%)は解決されたと考えられること,取り下げられた事件(8.4%)の一定割合は手続外での和解等により解決に至っていると推測されることから,労働審判申立てがなされた事案のうち約80%程度は,訴訟に至らずに紛争が解決されているものと推測されます。

弁護士 藤田 進太郎

労働審判制度の主な特徴

2010-12-14 | 日記
Q22労働審判制度の主な特徴はどのようなものですか?

 労働審判法は,
① 労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)に関し,
② 裁判所において,裁判官(労働審判官)及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者(労使双方から1名ずつ選任される労働審判員合計2名)で組織する委員会が,当事者の申立てにより事件を審理し,
③ 調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み,
④ その解決に至らない場合には,労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利義務関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判)を行う手続(労働審判手続)を設けることにより,
⑤ 紛争の実情に即した迅速,適正かつ実効的な解決を図ること
を目的とするものです(労働審判法1条)。

 労働審判手続の特徴はどれも重要なものですが,私が特に注目しているのは,①迅速な解決が予定されていることと,②裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,訴訟に移行することの2点です。

 まず,①迅速な解決という点ですが,労働者の大部分は,使用者に対して不満を持ったとしても,余程の事情がなければ,1年も2年も長期間の裁判を続けることは望まないことが多く,裁判手続を取ることを躊躇することが多かったのではないかと私は考えています。
 しかし,労働審判手続は,原則として3回以内の期日で審理を終結させることが予定されており(労働審判法15条2項),申立てから3か月もかからないうちにかなりの割合の事件が調停成立で終了しますので,労働者としては,利用しやすい制度と評価することができるでしょう。
 これを使用者側から見れば,従来であれば表面化しなかった紛争が表面化しやすくなるということになります。

 次に,②裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,自動的に訴訟に移行する(労働審判法22条)という点も重要と考えています。
 裁判官(労働審判官)と労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名によって権利義務関係を踏まえた調停がなされるため,調停内容は合理的なもの(社内で説明がつきやすいもの,労働者が納得しやすいもの)となりやすくなります。
 調停がまとまらなければ,たいていは調停案とほぼ同内容の労働審判が出され,労働審判に対して当事者いずれかが異議を申し立てれば自動的に訴訟での解決が行われることになりますが,訴訟で争っても,裁判官(労働審判官)が関与し,権利義務関係を踏まえて出された労働審判の内容よりも自分に有利に解決する見込みが大きい事案はそれほど多くはありません。
 労働審判に対して異議を申し立てれば,直ちに訴訟に移行しますので,うやむやなまま紛争が立ち消えになることは期待できません。
 訴訟が長引けば労力・金銭等での負担が重くなり,コストパフォーマンスが悪くなってしまいます。
 これらの点が相まって,ある程度は譲歩してでも調停をまとめる大きなモチベーションとなり,労働審判制度の紛争解決機能を飛躍的に高めているものと考えています。

弁護士 藤田 進太郎

アスベスト(石綿)に関する安全配慮義務違反の具体的事実

2010-12-14 | 日記
Q21アスベスト(石綿)に関する安全配慮義務違反の具体的事実としては,どのような事項が検討されるのですか?

 大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,作業環境管理義務違反,作業条件管理義務違反,健康等管理義務違反の有無について検討した上で,「被告は,原告Aに対し,粉じん作業に常時従事する労働者に対して行うべき作業環境管理,作業条件管理ないし健康等管理の義務を怠ったものであるから,安全配慮義務等に違反したものといわなければならない。また,被告によるこれら義務違反が原告Bに対する関係で不法行為に該当することも明らかである。」と判示しているのが,参考となると思います。

ア 作業環境管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,旧労基法,旧安衛則及び昭和33年通達により,粉じんが発散する屋内作業場における局所排気装置の設置が指導され,じん肺法では,粉じんの発生の抑制,保護具の使用その他について適切な措置を講ずることが定められた。また,前記昭和46年1月5日付け通達,旧特化則及びその後の法規制においても,粉じんの発散源を密閉する措置,局所排気装置の設置等の措置,ないしは,粉じんの飛散を防止する措置を講ずるよう,法規制が行われてきたものである。
(イ) ところが,原告Aが従事した第2又は第5工場におけるクラッチ組立作業は,作業時に粉じんの飛散する状態であったこと,少なくとも昭和54年ころまでは,第2又は第5工場内でブレーキライニングの研磨作業が行われた部分と組立作業が行われた部分との間仕切り等もなかったことなどは,前述のとおりである。
 しかも,被告は,クラッチ組立作業については,これを粉じん作業として取り扱っていなかったことから,これらの作業が粉じん作業であることを前提にして,粉じんが発生する場所において,被告が粉じんの飛散を防止するような局所排気装置,全体換気装置等の設置又は湿潤化等が行われた事実は認められない。
(ウ) 被告は,本件工場のうち,粉じんが発散する屋内作業場の発散源には,サイクロン付き集じん機等局所排気装置を設置してきたものであり,遅くとも昭和35年4月1日以降実施してきた粉じんの測定結果も,基準値の10分の1程度に止まっていた旨主張する。そして,なるほど,第4工場にサイクロン付き集じん装置が設置されたこと並びに第4及び第5工場に設置された研磨機等の周辺において,昭和51年及び昭和53年ないし55年に実施された環境測定結果が,法規制の基準値を明らかに下回るものであったことは,前述のとおりである。
 しかしながら,上記測定値は,被告が年1回民間業者に委託した際の測定結果にとどまるから,必ずしも当時の本件工場内の空気環境が常時問題のなかったことを認めるに足りるものであるとはいえない。このことに,被告による局所排気装置等の設置状態やその変遷も明らかではないこと,昭和50年以前については環境測定結果等がないため,空気環境に問題のなかったことを直接認めるに足りる証拠はないこと,同年以降は,そもそも被告における石綿の全体的な取扱量が減少したことがうかがわれること及び原告Aが,現に石綿の高濃度ばく露によって生ずるとされる石綿肺に罹患していることなどの前記認定事実をも勘案すれば,被告の上記主張は採用できない。
(エ) 以上によれば,被告において,適切な局所排気装置等の設置による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務等の履行がされたものと認めることはできず,同義務の懈怠があったものというべきである。

イ 作業条件管理義務違反
(ア) 以上のとおり,被告において,局所排気装置の設置等による粉じん発生の抑制等の措置をとる義務の懈怠があったことに加え,原告Aらクラッチ組立班の従業員らに適切なマスク等の保護具の着用が指示された事実も認められないことは,前記認定のとおりである。
 なお,被告は,労働基準監督署の担当者の指導に従って,各従業員に対し,マスク,手袋を交付して着用を義務付けていた旨主張する。そして,被告が昭和46年に粉じん発散のおそれのある作業場における作業用に保護マスク等を購入したことは,前記認定のとおりである。しかしながら,原告Aがマスクを着用せず,また着用するよう被告から指導されたこともなかったことは,前記認定のとおりである。そして,本件全証拠によっても,原告Aが当該マスク着用の対象者とされていたことを認めることはできない。
(イ) また,原告らは,新特化則38条に定められた洗顔,洗身又はうがいの設備,更衣設備及び洗濯のための設備の設置及びこれを労働者に実施させるよう指導する義務,石綿を含む金属粉じんばく露時間の短縮措置をとる義務を履行しなかったから,この点について安全配慮義務等違反がある旨主張する。
 この点については,本件全証拠によっても,被告が粉じんの発生を抑制するために,本件工場にいかなる設備を設置したのかどうかや,原告Aら従業員に対し,いかなる指導をしたのかどうかを認めるに足りる証拠はないから,その実態は,明らかでないというより他ない。
 もっとも,前記認定事実によれば,被告には,じん肺法,特化則等に照らし,そもそも,事業所における粉じん作業及び同作業に従事する労働者を把握すべき義務があったにもかかわらず,原告Aが従事するクラッチ組立作業において粉じんの飛散を生じる実情があったこと,原告Aが粉じん作業であるクラッチフェーシングの研磨作業に従事していることを把握しておらず,これに応じた労務管理や粉じん作業従事者であることを前提とした指導を怠ったことが推認されるものであり,これを覆すに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば,被告について,安全配慮義務等違反のあったことは明らかである。

ウ 健康等管理義務違反
(ア) 前記認定のとおり,昭和31年通達は,特殊健康診断の受診を勧奨し,昭和35年に制定されたじん肺法3条,7条は,じん肺健康診断及び一定の場合には,結核精密検査や心肺機能検査の実施を,同法6条は,常時粉じん作業に従事する労働者に対するじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育の実施を定めている。また,改正特化則39条は,定期的な特殊健康診断の実施を定めている。
 そして,原告Aが,本件工場内の石綿を取り扱う作業場において,粉じんの飛散を伴う組立作業に常時従事し,昭和44年ころ以降は,10日に1度,2時間程度ほぼ継続的に従事していたクラッチフェーシングの研磨作業において,継続的に相当量の石綿粉じんにばく露していたものと認められることは,前記認定のとおりである。
(イ) ところが,前記のとおり,原告Aは,被告が,粉じん作業に従事する労働者と取り扱わなかったことから,じん肺健康診断及び改正特化則による特殊健康診断を受けたことがなかったものである。また,被告が石綿粉じんに関するじん肺予防及び健康管理に必要な教育をした事実も認めることができない。
(ウ) したがって,被告には,安全配慮義務等違反があったものと認められる。

弁護士 藤田 進太郎

アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,使用者の安全配慮義務の程度

2010-12-13 | 日記
Q20アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,使用者の安全配慮義務の程度は,どのようなものですか?

 大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,安全配慮義務の程度に関し,以下のように判示しているのが,参考になると思います。

ア 被告は,原告Aとの雇用契約の付随義務として信義則上,その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務又はそのような社会的関係に基づく信義則上の注意義務(以下,これらを合わせて「安全配慮義務等」という。)を負うものである。そして,被告が,同義務の前提として認識すべき予見義務の内容は,生命,健康という被害法益の重大性にかんがみ,安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧があれば足り,必ずしも生命,健康に対する障害の性質,程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。

イ ところで,前記認定事実に基づけば,粉じんによるじん肺の生命,身体に対する危険性は,我が国においては,古くは江戸時代から知られており,石綿肺についても昭和初期及び被告が営業を開始した後の昭和27年ころから,大阪府泉南部を中心とする石綿加工工場等を対象とした調査が繰り返し実施されるなど,種々の調査,検診が行われ,昭和33,34年ころには,新聞報道でも石綿肺の健康被害が取り上げられていたことが認められる。また,昭和22年には,石綿肺が労災補償の対象と規定され,昭和35年には,石綿をも規制の対象とするじん肺法が制定されていたものである。
 そして,前記認定事実に基づけば,被告は,昭和26年の設立時の社名からも明らかなように,石綿紡織,石綿製品であるクラッチ,ブレーキの組立等,石綿製品の製造・加工等を業とした株式会社であり,原告Aが稼働していた当時,本件工場に従業員数十名を擁し,その一角で技術研究も行っていたことが認められる。
 そうすると,石綿の粉じんが人の生命,健康を害する危険性を有するものである以上,被告は,石綿製品の製造,加工業等を営む事業者として,昭和35年に上記じん肺法が施行されたこと等の経過を踏まえ,遅くとも原告Aが就労した昭和37年ころまでには,少なくとも石綿に関連する法規制を把握し,これに従うことはもちろん,十分に情報収集をするなどして,石綿粉じんの健康被害等の危険性や対策について把握することは可能であったし,これを行うべきであったということが相当である。

ウ これに対し,被告は,早くとも平成に入るまでの間は,石綿製品は,製造・加工段階で適切な規制さえすれば十分であり,製品として流通する石綿含有製品には危険性がないという認識であったことや,石綿関係労働者に肺がんや中皮腫が発生している事実を指摘したのは昭和51年通達が初めてであり,同年当時でも石綿粉じんには危険性がないというのが一般的な認識であったところ,こうした状況下で,被告のような小企業が,独自の調査研究で石綿の危険性を予見することは不可能である旨主張する。
 しかしながら,そもそも被告は,石綿製品そのものの製造・加工に携わる事業者であるから,中小企業であるからといって,取扱製品の危険性等についての予見可能性や安全配慮義務等が軽減されるとは,にわかに認めることができない。そして,前記認定のとおり,石綿粉じんの危険性は,昭和51年以前にも,数々の調査報告その他の知見によって指摘されており,石綿肺の危険性も認識されていたところである。昭和51年通達が,石綿関係労働者の健康被害を初めて指摘したもので,当時は,石綿粉じんに危険性がないというのが一般的認識であったと認めるに足りる証拠はなく,むしろ,一般紙の新聞報道等でも,石綿による石綿肺や肺がんの健康被害が取り上げられていたものである。被告が中小企業であるからといって,このような状況を認識することまでも困難であったとはいえない。
 なお,被告は,業界が指導内容として発行した本件冊子は,石綿が安全,無害であることを大前提として記載されたものである旨主張する。しかしながら,本件冊子を子細に検討しても,そのように解されるかどうかは,にわかに即断できないうえ,仮にそうであったとしても,本件冊子があくまでも業界側で作成した冊子であること及び前述した知見ないしは国の法令による規制等に照らせば,上述した結論を左右するものでないことは明らかである。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

エ また,被告は,上記ウの実情に照らせば,被告について,国の規制及び業界の指導以上に厳しい予見可能性があるということはできないとも主張する。
 しかしながら,当裁判所の上記認定,判断は,あくまでも,当時における国の規制を前提にしたもので,これ以上に特に厳しい予見可能性を被告に要求するものではない。被告のとった措置は,国の規制等に照らしても不十分なものであり,安全配慮義務等に違反したものといえることは,後述のとおりである。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

弁護士 藤田 進太郎

アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制

2010-12-13 | 日記
Q19アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制は,どのようなものだったのですか?

 大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制に関し,以下のように認定しているのが,参考になると思います。

ア 海外における知見等

(ア) アスベスト鉱山の多かった南アフリカ連邦では,1900年代初めに,けい肺に関する調査委員会が設けられ,1912年に,世界で初めてのけい肺法といわれる「鉱夫肺癆扶助法」を公布した。

(イ) イギリスでは,1898年には,女性工場監督官ルーシー・ディーンにより,イギリスで初めての石綿粉じん被害等に対する報告がされ,1906年にマレー医師が産業疾病補償委員会における証言において,初の石綿による非結核性肺線維症の症例を報告し,1924年には,病理学者であるクックが,石綿肺による死亡例を医学会誌に発表した。
 これらの報告を踏まえ,1928年から1929年にかけてイギリス政府が実施した調査に基づき,ミアウェザー及びプライスが1930年に発表した「アスベスト粉塵が肺に及ぼす影響,及びアスベスト産業における粉塵抑制に関する報告書」(甲A18)は,アスベスト粉じんのみにばく露した労働者のうち勤務年数5年未満の従業員を除くと,約35パーセントが石綿肺に罹患し,勤務年数と発症率の間には相関関係があり,20年以上の勤務年数の従業員については80パーセントに達しているなどとするものであった。
 イギリス政府は,この調査に基づいて,1931年に「アスベスト産業規則」を制定し,更に1969年にはアスベスト規制法を制定した。

(ウ) アメリカでも,1930年代にはアスベスト工場労働者のアスベスト肺についての研究報告があいついで発表され,1930年代前半にアスベストばく露と石綿肺形成との因果関係が疫学的,病理組織学的に確証されたと評価されている。

(エ) また,1935年には,アメリカのリンチ及びスミスによる石綿肺合併肺がんの報告がされ,その後,石綿肺に合併した肺がんの症例が世界各国から報告されるようになった。さらに,1953年にはドイツのバイスが胸膜中皮腫症例を報告し,1954年にはレイハーが胸膜中皮腫の石綿合併症例を報告し,1960年には南アフリカ共和国のワグナーが,クロシドライト鉱山の従事者及びその家族,近隣住民の胸膜中皮腫患者の発生を報告し,動物実験によりネズミに胸膜中皮腫を発生させるなどの一連の研究によって,アスベストと中皮腫との因果関係を疫学的に実証したと評価されている。

(オ) 国際的な会議としては,けい肺,じん肺に関する国際会議が開催された。1930年には,ILOの国際けい肺専門家会議が開催され,同会議は,1950年に開催された第3回会議からは,国際じん肺会議と名称を改め,じん肺全般を対象とするようになり,以後,1971年,1978年にも順次開催された。
(甲A8,13,18,19,52,77ないし80,83)

イ 我が国における知見,昭和35年のじん肺法制定に至る法規制等

(ア) じん肺に対する歴史的知見等
 けい肺・じん肺は,我が国においても,金属鉱山を中心とする職業病として江戸時代から「ヨロケ」等と呼ばれ,不治の病として知られてきた。文献等においても,明治23年に坪井次郎医師,佐藤英太郎医師がじん肺の病態や粉じん対策に関する医学論文を発表したのを初めとして,各種論文,調査が発表され,海外のじん肺に対する調査報告,研究等も種々紹介されてきた。
 明治44年3月29日に制定された工場法(同年法律第46号),大正5年8月3日に制定された同法施行規則(同年農商務省令第19号)は,粉じん作業を規制対象とし,昭和4年6月20日に制定された工場危害予防及衛生規則(同年内務省令第24号)は,粉じん等を発散する衛生上有害な場所において,排出密閉その他適当な設備をなすべきこと(26条),必要ある者以外の立入りを禁止し,その旨を掲示すべきこと(27条),多量の粉じんを発散する場所における作業等に従事する職工に使用させる適当な保護具を備え,職工は作業中,その保護具を使用することを要すること(28条)などを規定した。また,同規則26条に関する同施行標準4項は,「瓦斯,蒸気又は粉塵は先づ発生を防止するか又発生の局所を密閉するに努め其の不可能なるときは成るべく発生の局所に於いて吸引排出する装置を設くること」と定めた。
(甲A1,6,8,15,甲B4,21ないし23)

(イ) 石綿肺に対する調査報告等
a 我が国では,昭和4年に石綿肺の症例報告が行われ,昭和12年から15年にかけて,保険院社会保険局健康保険相談所大阪支所長の助川浩医師らによって,大阪府泉南郡を中心とする大阪府及び奈良県の石綿紡織工場等を対象とする石綿肺の疫学調査が実施され,昭和15年3月には,その調査結果が「アスベスト工場に於ける石綿肺の発生状況に関する調査研究」(甲A6)として発表された。その調査報告によれば,3年以上の勤務年数を有する231名及び必要と認めた20名の計251名中,石綿肺と診断された者が65名,石綿肺の疑いがあるとされた者が15名認められた。
b 戦後は,労働省が昭和23年に実施したけい肺巡回検診,昭和31年から32年にかけて実施されたけい肺検診,奈良県立医科大学の宝来博士及び国立大阪厚生園療養所(現在の近畿中央胸部疾患センター)所長・大阪大学医学部の瀬良好澄博士(以下「瀬良博士」という。)らが昭和27年から再開した関西地区での石綿肺の調査研究,労働省が昭和31年度から34年度に労働衛生試験研究として組織した宝来博士を班長とする共同研究班による「石綿肺の診断基準に関する研究」(甲A16,17)など,各種の調査が相次いで実施された。
c これらのうち,宝来博士らによる「石綿肺の診断基準に関する研究・昭和31年度研究成果報告」(甲A16)には,北海道石綿鉱山及び各地方の石綿工場における石綿肺の発生率を勤務年数との関係で調査した結果,「石綿鉱山及び石綿工場に於ては勤務年数3年をすぎる頃から,石綿肺有所見者を認めるようで,その後年数が長くなるにつれて罹患者が増加する。」との記載がある。
 また,「石綿肺の診断基準に関する研究・昭和32年度研究成果報告」(甲A17)では,調査の結果の総括の一部として,石綿粉じん環境はいずれの工場においても許容限度を越えた悪条件であり,長期間の作業は石綿肺発生必至の状態に置かれていること及び石綿工場使用のクリソタイル石綿を用いて動物実験を行った結果は人体における石綿肺類似の所見を認めた旨言及している。
(甲A1,8,甲A11,13ないし17)

(ウ) 昭和30年代ころまでの石綿の健康被害等に対する知見,報道等
 石綿の発がん性の指摘は,日本でも昭和20年代ないし30年代の労働衛生関係の各種文献等で論じられてきた。
 そして,昭和33年から34年にかけては,日本経済新聞,朝日新聞等一般紙を含む新聞報道(甲36の1ないし4)において,泉南地方における石綿肺の被害,合併症としての肺がんによる死亡例,除じん装置及び防じんマスクの重要性並びに検診の重要性等を指摘する記事が度々掲載された。
(甲A23ないし32,36,54,68ないし72)

(エ) じん肺法制定に至る法規制等
a 以上のような調査結果に基づき,昭和22年には,石綿肺は,旧労基法を踏まえた労働基準法施行規則(同年厚生省令第23号)により,粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症及びこれに伴う肺結核として,業務上疾病に指定され,労災補償の対象とされた。
b 昭和30年には,けい肺にかかった労働者の病勢の悪化の防止を図るとともに,けい肺及び外傷性せき髄障害にかかった労働者に対して療養給付,休業給付を行い,もって労働者の生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的とする(1条),「けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法」(同年法律第91号)が制定された(甲B7)。
 同法は,石綿肺を対象としていなかったが,昭和31年通達(けい肺を除くじん肺を起し又はそのおそれある粉じんを発散する場所における業務として,石綿又は石綿製品を切断し又は研まする場所における作業を定め,これに対する検査項目として胸部の変化,検査方法としてエックス線直接撮影を定めるもの。甲B8)並びに昭和33年通達(甲B9)及びその別紙で,各事業所の職業病予防対策実施上の参考に供するため,労働環境の改善を含む予防措置のよるべき一般的措置の種類を定めた「労働環境における職業病予防に関する技術指針」(粉じんについては,粉じん濃度の測定,局所排気装置の設置,作業の湿式化,検定に合格した防じんマスクの着用,休憩設備を作業場外に設けること等の粉じん対策の体系を示したもの。甲B10)等の通達により,石綿を含む鉱物性粉じん全般に対する行政指導が行われるようになった。
c 昭和35年3月31日にじん肺法(同年法律第30号)が制定,公布され,同年4月1日に施行された(甲B11の1)。
 じん肺法は,じん肺に関し,適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより,労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的とするものである(1条)。そして,同法は,規制の対象となるじん肺については,鉱物性粉じんを吸入することによって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気であるとして(2条1項1号),石綿肺等を含む鉱物性粉じんによるじん肺全般に拡大し,その適用範囲である粉じん作業は,当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認められる作業とし(同項2号),その詳細は,規則によって,「石綿をときほぐし,合剤し,紡織し,吹き付けし,積み込み,もしくは積み卸し,又は石綿製品を積層し,縫い合わせ,切断し,研まし,仕上げし,もしくは包装する場所における作業」と定められた(同法施行規則別表第1の3号)。
 じん肺法は,使用者に対し,以下の措置等を義務付けているが,その主な規定は,以下のとおりである。
(a) 3条 じん肺健康診断は,エックス線写真による検査及び粉じん作業についての職歴の調査によって行い,同検査及び調査の結果に基づき,じん肺にかかっていると診断された者やその疑いのある者に対しては,一定の場合には,胸部に関する臨床検査,労働省令で定める方法による心肺検査機能検査を行う。
(b) 5条 粉じんの発散の抑制,保護具の使用その他について適切な措置」を講ずること。
(c) 6条 常時粉じん作業に従事する労働者について,じん肺予防に関する予防及び健康管理のために必要な教育」(じん肺教育)を行うこと。
(d) 7条 新たに常時粉じん作業に従事することになった労働者に対しては,就業時に原則として,じん肺健康診断を行うこと。
(e) 8条 常時粉じん作業に従事する労働者に対しては,一定期間以内ごとに,定期的にじん肺健康診断を行うこと。
(甲B8ないし11)

ウ じん肺法制定後の法規制等

(ア) 昭和43年通達
 昭和43年通達(甲B11の2)は,じん肺法の制定を踏まえた旧安衛則173条により,粉じん抑制のため,通常局所排気装置による措置を講じる必要のある作業場を明らかにしたものである。そして,同通達のうち石綿に関する作業場については,研ま材を用いて動力により研まする作業,研ま機の吹き付けにより研まする作業,石綿にかかわる装置による石綿をときほぐし,合剤,紡織等をする作業,石綿製品にかかわる装置による切断,研ま等をする作業を行う作業場であるなどと規定された(甲A84,甲B11の2)。

(イ) 昭和46年1月5日基発第1号「石綿取扱い事業場の環境改善について」
 同通達は,「石綿取扱い作業に関しては,石綿肺の予防のため,これまで,局所排気装置の設置を,労働安全衛生規則173条に基づき促進してきたところである。最近,石綿粉じんを多量に吸入するときは,石綿肺をおこすほか,肺がんを発生することもあることが判明し,また,特殊な石綿によって胸膜などに中皮腫という悪性腫瘍が発生するとの説も生まれてきた。」と述べた上,昭和43年通達で指定した作業に限らず,全ての石綿取扱い作業について,技術的に可能な限り局所排気装置を設置させるよう監督指導するよう,都道府県労働基準局長に対して指示した(甲A84)。

(ウ) 昭和46年の旧特化則の制定 旧特化則(甲B15)は,当時の労働基準法の第5章「安全及び衛生」の部分を実施する労働省令として昭和46年に制定された。そして,旧特化則は,使用者の責務として,化学物質等による障害を予防するため,使用する物質の毒性の確認,作業方法の確立,関係施設の改善,作業環境の整備,健康管理の徹底その他必要な措置を講ずることを定め(1条),石綿については,これを特定化学物質の第2類物質として規定し,石綿粉じんが発散する屋内作業場において,一定の性能を有する局所排気装置の設置又は作業の湿潤化,作業環境測定などを義務付けた。これらに関連する主な規定は,以下のとおりである。
a 2条2号,別表第2 石綿を第2類物質に指定
b 4条1項 第2類物質の粉じんが発散する屋内作業場には,その発散源に局所排気装置を設置しなければならない。ただし,設置が著しく困難な場合等はこの限りでない。
c 4条2項 上記ただし書きにより局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
d 6条2項 局所排気装置の性能要件としての粉じんの濃度規制(昭和46年労働省告示第27号により,石綿の抑制濃度:2mg/立方メートル)
e 8条 粉じんの粒径に応じた除じん装置の設置(石綿の場合はろ過式=バグフィルター)
f 29条 6か月ごと(6か月をこえない期間)の作業環境測定の実施

(エ) 昭和47年の安衛法,安衛令及び安衛則の制定
安衛法(甲B12)は,上記労働基準法の「安全及び衛生」の部門が独立した法律とされたものであり,同法と相まって,労働災害の防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な作業環境の形成を促進することを目的とする(1条)。そして,安衛法は,事業者の責務として,「事業者は,単に労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく,快適な作業環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また,事業者は,国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」と規定した(3条)。そして,安衛令(甲B13)及び安衛則(甲B14)は,安衛法を実施するために制定された。
 これらに関連して,事業者の責務とされた主な規定は,以下のとおりである。
(安衛法)
a 22条 事業者は,次の健康障害(1号粉じん等による健康被害)を防止するため必要な措置を講じなければならない。
b 59条 労働者に対する安全衛生教育
c 60条,安衛令19条 職長等作業中の労働者を直接指導又は監督する者に対する安全衛生教育
d 67条 健康管理手帳制度がんその他の重度の健康障害を生じるおそれのある業務で,安衛令で定める業務(安衛令23条,じん肺法2条1項,「当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認められる作業」)に従事していた者に対し,離職の際に健康管理手帳を交付すること。
(安衛則)
a 576条 粉じんを発散する等有害な作業場においては,その原因を除去するため,代替物の使用,作業の方法又は機械の改善等必要な措置を講じなければならない。
b 577条 粉じん等を発散する屋内作業場においては,当該屋内作業場における空気中の粉じん等の含有濃度が有害な程度にならないようにするため,発散源を密閉する設備,局所排気装置又は全体換気装置を設ける等必要な措置を講じなければならない。
c 579条 有害物を含む排気を排出する局所排気装置等については,有害物の種類に応じて,集じんその他の有効な方式による排気処理装置を設けなければならない。
d 590条,安衛令21条1号鉱物等の粉じんを著しく発散する屋内作業場について6か月以内ごとに1回,定期に粉じんの濃度を測定しなければならない。
e 593条 粉じんを発散する有害な場所における業務においては,当該業務に従事する労働者に使用させるために,呼吸用保護具等適切な保護具を備えなければならない。

(オ) 昭和47年の新特化則
 新特化則(甲B16)は,石綿を含む第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場について,第5条で設置を義務づけた局所排気装置の要件等(7条),特定化学物質等作業主任者に,局所排気装置等の装置を1か月を超えない期間ごとに点検させ,保護具の使用状況を監視することなどを行わせなければならないこと(27条,28条),局所排気装置等について,1年以内ごとに1回,定期自主検査を実施すべきこと(30条),同検査の記録を3年間保存すべきこと(32条)などを規定した。これらに関連して,事業者の責務として定められた主な規定は,以下のとおりである。
a 5条1項 第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場については,当該発散源に局所排気装置を設けなければならない。ただし,局所排気装置の設置が著しく困難なとき,又は臨時の作業を行うときは,この限りでない。
b 5条2項 上記ただし書きの規定により局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,又は第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の健康障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
c 36条1項 安衛令21条7号の屋内作業場(石綿を製造し,又は取り扱う屋内作業場を含む。)について,6か月以内ごとに1回,定期に,第1類物質又は第2類物質の空気中における濃度を測定しなければならない。
d 36条2項 前項の規定による測定を行ったときは,そのつど測定日時,方法,箇所等の事項を記録し,これを3年間保存しなければならない。

(カ) 昭和50年の改正特化則
 昭和50年に制定された改正特化則(甲B17)は,労働省の通達(同年10月1日付け基発第573号「特定化学物質等障害予防規則の一部を改正する省令の施行について」(甲B19)が指摘するように,当時職業がん等職業性疾病の発生状況等が社会的に大きな関心事となっていることを踏まえ,特化則を改正したものである。その概要は,石綿を含む特定第2類物質を管理第2類物質に指定する(改正後の安衛令別表第3第2号)とともに,特定の化学物質等については,人体に対する発がん性が疫学調査の結果明らかとなった物,動物実験の結果発がんの認められたことが学会等で報告された物等については,人体に遅発性効果の健康障害を与える,又は治ゆが著しく困難であるという有害性に着目し,これらを特別管理物質(同則38条の3)として,特別の管理を必要とするものとし,これに対する管理方法等を規制した。これらに関連する主な規定は,以下のとおりである。
a 5条1項 管理第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場については,粉じん等の発散源を密閉する設備又は局所排気装置を設けなければならない。
b 5条2項 粉じん等の発散源を密閉する設備又は局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,又は管理第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の健康障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
c 34条の2 局所排気装置,除塵装置等の点検を行ったときは,その結果を記録し,これを保存しなければならない。
d 38条の3 石綿を含む特別管理物質を製造し,又は取り扱う作業場には,作業に従事する労働者が見やすい箇所に,特別管理物質の名称,人体に及ぼす作業,取扱上の注意事項,使用すべき保護具を掲示しなければならない。
e 38条の4 特別管理物質を製造し,又は取り扱う作業場において常時作業に従事する労働者について,1か月を超えない期間ごとに労働者の氏名並びに作業の概要及び当該作業に従事した期間等を記録し,これを当該労働者が当該事業所において常時当該作業に従事することとなった日から30年間保存するものとする。
f 38条の8 石綿等の切断,穿孔,研ま等の作業,その他の石綿等を扱う一定の作業について,石綿等を湿潤な状態にしなければならない。ただし,石綿等を湿潤な状態のものとすることが著しく困難なときは,この限りではない。
g 39条 特殊健康診断の実施は,雇入れ時等のほか,6か月以内ごとに実施する。

(キ) 昭和51年通達
 昭和51年通達(甲B18)は,労働省労働基準局長が,都道府県労働基準局長に対し,「最近,各国における広範囲な石綿関係労働者についての研究調査の結果,10年をこえて石綿粉じんにばく露した労働者から肺がん又は中皮腫が多発することが明らかとされ,その対策の強化が要請されているところである。」ことを前提に,早急な作業環境改善等健康障害防止対策の推進が肝要であることを強調し,対象業種が広範で,かつ中小企業が多いことから,徹底には困難を伴うと思料されるが,上記対策の推進に当たっては,特化則の関係規定の遵守を徹底させることはもとより,関係者に石綿の有害性についての周知を図り,もって関係事業場の石綿粉じんによる健康障害の防止措置の徹底を図ることを求めるものである。
 そして,昭和51年通達は,都道府県労働基準局長に対し,以下の各事項を指導するよう求めた。
a 石綿の関係事業場及び石綿取扱者の把握
b 石綿の代替措置の促進
c 環気中における石綿粉じんの抑制のため,濃度基準を特化則の定める基準より厳しく,より厳しい基準を設定した青石綿を除き,当面2繊維/立方センチメートルを目処とするよう指導すること,石綿粉じんが堆積する恐れのある作業床は少なくとも毎日1回以上,水洗により掃除すること
d 環気中石綿濃度が2繊維/立方センチメートルを超える作業場所で石綿作業に労働者を従事させるときには,特殊防じんマスクを併用させ,常時これらを清潔に保持すること
e 関係労働者に専用の作業衣を着用させ,石綿により汚染した作業衣は,これら以外の衣服等から隔離して保管するための設備に保管させ,かつ作業衣に付着した石綿は,粉じんが発散しないよう洗濯により除去するとともに,持ち出しは避けること

弁護士 藤田 進太郎

損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因と過失相殺

2010-12-13 | 日記
Q18身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において賠償額を決定するに当たり,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因は考慮されますか?

 損害賠償額決定に当たり,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因も考慮されますが,ある業務に従事する特定の労働者の性格が,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできません。
 電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決(労判779-13)は,以下のとおり判断しています。

 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることがきる。
 この趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものである。
 しかしながら,企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の加重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。
 しかも,使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は,各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して,その配置先,遂行すべき業務の内容等を定めるのであり,その際に,各労働者の性格をも考慮することができるのである。
 したがって,労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。
 これを本件について見ると,一郎の性格は,一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって,一郎の上司であるT2らは,一郎の従事する業務との関係で,その性格を積極的に評価していたというのである。
 そうすると,一郎の性格は,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから,一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり,一郎の前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることはできないというべきである。

弁護士 藤田 進太郎

業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し使用者が負う注意義務の具体的内容

2010-12-13 | 日記
Q17業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し,使用者が負う注意義務の具体的内容はどのようなものですか?

 使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとするのが,最高裁判例(電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決,労判779-13)です。
 この最高裁判決が認めたのは,「不法行為責任」における注意義務ですが,安全配慮義務(労働契約法5条,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をする者とする。」)の具体的内容を議論する際にも,参考にすべきものと思われます。
 以下,関連部分の判旨を引用しておきます。

 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。
 労働基準法は,労働時間に関する制限を定め,労働安全衛生法65条の3は,作業の内容等を特に限定することなく,同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが,それは,右の様な危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
 これらのことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の右注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。

 一審被告のラジオ局推進部に配属された後に一郎が従事した業務の内容は,主に,関係者との連絡,打合せ等と,企画書や資料等の起案,作成とから成っていたが,所定労働時間内は連絡,打合せ等の業務で占められ,所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず,そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。
 起案等の業務の遂行に関しては,時間の配分につき一郎にある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが,上司であるT2らが一郎に対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと,一郎は,業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的,包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため,右の様に継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。
 ところで,一審被告においては,かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており,また,従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ,T2らは,遅くとも平成3年3月ころには,一郎のした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり,一郎が業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており,Sは,同年7月ころには,一郎の健康状態が悪化しているころに気付いていたのである。
 それにもかかわらず,T2及びSは,同年3月ころに,T2の指摘を受けたSが,一郎に対し,業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として,帰宅してきちんと睡眠を取り,それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで,一郎の業務の量等を適切に調整するための措置を取ることはなく,かえって,同年7月以降は,一郎の業務の負担は従前よりも増加することになった。
 その結果,一郎は,心身共に疲労困ぱいした状態になり,それが誘因となって,遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し,同月27日,うつ病によるうつ状態が深まって,衝動的,突発的に自殺するに至ったというのである。
 原審は,右経過に加えて,うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し,一郎の業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上,一郎の上司であるT2及びSには,一郎が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら,その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして,一審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって,その判断は正当として是認することができる。

弁護士 藤田 進太郎