本件は,被告の従業員である原告らが,被告に対して,①違法に賞与,賃金を減額されたとして,賞与請求権ないし賃金支払請求権に基づく支給額との差額の支払,②原告Aが,被告の事務局長代理の地位から経理主任に降格されたことが無効であることを理由とする事務局長代理の地位確認及び降格された地位に係る手当との差額の支払(原告A),③原告らに対する配転命令が違法であることを理由とする地位確認,④被告の原告らに対する不利益取扱であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事案です。
本判決は,①についての請求は認めませんでした。
以下の判旨部分は,よく問題となる話ですので,参考になると思います。
ところで,そもそも賞与請求権は,使用者(被告)が労働者(原告ら)に対する賞与額を決定して初めて具体的な権利として発生するものと解するのが相当であるところ,以上認定した事実からすると,賃金規定上,査定期間を定め,原則として,毎年7月と12月に所定の金額を賞与として支給する旨の規定が設けられているものの,同規定は,一般的抽象的な規定にとどまるものであるといわざるを得ず,個別具体的な算定方法,支給額,支給条件が明確に定められ,これらが労働契約の内容になっているとまでは認められない。
この点,原告らは,被告に入社する際,賞与の額について合意した旨主張するが,上記認定説示したところからすると,原告らの当該主張は理由がなく,そのほかに,これを認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。
②については,降格が無効であるとして,原告Aの請求を認めています。
まず,降格の有効性に関して,以下のような規範を定立しています。
ところで,前提事実のとおり,本件降格は,人事権の行使として行われたものである。
このような人事権は,労働者を特定の職務に雇い入れるのではなく,職業能力の発展に応じて各種の職務等に配置していく長期雇用システムの下においては,労働契約上,使用者の権限として当然に予定されているものであり,その権限行使については使用者に広範な裁量権があると解するのが相当である。
そうすると,本件においては,原告Aに係る本件降格について,被告が有する人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していうべきである。
濫用等の有無を判断するに当たっては,使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度,労働者の受ける不利益の性質及びその程度等諸般の事情を総合考慮するのが相当である。
降格を無効とする事情としては,以下のようなものを挙げています。
使用者側としては,これらの事情を分析し,対策を練る必要があります。
しかし,そもそも年次有給休暇は,労基法及び終業規則上労働者の権利として認められているものであること,これを理由とする降格は,同休暇取得に対する抑止的効果を生じさせるおそれがあること,
→年休取得を理由とした降格は×。
原告Aが年次有給休暇を取得したことに伴って,具体的に事務局長代理としての業務に支障が生じたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,
→業務に支障が生じた事実は「具体的」に主張立証する必要があり,単に,「業務に支障が生じた。」と主張するだけでは足りない。また,主張を基礎付ける証拠も必要。
被告代表者は,本人尋問において,原告Aは,事務局職員の中で能力が高いと評価していること(被告代表者),
→能力が高いにもかかわらず降格させたのだから,能力不足は降格の理由ではない。
被告は,組合員からの信頼を失った旨主張するが,その具体的な内容は明確とはいえないこと(なお,証人Gは,この点について,「役員のほうから,主役というか中心の人物が休まれたということで,ちょっと印象というか,悪かったということです,」と証言をしているが,原告Aの組合員等からの信頼喪失があったとまでは認め難く,また,抽象的な印象であって,かかる事情が本件降格を正当化し得るとはいえない
→「信頼を失った」といった抽象的な主張だけでは×。「信頼を失った」ことを示す具体的事実を主張立証する必要がある。役員が,信頼を失うのでないかという懸念を抱いたに過ぎないのか,本当に組合員の信頼を失ったのかは,区別して考える必要がある。
さらには,本件降格により原告Aは3万2000円賃金が減少したこと,
→賃金が減少する降格は,それなりの具体的理由がないと,無効となりやすい。賃金さえ減らなければ,降格も有効となりやすいとも考えられるか?
本件降格後,被告では事務局長代理の地位に就いたものはいないこと
→他の人を事務局長代理の地位に就ける必要がない場合は,ローテーション人事の問題でもない。
③については,東亜ペイント事件最高裁判決を引用して,以下のような規範を定立し,原告らの請求を棄却しています。
配転命令の有効性は,一般的に,有効と判断されやすい論点です。
配転命令は,①業務上の必要性がないのに行われた場合,②それが他の不当な動機ないし目的をもって行われた場合,又は③原告らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合など,特段の事情がある場合には,権利濫用として許されないものと考えられる(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。
④についても,請求を棄却しています。
不法行為に基づく損害賠償請求もまた,なかなか認められない種類の請求です。
論点に関する一般論としては,以下のとおりとなります。
・賃金の減少を伴う降格は無効となりやすい。「具体的」理由を「証拠」に基づいて主張立証できるようにしておく必要がある。抽象的に労働者を批判しただけでは×。
・賞与請求,配転無効,不法行為の論点については,労働者の請求が認められにくい。
弁護士 藤田 進太郎
本判決は,①についての請求は認めませんでした。
以下の判旨部分は,よく問題となる話ですので,参考になると思います。
ところで,そもそも賞与請求権は,使用者(被告)が労働者(原告ら)に対する賞与額を決定して初めて具体的な権利として発生するものと解するのが相当であるところ,以上認定した事実からすると,賃金規定上,査定期間を定め,原則として,毎年7月と12月に所定の金額を賞与として支給する旨の規定が設けられているものの,同規定は,一般的抽象的な規定にとどまるものであるといわざるを得ず,個別具体的な算定方法,支給額,支給条件が明確に定められ,これらが労働契約の内容になっているとまでは認められない。
この点,原告らは,被告に入社する際,賞与の額について合意した旨主張するが,上記認定説示したところからすると,原告らの当該主張は理由がなく,そのほかに,これを認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。
②については,降格が無効であるとして,原告Aの請求を認めています。
まず,降格の有効性に関して,以下のような規範を定立しています。
ところで,前提事実のとおり,本件降格は,人事権の行使として行われたものである。
このような人事権は,労働者を特定の職務に雇い入れるのではなく,職業能力の発展に応じて各種の職務等に配置していく長期雇用システムの下においては,労働契約上,使用者の権限として当然に予定されているものであり,その権限行使については使用者に広範な裁量権があると解するのが相当である。
そうすると,本件においては,原告Aに係る本件降格について,被告が有する人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していうべきである。
濫用等の有無を判断するに当たっては,使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度,労働者の受ける不利益の性質及びその程度等諸般の事情を総合考慮するのが相当である。
降格を無効とする事情としては,以下のようなものを挙げています。
使用者側としては,これらの事情を分析し,対策を練る必要があります。
しかし,そもそも年次有給休暇は,労基法及び終業規則上労働者の権利として認められているものであること,これを理由とする降格は,同休暇取得に対する抑止的効果を生じさせるおそれがあること,
→年休取得を理由とした降格は×。
原告Aが年次有給休暇を取得したことに伴って,具体的に事務局長代理としての業務に支障が生じたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,
→業務に支障が生じた事実は「具体的」に主張立証する必要があり,単に,「業務に支障が生じた。」と主張するだけでは足りない。また,主張を基礎付ける証拠も必要。
被告代表者は,本人尋問において,原告Aは,事務局職員の中で能力が高いと評価していること(被告代表者),
→能力が高いにもかかわらず降格させたのだから,能力不足は降格の理由ではない。
被告は,組合員からの信頼を失った旨主張するが,その具体的な内容は明確とはいえないこと(なお,証人Gは,この点について,「役員のほうから,主役というか中心の人物が休まれたということで,ちょっと印象というか,悪かったということです,」と証言をしているが,原告Aの組合員等からの信頼喪失があったとまでは認め難く,また,抽象的な印象であって,かかる事情が本件降格を正当化し得るとはいえない
→「信頼を失った」といった抽象的な主張だけでは×。「信頼を失った」ことを示す具体的事実を主張立証する必要がある。役員が,信頼を失うのでないかという懸念を抱いたに過ぎないのか,本当に組合員の信頼を失ったのかは,区別して考える必要がある。
さらには,本件降格により原告Aは3万2000円賃金が減少したこと,
→賃金が減少する降格は,それなりの具体的理由がないと,無効となりやすい。賃金さえ減らなければ,降格も有効となりやすいとも考えられるか?
本件降格後,被告では事務局長代理の地位に就いたものはいないこと
→他の人を事務局長代理の地位に就ける必要がない場合は,ローテーション人事の問題でもない。
③については,東亜ペイント事件最高裁判決を引用して,以下のような規範を定立し,原告らの請求を棄却しています。
配転命令の有効性は,一般的に,有効と判断されやすい論点です。
配転命令は,①業務上の必要性がないのに行われた場合,②それが他の不当な動機ないし目的をもって行われた場合,又は③原告らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合など,特段の事情がある場合には,権利濫用として許されないものと考えられる(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。
④についても,請求を棄却しています。
不法行為に基づく損害賠償請求もまた,なかなか認められない種類の請求です。
論点に関する一般論としては,以下のとおりとなります。
・賃金の減少を伴う降格は無効となりやすい。「具体的」理由を「証拠」に基づいて主張立証できるようにしておく必要がある。抽象的に労働者を批判しただけでは×。
・賞与請求,配転無効,不法行為の論点については,労働者の請求が認められにくい。
弁護士 藤田 進太郎