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大阪府板金工業組合事件大阪地裁平成22年5日判決(労経速2084-3)

2010-12-07 | 日記
本件は,被告の従業員である原告らが,被告に対して,①違法に賞与,賃金を減額されたとして,賞与請求権ないし賃金支払請求権に基づく支給額との差額の支払,②原告Aが,被告の事務局長代理の地位から経理主任に降格されたことが無効であることを理由とする事務局長代理の地位確認及び降格された地位に係る手当との差額の支払(原告A),③原告らに対する配転命令が違法であることを理由とする地位確認,④被告の原告らに対する不利益取扱であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事案です。

本判決は,①についての請求は認めませんでした。
以下の判旨部分は,よく問題となる話ですので,参考になると思います。

ところで,そもそも賞与請求権は,使用者(被告)が労働者(原告ら)に対する賞与額を決定して初めて具体的な権利として発生するものと解するのが相当であるところ,以上認定した事実からすると,賃金規定上,査定期間を定め,原則として,毎年7月と12月に所定の金額を賞与として支給する旨の規定が設けられているものの,同規定は,一般的抽象的な規定にとどまるものであるといわざるを得ず,個別具体的な算定方法,支給額,支給条件が明確に定められ,これらが労働契約の内容になっているとまでは認められない。
この点,原告らは,被告に入社する際,賞与の額について合意した旨主張するが,上記認定説示したところからすると,原告らの当該主張は理由がなく,そのほかに,これを認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。

②については,降格が無効であるとして,原告Aの請求を認めています。

まず,降格の有効性に関して,以下のような規範を定立しています。

ところで,前提事実のとおり,本件降格は,人事権の行使として行われたものである。
このような人事権は,労働者を特定の職務に雇い入れるのではなく,職業能力の発展に応じて各種の職務等に配置していく長期雇用システムの下においては,労働契約上,使用者の権限として当然に予定されているものであり,その権限行使については使用者に広範な裁量権があると解するのが相当である。
そうすると,本件においては,原告Aに係る本件降格について,被告が有する人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していうべきである。
濫用等の有無を判断するに当たっては,使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度,労働者の受ける不利益の性質及びその程度等諸般の事情を総合考慮するのが相当である。

降格を無効とする事情としては,以下のようなものを挙げています。
使用者側としては,これらの事情を分析し,対策を練る必要があります。

しかし,そもそも年次有給休暇は,労基法及び終業規則上労働者の権利として認められているものであること,これを理由とする降格は,同休暇取得に対する抑止的効果を生じさせるおそれがあること,
→年休取得を理由とした降格は×。

原告Aが年次有給休暇を取得したことに伴って,具体的に事務局長代理としての業務に支障が生じたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,
→業務に支障が生じた事実は「具体的」に主張立証する必要があり,単に,「業務に支障が生じた。」と主張するだけでは足りない。また,主張を基礎付ける証拠も必要。

被告代表者は,本人尋問において,原告Aは,事務局職員の中で能力が高いと評価していること(被告代表者),
→能力が高いにもかかわらず降格させたのだから,能力不足は降格の理由ではない。

被告は,組合員からの信頼を失った旨主張するが,その具体的な内容は明確とはいえないこと(なお,証人Gは,この点について,「役員のほうから,主役というか中心の人物が休まれたということで,ちょっと印象というか,悪かったということです,」と証言をしているが,原告Aの組合員等からの信頼喪失があったとまでは認め難く,また,抽象的な印象であって,かかる事情が本件降格を正当化し得るとはいえない
→「信頼を失った」といった抽象的な主張だけでは×。「信頼を失った」ことを示す具体的事実を主張立証する必要がある。役員が,信頼を失うのでないかという懸念を抱いたに過ぎないのか,本当に組合員の信頼を失ったのかは,区別して考える必要がある。

さらには,本件降格により原告Aは3万2000円賃金が減少したこと,
→賃金が減少する降格は,それなりの具体的理由がないと,無効となりやすい。賃金さえ減らなければ,降格も有効となりやすいとも考えられるか?

本件降格後,被告では事務局長代理の地位に就いたものはいないこと
→他の人を事務局長代理の地位に就ける必要がない場合は,ローテーション人事の問題でもない。

③については,東亜ペイント事件最高裁判決を引用して,以下のような規範を定立し,原告らの請求を棄却しています。
配転命令の有効性は,一般的に,有効と判断されやすい論点です。

配転命令は,①業務上の必要性がないのに行われた場合,②それが他の不当な動機ないし目的をもって行われた場合,又は③原告らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合など,特段の事情がある場合には,権利濫用として許されないものと考えられる(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

④についても,請求を棄却しています。
不法行為に基づく損害賠償請求もまた,なかなか認められない種類の請求です。

論点に関する一般論としては,以下のとおりとなります。
・賃金の減少を伴う降格は無効となりやすい。「具体的」理由を「証拠」に基づいて主張立証できるようにしておく必要がある。抽象的に労働者を批判しただけでは×。
・賞与請求,配転無効,不法行為の論点については,労働者の請求が認められにくい。


弁護士 藤田 進太郎

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ダラダラ残業の対処法

2010-12-07 | 日記
Q13終業時刻を過ぎても退社しないままダラダラと会社に残っている社員がいる場合,会社としてはどのような対応をすべきですか?

 残業するように指示していないのに,社員が終業時刻を過ぎても退社しないまま会社に残っているのが常態となっていて,それを上司が知っていながら放置していた場合に,当該社員から,黙示の残業命令があり,使用者の指揮命令下に置かれていたなどと退職後に主張されて,終業時刻後の在社時間について割増賃金の請求を受けることがあります。
 使用者としては,その時に帰りたいと言ってくれればすぐに退社させていた,今になって残業代の請求をしてくるのは不当だ,などと言いたくもなるかもしれませんが,残業してまでやらなくてもいいような仕事(所定労働時間内でやれば足りるような仕事)であったとしても,現実に仕事らしきものをダラダラとしていたような事案で労働時間性を否定するのは,なかなか難しいものがあります。
 使用者としては,終業時刻後も不必要に会社に残っている社員に対しては,速やかに退社するよう指示すべきでしょう。

 近年では,残業するように言っても残業してもらえなくて困っているといった相談はほとんどありません。
 朝早く会社に出てきてタイムカードを打刻し,新聞を読みながら会社でゆっくり朝食を取って時間をつぶしたり,大して必要もないのに遅くまで会社に残ってネットサーフィンをするなどして時間をつぶして遅い時刻になってからタイムカードに打刻したりして在社時間を稼ぎ,退職後,未払残業代を請求する内容証明郵便が届いたといった類のトラブルが多くなっています。
 社員が,所定労働時間外に長時間,オフィス内に残っている状態は,使用者にとって「リスク」であるということをよく理解する必要があります。

 平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」では,「始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法」として,以下の2つが掲げられています。

ア  使用者が,自ら現認することにより確認し,記録すること。
イ  タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し,記録すること。

 使用者が毎日,社員全員の始業・終業を実際に確認することが現実的ではない勤務形態の会社が多いでしょうから,タイムカード等による労働時間の確認・記録を行うというのが,原則的方法になるものと思われます。
 なお,タイムカードにより出社時刻,退社時刻を把握した場合,タイムカードに打刻された時刻が直ちに労働時間の開始時刻や終了時刻になるわけではありませんが,使用者が特段の事情を立証しない限り,タイムカードに打刻された出社時刻から退社時刻までの時間から休憩時間を差し引いた時間が,労働時間であると認定されるのが通常です。
 タイムカードと異なる労働時間を使用者が主張したいのであれば,その立証ができるよう,紛争が生じる前に,客観的な証拠をしっかり残しておく必要がありますが,多くの会社では,タイムカードどおりの労働時間を全て認めることを前提として賃金額を設定し,タイムカードの管理,ダラダラ残業の防止・指導に力を入れた方が現実的なのかもしれません。


 平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」においても,自己申告制により始業・終業時刻の確認・記録を行わざるを得ない場合は,自己申告制を採用することも認められていますが,あくまでも例外的方法と考えるべきでしょう。
 上記通達では,自己申告制を採用する場合には,使用者は以下の3つの措置を講ずることとされています。

ア  自己申告制を導入する前に,その対象となる労働者に対して,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
イ  自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて,必要に応じて実態調査をすること。
ウ  労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該要因となっている場合においては,改善のための措置を講ずること。

 使用者が出退勤管理を怠っている場合,割増賃金の請求をしようとする社員側としては残業時間の正確な立証が困難となりますが,使用者には労働時間の管理を適切に行う責務があること(平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」)もあり,裁判所は,直ちに時間外労働・休日労働の立証がなされていないとはせず,当時の社員のメモ等の証拠から,時間外労働・休日労働時間を推認することになるのが通常です。
 他方,労働時間の管理を怠っていた使用者が,1年も,2年も前の社員の時間外労働・休日労働時間について,有効な反論をすることは極めて困難なため,社員の主張に反する客観的証拠さえ存在すれば使用者側が負けるとは到底思えないような事案であっても,社員の当時のメモ程度の証明力の低い証拠だけで社員の主張に沿った時間外労働・休日労働が認定され,社員による割増賃金の請求が認容されてしまうことも十分にあり得ます。
 タイムカードのない会社で,入社直後から出社時刻と退社時刻の記録をメモ書きやエクセル表に残してきた(と労働者が主張している)ケースも多くなっている現状(≒退職したら残業代を請求してやろうと考えながら,在職中は黙ったまま仕事を続け,残業している労働者が増えている現状)を,使用者はよく認識しておく必要があります。
 なお,労働者の手帳等の記載の信用性が不十分な事案であっても,民訴法248条の精神に鑑み,割合的に時間外手当を認容することも許されるとして,労働者請求の時間外手当の額の6割を認容するのを相当とした裁判例もあります。
 どのようなイメージかというと,250万円の時間外手当が未払となっていると主張して労働者が訴訟を提起したのに対し,労働者の手帳等の記載の信用性が十分ではないとしつつ,裁判官が諸事情を検討し,150万円の時間外手当の支払を命じたというようなイメージです。

 近年では,労働者の労働時間を管理する義務は使用者にある(平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」)のだから,それを使用者が怠った場合の負担を労働者に課すのは相当でなく,使用者が負担すべきであるという発想が強くなってきています。
 労働者の労働時間管理を怠っていた結果,水増しされた残業時間を根拠として残業代請求がなされ,使用者が労働時間管理を怠っていなければ発生していた残業代よりも高額の残業代の支払が命じられるリスクが高まっています。
 社員から水増しした時間外労働・休日労働時間を主張されないようにして,使用者が負担する割増賃金の上限を画するためにも,使用者は,タイムカード,ICカード等の客観的な記録に基づいて,社員の労働時間を把握するよう努めるべきと考えます。


 ダラダラ残業については,割増賃金請求の場面で問題となることが多いことから,以上,割増賃金請求についてコメントしてきましたが,個人的には,割増賃金の問題よりも,長時間労働による過労死等の問題の方が重要な問題と考えています。
 割増賃金は所詮,お金の問題に過ぎませんが,過労死等はお金では取り返しがつかない問題です。
 くれぐれも,社員の健康を損ねないよう,十分な配慮をするようにして下さい。
 長時間,元気に働いている経営者の方々もたくさんいらっしゃることと思いますが,自分ができることだからといって,他の人もできると考えるべきではありません。
 精神的に弱い方,体力のない方も多く,元気な方と同じように働いたのでは,鬱病になったり,身体を壊したりしてしまいます。
 一般の社員の残業時間については,休日労働時間込みで,1か月45時間程度までにとどめておくのが適切なのではないかと考えています。
 長時間労働が避けられない場合であっても,せめて,残業時間を休日労働時間込みで,1か月80時間未満にとどめるようにすることを,強くお勧めします。

 平成22年4月1日施行の改正労基法では,一定時間以上の法定時間外労働に対する割増賃金の割増率を上げることで使用者の負担を大きくし,長時間労働の抑制を図ろうとしているようですが,割増率を上げたのでは労働者が残業するモチベーションを高めることになってしまいますから,長時間労働の抑制にはならないのではないでしょうか。
 所定労働時間に働いて稼ぐよりも,残業で稼いだ方が,効率がいいことになってしまいます。
 他方,使用者は,残業代支払の負担が増えた場合,賞与額をその分減額したり,基本給・手当の額・昇給幅を抑制する賃金体系を採用したりして,トータルの人件費が増えないよう工夫することでしょう。
 その結果,残業しないと生活できない労働者が増大することになりかねません。
 長時間労働による過労死等を防止しようとするのであれば,退社時刻から一定の休息時間を経過してからでないと翌日は仕事させてはならないといったような形で,休息時間の確保を義務づけるようにしなければいけないと思います。

弁護士 藤田 進太郎

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