弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

2012-06-30 | 日記
Q22 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

 高年齢者雇用安定法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
① 定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないとしています。
 そして同条第2項において,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定されています。
※ 平成22年4月1日から平成25年3月31日までは,上記「65歳」を「64歳」と読み替えることになるため(附則4条1項),雇用確保措置が義務付けられているのは64歳までですが,65歳までの雇用確保について「努力」義務が課せられています(附則4条2項)。

 厚生労働省の「今後の高年齢者雇用に関する研究会」が取りまとめた「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」によると,平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,そのうち,
① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
② 継続雇用制度を導入した企業の割合    → 83.3%
③ 定年の定めを廃止した企業の割合      → 2.8%
ですから,トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,通常は,②継続雇用制度を採用した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定めるか,再雇用自体は認めた上で,担当業務内容,賃金額等の労働条件により不都合が生じないようにすることが考えられます。

 まずは,継続雇用の基準についてですが,継続雇用の基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があります。
 健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきでしょう。
 「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
① 健康上支障がないこと(91.1%)
② 働く意思・意欲があること(90.2%)
③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
⑤ 一定の業績評価(50.4%)

 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労働基準法第89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
 高年齢者雇用安定法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。
 したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。

 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負うことになります。
 裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,労働契約の成立自体が認められるとするものもあります。

 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得ます。
 統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎません(「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」)。
 トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。

 平成24年3月9日に国会に提出された『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律案』では,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」に基づく制度の廃止が規定されています。
 平成25年4月1日施行予定ですが,改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
① 平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
② 平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
③ 平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
④ 平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象

 平成25年4月1日施行予定の改正法案では,その他,
① 継続雇用制度の対象となる高年齢者が雇用される企業の範囲をグループ企業まで拡大すること
② 高年齢者雇用確保措置義務に関する勧告に企業が従わない場合,企業名を公表することができるとすること
③ 従来,65歳未満の高年齢者の雇用機会増大を目標としてきたところであるが,雇用機会増大の対象を65歳以上の高年齢者にも拡大すること
等についても規定されています。

 高年齢者雇用安定法上,再雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。
 また,高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきだと思います。

 高年齢者雇用安定法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,高年齢者雇用安定法違反となるものではありません(ただし,平成25年3月31日までは,その雇用する高年齢者等が定年,継続雇用制度終了による退職等により離職する場合であって,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,再就職援助の措置を講ずるよう努めることとされているため,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,求人の開拓など再就職の援助を行う必要があります。)。
 したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として再雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。

 なお,組合員差別により再雇用の期待を侵害したと認定された事案において,代表取締役個人が会社法429条1項の責任を負うとされた裁判例が存在しますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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勝手に残業して,残業代を請求してくる。

2012-06-30 | 日記
Q20 勝手に残業して,残業代を請求してくる。

 不必要に残業をする社員に対しては,注意,指導して,改めさせる必要があります。
 長時間労働は,残業代>(割増賃金)請求の問題にとどまるものではなく,過労死,過労自殺,うつ病等の問題にもつながりますので,放置してはいけません。
 不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が指導に従わない場合は,現実にオフィスから外に出るまで指導する必要があります。

 終業時刻後も社内の仕事をするスペースに残っている場合,残業していると評価される可能性が高くなります。
 残業させる必要がない場合は,社内の仕事をするスペースから現実に外に出すべきでしょう。
 最低限,タイムカードを打刻させる必要がありますが,いつまでも部屋に残っているのを放置していると,タイムカード打刻後も残業させられていたと主張されて,残業代請求を受けるリスクが生じることになります。
 やはり,現実に,社内の仕事をするスペースから外に出すのが本筋でしょう。

 仕事の合間に,食事したり,仕事とは関係のない本を読んだり,おしゃべりしたり,居眠りした場合であっても,それが何月何日の何時から何時までのことなのか特定できないと,所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらえません。
 まとまった時間,仕事から離脱したような場合でない限り,仕事をしていなかった時間を特定することはできないのが通常です。
 居眠り等が目に余る場合は,その都度,上司が注意,指導して仕事させるのが本筋です。

 残業させたら残業代の支払を免れることはできないという前提で考える必要があります。
 残業自体を減らすことで残業代の発生を抑制するか,残業代を支払済みにしておく必要があります。
 本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因であった場合であっても,現実に残業している場合は,残業時間として残業代の支払義務が生じることになります。
 本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことは,注意,指導,教育等で改善させるとともに,人事考課で考慮すべき問題であって,残業時間に対し残業代を支払わなくてもよくなるわけではありません。

 一定金額の残業手当を支給し,その金額の範囲内で残業を行う旨合意されていたとしても,残業手当の金額を超えて労基法上の割増賃金が発生している場合は,不足額部分の支払義務が生じることになりますので,そのような合意で割増賃金の支払額を限定することはできません。
 例えば,「月5万円の残業代を払うから,5万円の範囲内で残業して下さい。」と伝えていたとしても,社員が現実に残業した時間で残業代を計算した結果,残業代の金額が5万円を超えた場合は,原則として追加の割増賃金の支払を余儀なくされることになります。

 部下に残業させて残業代を支払うのか,残業させずに帰すのかを決めるのは上司の責任ですから,社員の残業代問題は,上司の管理能力が問われることになります。
 その日のうちに終わらせる必要がないような仕事については,翌日以降の所定労働時間内にさせるといった対応が必要となります。
 明示の残業命令を出していなくても,残業していることを知りながら放置していた場合は,想定外の時間にまで残業していたような例外を除き,黙示の残業命令があったと認定されるのが通常です。
 実際の事案では,どれだけ残業していたのかはよく分からなくても,残業していたこと自体は上司が認識しつつ放置していることが多いというのが実情です。
 上司が残業に気付いたら,残業をやめさせて帰宅させるか,残業代の支払を覚悟の上で仕事を続けさせるか,どちらかを選択する必要があります。
 残業する場合には,上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定められていたとしても,実際には決済を受けずに仕事をしていて,上司がそれを知りつつ放置していた場合は,黙示の残業命令により残業していたと認定され,残業代の支払を余儀なくされることになります。
 「上司が先に帰って,部下が上司の知らないところで残業したような場合も,残業代を支払わなければならないのですか?」といった質問を受けることがありますが,弁護士に相談するような事案はたいてい,毎日のように部下が残業をしているのを上司が知りながら放置しているケースです。
 部下がたまたま1日だけ,上司の知らないうちにこっそり残業したといった程度の場合は,そもそも,弁護士に相談しなければならないような問題にはなりません。

 残業代請求の訴訟では,タイムカードに打刻された出社時刻と退社時刻との間の時間から休憩時間を差し引いた時間が,その日の実労働時間と認定されることが多くなっています。
 タイムカードの打刻時間が,実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合は,それを敢えて容認してタイムカードに基づいて割増賃金を支払うか,働き始める直前,働き終わった直後にタイムカードを打刻させるようにすべきでしょう。

 労働時間(残業時間)の自己申告制を採用している会社も多いですが,自己申告制では,現実の労働時間残業時間よりも少ない時間が申告されることがあります。
 後から訴訟になった場合,自己申告した労働時間が,実際の労働時間に満たない場合は,実際の労働時間に基づいて残業代が算定されることになります。
 適切に運用しないと,隠れ残業時間(残業代不払い)が生じるリスクを負うことになりかねません。
 パソコンのオンオフのログで在社時間をチェックし,自己申告の労働時間との齟齬が大きい場合には事情説明を求める等の工夫をすべきでしょう。

 長時間労働は,過労死,過労自殺,うつ病等の問題が生じやすいという問題があります。
 当該社員の人生が破壊されるだけでなく,会社も高額の損害賠償義務を負うことになることがあります。
 本人の同意があったとしても,月80時間を超えるような時間外・休日労働を恒常的にさせるのは勧められません。
 時間外・休日労働は,できる限り月45時間以内に抑えるべきと考えます。

 なお,平成13年12月12日基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」「(3) 長期間の過重業務について」には,以下のような記述があります。
ア 疲労の蓄積の考え方
 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがある。
 このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。
イ 特に過重な業務
 特に過重な業務の考え方は、前記(2)のアの「特に過重な業務」の場合と同様である。
ウ 評価期間
 発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間をいう。
 なお、発症前おおむね6か月より前の業務については、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮すること。
エ 過重負荷の有無の判断
(ア) 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
(イ) 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、疲労の蓄積の観点から、労働時間のほか前記(2)のウの(ウ)のbからgまでに示した負荷要因について十分検討すること。
その際、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の過重性が増すところであり、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて、
[1] 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
[2] 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること
を踏まえて判断すること。
 ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。
 また、休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり、逆に、休日が十分確保されている場合は、疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。

 また,平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の「(4)時間外労働時間数の評価」には,以下のような記述があります。
ア 極度の長時間労働による評価
 極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。
イ 長時間労働の「出来事」としての評価
 長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には、長時間労働それ自体を「出来事」とし、新たに設けた「1か月に80時間以上の時間外労働を行った(項目16)」という具体的出来事に当てはめて心理的負荷を評価する。
 項目16の平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」であるが、発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の長時間労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。項目16では、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった(項目15)」と異なり、労働時間数がそれ以前と比べて増加していることは必要な条件ではない。
 なお、他の出来事がある場合には、時間外労働の状況は下記ウによる総合評価において評価されることから、原則として項目16では評価しない。ただし、項目16で「強」と判断できる場合には、他に出来事が存在しても、この項目でも評価し、全体評価を「強」とする。
ウ 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価
 出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。
 具体的には、「中」程度と判断される「出来事」の後に恒常的な時間外労働が認められる場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。
 なお、「出来事」の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。

弁護士 藤田 進太郎

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定年は何歳と定めてもいいのですか?

2012-06-30 | 日記
Q161 定年は何歳と定めてもいいのですか?

 定年は原則として60歳以上としなければなりません(高年齢者雇用安定法8条本文)。
 したがって,定年を何歳と定めてもいいことにはならず,60歳とか,65歳とか,60歳以上で定める必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

2012-06-29 | 日記
Q15 退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

 退職勧奨した社員から解雇してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。
 後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。
 有効な解雇をすることは,必ずしも容易ではありません。
 当該社員が退職することに同意しているのであれば,解雇するのではなく,退職届か合意退職書に署名押印してもらうべきです。

 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りますので(労基法20条1項),1か月分の給料の金額程度に過ぎず,たかが知れています。
 解雇予告手当の請求は,解雇の効力を争わないことを前提とした請求なので,解雇予告手当の請求を受けた場合は,むしろ運がよかったと考えられる事案が多いと考えます。
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることが多いからです。
 単純化して説明しますと,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

 解雇期間中の賃金として負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。
 解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものですから,通常は負担する必要がありませんが,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,賞与についても支払が命じられることがあります。

 解雇された社員に解雇期間中の中間収入がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となるとするのが,最高裁判例です。
 中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されることになります。

 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられることになります。
 その上で,実際の賃金支払に当たり,所得税等を控除することになります。

 仮処分で賃金の仮払いが命じられ,仮払いをしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。
 賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。

 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員も出てきています。
 また,退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにしなければなりません。

 労働者側弁護士事務所のウェブサイトの中には,解雇されるとお金をもらえるチャンスであるかのような宣伝しているものも見受けられます
 解雇問題を「ビジネス」として考えている労働者側弁護士もいることに注意しなければなりません。

 解雇してくれと言われて解雇したところ,解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。
 この場合,概ね,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになります。
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは3人~4人に1人程度という印象です。
 解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う労働者が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職してこないことも多いというのが実情です。

 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。
 このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさない以上,会社側が負ける可能性が高くなります。
 解雇が避けられない場合,ありのままの解雇理由を伝える必要があります。
 無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解く努力をするようにして下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

2012-06-28 | 日記
Q11 行方不明になってしまい,社宅に本人の家財道具等を残したまま,長期間連絡が取れない。

 社員が行方不明になった場合,まずは,電話,電子メール,社宅訪問,家族・身元保証人等への問い合わせ等により,社員の行方を捜す努力をする必要があります。
 行方不明者発見活動に関する規則6条(平成22年4月1日施行,平成二十一年十二月十一日国家公安委員会規則第十三号)では,行方不明者が行方不明となった時におけるその住所又は居所を管轄する警察署長は,親族からの行方不明者届のみならず,「雇主その他の当該行方不明者と社会生活において密接な関係を有する者」からの行方不明者届もまた,受理するものとされています。
 親族から行方不明者届を提出するのが通常と思われますが,勤務先からの行方不明者届も受理される扱いとなっていることは理解しておくとよいでしょう。
 それなりの期間努力しても社員の行方が分からないときは,退職扱いにせざるを得ませんが,
① 労働契約を終了させる方法
② 社宅に残された私物の運び出し方法
等が問題となることが多くなっています。

 解雇の意思表示は,解雇通知が相手方に到達して初めてその効力を生じるため(民法97条1項),解雇通知が行方不明の社員に到達しなければ解雇の意思表示は効力を生じません。
 社員が社宅で生活しており,単に出社拒否をしているに過ぎないような事案であれば,社宅の当該社員の部屋に解雇通知が届けば,実際に社員が解雇通知書を読んでいなくても,解雇の意思表示が到達したことになりますが,本当の意味での行方不明で,社宅にも戻っていない場合は,社宅の部屋に解雇通知が到達したとしても,解雇の意思表示が社員に到達したことにはならず,解雇の意思表示は効力を生じません。

 電子メールによる解雇通知は,行方不明の社員から返信があれば,通常は解雇の意思表示が当該社員に到達し,解雇の効力が生じていると考えることができるでしょう。
 ただし,電子メールに返信があるような事案の場合,そもそも行方不明と言えるのか問題となる余地がありますので,解雇権濫用(労働契約法16条)とならないよう,解雇に先立ち,行方不明の社員と連絡を取る努力を尽くすべきです。
 他方,行方不明の社員からメール返信がない場合は,解雇の意思表示が到達したと考えることにはリスクが伴いますが,連絡を取る努力を尽くした上で,リスク覚悟で退職処理してしまうということも考えられるでしょう。

 行方不明者の家族や身元保証人に対し,行方不明の社員を解雇する旨の解雇通知を送付しても,解雇の意思表示が到達したとは評価することができず,解雇の効力は生じません。
 ただし,リスク覚悟の上で退職処理することもあり得るかもしれません。
 兵庫県社土木事務所事件最高裁第一小法廷平成11年7月15日判決では,行方不明の職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法でなされた懲戒免職処分の効力の発生を認めていますが,特殊な事案であり,射程を広く考えることはできません。
 例えば,家族に解雇通知書を交付し,社内報に掲載したといった程度では,通常は解雇の意思表示の効力は生じないでしょう。

 完全に行方不明の社員に対し,解雇通知する場合は,公示による意思表示(民法98条)によることになりますが,手続が煩雑ですので,就業規則に無断欠勤が一定期間(30日~50日程度)続き,会社に行方が知れないときには当然に退職する旨の規定を置き,適用することにより対処するのが一般的です。

 行方不明の社員を退職扱いとした場合であっても,後日,連絡があり,行方不明であったことについてやむを得ない理由があったことが判明した場合は,その時点で復職の可否を検討すべきでしょう。

 福利厚生施設としての社宅の法律関係は,社宅利用規程によって規律され,社宅の明渡しを請求できるかどうかは,社宅利用規程の明渡事由に該当するかどうかにより決せられることになります。
 社宅利用料が高額であるなどの理由から,社宅契約が借地借家法の予定する賃貸借契約と認定された場合は,契約の解約には6か月前の解約申入れが必要であり(借地借家法27条),解約には正当の事由が必要となりますから(借地借家法28条),トラブルを避けるためにも,福利厚生施設としての役割に反しない金額の利用料設定にすべきでしょう。

 行方不明の社員が退職扱いとなり,社宅利用契約が終了したとしても,実際にどうやって部屋の明渡し作業を行うかは問題となります。
 行方不明の社員を相手に訴訟を提起し,公示送達(民事訴訟法110条)の方法により訴状を送達し,勝訴判決を得て強制執行するというのが,法律論的には本筋かもしれませんが,時間,費用,手間がかかります。
 かといって,勝手に荷物を運び出して処分してしまうわけにもいきません。
 実務上は,行方不明の社員の両親等の協力を得て,明渡しに立ち会ってもらい,荷物を引き取って保管してもらうことが多いと思われます。
 完全に適法なやり方と言えるかどうかは微妙なところであり,ある程度のリスクを覚悟した上で行うことになりますが,両親等の協力があれば,トラブルに発展するケースはそれほど多くはないものと思われます。

弁護士 藤田 進太郎

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注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

2012-06-27 | 日記
Q4 注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない

 「パワーハラスメント」とは,一般に,「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます(『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』)。

 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』では,パワハラの行為類型として,以下のようなものが挙げられ,コメントがなされています。
① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
 まず、①については、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。
 次に、②と③については、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。
 一方、④から⑥までについては、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。

 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えているように思えます。
 そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多いという印象です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらないものとなる。」とされていることからも分かるように,部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。

 上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困りますから,パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあってはなりません。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「なお、取組を始めるにあたって留意すべきことは、職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、上司としての役割を遂行することが求められる。」とされています。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 部下に問題がある場合であっても,やり過ぎは良くありません。
 指導教育目的であっても,やり過ぎると違法と判断されることがあります。
 皆の前で叱責することや,大勢の社員が読むことができる電子メールで叱責することは,裁判所受けが良くありません。
 パワハラでなくても,名誉毀損となることもあります。
 電子メールにより部下を叱責する場合は,主に,メール送信の目的,表現方法,送信範囲等の要素をチェックする必要があります。
 最近では,訴訟で電子メールが証拠として提出されることが多くなっています。

 パワハラにより精神障害を発症した場合,労災となり,会社が安全配慮義務違反又は使用者責任を問われて,損害賠償請求されることになりかねません。
 心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等には,業務による強い心理的負荷が認められるものとしており,これらのいずれかに該当する場合には,業務上外を判断する場面のみならず,民事損害賠償請求訴訟においても,業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められるような場合を除き,パワハラと精神疾患発症との間に相当因果関係があると認定される可能性が高いと言わざるを得ません。

 パワハラを行う原因が上司のマネジメント能力の不足にある場合は,上司の懲戒処分だけ行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多く,訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまいます。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。
 無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつける必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

2012-06-27 | 日記
Q4 注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない

 「パワーハラスメント」とは,一般に,「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます(『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』)。

 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』では,パワハラの行為類型として,以下のようなものが挙げられ,コメントがなされています。
① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
 まず、①については、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。
 次に、②と③については、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。
 一方、④から⑥までについては、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。

 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えているように思えます。
 そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多いという印象です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらないものとなる。」とされていることからも分かるように,部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。

 上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困りますから,パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあってはなりません。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「なお、取組を始めるにあたって留意すべきことは、職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、上司としての役割を遂行することが求められる。」とされています。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 部下に問題がある場合であっても,やり過ぎは良くありません。
 指導教育目的であっても,やり過ぎると違法と判断されることがあります。
 皆の前で叱責することや,大勢の社員が読むことができる電子メールで叱責することは,裁判所受けが良くありません。
 パワハラでなくても,名誉毀損となることもあります。
 電子メールにより部下を叱責する場合は,主に,メール送信の目的,表現方法,送信範囲等の要素をチェックする必要があります。
 最近では,訴訟で電子メールが証拠として提出されることが多くなっています。

 パワハラにより精神障害を発症した場合,労災となり,会社が安全配慮義務違反又は使用者責任を問われて,損害賠償請求されることになりかねません。
 心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等には,業務による強い心理的負荷が認められるものとしており,これらのいずれかに該当する場合には,業務上外を判断する場面のみならず,民事損害賠償請求訴訟においても,業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められるような場合を除き,パワハラと精神疾患発症との間に相当因果関係があると認定される可能性が高いと言わざるを得ません。

 パワハラを行う原因が上司のマネジメント能力の不足にある場合は,上司の懲戒処分だけ行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多く,訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまいます。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。
 無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつける必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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所長ご挨拶 平成24年6月27日(水)

2012-06-27 | 日記
所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 労使紛争の当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるのが当然という感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,経営者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 会社勤めをしている友達に,給料日には会社の預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきたことがあります。
 確かに,「お金が入ってきて儲かっている」のであればいいのですが,経営者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,経営者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が経営者の立場になってみて初めて,経営者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが根底にあるからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる優れた会社であれば,会社を思いやる想像力を持った優れた社員との間で労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に,一部の問題社員との間で労使紛争が生じたとしても,大部分の優れた社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判に勝てる可能性も高くなります。

 私は,あなたの会社に,労使双方が相手の立場に対して思いやりの気持ちを持ち,強い信頼関係で結ばれている会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎
経歴・所属等
東京大学法学部卒業
•日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会労働法制委員会委員・労働契約法部会副部会長
•東京三会労働訴訟等協議会委員
•経営法曹会議会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク会員


主な講師担当セミナー・講演・著作等
問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,札幌会場,平成24年6月26日)
『有期労働法制が実務に与える影響』(『労働経済春秋』2012|Vol.7,労働調査会)
『現代型問題社員を部下に持った場合の対処法~ケーススタディとQ&A』(長野県経営者協会,第50期長期管理者研修講座,平成24年6月22日)
『労働時間に関する法規制と適正な労働時間管理』(第一東京弁護士会・春期法律実務研修専門講座,平成24年5月11日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
『高年齢者雇用安定法と企業の対応』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,労働調査会)
『実例 労働審判(第12回) 社会保険料に関する調停条項』(中央労働時報第1143号,2012年3月号)
問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年3月8日)
『労使の信頼を高めて 労使紛争の当事者にならないためのセミナー』(商工会議所中野支部,平成24年3月7日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年2月29日)
『健康診断実施と事後措置にまつわる法的問題と企業の対応』(『ビジネスガイド』2012年3月号№744)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,名古屋会場,平成24年1月20日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,大阪会場,平成23年10月31日)
日韓弁護士交流会・国際シンポジウム『日本と韓国における非正規雇用の実態と法的問題』日本側パネリスト(韓国外国語大学法学専門大学院・ソウル弁護士協会コミュニティ主催,平成23年9月23日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成23年9月16日)
『マクドの失敗を活かせ!新聞販売店,労使トラブル新時代の対策』(京都新聞販売連合会京都府滋賀県支部主催,パートナーシステム,平成23年9月13日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年9月6日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,東京会場,平成23年8月30日)
『社員教育の労働時間管理Q&A』(みずほ総合研究所『BUSINESS TOPICS』2011/5)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年4月14日)
『改訂版 最新実務労働災害』(共著,三協法規出版)
『労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法』(企業研究会,東京会場,平成22年9月8日)
『もし,自分が気仙沼で教師をしていたら,子供達に何を伝えたいか?』(気仙沼ロータリークラブ創立50周年記念式典,平成22年6月13日)
『文書提出等をめぐる判例の分析と展開』(共著,経済法令研究会)
『明日から使える労働法実務講座』(共同講演,第一東京弁護士会若手会員スキルアップ研修,平成21年11月20日)
『採用時の法律知識』(第373回証券懇話会月例会,平成21年10月27日)
『他人事ではないマクドナルド判決 経営者が知っておくべき労務,雇用の急所』(横浜南法人会経営研修会,平成21年2月24日)
『今,気をつけたい 中小企業の法律問題』(東京商工会議所練馬支部,平成21年3月13日)
『労働法基礎講座』(ニッキン)
『管理職のための労働契約法労働基準法の実務』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,清文社)

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就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

2012-06-24 | 日記
Q9 就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

 就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしたとしても,それだけでは直ちに懲戒処分に処することができるわけではありません。
 まずは,本人の言い分をよく聞き,記録に残しておくべきでしょう。

 本人が犯行を否認しており,犯罪が行われたかどうかが明らかではない場合は,犯行があったことを前提に懲戒処分をすることはリスクが高いので,懲戒処分は慎重に行う必要があります。
 逮捕勾留されたことにより,社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くこともあり得ますが,まずは家族等を通じて,連絡を取る努力をすべきです。
 家族等から,欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇等の処分を恐れて,犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。

 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。
 年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇等の処分が無効となるリスクが生じることになります。

 痴漢,傷害事件等,被害者のある刑事事件における弁護人の起訴前弁護の主な活動内容は,早期に被害者と示談して不起訴処分を勝ち取ることです。
 不起訴処分が決まれば,逮捕勾留は解かれ,出社できる状態となります。
 刑事事件を犯したことを会社に知られずに出社できた場合は,弁護人としていい仕事をしたことになります。

 起訴休職制度を設けると,有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,そのような事態を避けるためには起訴休職制度は設けず,個別に対応するという選択肢もあり得ます。
 また,社員が起訴された事実のみで,形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもあります。
 休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討してからにする必要があります。

 懲戒解雇は紛争になりやすく,懲戒解雇が無効と判断されるリスクもそれなりにありますので,慎重に検討する必要があります。
 会社の社会的評価を若干低下させたという程度では足りません。
 「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇の可否の判断にあたっては,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討することになります(日本鋼管事件最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決)。
 例えば,タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合は,懲戒解雇が有効とされやすい傾向にあります。
 ただし,「酒気帯び状態であれば,仮にそのまま運転していれば道路交通法違反で検挙されることになりかねない程度の非違行為があったものとして解雇に値することが明らかだが,そこまでの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じる」として,バス運転手の飲酒運転を理由とした諭旨解雇を無効とした裁判例(京阪バス事件京都地裁平成22年12月15日判決)もあり,事案ごとの判断が必要となります。
 その他,電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢したような場合は,比較的懲戒解雇が認められやすいといえるでしょう。

 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難かもしれません。
 結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくべきでしょう。
 これで万全というわけではありませんが,同種の犯罪を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。

 懲戒解雇事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額事由の合理性の有無は,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)又は減殺(一部不支給の場合)するほどの著しい背信行為があるかどうかにより判断されます。
 懲戒解雇が有効な場合であっても,労働者のそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為はない場合は,例えば,本来の退職金の支給額の30%とか50%とかいった金額の支払が命じられることがあります。

弁護士 藤田 進太郎

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所長ご挨拶 平成24年6月23日(土)

2012-06-23 | 日記
所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 労使紛争の当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるのが当然という感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,経営者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 会社勤めをしている友達に,給料日には会社の預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきたことがあります。
 確かに,「お金が入ってきて儲かっている」のであればいいのですが,経営者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,経営者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が経営者の立場になってみて初めて,経営者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが根底にあるからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる優れた会社であれば,会社を思いやる想像力を持った優れた社員との間で労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に,一部の問題社員との間で労使紛争が生じたとしても,大部分の優れた社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判に勝てる可能性も高くなります。

 私は,あなたの会社に,労使双方が相手の立場に対して思いやりの気持ちを持ち,強い信頼関係で結ばれている会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

経歴・所属等
東京大学法学部卒業
•日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会労働法制委員会委員・労働契約法部会副部会長
東京三会労働訴訟等協議会委員
•経営法曹会議会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク会員


主な講師担当セミナー・講演・著作等
『現代型問題社員を部下に持った場合の対処法~ケーススタディとQ&A』(長野県経営者協会,第50期長期管理者研修講座,平成24年6月22日)
『労働時間に関する法規制と適正な労働時間管理』(第一東京弁護士会・春期法律実務研修専門講座,平成24年5月11日)
問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
『高年齢者雇用安定法と企業の対応』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,労働調査会)
『実例 労働審判(第12回) 社会保険料に関する調停条項』(中央労働時報第1143号,2012年3月号)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年3月8日)
『労使の信頼を高めて 労使紛争の当事者にならないためのセミナー』(商工会議所中野支部,平成24年3月7日)
問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年2月29日)
『健康診断実施と事後措置にまつわる法的問題と企業の対応』(『ビジネスガイド』2012年3月号№744)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,名古屋会場,平成24年1月20日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,大阪会場,平成23年10月31日)
日韓弁護士交流会・国際シンポジウム『日本と韓国における非正規雇用の実態と法的問題』日本側パネリスト(韓国外国語大学法学専門大学院・ソウル弁護士協会コミュニティ主催,平成23年9月23日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成23年9月16日)
『マクドの失敗を活かせ!新聞販売店,労使トラブル新時代の対策』(京都新聞販売連合会京都府滋賀県支部主催,パートナーシステム,平成23年9月13日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年9月6日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,東京会場,平成23年8月30日)
『社員教育の労働時間管理Q&A』(みずほ総合研究所『BUSINESS TOPICS』2011/5)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年4月14日)
『改訂版 最新実務労働災害』(共著,三協法規出版)
『労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法』(企業研究会,東京会場,平成22年9月8日)
『もし,自分が気仙沼で教師をしていたら,子供達に何を伝えたいか?』(気仙沼ロータリークラブ創立50周年記念式典,平成22年6月13日)
『文書提出等をめぐる判例の分析と展開』(共著,経済法令研究会)
『明日から使える労働法実務講座』(共同講演,第一東京弁護士会若手会員スキルアップ研修,平成21年11月20日)
『採用時の法律知識』(第373回証券懇話会月例会,平成21年10月27日)
『他人事ではないマクドナルド判決 経営者が知っておくべき労務,雇用の急所』(横浜南法人会経営研修会,平成21年2月24日)
『今,気をつけたい 中小企業の法律問題』(東京商工会議所練馬支部,平成21年3月13日)
『労働法基礎講座』(ニッキン)
『管理職のための労働契約法労働基準法の実務』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,清文社)

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転勤を拒否する。

2012-06-17 | 日記
Q7 転勤を拒否する。

 転勤を拒否する社員がいる場合は,まずは,転勤を拒否する事情を聴取し,転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認する必要があります。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応することになります。
 認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。

 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,再度,転勤命令に応じるよう説得することになります。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが,転勤命令が有効な場合であっても,転勤命令拒否を理由とした解雇解雇権濫用(労働契約法16条)により無効と判断されることがありますので,転勤命令が拒否された場合であっても直ちには解雇せず,転勤命令に応じるよう説得活動を十分に行ってから解雇するようにして下さい。

 転勤命令が有効というためには,①使用者に転勤命令権限があり,②転勤命令が権利の濫用にならないことが必要です。
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は転勤命令権限があるといえることになりますが,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくべきでしょう。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。
 他方,パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多いのが実情です。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,勤務地限定の合意があることにはなりません。
 ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいことは言うまでもありません。

 使用者による配転命令は,
① 業務上の必要性が存しない場合
② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。

 ①業務上の必要性については,東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある配転であれば,存在が肯定されることになります。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の要件を満たすかどうかにも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。
 退職勧奨したところ退職を断られ,転勤を命じたような場合に,嫌がらせして辞めさせる目的の転勤命令だから,②不当な動機・目的をもってなされた転勤命令として権利の濫用となり,無効となると主張されることが多いですから,このような場合は,嫌がらせして辞めさせる目的の転勤命令ではないと説明できるようにしておく必要があります。
 社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 ③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否かを判断する際は,必須のものではありませんが,単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮がなされているか等も考慮されることになります。

 ③に関し,就業場所の変更を伴う配置転換について子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には,注意が必要です。
 育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断する必要があります。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,転勤命令が無効とされるリスクが高まることになります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,家族の介護が必要な場合の転勤については,労働者の不利益の程度について慎重に検討した方が無難と思われます。

 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,通常は懲戒解雇の合理的理由があるといえますが,解雇の仕方によっては懲戒解雇が無効とされることがあります。
 焦りは禁物です。
 まずは,社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供するなどの必要な手順を尽くす必要があります。
 有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多くなっています。
 転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし,転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから,解雇すべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。

2012-06-16 | 日記
Q6 金銭を着服・横領したり,出張旅費や通勤手当を不正取得したりして,会社に損害を与える。

 金銭の不正取得が疑われる場合,本人の説明なしでは不正行為がなされたかどうかが分かりにくいことも多いため,まずは,本人からよく事情聴取する必要があります。
 事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保することになります。
 事情説明書等には,問題となる「具体的事実」を記載させる必要があります。
 本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分等は無効となる可能性が高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させたりしないで下さい。
 そのまま受領した上で,追加の説明を求めるようにして下さい。
 せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあるので,そのようなことがないよう,くれぐれも注意する必要があります。
 本人作成の書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。

 不正があったことが証拠により証明できる場合は,事案の程度に応じた懲戒処分等を行うことになります。
 不正が疑われるだけで,本人も不正を認めておらず,客観的証拠が不十分な場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配転・降格等の人事異動により対処することも検討することになります

 どれくらい重い処分をするかを判断する際には,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要です。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。
 ただし,不正取得した金銭の額,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが妥当な場合もあるでしょう。
 他方,過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどですから,注意,指導,教育,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。

 不正に取得した出張旅費等は,「書面」で返還を約束させて下さい。
 返還方法としては,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)との関係から,賃金から天引きするのではなく,当該金額を会社の預金口座に振り込ませて返還させるのが無難です。

 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒処分をせずに自主退職を認めるかは,重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性だけでなく,
① 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
② 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟リスクが高いこと
③ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等を考慮して,冷静に判断する必要があります。

 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いため,懲戒事由の存在が明白ではない場合は,懲戒解雇の威嚇の下,自主退職に追い込んだと評価されないようにする必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

2012-06-16 | 日記
Q4 注意するとパワハラだなどと言って,上司の指導を聞こうとしない。

 「パワーハラスメント」とは,一般に,「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます(『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』)。

 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』では,パワハラの行為類型として,以下のようなものが挙げられ,コメントがなされています。
① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
 まず、①については、業務の遂行に関係するものであっても、「業務の適正な範囲」に含まれるとすることはできない。
 次に、②と③については、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられる。
 一方、④から⑥までについては、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があると考えられる。こうした行為について何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい。

 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えているように思えます。
 そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多いという印象です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらないものとなる。」とされていることからも分かるように,部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。

 上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部会の人材育成を放棄されても困りますから,パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあってはなりません。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』でも,「なお、取組を始めるにあたって留意すべきことは、職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し、上司としての役割を遂行することが求められる。」とされています。

 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
 部下に問題がある場合であっても,やり過ぎは良くありません。
 指導教育目的であっても,やり過ぎると違法と判断されることがあります。
 皆の前で叱責することや,大勢の社員が読むことができる電子メールで叱責することは,裁判所受けが良くありません。
 パワハラでなくても,名誉毀損となることもあります。
 電子メールにより部下を叱責する場合は,主に,メール送信の目的,表現方法,送信範囲等の要素をチェックする必要があります。
 最近では,訴訟で電子メールが証拠として提出されることが多くなっています。

 パワハラにより精神障害を発症した場合,労災となり,会社が安全配慮義務違反又は使用者責任を問われて,損害賠償請求されることになりかねません。
 心理的負荷による精神障害の労災請求事案において労業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」では,
① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した場合
等には,業務による強い心理的負荷が認められるものとしており,これらのいずれかに該当する場合には,業務上外を判断する場面のみならず,民事損害賠償請求訴訟においても,業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められるような場合を除き,パワハラと精神疾患発症との間に相当因果関係があると認定される可能性が高いと言わざるを得ません。

 パワハラを行う原因が上司のマネジメント能力の不足にある場合は,上司の懲戒処分だけ行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多く,訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまいます。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。
 無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつける必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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退職間近な社員の年休取得と引継ぎ

2012-06-15 | 日記
Q148 退職間近で業務の引継ぎをしてもらわなければ困る社員が,退職日までの全ての所定労働日に関し,貯まっていた年給を使って休みたいと言ってきました。年給取得を拒んで,業務の引継ぎをさせることはできますか?

 社員の年休取得を拒むことができるというためには,時季変更権(労基法39条5項)を行使できる場面でなければなりません。
 ところが,退職後の日に年休取得の時季を変更するわけにはいきませんから,退職間近な社員が年休をほとんど使っていなかったような場合は,時季変更権を行使できないことになります。
 そのような場合は,使用者が強制的に,退職間近な社員の年休取得を拒むことはできませんので,当該社員と話し合いの上,年休の一部を買い取る旨の合意をするか,退職日を先に延ばすなどして,引継ぎをしてもらうほかありません。

弁護士 藤田 進太郎

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問題社員に対する法的対応の実務 札幌  2012年6月26日(火)午後1時30分~午後5時

2012-06-01 | 日記
6月26日(火),札幌で,『問題社員に対する法的対応の実務』の講師をしてきます。

弁護士 藤田 進太郎



【大反響セミナー札幌開催決定!】

問題社員に対する法的対応の実務

~訴訟を見据えた問題社員対応のケーススタディ~




セミナー要項
開催日時 2012年6月26日(火)午後1時30分~午後5時
会場 TKP札幌ビジネスセンター アネックス
札幌市中央区北3条西3丁目1-6 札幌小暮ビル
(011)252-3165
受講料 1名につき 31,500円(税込)
同一団体より複数ご参加の場合、2人目以降 26,250円(税込)
備考:



重点講義内容
東京・名古屋・大阪・福岡開催にて、ご参加者のご意見・感想(抜粋)>
 ・実際の問題に直面した内容の解決策が見つかりました。
 ・各社の質問に関する対処の仕方が例題として参考になります。
 ・法律的な見方(判断基準)について学ぶことができた。
 ・事例(判例)や基本的な考え方をきちんと押さえることができました。
 ・具体的ケース(事例)を交えての説明が良かった。
 ・事前提出した質問書の対応が理解できた。
 ・裁判になった際の裁判所の考え方がわかりました。
 ・詳細に事例が纏まっており、事例も多いため。
 ・身近な事例に沿った内容が多かった。

四谷麹町法律事務所 所長弁護士
藤田 進太郎 (ふじた しんたろう)氏
 近年、問題社員に悩まされている経営者・人事労務担当者が増加しており、問題社員にどう対応するかが、重要な課題となっています。
 しかし、問題社員に対して十分な指導をしないまま放置したり、解雇の有効性を十分に検討しないまま解雇したり、残業代を基本給と区別して支払っていなかったり、長時間労働を放置したりしているなど、問題社員対策が不十分な会社がまだまだ多く、無防備な状態のまま、訴訟を提起されるなどして多額の解決金の支払を余儀なくされて初めて、問題社員対策を検討し始める会社経営者が多いというのが実情です。
 問題社員に対する具体的対応は、法律論だけで答えを出せるものではなく、奥の深いところがありますが、基本的な法律論を理解し、訴訟になったらどのような結果になるのかということを見据えた上で問題社員対応をすることは必要不可欠です。
 本講演では、まずは、実務上、問題となりやすい事例に対する法的対応のケーススタディを解説して問題社員に対する法的対応の基礎を理解していただいた上で、受講者からの質問に回答する形で、現在、受講者が悩んでいる事案の解決の役に立てるよう、できる限りの情報提供をしていきたいと考えています。

<1>講義:問題社員に対する法的対応のケーススタディ【基礎編】
 1.勤務態度が悪い。
 2.仕事の能力が低い。
 3.上司が注意するとパワハラだと言って、指導に従わない。
 4.転勤命令を拒否する。
 5.就業時間外に社外で刑事事件を起こして逮捕された。
 6.精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す。
 7.行方不明になって連絡が取れない。
 8.退職届提出と同時に年休取得を申請し、引継ぎをしない。
 9.勝手に残業して、残業代を請求してくる。
10.社外の合同労組に加入して団体交渉を求めてきたり、ビラ配りしたりする。 
   など

<2>Q&A:「このようなケースはどうしたらいい?」【応用編】
実際に発生した事例を受講者からいただき、その一つ一つに時間の許す限り丁寧に講師が回答いたします。心強い対応の引き出しを増やすことのできる生の講座です。

●ご記入いただきました質問内容は、会社名等の情報は非公開とし
  十分な配慮を行いますのでご安心ください。
  情報は当セミナー内でのみ利用させていただきます。
●質問は、なるべく事前にお送りください。
  お申込いただいた後、質問用紙をお送りいたします。
●講演当日も質問を受付いたしますが、質問数が多く回答時間が
  足りない場合は、事前に質問を提出していただいた受講者からの
  質問に対し、優先的に回答していく予定ですのでご了承下さい。


講師プロフィール
藤田 進太郎(ふじた しんたろう)氏
東京大学法学部卒業。四谷麹町法律事務所所長弁護士。日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー。第一東京弁護士労働法制委員会委員・労働契約法制部会副部会長。東京三会労働訴訟等協議会委員。経営法曹会議会員。労働問題問題社員の対応(使用者側専門)が中心業務。



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