弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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所長ご挨拶 平成24年4月18日(水)

2012-04-18 | 日記
昨日は,福岡に日帰り出張でした。
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
の講師をしてきました。


所長ご挨拶
 あなたは労使紛争の当事者になったことがありますか?
 労使紛争の当事者になったことがあるとすれば,それがいかに大きな苦痛となり得るかが実感を持って理解できることと思います。

 会社の売上が低迷する中,社長が一生懸命頑張って社員の給料を支払うためのお金を確保しても,その大変さを理解できる社員は多くありません。
 会社はお金を持っていて,働きさえしていれば,給料日には給料が自分の預金口座に振り込まれて預金が増えるのが当然という感覚の社員が多いのではないでしょうか。
 私自身,勤務弁護士の時は給料日には必ず給料が私の預金口座に振り込まれて預金残高が増えていたものが,自分で事務所を開業してみると,給料日には社員に給料を支払わなければならず,私の事業用預金口座の残高が減るのを見て,経営者にとって給料日はお金が減る日なのだということを,初めて実感を持って理解することができました。
 また,個人事業主や中小企業のオーナー社長は,事業にかかる経費と比較して売上が不足すれば,何百時間働いても,事実上,1円の収入にもならないということになりかねず,それどころか,経営者の個人財産からお金を出して,不足する金額を穴埋めしなければならないこともあるのですから,会社の業績が悪化した結果,収入が減ることはあっても,個人資産を事業継続のために持ち出すことのない一般社員とでは,随分,負担の重さが違うのだということも,よく理解できました。
 このような話は,理屈は簡単で,当たり前のことなのですが,誰でも実感を持って理解できるかというと,なかなか難しいものがあります。
 会社勤めをしている友達に,給料日には会社の預金残高が減るという話をしてみたところ,「そのとおりかもしれないけど,その分,会社はお客さんからお金が入ってきて儲かっているんだから。」という答えが返ってきたことがあります。
 確かに,「お金が入ってきて儲かっている」のであればいいのですが,経営者にとっては,実際にお金が入ってくるかどうかが問題なわけです。
 今,売上が上がっていても,将来,どうなるかは誰にも分かりませんし,下手をすると個人資産を事業につぎ込まなければならなくなることもあるのですから,経営者はいつまで経っても気を緩めることはできません。
 実は,私も,勤務弁護士のときは,理屈では雇う側の大変さを理解していても,その理解には共感が伴っていませんでした。
 所長は実際に仕事をこなしている自分よりたくさんの収入があってうらやましいというくらいの感覚だったというのが正直なところで,雇われている人たちのために頑張ってくれてありがとうございます,などと本気で思ったことがあるかというと,一度もありませんでした。
 自分が経営者の立場になってみて初めて,経営者の大変さを,実感を持って理解することができるようになったのです。

 立場が違えば,感じ方・考え方も違ってきます。
 労使紛争でお互いが感情的になりがちなのは,自分の大変さを相手が理解してくれないことに対する苛立ちのようなものが根底にあるからではないでしょうか。
 労使とも,自分ばかりが不当に我慢させられている,譲歩させられていると感じているわけです。
 このような苛立ちを緩和し,冷静に話し合うことができるようにするためには,労使双方,相手のことを思いやる想像力が必要だと思います。
 社員の置かれた状況を鮮明に想像することができ,社員を思いやることのできる優れた会社であれば,会社を思いやる想像力を持った優れた社員との間で労使紛争が生じるリスクは極めて低くなることでしょう。
 仮に,一部の問題社員との間で労使紛争が生じたとしても,大部分の優れた社員は会社の味方になってくれるでしょうし,裁判に勝てる可能性も高くなります。

 私は,あなたの会社に,労使双方が相手の立場に対して思いやりの気持ちを持ち,強い信頼関係で結ばれている会社になって欲しいと考えています。
 そのためのお手伝いをさせていただけるのであれば,あなたの会社のために全力を尽くすことをお約束します。

四谷麹町法律事務所
所長弁護士 藤田 進太郎

経歴・所属等
•東京大学法学部卒業
•日本弁護士連合会労働法制委員会委員・事務局員・労働審判PTメンバー
•第一東京弁護士会労働法制委員会委員・労働契約法部会副部会長
•東京三会労働訴訟等協議会委員
•経営法曹会議会員
•全国倒産処理弁護士ネットワーク会員


主な講師担当セミナー・講演・著作等
問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,福岡会場,平成24年4月17日)
『高年齢者雇用安定法と企業の対応』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,労働調査会)
『実例 労働審判(第12回) 社会保険料に関する調停条項』(中央労働時報第1143号,2012年3月号)
問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成24年3月8日)
『労使の信頼を高めて 労使紛争の当事者にならないためのセミナー』(商工会議所中野支部,平成24年3月7日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成24年2月29日)
『健康診断実施と事後措置にまつわる法的問題と企業の対応』(『ビジネスガイド』2012年3月号№744)
問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,名古屋会場,平成24年1月20日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,大阪会場,平成23年10月31日)
日韓弁護士交流会・国際シンポジウム『日本と韓国における非正規雇用の実態と法的問題』日本側パネリスト(韓国外国語大学法学専門大学院・ソウル弁護士協会コミュニティ主催,平成23年9月23日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,大阪会場,平成23年9月16日)
『マクドの失敗を活かせ!新聞販売店,労使トラブル新時代の対策』(京都新聞販売連合会京都府滋賀県支部主催,パートナーシステム,平成23年9月13日)
『問題社員対応の実務』(企業研究会,東京会場,平成23年9月6日)
『問題社員に対する法的対応の実務』(新社会システム総合研究所,東京会場,平成23年8月30日)
『社員教育の労働時間管理Q&A』(みずほ総合研究所『BUSINESS TOPICS』2011/5)
問題社員対応の実務』(企業研究会,平成23年4月14日)
『改訂版 最新実務労働災害』(共著,三協法規出版)
『労働審判を申し立てられた場合の具体的対処方法』(企業研究会,平成22年9月8日)
『もし,自分が気仙沼で教師をしていたら,子供達に何を伝えたいか?』(気仙沼ロータリークラブ創立50周年記念式典,平成22年6月13日)
『文書提出等をめぐる判例の分析と展開』(共著,経済法令研究会)
『明日から使える労働法実務講座』(共同講演,第一東京弁護士会若手会員スキルアップ研修,平成21年11月20日)
『採用時の法律知識』(第373回証券懇話会月例会,平成21年10月27日)
『他人事ではないマクドナルド判決 経営者が知っておくべき労務,雇用の急所』(横浜南法人会経営研修会,平成21年2月24日)
『今,気をつけたい 中小企業の法律問題』(東京商工会議所練馬支部,平成21年3月13日)
『労働法基礎講座』(ニッキン)
『管理職のための労働契約法労働基準法の実務』(共著,第一東京弁護士会労働法制委員会編,清文社)

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労働審判と民事調停の比較

2012-04-13 | 日記
Q102 裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,自動的に訴訟に移行することが重要なのはどうしてですか?

 この点は,労働審判を民事調停と比較して考えると分かりやすいでしょう。

 民事調停を利用した場合,裁判官が調停期日の全ての時間に同席するとは限りません。
 むしろ,ほとんどの時間は裁判官は調停の場に同席せず,調停が成立することになったとき等,わずかな時間しか調停の場に現れないということも珍しくないというのが実情です。
 また,必ずしも労働問題の専門的な知識経験を有するとはいえない調停委員が,調停をまとめることばかりに熱心になってしまい,権利義務関係を十分に踏まえずに,言うことを聞きやすそうな当事者の説得にかかることもあります。
 他方,労働審判手続では,裁判官(労働審判官)1名が,常時,期日に同席しており,労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名とともに,権利義務関係を踏まえた調停を行うため,調停内容は合理的なもの(社内で説明がつきやすいもの,労働者が納得しやすいもの)となりやすくなります。

 民事調停であれば,調停不成立の場合には何らの判断もなされないまま調停手続が終了してしまい,そのまま紛争が立ち消えになる可能性もありますが,労働審判手続で調停がまとまらなければ,たいていは調停案とほぼ同内容の労働審判が出され,労働審判に対して当事者いずれかが異議を申し立てれば自動的に訴訟に移行することになりますので,うやむやなまま紛争が立ち消えになることは期待できません。
 異議を出した後の訴訟で争っても,裁判官(労働審判官)が直接関与し,権利義務関係を踏まえて出された労働審判の内容よりも自分に大幅に有利に解決する見込みが大きい事案はそれほど多くはありませんし,訴訟が長引けば労力・金銭等での負担が重くなり,コストパフォーマンスが悪くなってしまいます。

 これらの点が相まって,ある程度は譲歩してでも調停をまとめる大きなモチベーションとなり,労働審判制度の紛争解決機能を飛躍的に高めているものといえるでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

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労働審判手続の特徴

2012-04-13 | 日記
Q100 労働審判手続の特徴として,どのような点が特に重要と考えていますか?

 労働審判手続の特徴はどれも重要なものですが,私が特に注目しているのは,
① 迅速な解決が予定されていること
② 裁判官(労働審判官)が直接関与して権利義務関係を踏まえた調停が試みられ,調停がまとまらない場合には労働審判が行われ,労働審判に対して異議を申し立てた場合には,自動的に訴訟に移行すること
の2点です。

弁護士 藤田 進太郎

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残業代請求対策の基本的発想

2012-04-10 | 日記
Q98 残業代請求対策の基本的発想として,何が重要と考えていますか?

 残業代(割増賃金)請求対策の基本的発想としては,とにかく,「支払済み」にしてしまうことが重要と考えています。

 管理監督者として扱い,多額の管理職手当を支給する一方,残業代を支払わないでいたところ,後になってから管理監督者ではないと判断されれば,多額の残業代を支払わなければならなくなるリスクが生じます。
 他方,同じ管理職で,同じ手取り賃金であっても,残業代名目で予め支給しておけば,残業代の追加請求を受けるリスクは低くなります。
 例えば,基本給30万円,管理職手当10万円(合計40万円)の支給を受けている課長を管理監督者として取り扱っていたところ,訴訟で管理監督者ではないと判断された場合,残業代が全く支払われていないという前提で,40万円全額を基礎に残業代が計算され,多額の残業代の支払が命じられるリスクを負うことになります。
 他方,初めから管理監督者としては取り扱わず,基本給26万円,管理職手当4万円,固定残業代10万円(合計40万円)を支給していた場合は,30万円を基礎に残業代を計算することになるので同じ時間働いても発生する残業代は少なくなりますし,毎月10万円の残業代は支払済みとなっていますから,10万円で不足する場合に不足額についてのみ,残業代の支払義務を負うことになります。
 どちらが使用者にとって安全かは,一目瞭然でしょう。

 同様の話は,営業手当のみを支給し,所定労働時間みなしを適用している営業社員についても当てはまります。
 営業社員に対し,事業場外みなしを適用して,所定労働時間労働したものとみなし,基本給30万円,営業手当10万円(合計40万円)を支給している場合と,営業社員がそれなりに残業していることを認めた上で,基本給26万円,営業手当4万円,固定残業代10万円(合計40万円)を支給している場合とでは,残業代の請求を受けた場合に,どちらが防御力が高いかは一目瞭然です。

 注意しなければならないのは,既存の社員に関し,これから賃金の内訳等を変更する場合は,労働条件の不利益変更になるという点です。
 使用者が一方的に賃金の内訳を変更することは難しい(基本的にはできない)と考えるべきでしょう。
 通常,社員から,賃金内訳変更に関する同意書,賃金規定変更に関する同意書を取る作業を行うことになります。
 「賃金内訳の変更について,全社員に説明したところ,誰からも異議が出ず,不平不満も言わずにそのまま働き続けている。」というだけで,賃金内訳変更に社員の同意があったと思い込むようなことがないようにして下さい。

弁護士 藤田 進太郎

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「当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合」の対処法

2012-04-09 | 日記
Q97 事業場外みなしの適用がある営業社員について,「当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合」(労基法38条の2第1項但書)には,どのように対処するのがお勧めですか?

 事業場外みなしの適用がある営業社員について,「当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合」(労基法38条の2第1項但書),当該業務に関しては,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」労働したものとみなされます。
 「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」とは,通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間のことであり,平均的にみれば当該業務の遂行にどの程度の時間が必要かにより,当該時間を判断することになります。

 「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」が何時間かは,事前に決めておかないと後から争いになりますので,労使協定(労基法38条の2第2項)により,その時間を定めておくべきでしょう。
 その結果,例えば,所定労働時間が1日8時間の事業場において,「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」が1日11時間と定められた場合は,1日3時間分の残業代(割増賃金)を支払う必要があることになります。

 1日3時間分の残業代は,残業代以外の基本給等の賃金とは金額を明確に分けて,支給するようにして下さい。
 残業代が残業代以外の基本給等の賃金とは金額を明確に分けて支給するようにさえしておけば,万が一,事業場外みなしの適用が否定されたとしても,残業代の支払自体はなされていることに変わりはないのですから,残業代に不足が生じる場合に不足額についてのみ追加で支払えば足りることになります。
 例えば,事業場外みなしの適用が否定された場合で,1日4時間残業していたと認定されたとしても,3時間分の残業代は基本給等の賃金とは金額を明確に分けて支給済みですから,1時間分の残業代を追加で支払えば足りることになりますので,会社のダメージはそれ程大きくはありません。
 残業代請求に対するリスク管理としては,事業場外みなしの適用があるかどうかよりも,実態に適合した金額の残業代が残業代以外の基本給等の賃金とは金額を明確に分けて支給されているかどうかの方が,重要とさえいえると思います。

弁護士 藤田 進太郎

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トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

2012-04-07 | 日記
Q22 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

 高年齢者雇用安定法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
① 定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないとしています。
 そして同条第2項において,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定されています。
※ 平成22年4月1日から平成25年3月31日までは,上記「65歳」を「64歳」と読み替えることになるため(附則4条1項),雇用確保措置が義務付けられているのは64歳までですが,65歳までの雇用確保について「努力」義務が課せられています(附則4条2項)。

 厚生労働省の「今後の高年齢者雇用に関する研究会」が取りまとめた「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」によると,平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,そのうち,
① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
② 継続雇用制度を導入した企業の割合    → 83.3%
③ 定年の定めを廃止した企業の割合      → 2.8%
ですから,トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,通常は,②継続雇用制度を採用した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定めるか,再雇用自体は認めた上で,担当業務内容,賃金額等の労働条件により不都合が生じないようにすることが考えられます。

 まずは,継続雇用の基準についてですが,継続雇用の基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があります。
 健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきでしょう。
 「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
① 健康上支障がないこと(91.1%)
② 働く意思・意欲があること(90.2%)
③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
⑤ 一定の業績評価(50.4%)

 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労働基準法第89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
 高年齢者雇用安定法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。
 したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。

 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負うことになります。
 裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,労働契約の成立自体が認められるとするものもあります。

 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得ます。
 統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎません(「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」)。
 トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。

 平成24年3月9日に国会に提出された『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律案』では,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」に基づく制度の廃止が規定されています。
 平成25年4月1日施行予定ですが,改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
① 平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
② 平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
③ 平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
④ 平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象

 平成25年4月1日施行予定の改正法案では,その他,
① 継続雇用制度の対象となる高年齢者が雇用される企業の範囲をグループ企業まで拡大すること
② 高年齢者雇用確保措置義務に関する勧告に企業が従わない場合,企業名を公表することができるとすること
③ 従来,65歳未満の高年齢者の雇用機会増大を目標としてきたところであるが,雇用機会増大の対象を65歳以上の高年齢者にも拡大すること
等についても規定されています。

 高年齢者雇用安定法上,再雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。
 また,高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきだと思います。

 高年齢者雇用安定法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありません(ただし,平成25年3月31日までは,その雇用する高年齢者等が定年,継続雇用制度終了による退職等により離職する場合であって,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,再就職援助の措置を講ずるよう努めることとされているため,当該高年齢者等が再就職を希望するときは,事業主は,求人の開拓など再就職の援助を行う必要があります。)。
 したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として再雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。

 なお,組合員差別により再雇用の期待を侵害したと認定された事案において,代表取締役個人が会社法429条1項の責任を負うとされた裁判例が存在しますので,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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賃金が残業代込みの金額である旨納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。

2012-04-07 | 日記
Q19 賃金が残業代込みの金額である旨納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。

 残業代(割増賃金)の支払は労基法37条で義務付けられているものですが,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となりますので(労基法13条),労基法37条に定める残業代を支払わないとする合意は無効となるため,残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから残業させた場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れることはできないことになります。

 割増部分(残業代に相当する金額)を特定せずに,基本給に残業代全額が含まれる旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,これを有効と認めてしまうと,残業代を支払わずに時間外労働等をさせるのと変わらない結果になってしまうため,残業代の支払があったとは認められません。
 この結論は,年俸制社員であっても,変わりません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,割増部分(残業代に相当する金額)が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。

 残業代が賃金に含まれている旨の合意が有効であるというためには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができる必要があります。
 割増部分(残業代に相当する金額)が特定されていない場合は,残業代が全く支払われていない前提で残業代が算定され,その支払義務を負うことになります。
 一般的には,支給した残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算できる定め方であれば,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができると評価することができるものと思われます。
 労基法上の計算方法で残業代の金額を計算した結果,残業手当等の金額で不足する場合は,不足額を当該賃金の支払期(当該賃金計算期間に対応する給料日)に支払う法的義務が生じることになります。

 小里機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決が「傍論」で,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべき」判断し,控訴審判決である東京高裁昭和62年11月30日判決はこの地裁判決の判決理由を引用して控訴を棄却し,上告審の最高裁第一小法廷昭和63年7月14日判決も高裁の認定判断は正当として是認することができるとして上告を棄却していることから,労働者側から,割増部分が「明確に」区別されていないから残業代の支払がなされていると評価することはできないとか,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていないから固定残業代部分を残業代の弁済と評価することはできないとかいった主張がなされることがあります。
 この論争を回避するためには,固定残業代の「金額」を明示して給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄等にもその金額を明確に記載しておくとともに,賃金規定に労基法所定の計算方法による額が固定残業代の額を上回る場合にはその不足額を支払う旨規定し,周知させておくとよいでしょう。

 労働条件通知書等において基本給と時間外手当を明確に分けて「基本給○○円,残業手当○○円」と定め,給与明細書や賃金台帳でも項目を分けて金額を明示しているものについては,支給した残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算できるのが通常のため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができるものといえ,有効性が否定されるリスクは低いと思われます。
 ただし,「基本給15万円,残業手当15万円」といったように,残業手当の比率が極端に高い場合は,合意内容があまりにも労働者に不利益なため,合意の有効性が否定されるリスクが高くなりますので,避けるべきです。
 やり過ぎはよくありません。

 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といった規定の仕方も広く行われており,一応,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができるといえなくもありませんので,一般には有効と考えられています。
 しかし,給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄が空欄となっていたり,0円と記載されていたりすることが多く,一見して残業代が支払われているようには見えないため,紛争となりやすくなっています。
 また,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,方程式を解くようなやり方をしないと,残業代に相当する金額と通常の賃金に相当する金額を算定できなかったり,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくかったりすることがあるため,有効性が否定されるリスクが残ります。
 労基法上,深夜の時間外労働(50%増し以上),法定休日労働の割増賃金額(35%増し以上)等は,通常の時間外労働の割増賃金額(25%増し以上)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外勤務分だけが含まれており,深夜割増賃金や法定休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 支給した固定残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を容易に計算できるような定め方にしておくべきでしょう。

 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して残業代の支払のための手当であるとは読み取れない手当を残業代の趣旨で支給する場合は,賃金規定等にその全部又は一部が残業代の支払の趣旨である旨明記して周知させておく必要があります。
 労働条件通知書や賃金規定等に残業代の趣旨で支給する旨明記されていないと,裁判所に残業代の支払であると認定してもらうのが難しくなります。
 これに対し,「残業手当」「時間外勤務手当」等,一見して残業代(割増賃金)の支払のための手当であることが分かる名目で支給し,給与明細書にその金額の記載がある場合は,リスクが小さくなります。
 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して残業代の支払のための手当であるとは読み取れない手当の「一部」を残業代の趣旨で支給する場合にも,割増部分(残業代に相当する金額)を特定して支給しないと,残業代の支払とは認められません。
 例えば,役職手当として5万円を支給し,残業代が含まれているという扱いにしている場合,役職者としての責任等に対する対価が何円で,残業代が何円なのか分からないと,残業代の支払が全くなされていないことを前提として残業代額が算定され,支払義務を負うことになります。
 管理監督者についても,深夜割増賃金の算定,支払が必要となるため,同様の問題が生じ得ます。

 固定残業代の比率が高い会社は,長時間労働が予定されていることが多く,1月あたりの残業時間が80時間とか,100時間に及ぶことも珍しくありません。
 長時間労働を予定した給与体系を採用し,長時間労働により社員が死亡する等した場合は,会社が多額の損害賠償義務を負うことになるだけでなく,代表取締役社長その他の会社役員も高額の損害賠償義務を負うことになるリスクもあります。
 固定残業代の金額は,1月当たり45時間分程度の金額に抑えることが望ましく,月80時間分の残業代を超えるような金額にすべきではありません。
 固定残業代の比率が高い会社は,賃金単価が低いことが多く(極端な場合は時給1000円を下回り,賞与を考慮しないとパート・アルバイトよりも時給単価が低いことさえあります。),優秀な社員が集まりにくく,社員の離職率も高くなりがちで,有能な社員ほど,すぐに退職してしまう傾向にあります。
 固定残業代の比率が高い会社は,体裁が悪いせいか,採用募集広告では,固定残業代の比率が高いことを隠そうとする傾向にあります。
 その結果,入社した社員は騙されたような気分になり,すぐに退職したり,トラブルに発展したりすることになりがちです。
 採用募集広告に明示できないような給与体系は採用しないようにする必要があります。

弁護士 藤田 進太郎

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退職届提出と同時に年休取得を申請し,引継ぎをしない。

2012-04-07 | 日記
Q16 退職届提出と同時に年休取得を申請し,引継ぎをしない。

 労働者がその有する休暇日数の範囲内で,具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは,適法な時季変更権の行使がない限り,年次有給休暇が成立し,当該労働日における就労義務が消滅することになります。
 年休取得に使用者の承認は不要です。

 使用者が,社員の年休取得を拒むことができるというためには,時季変更権(労基法39条5項)を行使できる場面でなければなりませんが,時季変更権の行使は,「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては,他の時季にこれを与えることができる。」(労基法39条5項)とするものに過ぎず,年休を取得する権利自体を奪うことはできません。
 退職後に年休を与えることはできないため,退職までの全労働日の年休取得を申請された場合,使用者は時季変更権の行使ができず,退職日までの年休取得を拒絶することはできません。
 昭和49年1月11日基収5554号も,「年次有給休暇の権利が労働基準法に基づくものである限り,当該労働者の解雇予定日をこえての時季変更は行えないものと解する。」としています。

 引継ぎをしてもらわなければ業務に支障が生じることもあるかもしれませんが,法的にはやむを得ません。
 退職する社員とよく話し合って,年休買い上げの合意をするか,退職日を先に延ばす合意をするなどして,引継ぎをするよう説得するほかありません。

弁護士 藤田 進太郎

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退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

2012-04-07 | 日記
Q15 退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

 退職勧奨した社員から解雇してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。
 後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。
 有効な解雇をすることは,必ずしも容易ではありません。

 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りますので(労基法20条1項),1か月分の給料の金額程度に過ぎず,たかが知れています。
 解雇予告手当の請求は,解雇の効力を争わないことを前提とした請求なので,解雇予告手当の請求を受けた場合は,むしろ運がよかったと考えられる事案が多いと考えます。
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることが多いからです。
 単純化して説明しますと,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

 解雇期間中の賃金として負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。
 解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものですから,通常は負担する必要がありませんが,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,支払日が到来している賞与について支払が命じられることになります。

 解雇された社員に解雇期間中の中間収入がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となるとするのが,最高裁判例です。
 中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されることになります。

 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられることになります。
 その上で,実際の賃金支払に当たり,所得税等を控除することになります。

 仮処分で賃金の仮払いが命じられ,仮払いをしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。
 賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。

 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員も出てきています。
 また,退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにしなければなりません。

 労働者側弁護士事務所のウェブサイトの中には,解雇されるとお金をもらえるチャンスであるかのような宣伝しているものも見受けられます
 解雇問題を「ビジネス」として考えている労働者側弁護士もいることに注意しなければなりません。

 解雇してくれと言われて解雇したところ,解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。
 この場合,概ね,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになります。
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは3人~4人に1人程度という印象です。
 解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う労働者が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職してこないことも多いというのが実情です。

 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。
 このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさない以上,会社側が負ける可能性が高くなります。
 解雇が避けられない場合,ありのままの解雇理由を伝える必要があります。
 無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解く努力をするようにして下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す。

2012-04-07 | 日記
Q12 精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す。

 精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す社員については,まず,業務により精神障害が悪化することがないよう配慮する必要があります。
 精神疾患を発症していることを知りながらそのまま勤務を継続させ,その結果,業務に起因して症状を悪化させた場合は,労災となり,会社が安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 社員が精神疾患の罹患していることが分かったら,それに応じた対応が必要であり,本人が就労を希望していたとしても,漫然と放置してはいけません。

 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処すれば足りるでしょう。
 しかし,長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,休職制度がある場合は休職を検討し,休職制度がない場合は普通解雇を検討せざるを得ません。

 私傷病に関する休職制度は,普通解雇を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも休職制度を設けて就業規則に規定しなければならないわけではありません。
 休職制度を設けずに,私傷病に罹患して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,私傷病が治癒したら再就職を認めるといった運用も考えられます。

 精神疾患を発症した社員が欠勤を続けたり,休職したりしたため無給となった場合,傷病手当金支給申請に協力することが重要です。
 生活費が確保できないと,トラブルになりやすい傾向にあります。

 精神障害を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるように,例えば,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外すか,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が30日未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置くかしておくべきでしょう。
 再度,長期間の欠勤がなければ,休職命令を出せないような規定を置くべきではありません。

 休職制度があるにもかかわらずいきなり解雇するのは,通常は解雇が無効と判断されるリスクが高いので,お勧めできません。
 解雇が有効と認められるのは,休職させても回復の見込みが客観的に乏しい場合に限られます。
 医学的根拠もなく,主観的に休職させても回復しないだろうと思い込み,精神疾患に罹患した社員を休職させずに解雇した場合,解雇が無効と判断されるリスクが高くなります。

 本人が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すことになります。
 休職申請書を提出させることにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。

 「合意」により休職させる場合は,休職期間(どれだけの期間が経過すれば退職扱いになるのか。)についても合意しておく必要があります。
 通常,就業規則に規定されている休職期間は,休職「命令」による休職に関する規定であり,合意休職に関する規定ではありません。
 原則どおり,本人から休職申請書を提出させた上で,休職「命令」を出すのが,簡明なのではないでしょうか。

 精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すると退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時に,何年の何月何日までに精神疾患が治癒せず,労務提供ができなければ退職扱いとなるのか通知するとともに,休職期間満了前の時期にも,再度,休職期間満了日や精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すれば退職扱いとなる旨通知すべきでしょう。

 休職と復職を繰り返す社員に対する対策としては,復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に休職した場合には,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置くことが考えられます。
 そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高くなります。

 復職の可否は,
① 休職期間満了時までに
② 休職前の職務を通常どおりに行えるか否か
により判断されるのが原則ですが,例外的な事案もあり,判断が難しいことがあります。

 ①の例外ですが,休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,間もない時期に完全な労務提供ができる程度に精神疾患が改善する可能性がある場合は,休職期間満了により退職扱いとするか否かについて慎重な判断が必要となります(エール・フランス事件東京地裁昭和59年1月27日判決)。

 ②の例外ですが,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合は,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されることになります(片山組事件最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決)。
 労務提供があると評価された場合,欠勤扱いにしたり,休職させたり,休職期間満了により退職扱いにしたり,解雇したりしたとしても,これらの扱いは無効となり,会社は賃金の支払義務を免れません。

 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の助言を参考にする必要があります。
 本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。
 主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医等への診断を求めたりして,病状を確認する必要があります。

 休職制度の運用は,公平・平等に行うことが重要です。
 勤続年数等により異なる扱いをする場合は,予め就業規則に規定しておく必要があります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まる傾向にあります。

 精神疾患の発症の原因が,長時間労働,セクハラ,パワハラによるものだから労災だとの主張がなされることがある。精神疾患の発症が労災か私傷病かは,『心理的負荷による精神障害の認定基準』(基発1226第1号平成23年12月26日)を参考にして判断することになりますが,その判断は必ずしも容易ではありません。
 実務的には,労災申請を促して労基署の判断を仰ぎ,審査の結果,労災として認められれば労災として扱い,労災として認められなければ私傷病として扱うこととすれば足りることが多いものと思われます。

 精神疾患の発症が労災の場合,療養するため休業する期間及びその後30日間は原則として解雇することができません(労基法19条1項)。
 欠勤が続いている社員を解雇しようとしたり,休職期間満了で退職扱いにしたりしようとした際,精神疾患の発症は労災なのだから解雇等は無効だと主張されることがあります。
 また,精神疾患の発症が労災として認められた場合,業務と精神疾患の発症との間に相当因果関係が認められたことになるため,労災保険給付でカバーできない損害(慰謝料等)について損害賠償請求を受けるリスクも高くなります。


弁護士 藤田 進太郎

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就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

2012-04-07 | 日記
Q9 就業時間外に社外で飲酒運転,痴漢,傷害事件等の刑事事件を起こして逮捕された。

 就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしたとしても,それだけでは直ちに懲戒処分に処することができるわけではありません。
 まずは,本人の言い分をよく聞き,記録に残しておくべきでしょう。

 本人が犯行を否認しており,犯罪が行われたかどうかが明らかではない場合は,犯行があったことを前提に懲戒処分をすることはリスクが高いので,懲戒処分は慎重に行う必要があります。
 逮捕勾留されたことにより,社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くこともあり得ますが,まずは家族等を通じて,連絡を取る努力をすべきです。
 家族等から,欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇等の処分を恐れて,犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。

 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。
 年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇等の処分が無効となるリスクが生じることになります。

 痴漢,傷害事件等,被害者のある刑事事件における弁護人の起訴前弁護の主な活動内容は,早期に被害者と示談して不起訴処分を勝ち取ることです。
 不起訴処分が決まれば,逮捕勾留は解かれ,出社できる状態となります。
 刑事事件を犯したことを会社に知られずに出社できた場合は,弁護人としていい仕事をしたことになります。

 起訴休職制度を設けると,有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,そのような事態を避けるためには起訴休職制度は設けず,個別に対応するという選択肢もあり得ます。
 また,社員が起訴された事実のみで,形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもあります。
 休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討してからにする必要があります。

 懲戒解雇は紛争になりやすく,懲戒解雇が無効と判断されるリスクもそれなりにありますので,慎重に検討する必要があります。
 会社の社会的評価を若干低下させたという程度では足りません。
 「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇の可否の判断にあたっては,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討することになります(日本鋼管事件最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決)。
 例えば,タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合は,懲戒解雇が有効とされやすい傾向にあります。
 ただし,「酒気帯び状態であれば,仮にそのまま運転していれば道路交通法違反で検挙されることになりかねない程度の非違行為があったものとして解雇に値することが明らかだが,そこまでの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じる」として,バス運転手の飲酒運転を理由とした諭旨解雇を無効とした裁判例(京阪バス事件京都地裁平成22年12月15日判決)もあり,事案ごとの判断が必要となります。
 その他,電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢したような場合は,比較的懲戒解雇が認められやすいといえるでしょう。

 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難かもしれません。
 結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に同種の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくべきでしょう。
 これで万全というわけではありませんが,同種の犯罪を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。

 懲戒解雇事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額・返還の合理性の有無は,退職金の性格の中に功労報奨金的要素の占める度合いがどの程度か等,様々な要素を考慮して判断されることになりますが,賃金の後払い的要素の強い退職金についてその退職金全額を不支給とするには,横領や背任等のように,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要となります。
 そこまで重大な不信行為がない場合は,懲戒解雇が有効だったとしても,退職金全額を不支給とすることができるとは限らず,例えば,本来の退職金の支給額の30%とか50%とかいった金額の支払が命じられることがあります。

弁護士 藤田 進太郎

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転勤命令を拒否する。

2012-04-07 | 日記
Q7 転勤命令を拒否する。

 転勤命令を拒否する社員がいる場合は,まずは,転勤命令を拒否する事情を聴取し,転勤命令拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認する必要があります。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応することになります。
 認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。

 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤命令拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,再度,転勤命令に応じるよう説得することになります。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが,裁判所では,転勤命令は有効とされやすいのに対し,解雇の有効性は慎重に判断されますので,転勤命令が有効と考えられるような場合であっても,解雇は慎重に行う必要があります。
 転勤命令が拒否されたからといって,急いで解雇する必要はありません。

 転勤命令が有効というためには,①使用者に転勤命令権限があり,②転勤命令が権利の濫用にならないことが必要です。
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は転勤命令権限があるといえることになりますが,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくべきでしょう。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。
 他方,パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多いのが実情です。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,勤務地限定の合意があることにはなりません。
 ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいことは言うまでもありません。

 使用者による配転命令は,
① 業務上の必要性が存しない場合
② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。

 ①業務上の必要性については,東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある配転であれば,存在が肯定されることになります。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の要件を満たすかどうかにも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。
 退職勧奨したところ退職を断られ,転勤を命じたような場合に,嫌がらせして辞めさせる目的の転勤命令だから,②不当な動機・目的をもってなされた転勤命令として権利の濫用となり,無効となると主張されることが多いですから,このような場合は,嫌がらせして辞めさせる目的の転勤命令ではないと説明できるようにしておく必要があります。
 社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 ③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否かを判断する際は,単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮がなされているか等も考慮されることになります。

 ③に関し,就業場所の変更を伴う配置転換について子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には,注意が必要です。
 育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断する必要があります。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,転勤命令が無効とされるリスクが高まることになります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,家族の介護が必要な場合の転勤については,労働者の不利益の程度について慎重に検討した方が無難と思われます。

 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,通常は懲戒解雇の合理的理由があるといえますが,解雇の仕方によっては懲戒解雇が無効とされることがあります。
 焦りは禁物です。
 まずは,社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供するなどの必要な手順を尽くす必要があります。
 有効な配転命令に従わないことを理由とする懲戒解雇が無効とされた事例では,懲戒解雇が性急に過ぎることが問題とされることが多くなっています。

弁護士 藤田 進太郎

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労基法上,使用者が残業代の支払義務を負うのはどのような場合ですか?

2012-04-07 | 日記
Q54 労基法上,使用者が残業代の支払義務を負うのはどのような場合ですか?

 使用者が労働者に対し,1週間につき40時間,1日につき8時間を超えて労働をさせた場合,法定休日に労働をさせた場合,午後10時から午前5時までの間(深夜)に労働をさせた場合には,労基法37条に基づき,原則として,残業代(割増賃金)の支払義務を負うことになります。

弁護士 藤田 進太郎

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管理職なのに残業代の請求をしてくる。

2012-04-07 | 日記
Q21 管理職なのに残業代の請求をしてくる。

 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,原則として労基法37条の適用があり,週40時間,1日8時間を超えて労働させた場合,法定休日に労働させた場合,深夜に労働させた場合は,時間外労働時間,休日労働,深夜労働に応じた残業代(割増賃金)を支払わなければならないのが原則です。
 当該管理職が,労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当すれば,労働時間,休憩,時間外・休日割増賃金,休日,賃金台帳に関する規定は適用除外となりますので,その結果,労基法上,使用者は時間外・休日割増賃金の支払義務を免れることになりますが,裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられますので,通常は,管理監督者扱いとすることで残業代の支払義務を免れることができると考えるべきではありません。

 なお,管理監督者であっても,深夜労働に関する規定は適用されますので,管理職が管理監督者であるかどうかにかかわらず,深夜割増賃金(労基法37条3項)を支払う必要があることに変わりはありません(ことぶき事件最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決)。
 また,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり,無効となった部分については労基法で定める基準が適用されますので(労基法13条),就業規則等で管理職には残業代を支給しない旨規定したり,個別労働契約で管理職であることを理由として残業代を支給しない旨規定し労働者に署名押印させるなどしてその同意を得ていたとしても,深夜割増賃金の支払義務は免れませんし,当該管理職が労基法上の管理監督者に該当しない限りは,深夜割増賃金以外の残業代(時間外・休日割増賃金)についても,支払義務を免れないことになります。

 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
① 職務の内容,権限及び責任の程度
② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して,判断されることになります。
 この点,日本マクドナルド事件東京地裁平成20年1月28日判決は,①の要件に関し,「職務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか」という基準を用いています。
 私見では,同判決が「企業全体の事業経営」に関する重要事項への関与まで要求している点は疑問であると考えていますが,そのように判断されても問題が生じないよう社内体制を整備しておく必要があると考えます。

弁護士 藤田 進太郎

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解雇した社員が加入した合同労組からの団体交渉,会社オフィス前や社長自宅前での街宣活動

2012-04-07 | 日記
Q30 解雇した社員が合同労組に加入し,団体交渉を求めてきたり,会社オフィス前や社長自宅前で街宣活動をしたりする。

 解雇された社員であっても,解雇そのものまたはそれに関連する退職条件等が団体交渉の対象となっている場合には,労働組合法第7条第2号の「雇用する労働者」に含まれるため,解雇された社員が加入した労働組合からの団体交渉を拒絶した場合,他の要件を満たせば不当労働行為となります。

 多数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されていたとしても,ユニオン・ショップ協定は多数組合以外の組合に社員が加入することを禁止するものではありませんから,社員が合同労組の組合員となった場合に,合同労組が社員を代表することができないことにはなりません。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはなりません。
 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。

 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。
 他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められます。

 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。
 会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないと評価される可能性が高いです。
 組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。
 ビラ配りがなされた場合は,ビラの内容をチェックするようにしましょう。

 労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及びません。
 労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には,企業経営者の住居の平穏や地域社会における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使として相当性を有し,容認されることがあるにとどまります。

弁護士 藤田 進太郎

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