弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇することはできますか?

2014-12-31 | 日記

有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇することはできますか?

 民法628条は,「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由があるときは,各当事者は,直ちに契約の解除をすることができる。この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う。」と規定しています。
 したがって,「やむを得ない事由」があれば,有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇 することができます。


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試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することはできますか?

2014-12-31 | 日記

試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することはできますか?

 試用期間 満了前であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否(解雇 )することができます。
 試用期間中に社員として不適格と判断された社員が,試用期間満了時までに社員としての適格性を有するようになることは稀ですから,使用者としては早々に見切りをつけたいところかもしれません。
 しかし,試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるかどうかについての判断が甘いケースが目立ちますので,客観的合理性の有無については,証拠に照らして慎重に判断する必要がありますし,本採用拒否(解雇)を試用期間満了前に行うことが社会通念上相当として是認されるかどうかについてもよく検討する必要があります。
 また,試用期間中の社員の中には,少なくとも試用期間中は雇用を継続してもらえると期待している者も多く,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)には紛争を誘発しやすいという事実上の問題もあります。
 したがって,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)は慎重に行うべきであり,十分に話し合って退職届を提出してもらえるよう努力するか,試用期間満了日での本採用拒否(解雇)とすることをお勧めします。


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応募者にチャンスを与える意味で採用することについてどう思いますか?

2014-12-31 | 日記

採用面接時に能力が低い応募者だということが判明した場合であっても,雇用確保に貢献し,就職できない応募者にチャンスを与える意味で採用し,試用期間中の勤務状況から役に立つ人材と判断できたら本採用拒否せずに雇い続けるというやり方をどう思いますか?

 「能力が低いのは分かっていたけど,就職できなくて困っているようだし,もしかしたら会社に貢献できる点も見つかるかもしれないから,チャンスを与えるために採用してあげた。」という発想は,雇用主の責任の重さを考えると,極めて危険な考え方です。
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否(解雇 )に限られますから,新たに本採用拒否に値する事実が判明しない限り,本採用拒否はおそらく無効と判断されることでしょう。
 採用されて試用期間中に本採用拒否(解雇)された労働者からは,全く感謝されず,それどころか「中途半端に採用されなければ,他社で正社員として就職することができたのに,人を物のように扱うブラック企業によって人生を狂わされた。」と非難されることも珍しくありません。
 使用者は,その応募者に魅力があって雇いたいと考える場合に初めて雇うべきであり,魅力がないと判断したら不採用とする必要があります。
 「雇ってあげる。」といった発想で社員を雇った場合,会社経営者は「いいことをしたのだから,感謝されないまでも,悪くは思われることはないだろう。」と思い込んだり,自分が面倒見のいい親分になったような気分に浸ったりして脇が甘くなりやすく,トラブルになるリスクが極めて高くなりますので,そうはならないよう,気持ちを引き締めて採用活動に当たって下さい。


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残業代込みの給料という約束で入社したのに残業代を請求する。

2014-12-05 | 日記

残業代込みの給料という約束で入社したのに残業代を請求する。

1 時間外・休日・深夜割増賃金は支払わない旨の合意の有効性
 時間外・休日・深夜割増賃金の支払は労基法37条で義務付けられているところ,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となります(労基法13条)。したがって,時間外・休日・深夜労働させた場合であっても労基法37条に定める時間外・休日・深夜割増賃金を支払わないとする合意は無効となり,時間外・休日・深夜労働をさせた場合には労基法37条で定める時間外・休日・深夜割増賃金の支払義務を負うことになるため,時間外・休日・深夜割増賃金を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから時間外・休日・深夜労働させた場合であっても,使用者は時間外・休日・深夜割増賃金の支払義務を免れることはできません。
 この結論は,年俸制社員や営業社員であっても,変わりません。

 

2 時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分を特定せずに月例賃金には時間外・休日・深夜割増賃金が含まれている旨の合意の有効性
 時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分を特定せずに月例賃金には時間外・休日・深夜割増賃金が含まれている旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができず,時間外・休日・深夜割増賃金を支払わないのと変わらない結果となるので,労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,時間外・休日・深夜割増賃金に相当する金額が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,労働者が自らの判断で営業活動や行動計画を決めることができ,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。

 

3 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う旨の合意や賃金規程等の定めは最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが,口頭で説明した。」では,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。
(2) 時間外・休日・深夜労働させた場合の基本給等自体の金額の増額又は通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 時間外・休日・深夜労働させた場合に,基本給等自体の金額が増額されるのであれば,増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができますので,増額部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 また,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができますので,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められることになります。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには,労働契約において,何を明示する必要があるか
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」と結論付けています。この考え方に従えば,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必要となります。
 しかし,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを法が要請しているという結論に結びつくものではありません。
 また,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見も,高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決も,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを要求していません。仮に,櫻井龍子補足意見の言うとおりであったとすれば,その旨,法廷意見の判旨から読み取れるはずです。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 また,ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決は,「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約,就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には,その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」と判断して,所定賃金が「一定額」の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合にそれを深夜割増賃金の支払と認めており,それが何時間分の深夜割増賃金なのかを明らかにすることを要求していません。
 したがって,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
 もっとも,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決が,「月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないこと」を考慮要素の一つとして,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきであると結論付けていることからすれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの判断に当たっては,賃金の一部が他の部分と区別されて労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金とされていることが重要な考慮要素となると考えられます。
 また,ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決が深夜割増賃金の支払と認めているのは,所定賃金が「一定額」の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合についてでです。
 したがって,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示する必要があるものと考えます。
 他方,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
(4) 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といったように,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」については明示せず,「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められるか
 時間数を明示しただけでも,方程式を用いれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる金額と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる金額を算定することができ,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができることから,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありません。
 しかし,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくいことも多いところです。給与明細書・賃金台帳の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄となっていたり0円と記載されていたりすることが多いため,残業代は支払済みと言ってみても説得力が今一つなこともあります。労基法上,通常の時間外労働の割増賃金単価(25%増し)は,深夜の時間外労働の割増賃金単価(50%増し)や法定休日労働の割増賃金単価(35%増し)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外労働分だけが含まれており,深夜割増賃金や休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 予定されている残業時間以上の残業をした場合に不足する残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)が追加で支給されているような場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすい傾向にありますが,残業代の精算がなされていない場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクが比較的高いと言わざるを得ません。
 定額(固定)残業代制度を採用する場合には,基本的には定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。
(5) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことです。
 また,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることを要求する最高裁法廷意見は存在しません。
 かえって,ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決は,「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約,就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には,その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」と判断して,所定賃金が「一定額」の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかというだけで,それを深夜割増賃金の支払と認めています。
 したがって,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨の合意は,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことで労働者と合意しても害はありません。また,労基法所定の計算方法による額が定額(固定)残業代の額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件と考える裁判官もいます。
 小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決は,「傍論」において,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」と判示し,東京地裁判決とほぼ同じ理由で会社側の控訴を棄却した東京高裁昭和62年11月30日判決の認定判断を最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決が是認しています。
 阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2)事件最高裁平成26年1月24日判決の原審の東京高裁平成24年3月7日判決においても,「仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされたとしても,時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべき」としています。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見においても,「さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」としています。
 したがって,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(6) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要か
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」としており,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,時間外・休日・深夜労働の時間数及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が雇用契約上明確にされているだけでは足りず,「賃金支給時」にも労働者に対し明確に示されていることが必要となるようにも読めます。
 しかし,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要である理由が明らかでありません。仮に,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものである」ことを理由としているとしても,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要と結論付けることはできません。
 仮に,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要であるとすると,労働契約書で賃金の内訳が明示されていて,通常の労働時間・労働日の賃金と時間外・休日・深夜割増賃金の金額が明らかであるにもかかわらず,給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払っていないことになりかねませんが,このような結論が不合理なのは明らかです。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決法廷意見も,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,賃金支給時において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを要求していません。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 櫻井龍子補足意見のこの部分の文末が「であろう。」という表現を用いていることも勘案すると,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件とするまでの意図はなかった可能性もありません。
 したがって,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
 もっとも,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきと考えます。
 また,支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考える。

 

4 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 他方,「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
(2) 当該手当が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であること
 「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても,実質的に時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクがあります。
 例えば,営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う旨の賃金規程の定めがある事案において,反対尋問において,「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」と労働者側弁護士から質問されると,「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」等と回答しがちです。このような趣旨の手当では,時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないので,時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスクがあります。
 模範解答どおり,「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」と回答したとしても,「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」等と尋問されると,これを否定するのはつらくなり,「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが,営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」等といった回答をせざるを得なくなる可能性があります。
 営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができなければ時間外割増賃金の支払があったとは認められないと考えられますが,上記のような場合,営業手当のうち何円が営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨で支払われるもので,何円が時間外割増賃金の趣旨で支払われるものか分からないため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができないと判断されて,時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスクが高いものと思われます。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 通常の労働時間・労働日の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合,当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば,支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算(検証)できるため,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができます。
 全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働時間の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,当該手当が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
 また,労基法上の割増賃金には,時間外・休日・深夜割増賃金の3種類があり,それぞれ時間単価が異なるため,当該手当と時間外・休日・深夜割増賃金との関係を明確に定義しておく必要があります。
(4) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 3(5)で述べたとおり,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えられますが,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(5) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要か
 3(6)で述べたとおり,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えますが,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきですし,支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

5 定額(固定)残業代制度の有効性を判断する際のイメージ
 定額(固定)残業代の支払は,一定金額の時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが明確であればあるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすくなり,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなかったと認定されやすくなります。
 会社経営者は,普段は時間外・休日・深夜割増賃金とは分からない名目の手当等を支給した上で,残業代請求を受けた途端,当該手当は時間外・休日・深夜割増賃金だとか,基本給には残業代が含まれているだとか主張できるような制度設計を望む傾向にあり,こういった会社経営者の意向に迎合した賃金制度が散見されます。
 しかし,「いいとこ取り」しようとして,定額(固定)残業代の支払が時間外・休日・深夜割増賃金の支払だとは分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認めてもらいにくくなり,多額の残業代請求が認められてしまうリスクが高くなることを理解しておく必要があります。

 

6 追加の残業代(割増賃金)の支払義務
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認められた場合は,当該定額(固定)残業代を含む除外賃金を除外した賃金を基礎賃金として労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で残業代(割増賃金)の金額を計算した結果,定額(固定)残業代の金額で不足する場合は,その「不足額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認めてもらえなかった場合は,定額(固定)残業代も残業代算定の基礎賃金に算入されて残業代(割増賃金)が算定され,その「全額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。

 

7 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率と定額(固定)残業代の有効性との間には,論理必然の関係はありません。
 もっとも,脳・心臓疾患や精神疾患を発症した場合に,長時間労働を理由として労災認定がなされる可能性が高い時間外労働を予定するような定額(固定)残業代制度を採用すべきではなく,月80時間分の時間外割増賃金額を下回る定額(固定)残業代額にすべきと考えます。個人的見解としては,月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率は,金額では月例賃金全体の20%~30%程度,時間外労働時間数では月45時間程度までに抑え,それを超える時間外・休日・深夜労働については追加で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う定額(固定)残業代制度とすることをお勧めします。
 最低賃金との関係では,定額(固定)残業代部分は最低賃金算定の基礎賃金には含まれないことに注意して下さい。
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率が高い会社は,社員の離職率が高く,労使紛争が起きやすく,定額(固定)残業代の合意等の有効性が裁判所により否定されやすく,労働組合などによる労働運動のターゲットとされやすい傾向にあることにも留意して下さい。

 

 8 定額(固定)残業代制度導入の手順
 ① 当該業務に通常必要とされる時間外・休日・深夜労働時間等の勤務実態を調査し,調査の経過及び結果を記録に残す。
 ② 調査結果に基づき,何時間分の時間外・休日・深夜労働に対する時間外・休日・深夜割増賃金を定額(固定)残業代として支払う必要があるのかについて協議決定し,記録に残す。
 ③ 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で定額(固定)残業代を支払う旨及び不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりする。
 ④ 給料日には,「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で,金額を明確に分けて給与明細に記載して支給する。


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解雇していないのに出社しなくなった社員が解雇されたと主張する。

2014-12-05 | 日記

解雇していないのに出社しなくなった社員が解雇されたと主張する。

1 解雇していないのに解雇されたと主張する社員の意図
 使用者が解雇していないにもかかわらず,解雇されたと主張する社員の意図は,主に以下のものが考えられます。
 ① 失業手当の受給条件を良くしたい。
 ② 解雇予告手当を請求したい。
 ③ 解雇無効を主張して,働かずにバックペイ又は解決金を取得したい。

2 失業手当の受給条件
 社員が自己都合で会社を辞めた場合は,会社都合の場合と比較して,失業手当の支給開始が3か月遅れるなど,失業手当の受給条件が悪くなります。社員の中には,会社から解雇されたことにして,失業手当の受給条件を良くしようとする者もいます。
 なお,退職勧奨により退職した者は「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,給付制限もありません。退職勧奨による退職であっても退職届を出してしまうと失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがあります。

3 解雇予告手当の請求
 平均賃金30日分の解雇予告手当(労基法20条1項)を取得したくて即時解雇されたと主張する社員が散見されます。
 解雇予告手当の請求は解雇の効力を争わないことが前提の請求であり,解雇予告手当の金額は平均賃金30日分に過ぎませんので,リスクは限定されます。

4 解雇無効を前提とした賃金請求
 解雇無効を理由に働かずにバックペイ又は解決金を取得する目的で,社員から解雇されたと主張されることがあります。解雇通知書や解雇理由証明書を交付するよう要求してきたら要注意です。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければなりません。しかも,解雇が無効と判断された場合に使用者が負担する金額はは,高額になることがあります。単純化して説明すると,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合に解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額は,「当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額」です。基本給や毎月定額で支払われている手当のほとんどは支払わなければなりません。
 通勤手当は,実費補償的な性質を有する場合は,負担する必要はありません。
 時間外・休日・深夜割増賃金(残業代)は,時間外・休日・深夜労働をして初めて発生するものですので,通常は負担する必要がありません。ただし,定額(固定)残業代を採用するなどしているため,時間外・休日・深夜労働をしなくても一定の時間外・休日・深夜労働が確実に支給されたと考えられる事案では,時間外・休日・深夜割増賃金の支払を命じられる可能性があります。
 賞与は,支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても支払を命じられません。支給金額が確定できる場合は,確定できる金額について支払が命じられることがあります。一定額の賞与を支給する労使慣行が成立していたという主張は,なかなか認められません。
 解雇期間中の中間収入(他社で働いて得た収入)は,それが副業収入のようなものであって解雇がなくても取得できた(自社の収入と両立する)といった特段の事情がない限り,
 ① 月例賃金のうち平均賃金の60%(労基法26条)を超える部分(平均賃金額の40%)
 ② 平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額
が控除の対象となります。控除し得る中間収入はその発生期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることが必要であり,時期が異なる期間内に得た収入を控除することは許されません。
 解雇期間中に失業手当を受給していたとしても,失業手当額は控除してもらえません。

5 社員が出社しなくなった原因
 社員が出社しなくなった場合の法律関係としては,主に以下のようなものが考えられます。
 ① 社員が辞職した。
 ② 合意退職が成立した。
 ③ 使用者が社員を解雇した。
 ④ 社員は辞職しておらず,合意退職も成立しておらず,使用者は社員を解雇しておらず,社員は在職中だが,出社していない。
 ①社員が辞職したと認定された場合,辞職申入れの日から2週間を経過した時点で退職の効力が生じます(民法627条1項)。
 ②合意退職が成立したと認定された場合,合意された退職日を以て労働契約は終了します。退職届等の客観的証拠がないと,社員が合意退職を申し込んだと認定されにくい傾向にあります。
 ③使用者が社員を解雇したと認定された場合,有効に解雇を行うための準備が不十分なことが多く,解雇は無効と判断されるリスクが高いと言わざるを得ません。解雇が無効と判断されれば,使用者は,社員が現実には働いていない解雇期間中の賃金を支払わなければなりません。
 使用者が解雇していないにもかかわらず,社員が解雇されたと主張するような事案では,会話のやり取りが無断録音されていることが多いです。解雇されたことにしたい社員は,会話を無断録音しながら「解雇」と言わせようと誘導しようとすることが多いので,不自然に「解雇」と言わせたがっている様子が窺われる場合には無断録音を疑うとともに,慎重に対応する必要があります。
 ④社員は辞職しておらず,合意退職も成立しておらず,使用者は社員を解雇していないと認定された場合,退職の効果が発生する事由が存在しませんので,労働契約は存続していることになります。在職中の社員が職場復帰を求めてきたのに対し,使用者が既に退職しているとして労務提供の受領を拒絶していたような事情があれば,使用者の責めに帰すべき事由により社員の労務提供が不能となっていますので,社員が現実には働いていなくても,使用者は賃金を支払わなければならなくなってしまいます。

6 解雇していないのに退職届も提出せずに出社しなくなった社員への対応
 退職する意思があるのかないのか,働く意思があるのかないのかをはっきりさせることが重要です。退職届も取らずに,退職したものとして扱うのはリスクが高いと言わざるを得ません。
 解雇していないのに,退職届も提出せずに出社しなくなった社員に対しては,電話,電子メール,郵便等を用いて,
 ① 退職する意思があるのであれば退職届を提出すること
 ② 退職する意思がないのであれば出勤すること
 ③ 出勤できない事情があるのであれば,欠勤の理由を記載した欠勤届を提出すること
を要求して下さい。
 ①退職届の提出があれば,退職の効力が争われるリスクは極めて低くなります。
 ②出勤を催促することにより,使用者が労務提供の受領を拒絶していないことを明確にしておけば,仮に退職の効力が生じない事案であったとしても,社員が出勤して現実に労働しない限り賃金支払義務を負わないため,不必要な出費を抑制することができます。
 ③出勤しない社員に対し,欠勤の理由を記載した欠勤届の提出を要求することにより,使用者が労務提供の受領を拒絶しておらず,社員の都合で「欠勤」しているに過ぎない事実がより明確になります。「欠勤」であれば,使用者は賃金支払義務を負わないのが原則となります。


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退職勧奨に応じて退職届を提出したのに退職の効力を争う。

2014-12-05 | 日記

退職勧奨に応じて退職届を提出したのに退職の効力を争う。

1 退職勧奨・退職届提出の法的性格
 退職勧奨とは,一般に,使用者が労働者に対し合意退職の申込を促す行為(申込の誘引)をいいます。退職勧奨が「申込の誘因」と評価できる場合,退職届提出は「合意退職の申込」としての法的性格を有します。この場合,使用者が労働者の退職を「承諾」した時点で退職の合意が成立します。逆に言えば,使用者が労働者の退職を承諾するまでの間は,退職の合意は成立していないことになります。
 他方,退職勧奨を「合意退職の申込」と評価できる場合は,退職届提出は合意退職の申込に対する「承諾」としての法的性格を有します。退職勧奨を「合意退職の申込」と評価できる場合,労働者が退職届を提出するなどして退職を「承諾」した時点で退職の合意が成立することになります。
 労働者側が合意退職の効力を争っている場合には,裁判所は,労働者に有利に解釈して合意退職の成立時期を遅らせる傾向にあり,退職勧奨を「申込の誘因」,退職届提出を「合意退職の申込」,使用者の承諾を合意退職の申込に対する「承諾」と認定する傾向にあります。この場合,使用者が労働者の退職を承諾するまでの間は,退職の合意は成立していないことになります。

2 退職の申込の撤回
 退職勧奨が申込の誘因と評価された場合には,退職勧奨を受けた労働者が退職届を提出して合意退職を申し込んだとしても,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は退職の合意が成立していません。社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は,信義則に反するような特段の事情がない限り,合意退職の申込の撤回が認められます。
 退職を早期に確定したい場合は,退職届の提出を受け次第速やかに退職を承諾する旨の決済を得て退職届受理通知を交付するなどして,退職を承諾する旨の意思表示を早期に行うようにして下さい。退職を認める旨の決済が内部的になされただけで,退職届を提出した社員に通知していない時点では,承諾の意思表示がなされておらず合意退職が成立していないと評価される可能性があります。

3 錯誤・強迫・心裡留保等
 退職届を提出した社員から,錯誤(民法95条),強迫(民法96条),心裡留保(民法93条)等が主張されることもありますが,退職届が提出されていれば,合意退職の効力が否定されるリスクはそれほど高くはありません。
 錯誤無効,強迫取消が認められる典型的事例は,「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースです。有効に解雇できるような事案でない限り,退職勧奨するにあたり,「解雇」という言葉は使うべきではありません。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

4 無断録音
 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまうのが通常です。退職勧奨を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。

5 慰謝料請求
 退職勧奨を行うことは,不当労働行為に該当する場合や,不当な差別に該当する場合などを除き,労働者の任意の意思を尊重し,社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではありません。その説得のための手段,方法がその範囲を逸脱するような場合には違法性を有し,使用者は当該労働者に対し,不法行為等に基づく損害賠償義務を負うことがあります。
 退職勧奨の各担当者が,自分の行っている退職勧奨のやり取りは全て無断録音されていて,訴訟になった場合は全てのやり取りが裁判官にも上司にも社長にも明らかになってしまうことを覚悟した上で退職勧奨を行えば,よほど退職勧奨に向いていない担当者でない限り,違法となるような退職勧奨を行うことはないのではないかと思います。


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精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

2014-12-03 | 日記

精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

1 精神疾患 発症が疑われる社員の基本的対応
 使用者は,社員の健康に対して安全配慮義務を負っていますので(労契法5条),遅刻や欠勤が急に増えたり,集中力や判断力が低下して単純ミスが増えたりするなど,精神疾患発症が疑われる社員については,上司から具体的問題点を指摘した上で,医療機関での受診や産業医への面談を勧めるなどする必要があります。
 また,使用者は,必ずしも社員からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っていますので,社員にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど社員の心身の健康への配慮に努める必要があります(東芝(うつ病・解雇 )事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決参照)。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処します。長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し,私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇 を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。休職制度を設けずに,精神疾患を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,精神疾患が治癒して債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができるようになったら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。

2 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応
 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず社員本人が精神疾患の発症を否定して就労を希望した場合,漫然と就労を認めてはいけません。就労を認めた結果,精神疾患の症状が悪化した場合,安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの,当該労働契約で予定されている労務提供ができない場合は,就労を拒絶して帰宅させ,欠勤扱いにするのが原則です。
 職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は,当該労働契約で予定されている労務提供ができるかどうかは,当該職種等について検討します。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,基本的には現に就業を命じた業務について当該労働契約で予定されている労務提供ができるかどうかを判断することになりますが,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決),当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について本人が労務の提供を申し出ているのであれば,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についても債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務の提供ができるかどうかを検討する必要があります。
 当該労働契約で予定されている労務提供があるかどうかを判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にします。本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,当該労働契約で予定されている労務提供がないものとして労務の受領を拒絶し,欠勤扱いとすることができることもあります。
 社員本人が精神疾患の発症を否定している場合であっても,直ちに精神疾患が発症していないことを前提とした対応を取ることができるわけではありません。精神疾患を原因とした欠勤等を理由とする懲戒処分は,無効と判断される可能性が高いものと思われます(日本ヒューレット・パッカード事件最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決参照)。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症を否定して,当該労働契約で予定されている労務提供ができると主張している場合でも,休職命令を出すことができます。ただし,休職事由の存在を立証することができなければ,休職命令は無効となってしまいますので,精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患を発症して当該労働契約で予定されている労務提供ができないことの証拠等,休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出す必要があります。
 精神疾患を発症して休職に入った社員が,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しないまま休職期間が満了すると,退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時及び休職期間満了直前の時期に,何年何月何日までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しなければ退職扱いとなるのかを通知すべきと考えます。事前に休職期間満了日を明確に通知することは,休職期間満了退職の効力が無効と判断されにくくなる方向に作用する一要素となります。

3 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員に対応できるようにするためには,精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるよう休職事由を定めておく必要があります。例えば,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が1か月未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外し,再度,長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないようにしておくことになります。
 精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,欠勤日を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。出社と欠勤を繰り返す社員の対応に困っている会社は,欠勤期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず,精神疾患を発症したため当該労働契約で予定されている労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは,休職させても休職期間満了までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度まで回復する見込みが客観的に乏しい場合でない限り,解雇権を濫用したものとして解雇が無効(労契法16条)と判断されるリスクが高いものと思われます。

4 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応
 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すとよいでしょう。休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職申請書を提出したら,休職命令書を交付して,休職期間の開始日や満了日を明確にするようにして下さい。休職申請書を出させて内部決済が済んだだけで安心してしまい,休職命令書を交付せずに何となく休ませていると,何年何月何日までが欠勤で,何年何月何日からが休職期間で,何年何月何日までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が回復しなければ退職扱いになるのかかよく分からなくなることがあります。その結果,いつまでたっても精神疾患が治らないので退職させようとしたところ,休職命令や休職合意の存在,休職期間の開始日や満了日の立証に困難を伴い,休職期間満了退職扱いにすることができなくなる可能性があります。

5 復職の可否の判断基準
 復職の可否は,「休職期間満了日までに,債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否か」により判断するのが原則です。
 ただし,診断書等の客観的証拠により,間もない時期に当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善していると認定できる場合には,休職期間満了により退職扱いにするかどうかを慎重に判断する必要があります。休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もあります。
 職種が限定されている場合は,限定された当該職種について当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討します。
 通常の正社員のように,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,現に就業を命じられた特定の業務について,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討するのが原則ですが,労働者が,現に就業を命じられた特定の業務について,労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申し出ているならば,当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についても,債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討する必要があります(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。
 精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まるので,休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は,裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。

6 休職と復職を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返すのを防止するためには,復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に同一又は類似の事由により欠勤した場合(当該労働契約で予定されている労務提供ができない場合を含む。)には,復職を取り消して直ちに休職させ,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置いて対処する必要があります。そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高まります。
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は,休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。

7 業務に起因する精神疾患の発症と休職期間満了退職
 精神疾患の発症が長時間労働,セクハラ,パワハラ 等の業務に起因することが判明した場合,
 ① 私傷病を理由とした休職命令が休職事由を欠き無効となり,その結果,休職期間満了退職の効力が生じなくなったり,
 ② 療養するため休業する期間及びその後30日間であることを理由として,休職期間満了による退職の効果が生じなくなったり(労基法19条1項類推)
します。いずれの法律構成によっても,精神疾患の発症に業務起因性が認められる場合には,原則として休職期間満了退職の効力は生じないことになります。
 後になってから休職期間満了退職の効力が否定されないようにするためには,当該精神疾患の発症が業務に起因するのかどうかを早期に判断できるようにしておく必要があります。精神疾患を発症した社員が労災申請し,労基署による判断がなされれば,当該精神疾患の発症が業務に起因するのかどうかを早期に判断することがしやすくなります。その意味で,早期の労災申請は使用者にとってもメリットがあることになります。


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業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

2014-12-03 | 日記

業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

1 採用選考の重要性
 業務上のミスを繰り返す社員を減らす一番の方法は,採用選考を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用選考の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用したのでは,業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,業務上のミスを減らすことは困難です。

2 採用後の対応
 採用後の社員による業務上のミスの対策としては,社員の適性に合った配置,人事異動,注意指導,教育,人事考課,自動車保険加入によるリスク管理等が中心であり,退職勧奨 解雇 は能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
 ただし,地位や職種が特定されて採用された社員については,基本的には配置転換する義務はありませんし,賃金額が高い場合には能力を向上させるために教育する必要はないと解釈される傾向にあります。当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,退職勧奨や普通解雇 を検討するのが原則となります。
 事業主は労働者を使用することにより得られる利益を享受する以上,損失についても事業主が負担すべきとの考え(報償責任の原則)が一般的であり,過失によるうっかりミスについては損害賠償請求はなかなか認められませんし,損害賠償請求が認められる事案であっても,支払が命じられるのは損害額の一部にとどまることも多く,実際の回収作業にも困難を伴うことは珍しくありません。基本的には,業務上のミスによる損害を当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。

3 退職勧奨
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇が有効となる見込みが高い程度に業務上のミスの程度・頻度が著しい事案では,解雇するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,業務上のミスの程度・頻度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲や能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,難易度が高くなります。
 能力不足により引き起こされる業務上のミスを理由として懲戒解雇 を行うことは困難ですので,懲戒解雇を示唆して退職届を提出させた場合には,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められて退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いものと思われます。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

4 解雇
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく改善の見込みが乏しい場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討します。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が法律上制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 解雇が有効となるためには,単に①就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②解雇権濫用に当たらないことも必要となります。②解雇権濫用に当たらないというためには,解雇に客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当なものである必要があります。
 解雇に「客観的に」合理的な理由があるというためには,「裁判官」が,労働契約を終了させなければならないほど当該社員の業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,業務の遂行や企業秩序の維持に重大な支障が生じているため,労働契約で求められている能力が欠如していると判断するに値する「証拠」が必要です。会社経営者,上司,同僚,部下,取引先などが,主観的に解雇に値すると考えただけでは足りず,単に思ったよりもミスが多く,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているため,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたとしても直ちに労働契約で求められている能力が欠如していることにはならず,解雇は例外的な場合でない限り認められません。一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 地位や職種が特定されて採用された社員については,当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,普通解雇が認められやすくなります。ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにしておいて下さい。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを,業務ミスがあった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。抽象的に「業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えた。」と言ってみてもあまり意味はありませんし,「彼(女)が業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを主張立証するのには困難を伴うことが多くなります。

5 損害賠償請求
 社員の業務上のミスにより会社が損害を被った場合には,社員に対して損害賠償請求(民法415条・709条)することができる可能性がありますが,社員に軽過失しかない場合(故意重過失がない場合)には免責される傾向にあります。
 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても,賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため,故意によるものでない限り,社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。
 損害賠償金負担の合意が成立した場合は,「書面」で支払を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。賃金から天引きすると,賃金全額払の原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額分の賃金の支払いを余儀なくされる可能性があります。
 損害額が軽微な場合は,賞与額の抑制,昇給の停止等で対処すれば足りる場合もあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収しようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となるため,お勧めしません。
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額がさらに減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。


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金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

2014-12-03 | 日記

金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

1 客観的証拠の収集と事情聴取
 金銭の不正取得が疑われる場合,まずは不正行為を裏付ける客観的証拠をできるだけ収集して下さい。不正が疑われる社員から事情聴取する際,客観的証拠と照らし合わせることにより,嘘や矛盾点が見抜きやすくなります。
 もっとも,金銭の不正取得は,本人の説明なしでは実態が分かりにくいことも多いため,客観的証拠を収集する努力をある程度したら,不正が疑われる社員から事情聴取して下さい。事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保します。
 事情説明書等には,何月何日の何時頃にどこで誰が何をしたのかといった問題となる「具体的事実」を記載させることが重要です。本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分や解雇 は無効となるリスクが高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させようとしたりせずにそのまま受領し,追加の説明を求めるようにして下さい。せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあります。虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。

2 配置転換・降格
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配置転換を検討します。賃金額が減額されない配置転換であれば,明らかに嫌がらせ目的と評価できるようなものでない限り,無効にはなりにくいところです。
 管理職 としての適格性が疑われる場合には,管理職から降格させることも考えられます。「降格」は,懲戒処分として行う場合だけでなく,人事権の行使としても行うことができます。懲戒処分としての降格よりも,人事権の行使としての降格の方が有効になりやすいので,懲戒処分にこだわる理由があまりないのであれば,人事権の行使としての降格を中心に検討することをお勧めします。
 人事権の行使としての降格に伴い賃金額が減額される場合には,降格が人事権の濫用と評価されないよう,金銭の不正取得について十分に調査するなどして,降格の必要性を立証できるようにしておく必要があります。降格に同意する旨の書面を取得できるのであれば取得しておいて下さい。同意書を提出した場合には,懲戒処分の程度を検討する際にプラスの情状として考慮することになります。

3 懲戒処分
 不正があったことが証拠により客観的に認定できる場合は,不正行為の内容・程度・情状に応じた懲戒処分を行います。不正が疑われるだけで,証拠により客観的に不正行為が認定できない場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 懲戒処分の程度を決定するに当たっては,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要な考慮要素となります。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。ただし,「故意」の不正行為であることを客観的証拠から認定できるかどうかは厳密に検討する必要があります。証拠関係についての検討が甘い事例が多い印象があります。また,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが適切な場合もあります。
 過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどですので,注意指導,始末書の提出,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。

4 自主退職を申し出られた場合の対応
 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒解雇 ・諭旨解雇等の退職の効力を伴う懲戒処分をせずに自主退職を認めるかどうかは,
 ① 重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性
だけでなく,
 ② 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
 ③ 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟で懲戒処分が有効と判断されるためのハードルが高いこと
 ④ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等も考慮して,冷静に判断して下さい。

5 退職勧奨 する際の注意点
 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いところです。
 懲戒解雇できる事案でもないのに,懲戒解雇の威嚇の下,不当に自主退職に追い込んだと評価されないようにして下さい。退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多いということにも留意して下して下さい。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

6 不正取得した金銭の返還方法
 不正に取得した出張旅費等の金銭は,「書面」で返還を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせるのが望ましいところです。賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払を余儀なくされることがあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収しようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となりますので,お勧めしません。

7 身元保証人に対する損害賠償請求
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額が減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。


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注意するとパワハラだと言って指導に従わない。

2014-12-03 | 日記

注意するとパワハラだと言って指導に従わない。

1 パワハラ とは
 パワーハラスメントは法律上の用語ではなく,統一的な定義はありません。
 平成22年1月8日付け人事院の通知では,パワーハラスメントは,一般に「職権などのパワーを背景にして,本来の業務の範疇を超えて,継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い,それを受けた就業者の働く環境を悪化させ,あるいは雇用について不安を与えること」を指すとされています。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』(平成24年1月30日)は,「職場のパワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」としています。

2 パワハラの行為類型
 「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」では,以下のようなものを挙げています。
 ① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
 ② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
 ③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
 ④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)
 ⑤ 業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
 ⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

3 パワハラを巡る紛争の実態
 パワハラを不満に思い,公的機関などに相談している労働者の数は多いですが,パワハラを理由とした損害賠償請求がメインの訴訟,労働審判 はあまり多くなく,解雇 無効を理由とした地位確認請求,残業代請求等に付随して,損害賠償請求がなされるのが通常です。解雇無効を理由とした地位確認請求,残業代請求等に付随して,パワハラを理由とする損害賠償請求がなされた場合は,業務指導に必要のない不合理な言動をしているような場合でない限り請求棄却になりやすく,仮に不法行為責任等が認められたとしても慰謝料の金額は低額になりやすい傾向にあります。

4 適法性と適切性
 パワハラが問題とされる言動には,
 ① 違法な言動
 ② 適法だが不適切な言動
 ③ 適切な言動
の3段階があります。
 ②適法だが不適切な言動は数多く見られますが,①違法な言動とまで評価される言動はごく一部に過ぎません。「パワハラかどうか?」という問題設定がなされることが多いですが,程度の問題として考えた方が実態を正確にイメージすることができます。不適切な言動であっても違法と評価されるとは限りませんが,違法と評価されなかったからといって直ちに適切な言動というわけではありません。

5 違法性の判断基準
 「行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうか」により,不法行為法上違法と評価されるかどうかを検討するのが通常です。
 単純化して説明すると,
 ① 業務遂行上必要な言動か(目的)
 ② 社会通念上,許容される範囲を超える言動か(程度)
を検討することになります。
 ①指導教育目的等の業務遂行上必要な言動であれば,やり過ぎない限り,②社会通念上,許容される範囲を超えていないと評価されることになります。他方,①業務上必要のない言動の場合は,②社会通念上,許容される範囲を超えると評価されやすくなります。
 セクハラの対象となる性的言動は業務を遂行する上で不要なものであるのに対し,パワハラの対象となる指導教育,業務命令等は業務を遂行する上で必要なものであるため,業務を遂行する上で必要のない性的言動と比較して,違法とまでは評価されにくい傾向にありますが,業務遂行上必要のない言動については,違法と評価されやすくなります。

6 労災認定において心理的負荷が強いとされている言動
 パワハラとの関係では,以下のようなものについて,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。これらに該当するからといって,直ちに不法行為法上も違法になるわけではありませんが,一般的に強い心理的負荷と考えられている言動がどのようなものなのかを理解する上で参考になります。
 ① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた
 ② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
 ③ 治療を要する程度の暴行を受けた
 ④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑥ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑦ 業務に関連し,重大な違法行為(人の生命に関わる違法行為,発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた
 ⑧ 業務に関連し,反対したにもかかわらず,違法行為を執拗に命じられ,やむなくそれに従った
 ⑨ 業務に関連し,重大な違法行為を命じられ,何度もそれに従った
 ⑩ 業務に関連し,強要された違法行為が発覚し,事後対応に多大な労力を費やした(重いペナルティを課された等を含む)
 ⑪ 客観的に,相当な努力があっても達成困難なノルマが課され,達成できない場合には重いペナルティがあると予告された
 ⑫ 退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,執拗に退職を求められた
 ⑬ 恐怖感を抱かせる方法を用いて退職勧奨された
 ⑭ 突然解雇の通告を受け,何ら理由が説明されることなく,説明を求めても応じられず,撤回されることもなかった
 ⑮ 非正規社員であるとの理由等により仕事上の差別,不利益取扱いを受け,仕事上の差別,不利益取扱いの程度が著しく大きく,人格を否定するようなものであって,かつこれが継続した

7 業務指導の重要性
 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えています。そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多い印象です。部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困ります。パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあっては本末転倒です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』は,
 「個人の受け取り方によっては,業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも,これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には,パワーハラスメントには当たらないものとなる。」
 「なお,取組を始めるにあたって留意すべきことは,職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し,上司としての役割を遂行することが求められる。」
としています。

8 コミュニケーションの重要性
 パワハラ紛争の原因には様々なものがありますが,コミュニケーション不足又はコミュニケーションの取り方が下手なことが主な原因となっているものが多い印象です。コミュニケーションが不足していたり,コミュニケーションの取り方が下手だったりすると,パワハラだと受け取られやすくなります。コミュニケーション能力を向上させるとともに,十分なコミュニケーションを取ることができるよう努力して下さい。
 コミュニケーション能力が不足しているためにパワハラだと言われてしまう場合は,懲戒処分を行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

9 無断録音
 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多いです。訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまうのが通常です。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつけて下さい。

10 違法なパワハラと評価されないための心構え
 自分の言動が録音されていて,社長,上司,裁判官等に聞かれても問題ないような言動を心がければ,通常は違法なパワハラと判断されるようなことはしないのが通常です。


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試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う。

2014-12-03 | 日記

試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う。


1 試用期間 とは
 試用期間には法律上の定義がなく,様々な意味に用いられますが,一般的には,正社員として採用された者の人間性や能力等を調査評価し,正社員としての適格性を判断するための期間をいいます。

2 本採用拒否の法的性格
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,同事件控訴審判決が「右雇用契約を解約権留保付の雇用契約と認め,右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたる」と判断したことを「是認し得ないものではない。」とした上で,「被上告人に対する本採用の拒否は留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇 にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示しています。

3 解約権留保の趣旨
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,解約権留保の趣旨を「大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他上告人のいわゆる管理職 要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない,適切な判断資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨」と捉えています。

4 本採用拒否(解雇)の有効性の判断基準
 試用期間中の社員の本採用拒否は,本採用後の解雇と比べて,使用者が持つ裁量の範囲は広いと考えられています。三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決も,試用期間における留保解約権に基づく解雇(本採用拒否)は,通常の解雇と全く同一に論じることはできず,通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものと判示しています。
 もっとも,同最高裁大法廷判決は,試用者の本採用拒否は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」と判示しており,本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証拠により立証できなければ本採用拒否(解雇)することができないことは,通常の解雇と変わりありません。
 本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が必要ということは,使用者が主観的に本採用するに値する人物ではないと判断したというだけでは足りず,裁判官の目から見ても本採用拒否(解雇)を正当化できるだけの事情が存在することを証拠により証明することができるようにしておく必要があることを意味します。
  本採用拒否(解雇)の有効性が緩やかに判断される
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が不要
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証明するための客観的証拠が不要
 抽象的に勤務態度が悪いとか,能力が低いとか言ってみたところで,あまり意味がなく,具体的に,何月何日に,どこで,誰が,どのように,何をしたのかといった事実を客観的証拠により認定できるようにしておく必要があります。客観的証拠確保の方法としては,例えば,試用期間中の社員は,毎日,日報に反省点等を記載させることとし,指導担当者がコメントする等といった方法も考えられます。

5 「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」
 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否に限られます。採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外なので,留保された解約権の行使としては認められません。採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。

6 解雇予告義務(労基法20条)
 解雇予告義務(労基法20条)の適用がないのは,就労開始から14日目までであり,14日を超えて就労した場合は,試用期間中であっても,解雇予告又は解雇予告手当の支払が必要となります(労基法21条但書)。
 試用期間の残存期間が30日を切ってから本採用拒否(解雇)を通知する場合は,所定の解雇予告手当を支払う等する必要があります。試用期間満了ぎりぎりで本採用拒否(解雇)し,解雇予告手当も支払わないでいると,解雇の効力が生じるのはその30日後になってしまうため,試用期間中の解雇(本採用拒否)ではなく,試用期間経過後の通常の解雇と評価されるリスクが生じることになります。
 なお,就労開始から14日目までなら自由に解雇できると誤解されていることがありますが,就労開始から14日以内の試用期間中の者に解雇予告義務の適用がないこと(労基法21条)を誤解したのが原因ではないかと思われます。むしろ,勤務開始間もない時期の本採用拒否(解雇)は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であることを証明するに足りるだけの証拠が不十分なことが多いため,解雇権を濫用したものとして無効となる事例が多いところです。

7 能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)
 長期雇用を予定した新卒社員については,採用後に教育していくことが予定されていますので,労働契約で求められている能力が欠如していると評価されるケースは多くはなく,一般的には能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は難しい傾向にあります。
 賃金が高額でない場合は,高い能力を有していることを要求することはできませんので,賃金額相応の能力が欠如していることを立証できない場合には,本採用拒否が認められない可能性が高くなります。
 地位や職種が特定され高給で採用された社員の場合は,当該地位や職種に要求される能力が欠如していることを立証できれば,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,通常は本採用拒否が認められます。ただし,その前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにして下さい。
 採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。

8 試用期間満了前(試用期間途中)の本採用拒否
 試用期間満了前(試用期間途中)であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否することができます。
 ただし,試用期間満了を待たずに試用期間途中で本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるのか,社会通念上相当として是認されるのかについてはよく検討する必要があります。

9 有期契約労働者の試用期間
 有期労働契約の中途解除を規定した民法628条は「やむを得ない事由」があるときに契約期間中の解除を認めていますが,労契法17条1項は,使用者は,有期労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,使用者は契約期間満了までの間に労働者を解雇できない旨規定しています。労契法17条1項は強行法規なので,有期労働契約の当事者が民法628条の「やむを得ない事由」がない場合であっても契約期間満了までの間に労働者を解雇できる旨合意したり,就業規則に規定して周知させたとしても,同条項に違反するため無効となり,使用者は民法628条の「やむを得ない事由」がなければ契約期間中に解雇することができません。
 このため,例えば,契約期間1年の有期労働契約者について3か月の試用期間を設けた場合,試用期間中であっても「やむを得ない事由」がなければ本採用拒否(解雇)できないものと考えられます。3か月の試用期間を設けることにより,「やむを得ない事由」の解釈がやや緩やかになる可能性はないわけではありませんが,大幅に緩やかに解釈してもらうことは期待できないものと思われます。有期契約労働者についても試用期間を設けることはできるものの,その法的効果は極めて限定されると考えるべきでしょう。
 では,どうすればいいのかという話になりますが,有期契約労働者には試用期間を設けず,例えば,最初の契約期間を3か月に設定するなどして対処すれば足ります。正社員とは明確に区別された雇用管理を行うという観点からも,有期契約労働者にまで試用期間を設けることはお勧めしません。


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