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アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,使用者の安全配慮義務の程度

2010-12-13 | 日記
Q20アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,使用者の安全配慮義務の程度は,どのようなものですか?

 大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,アスベスト(石綿)の危険性に対する予見可能性,安全配慮義務の程度に関し,以下のように判示しているのが,参考になると思います。

ア 被告は,原告Aとの雇用契約の付随義務として信義則上,その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務又はそのような社会的関係に基づく信義則上の注意義務(以下,これらを合わせて「安全配慮義務等」という。)を負うものである。そして,被告が,同義務の前提として認識すべき予見義務の内容は,生命,健康という被害法益の重大性にかんがみ,安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧があれば足り,必ずしも生命,健康に対する障害の性質,程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。

イ ところで,前記認定事実に基づけば,粉じんによるじん肺の生命,身体に対する危険性は,我が国においては,古くは江戸時代から知られており,石綿肺についても昭和初期及び被告が営業を開始した後の昭和27年ころから,大阪府泉南部を中心とする石綿加工工場等を対象とした調査が繰り返し実施されるなど,種々の調査,検診が行われ,昭和33,34年ころには,新聞報道でも石綿肺の健康被害が取り上げられていたことが認められる。また,昭和22年には,石綿肺が労災補償の対象と規定され,昭和35年には,石綿をも規制の対象とするじん肺法が制定されていたものである。
 そして,前記認定事実に基づけば,被告は,昭和26年の設立時の社名からも明らかなように,石綿紡織,石綿製品であるクラッチ,ブレーキの組立等,石綿製品の製造・加工等を業とした株式会社であり,原告Aが稼働していた当時,本件工場に従業員数十名を擁し,その一角で技術研究も行っていたことが認められる。
 そうすると,石綿の粉じんが人の生命,健康を害する危険性を有するものである以上,被告は,石綿製品の製造,加工業等を営む事業者として,昭和35年に上記じん肺法が施行されたこと等の経過を踏まえ,遅くとも原告Aが就労した昭和37年ころまでには,少なくとも石綿に関連する法規制を把握し,これに従うことはもちろん,十分に情報収集をするなどして,石綿粉じんの健康被害等の危険性や対策について把握することは可能であったし,これを行うべきであったということが相当である。

ウ これに対し,被告は,早くとも平成に入るまでの間は,石綿製品は,製造・加工段階で適切な規制さえすれば十分であり,製品として流通する石綿含有製品には危険性がないという認識であったことや,石綿関係労働者に肺がんや中皮腫が発生している事実を指摘したのは昭和51年通達が初めてであり,同年当時でも石綿粉じんには危険性がないというのが一般的な認識であったところ,こうした状況下で,被告のような小企業が,独自の調査研究で石綿の危険性を予見することは不可能である旨主張する。
 しかしながら,そもそも被告は,石綿製品そのものの製造・加工に携わる事業者であるから,中小企業であるからといって,取扱製品の危険性等についての予見可能性や安全配慮義務等が軽減されるとは,にわかに認めることができない。そして,前記認定のとおり,石綿粉じんの危険性は,昭和51年以前にも,数々の調査報告その他の知見によって指摘されており,石綿肺の危険性も認識されていたところである。昭和51年通達が,石綿関係労働者の健康被害を初めて指摘したもので,当時は,石綿粉じんに危険性がないというのが一般的認識であったと認めるに足りる証拠はなく,むしろ,一般紙の新聞報道等でも,石綿による石綿肺や肺がんの健康被害が取り上げられていたものである。被告が中小企業であるからといって,このような状況を認識することまでも困難であったとはいえない。
 なお,被告は,業界が指導内容として発行した本件冊子は,石綿が安全,無害であることを大前提として記載されたものである旨主張する。しかしながら,本件冊子を子細に検討しても,そのように解されるかどうかは,にわかに即断できないうえ,仮にそうであったとしても,本件冊子があくまでも業界側で作成した冊子であること及び前述した知見ないしは国の法令による規制等に照らせば,上述した結論を左右するものでないことは明らかである。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

エ また,被告は,上記ウの実情に照らせば,被告について,国の規制及び業界の指導以上に厳しい予見可能性があるということはできないとも主張する。
 しかしながら,当裁判所の上記認定,判断は,あくまでも,当時における国の規制を前提にしたもので,これ以上に特に厳しい予見可能性を被告に要求するものではない。被告のとった措置は,国の規制等に照らしても不十分なものであり,安全配慮義務等に違反したものといえることは,後述のとおりである。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

弁護士 藤田 進太郎

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アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制

2010-12-13 | 日記
Q19アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制は,どのようなものだったのですか?

 大阪地方裁判所平成22年4月21日判決が,アスベスト(石綿)に関する過去の知見,規制に関し,以下のように認定しているのが,参考になると思います。

ア 海外における知見等

(ア) アスベスト鉱山の多かった南アフリカ連邦では,1900年代初めに,けい肺に関する調査委員会が設けられ,1912年に,世界で初めてのけい肺法といわれる「鉱夫肺癆扶助法」を公布した。

(イ) イギリスでは,1898年には,女性工場監督官ルーシー・ディーンにより,イギリスで初めての石綿粉じん被害等に対する報告がされ,1906年にマレー医師が産業疾病補償委員会における証言において,初の石綿による非結核性肺線維症の症例を報告し,1924年には,病理学者であるクックが,石綿肺による死亡例を医学会誌に発表した。
 これらの報告を踏まえ,1928年から1929年にかけてイギリス政府が実施した調査に基づき,ミアウェザー及びプライスが1930年に発表した「アスベスト粉塵が肺に及ぼす影響,及びアスベスト産業における粉塵抑制に関する報告書」(甲A18)は,アスベスト粉じんのみにばく露した労働者のうち勤務年数5年未満の従業員を除くと,約35パーセントが石綿肺に罹患し,勤務年数と発症率の間には相関関係があり,20年以上の勤務年数の従業員については80パーセントに達しているなどとするものであった。
 イギリス政府は,この調査に基づいて,1931年に「アスベスト産業規則」を制定し,更に1969年にはアスベスト規制法を制定した。

(ウ) アメリカでも,1930年代にはアスベスト工場労働者のアスベスト肺についての研究報告があいついで発表され,1930年代前半にアスベストばく露と石綿肺形成との因果関係が疫学的,病理組織学的に確証されたと評価されている。

(エ) また,1935年には,アメリカのリンチ及びスミスによる石綿肺合併肺がんの報告がされ,その後,石綿肺に合併した肺がんの症例が世界各国から報告されるようになった。さらに,1953年にはドイツのバイスが胸膜中皮腫症例を報告し,1954年にはレイハーが胸膜中皮腫の石綿合併症例を報告し,1960年には南アフリカ共和国のワグナーが,クロシドライト鉱山の従事者及びその家族,近隣住民の胸膜中皮腫患者の発生を報告し,動物実験によりネズミに胸膜中皮腫を発生させるなどの一連の研究によって,アスベストと中皮腫との因果関係を疫学的に実証したと評価されている。

(オ) 国際的な会議としては,けい肺,じん肺に関する国際会議が開催された。1930年には,ILOの国際けい肺専門家会議が開催され,同会議は,1950年に開催された第3回会議からは,国際じん肺会議と名称を改め,じん肺全般を対象とするようになり,以後,1971年,1978年にも順次開催された。
(甲A8,13,18,19,52,77ないし80,83)

イ 我が国における知見,昭和35年のじん肺法制定に至る法規制等

(ア) じん肺に対する歴史的知見等
 けい肺・じん肺は,我が国においても,金属鉱山を中心とする職業病として江戸時代から「ヨロケ」等と呼ばれ,不治の病として知られてきた。文献等においても,明治23年に坪井次郎医師,佐藤英太郎医師がじん肺の病態や粉じん対策に関する医学論文を発表したのを初めとして,各種論文,調査が発表され,海外のじん肺に対する調査報告,研究等も種々紹介されてきた。
 明治44年3月29日に制定された工場法(同年法律第46号),大正5年8月3日に制定された同法施行規則(同年農商務省令第19号)は,粉じん作業を規制対象とし,昭和4年6月20日に制定された工場危害予防及衛生規則(同年内務省令第24号)は,粉じん等を発散する衛生上有害な場所において,排出密閉その他適当な設備をなすべきこと(26条),必要ある者以外の立入りを禁止し,その旨を掲示すべきこと(27条),多量の粉じんを発散する場所における作業等に従事する職工に使用させる適当な保護具を備え,職工は作業中,その保護具を使用することを要すること(28条)などを規定した。また,同規則26条に関する同施行標準4項は,「瓦斯,蒸気又は粉塵は先づ発生を防止するか又発生の局所を密閉するに努め其の不可能なるときは成るべく発生の局所に於いて吸引排出する装置を設くること」と定めた。
(甲A1,6,8,15,甲B4,21ないし23)

(イ) 石綿肺に対する調査報告等
a 我が国では,昭和4年に石綿肺の症例報告が行われ,昭和12年から15年にかけて,保険院社会保険局健康保険相談所大阪支所長の助川浩医師らによって,大阪府泉南郡を中心とする大阪府及び奈良県の石綿紡織工場等を対象とする石綿肺の疫学調査が実施され,昭和15年3月には,その調査結果が「アスベスト工場に於ける石綿肺の発生状況に関する調査研究」(甲A6)として発表された。その調査報告によれば,3年以上の勤務年数を有する231名及び必要と認めた20名の計251名中,石綿肺と診断された者が65名,石綿肺の疑いがあるとされた者が15名認められた。
b 戦後は,労働省が昭和23年に実施したけい肺巡回検診,昭和31年から32年にかけて実施されたけい肺検診,奈良県立医科大学の宝来博士及び国立大阪厚生園療養所(現在の近畿中央胸部疾患センター)所長・大阪大学医学部の瀬良好澄博士(以下「瀬良博士」という。)らが昭和27年から再開した関西地区での石綿肺の調査研究,労働省が昭和31年度から34年度に労働衛生試験研究として組織した宝来博士を班長とする共同研究班による「石綿肺の診断基準に関する研究」(甲A16,17)など,各種の調査が相次いで実施された。
c これらのうち,宝来博士らによる「石綿肺の診断基準に関する研究・昭和31年度研究成果報告」(甲A16)には,北海道石綿鉱山及び各地方の石綿工場における石綿肺の発生率を勤務年数との関係で調査した結果,「石綿鉱山及び石綿工場に於ては勤務年数3年をすぎる頃から,石綿肺有所見者を認めるようで,その後年数が長くなるにつれて罹患者が増加する。」との記載がある。
 また,「石綿肺の診断基準に関する研究・昭和32年度研究成果報告」(甲A17)では,調査の結果の総括の一部として,石綿粉じん環境はいずれの工場においても許容限度を越えた悪条件であり,長期間の作業は石綿肺発生必至の状態に置かれていること及び石綿工場使用のクリソタイル石綿を用いて動物実験を行った結果は人体における石綿肺類似の所見を認めた旨言及している。
(甲A1,8,甲A11,13ないし17)

(ウ) 昭和30年代ころまでの石綿の健康被害等に対する知見,報道等
 石綿の発がん性の指摘は,日本でも昭和20年代ないし30年代の労働衛生関係の各種文献等で論じられてきた。
 そして,昭和33年から34年にかけては,日本経済新聞,朝日新聞等一般紙を含む新聞報道(甲36の1ないし4)において,泉南地方における石綿肺の被害,合併症としての肺がんによる死亡例,除じん装置及び防じんマスクの重要性並びに検診の重要性等を指摘する記事が度々掲載された。
(甲A23ないし32,36,54,68ないし72)

(エ) じん肺法制定に至る法規制等
a 以上のような調査結果に基づき,昭和22年には,石綿肺は,旧労基法を踏まえた労働基準法施行規則(同年厚生省令第23号)により,粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症及びこれに伴う肺結核として,業務上疾病に指定され,労災補償の対象とされた。
b 昭和30年には,けい肺にかかった労働者の病勢の悪化の防止を図るとともに,けい肺及び外傷性せき髄障害にかかった労働者に対して療養給付,休業給付を行い,もって労働者の生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的とする(1条),「けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法」(同年法律第91号)が制定された(甲B7)。
 同法は,石綿肺を対象としていなかったが,昭和31年通達(けい肺を除くじん肺を起し又はそのおそれある粉じんを発散する場所における業務として,石綿又は石綿製品を切断し又は研まする場所における作業を定め,これに対する検査項目として胸部の変化,検査方法としてエックス線直接撮影を定めるもの。甲B8)並びに昭和33年通達(甲B9)及びその別紙で,各事業所の職業病予防対策実施上の参考に供するため,労働環境の改善を含む予防措置のよるべき一般的措置の種類を定めた「労働環境における職業病予防に関する技術指針」(粉じんについては,粉じん濃度の測定,局所排気装置の設置,作業の湿式化,検定に合格した防じんマスクの着用,休憩設備を作業場外に設けること等の粉じん対策の体系を示したもの。甲B10)等の通達により,石綿を含む鉱物性粉じん全般に対する行政指導が行われるようになった。
c 昭和35年3月31日にじん肺法(同年法律第30号)が制定,公布され,同年4月1日に施行された(甲B11の1)。
 じん肺法は,じん肺に関し,適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより,労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的とするものである(1条)。そして,同法は,規制の対象となるじん肺については,鉱物性粉じんを吸入することによって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気であるとして(2条1項1号),石綿肺等を含む鉱物性粉じんによるじん肺全般に拡大し,その適用範囲である粉じん作業は,当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認められる作業とし(同項2号),その詳細は,規則によって,「石綿をときほぐし,合剤し,紡織し,吹き付けし,積み込み,もしくは積み卸し,又は石綿製品を積層し,縫い合わせ,切断し,研まし,仕上げし,もしくは包装する場所における作業」と定められた(同法施行規則別表第1の3号)。
 じん肺法は,使用者に対し,以下の措置等を義務付けているが,その主な規定は,以下のとおりである。
(a) 3条 じん肺健康診断は,エックス線写真による検査及び粉じん作業についての職歴の調査によって行い,同検査及び調査の結果に基づき,じん肺にかかっていると診断された者やその疑いのある者に対しては,一定の場合には,胸部に関する臨床検査,労働省令で定める方法による心肺検査機能検査を行う。
(b) 5条 粉じんの発散の抑制,保護具の使用その他について適切な措置」を講ずること。
(c) 6条 常時粉じん作業に従事する労働者について,じん肺予防に関する予防及び健康管理のために必要な教育」(じん肺教育)を行うこと。
(d) 7条 新たに常時粉じん作業に従事することになった労働者に対しては,就業時に原則として,じん肺健康診断を行うこと。
(e) 8条 常時粉じん作業に従事する労働者に対しては,一定期間以内ごとに,定期的にじん肺健康診断を行うこと。
(甲B8ないし11)

ウ じん肺法制定後の法規制等

(ア) 昭和43年通達
 昭和43年通達(甲B11の2)は,じん肺法の制定を踏まえた旧安衛則173条により,粉じん抑制のため,通常局所排気装置による措置を講じる必要のある作業場を明らかにしたものである。そして,同通達のうち石綿に関する作業場については,研ま材を用いて動力により研まする作業,研ま機の吹き付けにより研まする作業,石綿にかかわる装置による石綿をときほぐし,合剤,紡織等をする作業,石綿製品にかかわる装置による切断,研ま等をする作業を行う作業場であるなどと規定された(甲A84,甲B11の2)。

(イ) 昭和46年1月5日基発第1号「石綿取扱い事業場の環境改善について」
 同通達は,「石綿取扱い作業に関しては,石綿肺の予防のため,これまで,局所排気装置の設置を,労働安全衛生規則173条に基づき促進してきたところである。最近,石綿粉じんを多量に吸入するときは,石綿肺をおこすほか,肺がんを発生することもあることが判明し,また,特殊な石綿によって胸膜などに中皮腫という悪性腫瘍が発生するとの説も生まれてきた。」と述べた上,昭和43年通達で指定した作業に限らず,全ての石綿取扱い作業について,技術的に可能な限り局所排気装置を設置させるよう監督指導するよう,都道府県労働基準局長に対して指示した(甲A84)。

(ウ) 昭和46年の旧特化則の制定 旧特化則(甲B15)は,当時の労働基準法の第5章「安全及び衛生」の部分を実施する労働省令として昭和46年に制定された。そして,旧特化則は,使用者の責務として,化学物質等による障害を予防するため,使用する物質の毒性の確認,作業方法の確立,関係施設の改善,作業環境の整備,健康管理の徹底その他必要な措置を講ずることを定め(1条),石綿については,これを特定化学物質の第2類物質として規定し,石綿粉じんが発散する屋内作業場において,一定の性能を有する局所排気装置の設置又は作業の湿潤化,作業環境測定などを義務付けた。これらに関連する主な規定は,以下のとおりである。
a 2条2号,別表第2 石綿を第2類物質に指定
b 4条1項 第2類物質の粉じんが発散する屋内作業場には,その発散源に局所排気装置を設置しなければならない。ただし,設置が著しく困難な場合等はこの限りでない。
c 4条2項 上記ただし書きにより局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
d 6条2項 局所排気装置の性能要件としての粉じんの濃度規制(昭和46年労働省告示第27号により,石綿の抑制濃度:2mg/立方メートル)
e 8条 粉じんの粒径に応じた除じん装置の設置(石綿の場合はろ過式=バグフィルター)
f 29条 6か月ごと(6か月をこえない期間)の作業環境測定の実施

(エ) 昭和47年の安衛法,安衛令及び安衛則の制定
安衛法(甲B12)は,上記労働基準法の「安全及び衛生」の部門が独立した法律とされたものであり,同法と相まって,労働災害の防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な作業環境の形成を促進することを目的とする(1条)。そして,安衛法は,事業者の責務として,「事業者は,単に労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく,快適な作業環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また,事業者は,国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」と規定した(3条)。そして,安衛令(甲B13)及び安衛則(甲B14)は,安衛法を実施するために制定された。
 これらに関連して,事業者の責務とされた主な規定は,以下のとおりである。
(安衛法)
a 22条 事業者は,次の健康障害(1号粉じん等による健康被害)を防止するため必要な措置を講じなければならない。
b 59条 労働者に対する安全衛生教育
c 60条,安衛令19条 職長等作業中の労働者を直接指導又は監督する者に対する安全衛生教育
d 67条 健康管理手帳制度がんその他の重度の健康障害を生じるおそれのある業務で,安衛令で定める業務(安衛令23条,じん肺法2条1項,「当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認められる作業」)に従事していた者に対し,離職の際に健康管理手帳を交付すること。
(安衛則)
a 576条 粉じんを発散する等有害な作業場においては,その原因を除去するため,代替物の使用,作業の方法又は機械の改善等必要な措置を講じなければならない。
b 577条 粉じん等を発散する屋内作業場においては,当該屋内作業場における空気中の粉じん等の含有濃度が有害な程度にならないようにするため,発散源を密閉する設備,局所排気装置又は全体換気装置を設ける等必要な措置を講じなければならない。
c 579条 有害物を含む排気を排出する局所排気装置等については,有害物の種類に応じて,集じんその他の有効な方式による排気処理装置を設けなければならない。
d 590条,安衛令21条1号鉱物等の粉じんを著しく発散する屋内作業場について6か月以内ごとに1回,定期に粉じんの濃度を測定しなければならない。
e 593条 粉じんを発散する有害な場所における業務においては,当該業務に従事する労働者に使用させるために,呼吸用保護具等適切な保護具を備えなければならない。

(オ) 昭和47年の新特化則
 新特化則(甲B16)は,石綿を含む第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場について,第5条で設置を義務づけた局所排気装置の要件等(7条),特定化学物質等作業主任者に,局所排気装置等の装置を1か月を超えない期間ごとに点検させ,保護具の使用状況を監視することなどを行わせなければならないこと(27条,28条),局所排気装置等について,1年以内ごとに1回,定期自主検査を実施すべきこと(30条),同検査の記録を3年間保存すべきこと(32条)などを規定した。これらに関連して,事業者の責務として定められた主な規定は,以下のとおりである。
a 5条1項 第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場については,当該発散源に局所排気装置を設けなければならない。ただし,局所排気装置の設置が著しく困難なとき,又は臨時の作業を行うときは,この限りでない。
b 5条2項 上記ただし書きの規定により局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,又は第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の健康障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
c 36条1項 安衛令21条7号の屋内作業場(石綿を製造し,又は取り扱う屋内作業場を含む。)について,6か月以内ごとに1回,定期に,第1類物質又は第2類物質の空気中における濃度を測定しなければならない。
d 36条2項 前項の規定による測定を行ったときは,そのつど測定日時,方法,箇所等の事項を記録し,これを3年間保存しなければならない。

(カ) 昭和50年の改正特化則
 昭和50年に制定された改正特化則(甲B17)は,労働省の通達(同年10月1日付け基発第573号「特定化学物質等障害予防規則の一部を改正する省令の施行について」(甲B19)が指摘するように,当時職業がん等職業性疾病の発生状況等が社会的に大きな関心事となっていることを踏まえ,特化則を改正したものである。その概要は,石綿を含む特定第2類物質を管理第2類物質に指定する(改正後の安衛令別表第3第2号)とともに,特定の化学物質等については,人体に対する発がん性が疫学調査の結果明らかとなった物,動物実験の結果発がんの認められたことが学会等で報告された物等については,人体に遅発性効果の健康障害を与える,又は治ゆが著しく困難であるという有害性に着目し,これらを特別管理物質(同則38条の3)として,特別の管理を必要とするものとし,これに対する管理方法等を規制した。これらに関連する主な規定は,以下のとおりである。
a 5条1項 管理第2類物質の粉じん等が発散する屋内作業場については,粉じん等の発散源を密閉する設備又は局所排気装置を設けなければならない。
b 5条2項 粉じん等の発散源を密閉する設備又は局所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,又は管理第2類物質を湿潤な状態にする等労働者の健康障害を予防するため必要な措置を講じなければならない。
c 34条の2 局所排気装置,除塵装置等の点検を行ったときは,その結果を記録し,これを保存しなければならない。
d 38条の3 石綿を含む特別管理物質を製造し,又は取り扱う作業場には,作業に従事する労働者が見やすい箇所に,特別管理物質の名称,人体に及ぼす作業,取扱上の注意事項,使用すべき保護具を掲示しなければならない。
e 38条の4 特別管理物質を製造し,又は取り扱う作業場において常時作業に従事する労働者について,1か月を超えない期間ごとに労働者の氏名並びに作業の概要及び当該作業に従事した期間等を記録し,これを当該労働者が当該事業所において常時当該作業に従事することとなった日から30年間保存するものとする。
f 38条の8 石綿等の切断,穿孔,研ま等の作業,その他の石綿等を扱う一定の作業について,石綿等を湿潤な状態にしなければならない。ただし,石綿等を湿潤な状態のものとすることが著しく困難なときは,この限りではない。
g 39条 特殊健康診断の実施は,雇入れ時等のほか,6か月以内ごとに実施する。

(キ) 昭和51年通達
 昭和51年通達(甲B18)は,労働省労働基準局長が,都道府県労働基準局長に対し,「最近,各国における広範囲な石綿関係労働者についての研究調査の結果,10年をこえて石綿粉じんにばく露した労働者から肺がん又は中皮腫が多発することが明らかとされ,その対策の強化が要請されているところである。」ことを前提に,早急な作業環境改善等健康障害防止対策の推進が肝要であることを強調し,対象業種が広範で,かつ中小企業が多いことから,徹底には困難を伴うと思料されるが,上記対策の推進に当たっては,特化則の関係規定の遵守を徹底させることはもとより,関係者に石綿の有害性についての周知を図り,もって関係事業場の石綿粉じんによる健康障害の防止措置の徹底を図ることを求めるものである。
 そして,昭和51年通達は,都道府県労働基準局長に対し,以下の各事項を指導するよう求めた。
a 石綿の関係事業場及び石綿取扱者の把握
b 石綿の代替措置の促進
c 環気中における石綿粉じんの抑制のため,濃度基準を特化則の定める基準より厳しく,より厳しい基準を設定した青石綿を除き,当面2繊維/立方センチメートルを目処とするよう指導すること,石綿粉じんが堆積する恐れのある作業床は少なくとも毎日1回以上,水洗により掃除すること
d 環気中石綿濃度が2繊維/立方センチメートルを超える作業場所で石綿作業に労働者を従事させるときには,特殊防じんマスクを併用させ,常時これらを清潔に保持すること
e 関係労働者に専用の作業衣を着用させ,石綿により汚染した作業衣は,これら以外の衣服等から隔離して保管するための設備に保管させ,かつ作業衣に付着した石綿は,粉じんが発散しないよう洗濯により除去するとともに,持ち出しは避けること

弁護士 藤田 進太郎

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損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因と過失相殺

2010-12-13 | 日記
Q18身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において賠償額を決定するに当たり,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因は考慮されますか?

 損害賠償額決定に当たり,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因も考慮されますが,ある業務に従事する特定の労働者の性格が,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできません。
 電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決(労判779-13)は,以下のとおり判断しています。

 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることがきる。
 この趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものである。
 しかしながら,企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の加重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。
 しかも,使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は,各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して,その配置先,遂行すべき業務の内容等を定めるのであり,その際に,各労働者の性格をも考慮することができるのである。
 したがって,労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。
 これを本件について見ると,一郎の性格は,一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって,一郎の上司であるT2らは,一郎の従事する業務との関係で,その性格を積極的に評価していたというのである。
 そうすると,一郎の性格は,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから,一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり,一郎の前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることはできないというべきである。

弁護士 藤田 進太郎

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業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し使用者が負う注意義務の具体的内容

2010-12-13 | 日記
Q17業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し,使用者が負う注意義務の具体的内容はどのようなものですか?

 使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとするのが,最高裁判例(電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決,労判779-13)です。
 この最高裁判決が認めたのは,「不法行為責任」における注意義務ですが,安全配慮義務(労働契約法5条,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をする者とする。」)の具体的内容を議論する際にも,参考にすべきものと思われます。
 以下,関連部分の判旨を引用しておきます。

 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。
 労働基準法は,労働時間に関する制限を定め,労働安全衛生法65条の3は,作業の内容等を特に限定することなく,同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが,それは,右の様な危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
 これらのことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の右注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。

 一審被告のラジオ局推進部に配属された後に一郎が従事した業務の内容は,主に,関係者との連絡,打合せ等と,企画書や資料等の起案,作成とから成っていたが,所定労働時間内は連絡,打合せ等の業務で占められ,所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず,そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。
 起案等の業務の遂行に関しては,時間の配分につき一郎にある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが,上司であるT2らが一郎に対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと,一郎は,業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的,包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため,右の様に継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。
 ところで,一審被告においては,かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており,また,従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ,T2らは,遅くとも平成3年3月ころには,一郎のした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり,一郎が業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており,Sは,同年7月ころには,一郎の健康状態が悪化しているころに気付いていたのである。
 それにもかかわらず,T2及びSは,同年3月ころに,T2の指摘を受けたSが,一郎に対し,業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として,帰宅してきちんと睡眠を取り,それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで,一郎の業務の量等を適切に調整するための措置を取ることはなく,かえって,同年7月以降は,一郎の業務の負担は従前よりも増加することになった。
 その結果,一郎は,心身共に疲労困ぱいした状態になり,それが誘因となって,遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し,同月27日,うつ病によるうつ状態が深まって,衝動的,突発的に自殺するに至ったというのである。
 原審は,右経過に加えて,うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し,一郎の業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上,一郎の上司であるT2及びSには,一郎が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら,その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして,一審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって,その判断は正当として是認することができる。

弁護士 藤田 進太郎

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