なぜか、日常的に下記のような思いが頭の中をめぐっている。ひょっとして、読者の中にも、同様な考えの方がおられるかもと思い書いてみた。しかし、何の役にも立たないような気もするのだが・・・。
(耳・声)胎教のために、良い音楽を母親は聞くという。胎児の頃から既に音が聞こえるのであろう。誕生とともに、第一声を発するのは、呼吸開始による泣き声。
(鼻・舌)誕生直後から、嗅覚と味覚が活動をはじめ、お乳を探しそして飲む。生後一番に機能し始める機能。
(目)数ヵ月後、ようやく、目が完全に機能し始め、物の視認や色の識別が出来るようになる。
(歯)そして数年後、ようやく歯が生え揃い、食物の完全な咀嚼が出来るようになる。
以上の経過は、読者が良くご承知の、人の発生から諸器官の機能開始順序である。
老化の経過を眺めてみると、(歯)老化の進行とともに、先ず、歯が失われていく。
次に(目)、老眼に始まり、様々な目の老化が始まる。
ここから先は、経験・体験がないので、単なる想像であるが、
(鼻・舌)嗅覚・味覚の衰え(しかし、これは死の直前まで働いているのかもしれない)そして、呼吸停止、臨終である。
すなわち、老化・衰退・喪失などが、発生の逆順のように思えてならないのである。
早く生育したものは、遅く喪失するということを何時も思っている。 こんな、どうでも良さそうなことが、頭の中をぐるぐるめぐっているのである。
暇人なのか、それともぼけ始めたのか・・・。
それにしても、こんなことを、研究している学者もいるのだろうか?