自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

振り返るという事

2013年06月13日 | Weblog

 気が向いた本を読んでいる。『「がん告知」をこえて』という癌の外科医松岡寿夫氏の本を読んで一種の感動に近い感慨を覚えた。次は、乳がんが再発し骨に転移し43歳で亡くなった女性患者との会話の一部。

 彼女の胸に聴診器をあて、腹部を触診しました。その日も変わったことはありませんでした。私は彼女の寝巻きの前を結びながら、
 「今から胃の手術があるんですよ」と言いました。
帰りがけに、病室のドアに手を掛け振り返ると、病床の花山さんが声を掛けてきました。
 「いってらっしゃい」
それは夫を見送る妻の言葉のように感じられました。彼女はきっと、その日家を出る夫に言いたかった言葉だったのかもしれません。私は病にある妻の心を垣間見る思いがしました。
一ヵ月後、花山さんは愛する家族に囲まれて静かに旅立ちました。

 僕が感慨を覚えたのは、「振り返る」という何気ない行為についてである。医師が診察を終えて病室を出る時、患者を振り返って見るという事、その事によって患者は安堵を覚える。見放されてはいないという心情をもつのであろう。一般に、弱い立場にある人に対して、世話をする人が「振り返る」という行為をする事によって、弱い立場にある人は、その弱さを共有してくれる人が居るという安心感を覚えるのだと思う。今日の世の中で、仕事を終えたら、さっさと立ち去るのが殆どではないかと、ふと思った。