原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

真のセンタクの時。

2012年11月20日 07時42分34秒 | 政治

 

幕末の志士、坂本龍馬は「日本を洗濯する」と言ったとか。真偽は定かではないが(小説の言葉の可能性もある)、当時の幕藩体制をぶっ壊すための言葉であったことは間違いない。センタクにはもう一つの意味がある。選択である。明治維新はたしかに日本を変えたが、国民の選択があったとは言えない。その後日本ではもう一度センタクの時があった。1945年の敗戦である。この時のセンタクも戦勝国から与えられたもの。国民の選択ではなかった。2009年8月ついに国民ははじめて選択により政権交代を実現した。だがそれはとんでもない選択であったと、わずか一年で気づかされた。

 

日本はまだ二つの意味を完遂するセンタクをしていなかったようだ。日本と言う国に長く住みついた「澱み」をきれいに洗わないまま、選択し続けていのではないのだろうか。

 

三年前の選択の失敗を取り戻す時がついに来た、と意気込んだら、新党が雨後の筍のごとく次々に登場した。こんな時だからこそ、洗濯が大切なのだ。洗濯と選択を真に両立させる時が来た、と考えている(あくまでも私見)。テレビを見ていると気になる言葉があった。「どこに入れていいか分からない」。テレビもこれを増長するかのように強調する。これは国民の劣化の象徴。国民がこんなだから劣化した政治家が乱立するということだ。こういうことを堂々と話す日本になってはならない。

 

まずは「洗濯」だ。敗戦意識をいまだに根に持つ市民運動家とか、教師も労働者などと言う一派、特権階級化した解放同盟や在日たち。これらの支援を受けている政治家は明らかに洗濯(つまり消去)しなければならない。まして半島に資金援助する政治家、半島のために政治活動をする者を洗濯しなければ意味がない。前回の総選挙ではこうした澱を洗い流さずそのままに残し、なおかつ彼らを生かすかのような選挙をしてしまった。背筋が寒くなるような選択をしたものだ。

 

「洗濯」を十分に行った後、TPPや原発や消費税に対する「選択」をすればいい。ところが、ある党が、原発、消費増税、TPPなどはすべて反対が国民の声である。だから国民の声を反映せよ、と強弁していた。果たしてこれらすべて反対が国民の声なのであろうか。

原発を考えてみる。たしかに放射能は嫌だし、核廃棄物の最終処理方法も決まっていない。常識的には反対だが、だからと言って今ある原発をすべて廃止してしまったならどうなるか、という不安も消せない。代替えエネルギーの開発もままならないまま進行すれば、日本経済の衰退はもちろん、電気代の高騰が目の前に飛び込んでくる。こんな状況で即原発反対を叫ぶ国民がいるだろうか。それはない。ということは国民の声をあまりよく理解していない党が、国民の声と勝手に言ってるだけではないか。こうした見極め選択も大事だ。

消費増税もある程度やむを得ないというのが国民の正直な気持ち。どこで増税するかと言う時期の問題にはいろいろな意見がある。TPPについては分からないことだらけ。むしろ雰囲気で良いとか悪いとか言っている国民が大半だ。つまり誰もが反対と言っているわけではない。

冷静に考えれば、これらのように反対だけを標榜する政党も、当然粛清されるグループに入る。国民の声など彼らに分かっているとは思えないからだ。

数は少ないが沖縄に友人がいる。彼らの声はこちらで報道される諸々と少しばかりニアンスが違う。例えばオスプレイ問題。すべての沖縄県民が反対しているわけではない。国防を考えれば必要と言う声も結構ある、とのこと。米軍よ出ていけと叫ぶデモ参加者の70%は県外からやってきた人たち。大きな声だけがすべての国民の声ではない、といういい例だ。沖縄の真実はいろいろなものを見極める参考になる。

 

絶対当選させてはいけない人を見極める選択も必要だ。竹島は韓国領土だと教える日教組の推薦を受ける政治家は日本の政治家になる資格さえない。朝鮮総連から支援を受けている政治家ももちろん駄目。従軍慰安婦問題や南京大虐殺という捏造歴史を振りかざす政治家も論外。反日に命をかける政党などあってはならない。中国は大切な相手国と、媚へつらう政治家も消えてもらいたい。最も重要なのことは、憲法9条を守ろうなどと言う愚かな主張で日本国憲法の改正に反対する党も消えてもらいたい。

他にもいろいろあると思うが、これだけでかなりの政党や人が消去できる。洗濯をして選択をするということは、こう言うことだ、と思う。

 

師走の忙しい時に総選挙などと、と不満の人も多いと思うが、すべての国民が当事者。そして日本の未来に関わる。「センタクの時」を見過ごしてはならない。

こう言いながら、過去ログをちょっと紐解いてみると、2009年8月28日に「国民のセンタク!」という拙ブログを投稿していた。嗚呼、三年前と大して変わらない嘆きをしているとは(三年前には、原発、TPP、消費増税という課題がまだ噴出していなかったという違いはあるが)。それにしても、日本の政治も進歩がないが、自分もまた進歩していないことに愕然とする。自嘲して深く反省。心して「真の」を付け加えた。いつまでこんな繰り返しをしてはならないと念じながら。

 

*写真はオオハンゴンソウ。日本の従来種を駆逐してすみついた特定外来種。後ろに見えるのはセイタカアワダチソウ。これまた在来種を駆逐する特定外来植物。原発事故で無人となった福島の畑を占領している映像が、今年に紹介されていた。侵略される日本の象徴に思えてならない。


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2 コメント

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ガラガラポン! (numapy)
2012-11-23 09:54:11
誰やらの言葉じゃないけど「洗濯」無くして「選択」無し、と言うことですよね。おっしゃる通りです。
ただ、どちらの「センタク」もできない状況に陥っちゃった。
汚れがこびりついていくばかりじゃ、溜息三斗。ガラガラポンしたいけどそれもできない。あ~あ、自分と同じようにわが国も歩行困難になっちゃった。
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リセット! (genyajin)
2012-11-23 13:25:47
パソコンなら、リセットボタンを押せばすべてが始めからやり直せるのに。現実はそうはいかない。積み上げてきた時間が長いほど澱みは固くこびりつくよです。
選挙は絶対に入れたくない人や政党はすぐに浮かびます。選挙法の改正ができるなら、政治家にさせたくない人を選ぶ選挙にしたらどうですかね。票が入らない人ほど当選。なにか人気がない人が当選するみたいで、やはり拙いですね。
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