四月は新しい道に進んだ人も多いでしょう。
人生は長い道に例えられることもよくあります。山あり谷あり、平坦な道ではありません。
また「道」は、「柔道」「剣道」「茶道」などと、物事を極めることにも使います。
今日は、そんな「道」という漢字の成り立ちを考えます。
どう【道】[漢字項目] [音]ドウ(ダウ)(呉) トウ(タウ)(漢) [訓]みち [学習漢字]2年 〈ドウ〉 1 みち。通路。「道中・道標・道路/沿道・街道・間道・軌道・公道・坑道・国道・参道・車道・食道・水道・隧道(すいどう・ずいどう)・赤道・鉄道・同道・歩道・舗道・糧道」 2 それによって人を一定の方向に導くもの。モラルや信仰上の教え。「道学・道徳・道理/王道・求道(きゅうどう)・求道(ぐどう)・外道(げどう)・権道・邪道・修道・人道・正道・政道・天道・伝道・入道・非道・仏道」 4 専門を究めて一派を立てた技芸。「華道・歌道・芸道・剣道・茶道・柔道・書道・武道」 6 仏教で、衆生が輪廻(りんね)転生する世界。「六道・地獄道」 8 「北海道」の略。「道庁」 〈トウ〉 の2に同じ。「神道・天道様」 〈みち〉「道草・道筋/片道・小道・筋道・近道・山道・夜道・横道」 [名のり]おさむ・おさめ・じ・ち・つな・つね・なおし・ね・のり・まさ・ゆき・より・わたる デジタル大辞泉の解説 |
道
首を手にたずさえる形から生まれ、それは道なき荒れ地のたたりや災いを成す邪霊を 祓い清めるために首を用いたことから。
くびから上の頭部に髪が生えた姿
道 = 辵 + 首
邪気を祓うために異族の首を持って道を進んだことから
首→ 図
辵(辶) =彳 + 止 → 図
古代中国殷では、異国に侵入する際にはその部族の人間の首を刎(は)ねてその首を携えました。
土地、土地にはその土地を守る霊がいて、攻めて来た異郷人はその霊に呪われると信じられていました。
そのため、その土地の者の首を刎ねて、その首の眼力の呪力で邪霊を祓い清めながら侵入したのです。
「辶」は元々、四叉路の辻から「道」を表しています。
よって、首を持って進んでいく「みち」を「道」と表現したのです。
最後に。高村光太郎の「道程」という詩を載せておきます。この「道」という漢字の成り立ちを考えて読むと、また違った思いがあると思います。
『道程』 高村光太郎
どこかに通じている大道(だいどう)を僕は歩いているのじゃない
僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る 道は僕のふみしだいて来た足あとだ だから 道の最端にいつでも僕は立っている
何という曲がりくねり
迷い まよった道だろう 自堕落(じだらく)に消え 滅びかけたあの道 絶望に閉じ込められたあの道 幼い苦悩に もみつぶされたあの道
ふり返ってみると
自分の道は 戦慄(せんりつ)に値する 支離滅裂(しりめつれつ)な また むざんなこの光景を見て 誰がこれを 生命(いのち)の道と信ずるだろう それだのに やっぱり これが生命(いのち)に導く道だった
そして僕は ここまで来てしまった
このさんたんたる自分の道を見て 僕は 自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命(いのち)の意味を はっきりと見せてくれたのは自然だ 僕をひき廻(まわ)しては 目をはじき もう此処(ここ)と思うところで さめよ、さめよと叫んだのは自然だ これこそ厳格な父の愛だ
子供になり切ったありがたさを 僕はしみじみと思った
どんな時にも 自然の手を離さなかった僕は とうとう自分をつかまえたのだ
丁度そのとき 事態は一変した
にわかに眼前にあるものは 光を放射し 空も地面も 沸く(わく)様に動き出した そのまに 自然は微笑をのこして 僕の手から 永遠の地平線へ姿をかくした
そしてその気魄(きはく)が 宇宙に充ちみちた
驚いている僕の魂は いきなり「歩け」という声につらぬかれた
僕は 武者ぶるいをした
僕は 子供の使命を全身に感じた 子供の使命!
僕の肩は重くなった
そして 僕はもう たよる手が無くなった 無意識に たよっていた手が無くなった ただ この宇宙に充ちている父を信じて 自分の全身をなげうつのだ
僕は はじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間 冷たい油の汗を流しながら 一つところに立ちつくして居た
僕は 心を集めて父の胸にふれた
すると 僕の足は ひとりでに動き出した 不思議に僕は ある自憑(じひょう)の境を得た 僕は どう行こうとも思わない どの道をとろうとも思わない
僕の前には広漠(こうばく)とした 岩疊(がんじょう)な一面の風景がひろがっている
その間に花が咲き 水が流れている 石があり 絶壁(ぜっぺき)がある それがみないきいきとしている 僕はただ あの不思議な自憑(じひょう)の督促(とくそく)のままに歩いてゆく
しかし 四方は気味の悪いほど静かだ
恐ろしい世界の果てへ 行ってしまうのかと思うときもある 寂しさは つんぼのように苦しいものだ 僕は その時また父にいのる 父はその風景の間に わずかながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる 同属を喜ぶ人間の性に 僕はふるえ立つ 声をあげて祝福を伝える そして あの永遠の地平線を前にして 胸のすくほど深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従って
四方の風景は その部分を明らかに僕に示す 生育のいい草の陰に 小さい人間のうじゃうじゃ はいまわって居るのもみえる 彼等も僕も 大きな人類というものの一部分だ
しかし人類は 無駄なものを棄て(すて)腐(くさ)らしても惜(お)しまない
人間は 鮭の卵だ 千萬人の中で百人も残れば 人類は永遠に絶えやしない 棄て腐らすのを見越して 自然は人類のため 人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものは みな腐る 僕はいまのところ 彼等にかまっていられない もっと この風景に養(やしな)われ 育(はぐく)まれて 自分を自分らしく 伸ばさねばならぬ 子供は 父のいつくしみに報いた気を 燃やしているのだ
ああ
人類の道程は遠い そしてその大道はない 自然の子供等が 全身の力で拓(ひら)いて行かねばならないのだ 歩け、歩け どんなものが出てきても 乗り越して歩け この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る ああ、父よ 僕を一人立ちさせた父よ 僕から目を離さないで守る事をせよ 常に父の気魄を僕に充たせよ この遠い道程のため |
したっけ。
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改めて生きていくことの険しさ、厳しさ、激しさ、切なさを思います。
命の火が消えるまで一歩一歩踏みしめて歩いていきたいです。
また寒くなって体調を崩されないようにお気をつけください。
観念してるというか、腹をくくってるというか、自立というか。自分が歩かなければ道はできない。たしかに。
目の前には無数の選択肢がある。どれを選ぶのも、どの方向に向かうのかも自分次第。
一歩踏んで、まずけりゃ次の一歩を変えればいい。ぐにゃぐにゃだっていい。正しい一直線なら効率はいいけど、そうそううまくはいかず・・・^^
みんな道半ばだからね^^
「道」とは人生かもしれません^^
したっけ。
私の好きな詩です^^
したっけ。
凡人です^^
したっけ。
学生の頃とは、また違う
年を取った分、胸に響くものがあります。
「道をひらくためには、まず歩まねばならぬ」と
いう松下幸之助さんの「道」を思い出しました。
自分には自分に与えられた道がある。
天与の尊い道がある。
どんな道しか知らないが、
他の人には歩めない。
自分だけしか歩めない。
…(略)
北海道も春でしょうか。
同じ文章も、歳を重ねると感じ方も変わりますね。
ますます、意味を深く読めるようにないます。
はい。北海道も、ようやく春です^^
したっけ。
昔は残酷だったんですね。
高村光太郎の詩、、、辛いって感じてしまう。
詩人はそれぐらいの研ぎ澄まされた感性を持たないといけないのかなあ。
私は凡人です。
漢字の成り立ちは残酷なものが多いです。
詩人は心の奥を言葉にしますからね^^
したっけ。