徒然にっき'18

OCNブログから引っ越してきました。
文華の日常を綴った、プライベート日記です。

久々に開かれた開かずの扉

2012-08-26 22:51:00 | 親子つれづれ記
父の一番下の妹Kおばちゃんが、実家を訪れた。


今まで日記でも何度か触れていたが、父の実家とは様々な事情により、20年近く絶縁していた。
絶縁している間も、このことが原因で両親が喧嘩をしてしまい、仲裁するのがなかなか大変だった。


事件の元凶となった父の母が震災による津波で他界したことにより、家庭内でのわだかまりは解決した。
喧嘩の内容が、簡単に述べると、
母「本当は仲直りしたいんじゃないの。」
父「絶対ヤダ。あんな狂った人は親じゃない。」
の繰り返しだったからね。


葬儀の連絡もないまま震災から半年以上が過ぎた昨年末、突然実家に、父の妹Kから連絡があった。
父方の実家及び親戚には、我が家の連絡先は知らせていない。
どうやら、Kおばちゃんが連絡を取りたい一心で、いろいろ調べたらしい。
そこで、亡くなった母(私からすれば祖母)のことについて、いろんなことが分かった。
Kおばちゃんは、我が儘な祖母の面倒を、最後まで見てくれていたらしい。
そんなKおばちゃんが実家に来るというので、私も付き合うことにした。


Kおばちゃんと会うのは、小学生の時以来。
だから、まともに会話するのが初めてって感じ。
Kおばちゃんは父をリスペクトしていたようだ。
父の特性や趣味を十分に分かっていて、
「昔から変わらないよね~。」
って、父が作った写真集やら、地図(手書き)やらを嬉しそうに眺めていた。


今まで知らなかった、子どもの頃の父のエピソードも聞けてびっくり。
「昔、うちにみんなで集まって、ベンチャーズのバンドをしたよね。兄さんがドラムで。」
う~ん、ドラムをやってたとは聞いていたけど、ベンチャーズ!?
演歌が似合う今の父からは想像できんわ~(滝汗)


さらに驚いたのが、
「私、NちゃんやYちゃん(父から見て1番目と2番目の妹)とは遊んだ記憶がないけれど、兄さんに自転車でいろんなところに連れて行ってもらったのは、鮮明に覚えているの。」
「私、兄さんの結婚式のときに、『兄を取られる~。』って号泣していたらしいんだよね。」


ん?父ってそんなに面倒見がよかったの??
自分は、子どもの頃あんましかわいがられた記憶がないんだけれど…。
ま、黙って行動で示す人だったのは確かだったな。
YAMAHAの送り迎えでは、どんなにレッスン時間が伸びても、文句を言わずに待っててくれたものね。


今回久しぶりの再会で改めて分かったのが、うちの父が「ぶれない人」ってこと。
文華本家崩壊の根底にある原因が「祖母と祖父の家庭内別居」なのだが、父曰く
「どちらにも味方できないから、関係を絶った。」
とのこと。
実は、妹たちは3人とも離婚している。
祖母が相手方に我が儘を言ったために、関係が長続きしなかったのだ。
父は祖母の無理難題を絶縁することで振り切り、家庭を守った。


そして、
「文華本家は崩壊した。これからはここが新しいsuzu家と思えばいい。」
とKおばちゃんに宣言したのだ。
Kおばちゃんは、上2人の姉との関係もぎくしゃくしてしまっていたため、
「実家に里帰りしたみたい。また来ます。」
と喜んでいた。


普段寡黙な父が、こんなにも頼もしい人だとは思わなかった。
20年近く封印していた親戚づきあいの扉を開いてしまったので、これから何が起こるか分からない…。
けれど、ぶれない父がいる限り大丈夫だと思っている。


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