先月ぐらいから、ブログに書こうかどうしようか少し考えていたこと。
「プロ」って自分で決心してなるのではなく、周囲の人にさせて頂くものではないだろうか、ということ。
「プロ」の定義は人それぞれだと思うけれど、「自分の行為に喜んでお金を払ってくれる人がいること」をプロだと言うのであれば…
どんなに自分で「プロだ」と言い張っても、それにお金を払ってくれる人がいなければ、プロと言えないのではないかと。
そんなことを思っていたら、12日に野澤卓央さんの講演で「進むべき道は周りの人が教えてくれる」という話を聞きました。
とある会社の研究室に配属された人が、自分の希望ではなかった配属だったけれど、そこで自分がする仕事を頼りにしてくれる人をモチベーションにして大成した、みたいな話だったと思います。
そして今日、東進ハイスクールの林 修先生の講演でも、「やってくれと言われることの中には、客観的に見た時の自分の可能性がある」という話がありました。
自分の「やりたい」じゃなくて、相手の「やって欲しい」にどれだけ対応できるか。
ニーズ>シーズ。
仕事って、多分そういうもの。
だから「好きなこと」を仕事にするのが難しいんだと思います。
シーズとニーズはきっとどこか微妙に違っていて、でも好きなことだからこそ、微妙な違いさえも強い違和感になってしまう。
その違和感をどうするのか。
好きなことだとシーズを優先したくなってしまいがちだけど、そっちを優先したらきっと仕事にはならない。
つまり、自己満足に金を払う客はいないということじゃないかと。
私は好きなことをやって、それで仕事になっているから、そんなことはない。
そういう人は、きっと「我慢」とか「調整」という意識なく、ごく自然にニーズの中にシーズを発見できているんだろうと思います。
林先生の話の中には、こういう言葉もありました。
「好きなことをやるのではなく、やるべきことを好きになる」
仕事の在り方って、やはりそうなんだと思います。
そう考えると、やっぱり「プロ」って、”なるもの”ではなく”させて頂くもの”なんだろうなぁ、と思います。
例えそれが好きで始めたことであろうと、なかろうと。
そんなことを考えているうちに、もう2月も終わりかけ。
3月最初の日は、月のサイクルの始まりの日と同じ。
次の新月まで、あと3日。