月齢進行表

~aki's diary~

声は天から、声は内から。

2010-01-31 10:54:40 | 読書

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水口聡さんというオペラ歌手の方が書いた「声の力で人生をもっとよくする!」という本を読みました。
妙にポジティブな自己啓発本は苦手ですし、ボーカルに関しての How to本 もあまり読まないタチなのですが、たまたま書店で手にとってパラパラとめくったときに、「声には生命力がある」という文字が目に入り、単なる発声法の本じゃなさそうだなぁと思って買いました。


色々共感するポイントはあったのですが、「ははぁ~」と思ったのは「声は天から降りてくる」という章。
力んで歌ったらいい声は出ないので、体の力を抜きましょうという話なんですが、『声を出そうと思うのではなく、声はすでにあるもので、天から降りてくるもの。それを一旦自分の中に取り込み、自分の体を介して放出する』というイメージで発声するというのです。
力まずに声を出すには、こういうスケールの大きいイメージって必要だと思います。


そして、「うぅむ」と思ったもう一つのポイントは、『声の力を高めるには人間力を養う』という考え方。
水口式メソッドという発声法はユニークな点がいくつかあって、「口を大きく動かす」「腹式呼吸は正しく」という、ありがちなメソッドの他に、「マイナスイオンを取り込む」とか「歩く」など、従来の発声法にはあまり見なかったものがあります。
そのうちのひとつが「人間力を養う」です。人間力のある人の声には力があり、表現力も伝達力も、結局は「人間力があるかないか」に起因すると。
確かに女性の歌い手は、恋をするとびっくりするくらい魅力的な歌をうたうようになります。(ごめんなさい。男性の歌い手さんがどうなのかは、よく知らないです。)
歌い手の内側(経験)にあるものが歌にもたらす影響は多く、歌い手が何を経験し何を考えたかは、如実に「うた」に表れてしまうようです。


「声」は天から降りてくるもの。その「声」を放出するためには体作りが必要なのだけれど、それは体力やテクニックだけではなく、根本的に「人間力」があること。
かは~っ。日々精進せねばなぁ、と思う本でございました。


この本を読んでから、ちょっと声の出にくいキーの歌をうたってみたら、多少いつもより楽に出ました。ホントに。
まずはこの感覚を繰り返して自分のものにして、あとは人としてどう高いところを目指すか、ですかねぇ…。
道のりは長いと見た。(汗)
気長に頑張ります。(笑)
60歳くらいで、味のある歌い手さんになれたら嬉しいです。



BlueMoonを過ぎて、今日からは欠けて行く月。
放出力が高まる時期なので、要らないものはどんどん整理してスッキリするのに最適な14日間。
ちょっと気合い入れて掃除するか…。


大人の論理

2010-01-30 13:00:15 | 日記・エッセイ・コラム

お母さんが怒るから、先生に叱られたから、だから悪いことはしない。
「相手が怒るから」を基準にやっていい事と悪いことを判断するのは、子供の論理。
大人の場合、最低限の常識とマナーにプラスして、自身の経験や体験も含めていい事と悪いことを判断するもの。
そういうものだと思っているのですが…


時々、「相手が怒らなければ何をしてもいい」みたいな人がいます。
で、そういう人は大抵、怒る人に対しては必要以上に気を遣います。
人は十人十色なので、誰でも彼でも同じ対応の仕方では良いと思いませんが、態度を変える時の着眼点が違うと思うのですよ。
相手に対して適切な対応ができている人というのは、周囲から見ていても「ああ、人付き合いが上手いなぁ。」と思えます。
対して、どうも違和感のある対応をする人というのは、周囲から見た時に滑稽だったり、不愉快だったりするものです。
マナーとは周囲を不愉快にしない心遣いの表れですから、後者の対応はマナー違反で、大人とは言えません。
「怒らないから、これくらいは構わない」という考え方も、自身の体験の足し方が間違ってる感じがします。もしかすると、「怒らないから」という理由で、当たり前に人が怒りそうなことさえ平気でやってしまう人は、子供以下なのかもしれないですねぇ。


と、そんなことを思う自分も、人の振り見て我が振り直せ、です。



今日の15:00頃、月は満月になります。
今年最初のBlue Moon。


【映画】食堂かたつむり

2010-01-28 18:33:34 | 映画・シネマ

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昨晩は「食堂かたつむり」の試写会に行ってきました。
CBC特別試写会、当たったんですよ。ラッキー。
この映画は2月に自宅近くの映画館で公開される予定があるので、わざわざ電車賃を使って見に行くのもどうなん?とちょっぴり思わんでもなかったのですが、「当選」というご縁を無駄にしてはいけないと思い、久しぶりに会う友達を誘って行って来ました。
そしたら、主演の柴咲コウさんと監督の富永まいさんの舞台挨拶があって、これまたラッキー!
ワタクシ、田舎者ですからね。女優さんが生で見られるなんて、そうそうあるもんじゃありません。TVで見る通り、目鼻立ちのはっきりした美人でした。小柄だけど存在感アリアリでした。


で、映画の内容。
失恋のショックで失声症になった女性が、山奥の村にある実家に戻って「食堂かたつむり」を始めます。予約制でお客様は1日1組。この食堂(雰囲気はカフェって感じです)で食事をすると願いが叶うというウワサで評判になり、様々な人が訪れて食事をし、それぞれのドラマが展開されていきます。


これといった特別なストーリーではないのですが、いい映画でした。
舞台挨拶の時に、柴咲コウさんが「何度も『食』と『家族』をテーマにした映画が作られ、その度に私たちは自然の恵みや食の大切さを感じたり、家族の絆のようなものを考えたりするのですが、日にちが経つとまたそれを忘れてしまいます。この映画は特別なことをメッセージしているわけではありませんが、見た人が『食』とか『家族』とか『生きる』について何かを感じたり思い出したりするきっかけになるといいと思います。」みたいな事を言っていましたが、まさにその言葉の通りの映画になっていると思いました。


私が「見所だなぁ」と思ったのは、食堂で食事をした人たちの表情。
美味しいものを食べると、人って笑顔になるんですよね。で、「美味しい」のひとことが「頑張ろう」の気力に繋がって行きます。
生きていくためには「食べること」は不可欠ですが、ただカロリーや栄養を摂取するだけではなく、もっと違うものも得ていると思います。野菜にも肉にも魚にもそれぞれの生命があります。作り手がそれを大切に思いながら作った料理を、食べ手もまた大事に食べる時は、カロリーに含まれていない生命のエネルギーみたいなものを私たちは取り込んでいるのかなぁ、と、そんな風に思いました。そのエネルギーが私たちを前へ、明日へ向かわせ、その結果のひとつが「願いが叶う」という形になるのでは?
「願いが叶う料理」っていうのは決して特別な魔法ではなく、日常の中、とても身近なところにいつもあるのでしょう。


ひとつ前の日記に書いた「何を食べるかではなく、誰と食べるかが大切」という言葉にもつながる気がするのですが、料理を作る時や食べる時に誰を思うのか、ということが、料理の最高の隠し味なんだなぁと思いました。
そこに「人」の思いが感じられる料理や食卓、理想です。
一緒に見に行った友達は主婦なんですが、「うーん、明日から冷凍食品やスーパーのお惣菜を子供のお弁当に入れるのは止めよう…。」なんてしみじみ言っていました。(別に一切止めなくても、そこに何かひと工夫すれば充分だと思いますけどね。)
私も”ひとりごはん”だからと言っていい加減にせず、ちゃんとしよ。



満ちて行く月の時は、体の中に色々なものを吸収していく時。
五感にいいものを選んで生活したいです。
次の満月まであと2日。


一緒に食べよう

2010-01-25 22:52:38 | 言葉

「プルコギ ~The 焼肉ムービー ~」という映画、昨秋TVでオンエアされたのを気紛れに録画していたのをすっかり忘れていて、今頃になってやっと見ました。
物語の最後の方、田村高廣演じる『韓老人』(伝説のコプチャン塩焼き名人)のセリフが素晴らしく良かったです。


仲良くなるにはのぅ、メシを食うのが一番ええんじゃ。
人はのぅ、初めて人と出会うて、
その人と友達になりたい、恋人になりたい、家族になりたい、
と思うたら、まず一緒にメシを食うんじゃ。
何べんも何べんも食うとったら、その人と必ず友達になって、
恋人になって、やがては家族になれる。
何を食べるかは、そげん大事やない。
誰と食うか、何べん食ったか、
それでな、愛情やら思いやりがわかる。


事情があって家族と離ればなれになってしまった在日コリアンの主人公を引き取った韓老人が、自分の孫と一緒に食事をする主人公に語りかけるシーンのセリフ。
その後には、こう続きます。


オマエが生き別れた兄にもう一度会うことがあったら、
そん時は一緒にメシを食え。ただ、それだけでエエ。

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巻き戻して、同じところを2~3回繰り返してみました。
「あぁ、だから好きな人と一緒にごはんを食べたいって思うんだなぁ。」と納得したり、
何を食べたかを覚えている時って、誰と一緒だったかっていう記憶とワンセットだなぁと思ったり、
”一緒に食事をすることで家族になる”という言葉に泣きそうになってしまったり。(「家族で食事」というシチュエーションに関しては、あまりいい思い出がないもので…)

ごくごく当たり前のことを言っているだけなのかもしれないけれど、当たり前のことが実はとても素敵なことで、大切にしたいと思う人と一緒にごはんを食べたいと思うことはとても自然なことで、自然なことだからこそ深い意味を持っているんだなぁ…、と、そんなことを思うセリフでした。


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それにしても、そうそうたる顔ぶれの映画でした。
主演が松田龍平。共演者は山田優、田村高廣(この映画が遺作にあたります)、ARATA、桃井かおり、田口トモロヲ、ムッシュかまやつ、リリー・フランキー、津川雅彦、倍賞美津子、服部幸應、竹内力 and so on...
これだけのキャスティングで、なんでこんなにパッとしない映画になっちゃったんだろう。(笑)
が、随所に出てくる”肉を焼くシーン”は、私の中の「肉食モード」を刺激しまくりです。
何を食べるかより誰と食べるかが重要なのですが、今は焼肉(というか、美味しい塩ホルモン)最優先! という気分です。ww

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ベランダから空を見上げたら、十一日夜の月と、控えめに光る星とが見えたのに、頰には微かに雨。
満月まで、あと5日。


引力

2010-01-24 21:50:03 | 日記・エッセイ・コラム

なぜかとても気になって行ってみた場所や、理由もなく吸い寄せられるように手にとって読んだ本に、思いがけなく自分が求めていた答えを見つけるためのヒントが潜んでいることがあります。
自分が求めている答えと、その場所や本の間には、一見何の関連もなさそうなのに、行ってみたり読んでみたりしたら実は思わぬところで繋がっていて、そんな時「あぁ、行って良かったなぁ」とか「あぁ、読んでよかったぁ」とか思うわけです。

今日は、そんな不思議な「関連」が、いくつかありました。
期待以上と言うより、期待すらしていなかった意外な発見の一日。
こんな日は、何かの引力が働いているんだと思います。
そういう「引力」は、多分自分の中の『無意識』の部分に働きかけてくるものだから、感じようと思っても感じることはできない。
むしろ、意識していないからキャッチできるもの、と言えるのかも。

効率だけを考えて近道を使ってしまうと決して見えて来ない、「遠回り」や「無駄」の中にある大きな気づき。
近道がわかっていても遠回りしてみたくなった時は、効率を捨てて無駄を選択した方が、最終的には得るものが多いのかもしれないなぁ、と思いました。


「こっちを選ぼうよ」
と、私に遠回りを勧める声は、天から降ってくるもののようであり、自分の内側から聞こえてくるもののようでもあり…。
いずれにせよそれは多分、自分の「無意識」が「意識」に寄ってくる瞬間。
私の中の「無意識」が、『ここに引力が働いているんだよ』と教えてくれているんだなぁ、と思います。



潮の満ち干(ひき)は 月の引力
2人で 確かめに行こう

Dreams Come True の曲の歌詞に、そんな一節があったような気がするなぁ。
何って曲だっけな?


今日は月齢8.8歳。
次の満月まで、あと6日。