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月齢進行表

~aki's diary~

2017・Changing

2017-01-01 19:25:00 | 日記・エッセイ・コラム


2017年になりました。
2016年はライブの機会をたくさん頂いただけでなく、CDのレコーディングもあり、新しい人や場所との繋がりも増え、いい1年を過ごすことができました。
本当にありがとうございました。
ひとりで生きているわけではない、ということを、折に触れ感じる2016年でした。
 
そして、2017年。
昨年12月に参加した易学のセミナーで聞いた話ですが、私の星回りは今年「変化・変革」の年なのだそうです。
大きな変化であれ小さな変化であれ、それが良く見えるものでも悪く見えるものでも、とにかく「変化」を取ることが運気を上げるのだそうです。
 
どちらにするか迷ったら、今までやってきたやり方とは違う方を選ぶ。
リスキーでなかなか勇気の要る選択だなぁ、と思います。
でも、「今までのやり方ではダメなんだろうなぁ」という、行き詰まりのようなものを感じていた2016年後半だったので、ちょうどそういう時期に来ているのかもしれません。
 
どうやら私は、勢いで何でもやってしまう人に見えるようなのですが、実際はあれこれ考えるタチです。
度胸ないなーと思うこともよくあります。
今年は、そういう自分から離れてみる年のようです。
うーん、やっぱり勇気要るなぁ。
いつもより幾分ジタバタするであろう今年の私を、どうかあたたかく見守って、よろしければ応援してください。

1年の最後に「面白い1年だったな」と言えたら、きっと最高に幸せ。

暦の年明けよりも一足早く、12月29日に新月を迎えた月齢。
今日は四日月の夜。
よく晴れて星も綺麗です。
 

 
今年最初の満月まで、あと11日。


share

2016-07-12 17:56:57 | 日記・エッセイ・コラム

6月の夏至の日、持ち寄りパーティに参加しました。
ひとり1品以上持ち寄りが参加条件。
それ以上の参加費はなし。

参加者は20人ぐらい。
ひとり1品とはいえ、人数がそれぐらいになると結構ゴージャスなパーティになって、満足度の高いこと高いこと。
私は、いただきものの牛肉でビーフストロガノフを作り(これはちょっと頑張った)、これまたいただきものの枝豆を茹でて持って行くという(手間もお金も全くかかってません)感じでしたが、ほかにも色々あるから、枝豆でも全然貧相な感じはなし。
あぁ、これだけの人が集まると、ひとりひとりがそんなにお金をかけなくても、こんな素敵なパーティができるんだなぁ、と思いました。

今日。
始めたいけど始め方がわからない、やりたいけど一歩が出ない、という人と話をしました。
相談に乗って欲しい、と言われて出向いたのですが、色々と話しているうちに、私の中で滞っていたことを動かそうという気持ちになりました。
相談に乗った彼女も笑顔で帰っていってくれて、お互いに動き出せそうな、いい感じ。

 

私は、人を元気にするとか、ワクワクさせるとか、そういうことを自分のミッションとして生きていきたいと思っていて、そのためには、自分が他人に分け与えても余るぐらいのエネルギーを持っていなければいけない、と思っていました。

でも、今日話をしていて、私にはそんなにたくさんのものは必要ないかもしれない、と思いました。

お互いの出来ることがそんなにたくさんなくても、「何とかしたい」という思いが少しでもあれば、それを持ち寄った場で何かが生まれるようなきっかけになる。
人を元気にしたり、ワクワクさせたりするためには、私が何か凄いエネルギーやテクニックを持っていなければいけないわけじゃなくて、ただ相手に会う機会を作り、相手の思いと自分の思いを出せる場を作る、基本的にはそれだけでいいんだなぁ、と思いました。

share。
giveではなく、share。
全く違うものを持っている人たちが集まり、それを相手のために差し出すことができれば、それができる人がたくさん集まれば、私たちは今よりもっともっと豊かな日々を、とても簡単に手にいれることができるかもしれません。

 

今年のお正月、私の立てた目標は「ひとりで抱え込みすぎない」です。
しかし、やっぱり抱え込み過ぎる癖はまだ治っていないようです。
今日また、抱え込みすぎている自分に気付きました。

孤独だからあれこれ抱え込んでしまうのではなくて、何でも自分で抱え込むから孤独になるんだ。
もっともっと任せたり、預けたりして、本当に自分にしかできないことをメインに動いてみよう。
今年の残り半分は、そんなことを意識してみたいと思います。

 

次の満月まで、あと8日。


素麺日和

2016-07-07 12:54:17 | 日記・エッセイ・コラム

暑いと素麺や冷奴ばかり食べるようになります。
夏は素麺と豆腐がないと生きていけません(笑)

今日はまさに素麺日和
冷蔵庫を開けたら、先週料理に使ったトマトジュースが残っていたので、作り置きの元返しをお出汁で割ったところにトマトジュースをプラスして、洋風めんつゆ出来上がり。
めんつゆの入った器に茹でて水切りした素麺を入れ、蒸した鶏胸肉にベランダで採れた青じその千切りをトッピング。
最後に大さじ1杯のオリーブオイルを回しかけて、完成!

テレビを見ながら洋風素麺を食べていたら、テレビで「七夕には素麺を食べる」とやり始めて…
あ、そうか。今日は七夕か。

 

続いてテレビは「素麺は風水的には恋愛運アップの食べ物」と。
へぇぇ、そうなのか〜
他にもそんな食べ物があるんだろうかとググってみたら

・うどん、パスタ、蕎麦などの麺類(長く続く、運命の糸を手繰り寄せる)
・トマトなどの赤いもの(運命の赤い糸の「赤」)
・鶏肉(火を司る朱雀のイメージ)
・紅茶(由来不明)

ちょっと、ちょっと!
今日の私のランチ、最強じゃないですかー
食後に紅茶を飲めばバッチリじゃん!

 

とか書いてみましたが…
身近でいいことが起こるから「私はツイてる」って思うんじゃなくて、「自分はツイてる」と思ってるから良い運がやってくる気がします。
自分で自分を信じることに理由や根拠は要らなくて、どんな自分も受け入れるようになれると、そこから流れは好転してくるんじゃないかなぁ、と。
でも、なかなか根拠もなく自分を信じるのは難しいんだったら、こういう風水みたいなのを取り入れてみるといいかもしれません。
「恋愛運に良いもの食べてるから、私は大丈夫!」みたいな感じで。
結局は風水をフィルターにして自分を信じていることになるんだけど、その方が幾分自分を信じやすくなるというか…

 

と、そんなことを考えながら素麺を食べている私は…
ご飯が美味しかった、それだけで幸せです(笑)

幸福感の中で、午後からもがんばりまーす。

 

今日の暦は小暑。
暑さが本格的になるという日。
7月に入って1週間、梅雨明けはまだだけど、もう夏だなぁ〜

次の満月まで、あと13日。


parareer

2016-07-02 16:37:23 | 日記・エッセイ・コラム

ブログの更新が滞ったまま、7月を迎えました。
いつもは月末に次月のライブ告知をしているのですが、実はこのブログで告知する他、オフィシャルのWebSite、Facebookページ、郵送用DMと、あちこちでライブ告知をしておりまして…
告知ですから、いろいろなリソースを使った方がいいんでしょうが、さすがに手が追いついていきません(^^;
ゆえに、今後ネットでの告知はWebSiteで一括することにしました。
よろしくお願いいたします。
Facebookページも実はあまり機能していないので、そちらも閉鎖しようかと思ったのですが、たくさんの方に「いいね!」頂いていること、その中にはリアルでお会いしたことのない方もいらっしゃることから、更新頻度は多くありませんが、しばらく残して様子を見ることにしました。
WebSiteと併用する良いアイデアがあったら、誰か教えてくださいm(_ _)m
 
 
もう半月も前のことになりますが、個人事業主の屋号を変更しました。
2016年6月14日から、「parareer(パラリア)」といたしました。
よろしくお願いいたします。
 
parareerとは、parallel career(パラレルキャリア)を略した造語です。
パラレルキャリア:複数の仕事を並行して行うキャリア、とでもいいましょうか…

ご存知の方もいらっしゃいますが、私には複数の仕事があります。
キャリアカウンセラー、ボーカリスト、セミナー講師、ライター、司会 等々…
よく「で、本業は何ですか?」と聞かれるのですが、その返答にいつも困ります。

私は従業員も出資者もいない事業主なので、自分の仕事は100%自分の意思で決めることができます。
そして、ご依頼頂いた仕事は、その金額の如何に関わらず、よっぽどのことがない限りお断りしません。
そして、お引受けしたからには、全力で取り組みます。
こんなスタンスで仕事をしている私にとって、どれが本業という認識なく、みな等しく「大切な仕事」です。
頂く金額に差はあっても、マインドに差がないものに「本業」「副業」の別はつけられない、というのが私の思いです。(最近、金額の差もなくなってきたけど‥笑)

そんな私の思いをうまく表す言葉はないだろうか…
と考えている時に、「パラレルキャリア」という言葉に出会いました。
で、これだ!!と。
そう思ったその日に、屋号を変えました。(思い立ったら吉日!)
 
実は、いろいろな仕事をやっている自分の生き方に、少し自信がありませんでした。
というか、他人に「中途半端」とか「いい加減」「軽い」とか思われるんじゃないだろうか、と、人目を気にしていたんだと思います。
でも、人がどう思うかじゃなくて、私がどう生きてるかが大事なんですよね。
どれもいい加減な気持ちでやってるわけじゃない。
自分でそう言い切れるなら、他人がどう思おうと、それはそれでいいじゃないか、と。
他人の気持ちは、私が強制できるものではないのだから。
時間をかけて自分の生き方をキチンと確立して、その時間の中で私の生き方を「いい」と思ってくれる人がいれば、それで幸せ。
身近な人に前例がないなら、私がパイオニアになればいいんじゃないか、と。
そう思えたら、気が楽になりました。(気に病んでたとも思ってなかったんですけど・笑)
 
自ら軽んずる心を持つ働きを人が卑しいと思い、
自ら重んずる職業を人が尊ぶのである。
 
堂々とした心を持ってこなかったことを反省しています。
 
 
そんなわけで、私の心持ちが変わったことを表すために「parareer」と名刺に入れることにしました。
表面的には何も変わりませんので、今まで通り、私に依頼したいお仕事をバンバン振ってくださいねー!
 
今日は大阪で高校生の保護者向けのセミナー講師してきました。
これを書いているのは、帰りの新幹線の中。
明日の夜は岐阜のMusic Cafe SAKURAでライブです。
 
そして、明後日は新月。


幸せになる勇気

2016-05-03 13:44:16 | 日記・エッセイ・コラム

今年2月に出版されたアドラー心理学の本「幸せになる勇気」を読みました。
この本の中に、
 ー 世界平和のために何かをするのではなく、目の前にある人に信頼を寄せる
   ちいさな信頼の積み重ねが、いつか国家間の争いさえもなくしていく ー

という文章がありました。

私がPrecious Dayというオリジナル曲を書いた時も、同じようなことを考えていました。

例えば 愛する人のこと ただ守り続けることが
いつか大きな力になり 世界を包みこめるといいね


この曲を書いたのは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが起きた時。
なぜこんなことが起こるのか?
どうして力で自分の正しさを主張するのか?
そもそもその思想は正義なのか?

誰かの幸せは、誰かの不幸の上に成り立っている。
そんな言葉を聞いたことがあるけれど、本当にそうなんだろうか?
みんなが幸せになる方法が、きっとあるはずだ、と。

誰かと何かを取り合うのではなく、今あるものでどうするか、
今あるものからどうやって新いものを生み出すのかを考えれば、
ひとりという単位で、家族という単位で、自分と友人という単位で、
そういう小さい単位でみんながそれを考えたら、
いつか世界から争いは消えてなくなるんじゃないだろうか。

世界→国→県→市→町→家→個人と細分化されていくなら、
個人の力の集まりが世界を変えるという論理が成り立つはず。

こんなことを、真剣に考えていました。
いえ、多分あの日から同じことをずっと考えている気がします。
綺麗事だと言われるだろうし、不可能だという人の方が圧倒的に多いだろうけど、
綺麗事を語るのも大事だし、可能か不可能かに関係なく、
自分が信じることにまっすぐになることも大事。
小さな変化がもたらす奇跡を信じること。
多分、希望ってそういうことを指しているんだと思います。

 

アドラー心理学の存在を知って3年。
師について学び始めて1年半。
9.11からアドラーに巡り会うまでに10年以上かかったけど、
こういうことを考えて、これに近づきたいと思って生きてきたから、
今、出会うべくして出会った学問なんだろうなぁ、と
そんなことを思いながら読んでいました。

 

その他にも、いろいろ思うところはあったのですが、
書き始めると超・長文になってしまうので、またの機会に。

「幸せになる勇気」を読んだ流れで、3年前に出版された「嫌われる勇気」も再読。
何度か読んだはずなのに、自分の状態が変わると引っ掛かる部分も変わってきます。
そんな話も、またどこかで。

 


晴天続きだった連休も、天気予報通り下り坂に。
今夜は雨かな。

次の新月まで、あと4日。