昨日から、日本語の先生のボランティアを始めました。
生徒さんは日本に来てもう8年経つ日系ブラジル人夫婦。
日常会話はほとんど不自由しないくらいの日本語力があるので、結構難しい質問も飛び出します。
「先生、電車でおばあさんに席を変わるは、やさしい人ですか?親切な人ですか?」
うーん…、
少し考えてから「やさしい人、親切な人、どちらも○です。」と答えました。
するとさらに「やさしい人、親切な人、意味は一緒ですか?」
うーん…、うーん…、
さっきより長めに考えたあと、「違います」と答えました。
私の説明はこうです。
・しんせつ → こうどう(行動)
・やさしい → きもち(気持ち)
おばあさんは足腰が弱いから立っているのはかわいそうだ。席をゆずってあげよう。と思う人は「やさしい人」。
「おばあさんに席をゆずってあげようと思ったんだけど、照れくさくてできなくてさー。」という人に『やさしいね』とは言えても『親切だね』とは言いにくい。
でも、実際に席をゆずってあげた人には『親切だね」と言える。
じゃ、なぜ席をゆずった人を「やさしい人」と言えるのか?
それはきっと、席をゆずるときに「おばあさんが立っているのはかわいそう」という気持ちがあるから。
というようなことを、彼等のわかる範囲の日本語と図示で説明をしまして…、ご納得いただけたようです。(^_^)v
「親切にする」という言葉と同様に「やさしくする」という言葉もあるので、「やさしい=きもち」ではなく行為も含まれるのかなー?とも思ったのですが、「やさしくする」のバックグラウンドにはやはり「きもち」があるのではと思い、一応この説明でよしとすることにしました。
※とはいえ、何か他に良い説明を知っている方は教えてください!
帰宅してからもこの説明について色々考えていたのですが、私の説明が正しければ「気持ちはあるのに、それを行動や言動に表すのが苦手な人」(いわゆる不器用な人)は、やさしい人だってことが案外知られていないのかもしれないなぁ、と思いました。
私が気づいているより「やさしい人」の人口は多いのかも。(^0^)
いや、でも…、
逆に、気持ちがないのに親切な行動をする人って、もしかしている?
思い浮かんだ言葉が「下心」。(笑)
自分がいい人だと思われたいから、親切な行動に出る人もいるんだよなぁ、きっと。
ぶっきらぼうな仕草の裏のやさしさ。
親切な行動の裏の下心。
うーん…、
これは日本語上級者にしか説明できんな。(笑)