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月齢進行表

~aki's diary~

もしも、

2009-02-14 10:30:42 | 読書

昨日の晩、小泉ニロというボサノヴァシンガーのライブを観に行って来ました。
普段はジャズのライブをやっている小さなライブハウス。ギター&ボーカル、ピアノ、パーカッションというアコースティックな編成。オーガニックな雰囲気満載の小泉ニロさんの歌声は、いい具合に力が抜けてて心地よく、癒されるライブでした。立ち見だったにも関わらず、目を閉じたら寝そうでした。(笑)


ライブを観に行く前に彼女のオフィシャルサイトを見て予習をしていて、小泉ニロさんは10数年前に私がプロモーターをしていたレコード会社に所属しているアーティストさんだということを知りました。
うつから過呼吸を起こして倒れてプロモーターを辞めることになった時、当時とてもよくしてもらった部長から「オマエはいつか東京に呼んで、アーティストのマネージャーにしたかった」と言われたことを思い出して、ライブを見ながらふと「あのままレコード会社の仕事を続けていたら、今日私はこの場所にお客さんとしてじゃなく、彼女のマネージャーとして来てたのかもしれないなぁ」なんてことを思いました。


色んな瞬間で色んな選択をしながら生きているから、振返ると「もしもあの時…」と思うことはたくさんあります。
でも、どこかでひとつ違う選択をしていたら、今の仕事もしてないだろうし、今の人間関係もないだろうし、例えば小泉ニロさんの関係者になっていたら、ライブを見て「癒されるわぁ~」で済まなかったんだろうし…。(笑)


道なんていくつもあって、それぞれの道は広かったり狭かったり、なだらかだったり険しかったりっていう違いはあっても、どの道にもやっぱり嬉しいことや辛いことがあって、どの道も行き止まることはなくて歩き続けなきゃいけないことには変わりはないんだと思います。


だったら、今日の出来事の中にある小さな「良かったこと」や「嬉しかったこと」を確かめて、明日の方向を見ながら歩いていれば、後悔とは無縁の生活ができるような気がしました。


相性

2007-05-31 20:54:01 | 読書
Ashbaby金原ひとみさんの「アッシュベイビー」という本を読んだ。
どうしても読みたかったわけではないが、時間つぶしのために入った品川駅の書店で、たまたま目についたので買ってみた。すばる文学賞を受賞し、さらに芥川賞も受賞した20代の女性作家として、少し前に綿矢りささんとともに話題になった作家さんだったので、以前から一度図書館で借りて読んでみようと思っていたんだっけ、みたいなノリで。

東京から帰ってくる新幹線の中で一気に読んだんだけど、久々に「受け容れられない作品」だった。
作品としてはすごいものだった。設定こそ意表をついていたけれど、テーマを深く追求しているし、描写もリアルだし、やっぱり「金原ひとみ」というのは、若くしてすごい作家なんだと思った。
でも、認めていても受け容れられない。

なんでだろう。
ストーリーの中に出てくる自傷他害や動物虐待という行為は、たとえそれが不安や孤独やエゴのアウトプットだったとしても、現実の世界で私は絶対にしないし、そういう点では理解も共感もできない。でも、そもそも小説なんてフィクションだし、それがノンフィクションだったとしても『他人のリアル』なのだから、私と違っていて当たり前。だから、「共感」っていうのは『同じ経験をしているかどうか』なんていう安直な所を問うているものではない。
それに、彼女を芥川賞に推した宮本輝さんや山田詠美さん、村上龍さんなどの小説にも、確かに「私ならやらない(できない)」というシーンはたくさんある。でも彼等の小説は、共感は出来なくてもどこかで理解はできた。

がしかし、今日「アッシュベイビー」という本に出会ったことで、理解も共感も全く出来ない作家さんや作品もあるんだなぁ、ということを知った。
それは多分、何か理由を以て説明できるものではなくて、「相性」みたいなもんなんだろうと思った。
金原ひとみさん本人とそのファンには申し訳ないが、読みながら「読み終わったら古本屋に出そう」と思った本はこれが初めて(笑)。
それくらい滅多に「ダメだ、これ」と思う本や作家にここ最近出会うことがなかったので、自分の中に『拒否』や『拒絶』という感情があったことに気づいたのは、新鮮な発見だった。

今私が持っているリアルな人間関係の中で、こんなふうに『拒絶』の感情を持つひとはいないけれど、この広い世界のどこかには拒絶したくなる人も存在するんだろうなぁ、と思った。


※これはあくまで、私の個人的なお話ですので、決して金原ひとみさん個人がどうこうとか、作品がよくないという意味合いではありません。念のため。


日記を書き始めたわけ

2007-02-25 20:28:10 | 読書

Seo_maiko瀬尾まいこさんの「図書館の神様」という本の中に、こんな言葉が出て来た。

うまい下手に関わらず、知っている人の言葉はちゃんと心に響く。親しい人が書く言葉はどんなものでも面白い。川端康成と仲良くなれば、『雪国』だってちょっとは愉快になるかもしれない。

思い出した。
私が日記をネットで公開するようになったわけを。
私は、私を知って欲しかった。
私を、もっと近くに感じて欲しかった。

だったら直接言葉で話せばいいのにねぇ。
なぜか、ネットを選んでいた。
なんでネットだったのかはよくわからないけれど、
私が私を伝えたくて書き始めた日記だから、
ここに書かれていることは、いつもその瞬間の「真実」なんだよなぁ、と、
改めて思った。


バイブル

2006-12-27 16:05:31 | 読書

Ozasa ここのところ少し読書をサポっておりましたが、久々に読みました。

私にしては珍しく、ビジネス書です。およそビジネス書の類は、読んでてもつまらないもの(注:私の感覚ではつまらないと感じてしまうもの)が多いのだけれど、この本は面白かったです。

文字も細かくないし、著者の体験談が大半を占めているので、堅くなくて読みやすいです。

で、内容は・・・、「一流の仕事をしたいと思っている人には、是非一度読んでいただきたい」と思う内容です。ビジネス書というより、「人として、社会の一員としてどう生きるか?」を考えさせられる一冊だと思います。

ところどころ、ビジネス上で大事だと思われることが箇条書きにされているのですが、これがまぁホントに納得できる内容で、これから仕事をしていく上で、自分のバイブルにしたいと思ってます。

ちなみに、この著者は7年ほど前に起業したのですが、自分の会社のイメージCMを制作した際のコピーを「想い続けること、挑み続けること、あきらめないこと。そう、いつかはきっといつかくる。」にした下りのところは、少し涙してしまいました。ビジネス書で泣けたのは、初めてだなぁ。

小笹芳央さん、一度お会いしてみたい方のひとりです。


デッドエンドの思い出

2006-08-30 00:49:21 | 読書
Bananaとても久しぶりに、吉本ばななさんの小説を読んだ。
小説の内容もよかったけど、「あとがき」に吉本ばななさんが書いたコメントにとても共感した。

『私はこの小説が、これまで書いた中でいちばん好きです。これが書けたので、小説家になってよかったと思いました。』

私は、自分で書いた詞が好きだ。
ライブや練習でうたいながら、日常生活の中でふっと思い出しながら、「あぁ、この歌詞、好きだなぁ。」と思ったりする。
そんな時、「あぁ、詞を書いていてよかったなぁ」と思う。
他人の評価や評判が良ければ、なお「よかった」と思うのだけれど、それ以前に「自分が好きかどうか」がその作品にどれだけ愛着を持てるかに大きく影響している。

吉本さんは、この小説を『過去のつらかったことを(出産を前にして)あわてて精算しようとして書いた』とか『自分自身の身に起きたことを書いていないけれど、これまで書いた中でいちばん私小説的なもの』とも言っている。
ストーリーが実際にあったことなのか、とか、登場人物が実在の人なのか、ということより、そこに書かれている心情が、飾り立てたり偽ったりせず、本当の気持ちで書けているかどうかが、自分で自分の作品を「好き」と言える(または言い続けることができる)ことに繋がるのかなぁ、と、思う。
自画自賛といえばそれまでなんだけれど、「自分の作品に癒される」というのが、人として最も高貴なことなんだと、昨年旅先で会った木工芸術家の人が言っていた。

小説の中で『悲しいと、感受性が研ぎすまされる』という文章があった。なるほど、思い当たるものがあるなぁ、と思う。
悲しいことがあった時は、誰かの小さな気遣いにすごく感動したり、些細なことに動揺したりする。そういう時は自然と詩的になったりする。そういう時に、そういう気持ちと向き合って作品に残すというのは、どこか自虐的なんだけれど、実はそれが悲しみに対する自然治癒力になっているのかもしれない。

「自分の作品が好きか?」は「自分にちゃんと向き合っているか」とか「自分のことが好きか」と聞かれていることと同じ意味なんだろうな、結局。

最近、歌詞を書いていない。鍵盤にも触っていない。
あまり自分と向き合う時間を持っていない証拠。
ちゃんと、そういう時間を作らないとね。