今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 そろそろ身辺を片づけなければならないと思うようになってから五、六年になる。死目が近く
なったせいである。昔は人間五十年といったから五十になれば死ぬことを考えた。なお生きて
いれば隠居した。
どんな席に出ても自分がいちばん若かったのに、いつの間にか年かさになって、今ではみん
な年下になってしまったと言ってみるとうなずかない人はない。三十でも四十でもうなずく。
四十になると愕然とする男がある。もっともこれは死目とは関係がない。もう若くない、前途
がないとびっくりするのだろうが、以前とちがって今は五十で死ぬ人は少くなったから、一度
はびっくりしたものの気をとりなおしてまたもとの木阿弥になる。」
(山本夏彦著「世は〆切」文春文庫 所収)