今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 歴史はごく古い時代は材料が少なすぎて分らない、ごく新しい時代
は材料が多すぎて同じく分らないというほどのことをむかし魯迅は講演で述べた。また
某朝の支配が長ければそのなかにすぐれた人物が多くいて、某朝の支配が短かければその
なかにすぐれた人物はほとんどいないとも言った。支配が長ければ歴史を書く
のは同時代人だから当然同朝人をよく言う(碑文を見よ)。それを倒した別朝人なら遠慮なく悪く
言う。共に信用できない。
魯迅は『魏晋の文学と酒と薬の関係』という講演の冒頭でほぼ右のようなことを言った。私は少
年のときそれを読んで強く打たれた。当り前のようだが、このなかには古今を通じて誤らない『本
当のこと』がふくまれている。私はこの言葉に教えられて戦中戦後書かれた夥しい言論をうのみに
しないですんだ。
最も材料が多くて分らないのは『現代』である。ベトナム戦争についての報道は北ベトナムを
『是』とするものだけあって、他はほとんどなかったから、何やらありがたそうな『情
報化時代』は同じ情報を湯水のように流す時代だと承知した。
説得力のない情報は情報ではないから、その力がない情報はひたすら繰返すのだなと理解した。
異口同音に言えば人は信じるに至る。ただしそれは豊富ではない。重複である。」
(山本夏彦著「愚図の大いそがし」文春文庫 所収)
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