「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

すべてのものに季節がある 2018・12・24

2018-12-24 05:35:00 | Weblog


                   






  今日の「お気に入り」


   「 兄は 、クリスマス・イブには 、あのすばらしい若馬にそりを

    引かせて 、みんなを教会へ連れていくと約束した 。

     私たちは馬が怖くて 、兄が帰ってくるまでは手が出せないで

    いたのだ 。そしてクリスマス・イブの午後 、兄は馬に蹄鉄を

    つける 。片足ずつ 、ひずめを持ちあげてやすりをかけ 、真っ

    赤な蹄鉄を金床の上で叩いて形を整える 。

     しばらくして 、その蹄鉄をたらいの水のなかに入れると 、

    シューッという音とともに白い湯気が立つ 。父は逆さにひっ

    くり返したバケツの上に坐り 、そばでやり方を教えている 。

    私たちは文句を言ったりするのに 、兄はすべて父に言われた

     とおりにやる 。

     その晩 、干草や大量の衣類にくるまり 、足元には温めた

    石を置いて 、私たちは出発する 。両親とケネスは家に残る

    が 、あとは全員出かける 。出発する前に 、牛と羊に餌を

    やり 、豚にも食べたいだけ食べさせる 。そうしておけば 、

    彼らも満ち足りた気分でクリスマス・イブを過ごせるだろ

    う 。両親が戸口から手を振る 。私たちは山道を六キロほど

    進む 。そこは木材の切り出し用の小道で 、車などほかの

    乗り物は通らない 。 」


   「 村の教会に着くと 、木立ちのなかに馬をつなぐ 。そこなら 、

    道から木でさえぎられているから 、馬がたくさんの車にお

    びえることもない 。私たちは馬に毛布をかけ 、燕麦 ( えん

    ばく ) を与える 。教会の入り口で 、近所の人たちが兄と握

    手をする 。『 やあ 、ニール 。お父さんはどうしてるかね? 』

    『 ああ 』と兄は言う 。『 ああ 』としか言わない 。

     夜の教会は 、枝をあしらった花づな飾りや炎の揺れるろう

    そくの光で美しい 。聖歌隊席から楽しげなざわめきが羽音の

    ように聞こえてくる 。礼拝のあいだじゅう 、私たちは催眠術

    をかけられたようにうっとりしている 。

     帰り道 、石はもう冷たくなっているけれど 、私たちはまだ

    幸せな気分で身も心も暖かい 。革の引き具がギーギー鳴る音

    や 、そりの滑走部が雪の上を滑る音に耳を傾け 、クリスマス

    のプレゼントは何かなと考えはじめる 。

    家まであと一キロほどのところで 、馬はどこをめざしている

    かを知って急に足を速め 、そのあと 、ゆったりと自信たっぷ

    りの駆け足になる 。兄は馬の走るままにまかせ 、まるでクリ

    スマス・カードから抜け出した絵のように 、

     私たちは冬景色を横切る 。馬のひづめから舞いあがる雪が 、

    みんなの頭のまわりに白い星のように落ちてくる。


   ( アリステア・マクラウド著・中野恵津子訳 「冬の犬」

    新潮社刊 所収 )




   上に引用したのは短編小説” To Every Thing There Is a Season

   (1977)の一節。

   
                   


#アリステア・マクラウド # 中野恵津子訳  #冬の犬 #新潮社
#AlistairMacLeod #ToEveryThingThereIsaSeason 

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