「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

くびじろ Long Good-bye 2024・05・20

2024-05-20 05:20:00 | Weblog

 

  今日の「お気に入り」は 、今 読み進めている

 本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。

  物語の中で 、「 くびじろ 」と呼ばれる老練 、

 老巧な 大鹿 が 登場し 、主人公の原田甲斐は 、

 飛び道具ではなく 、弓矢と手斧と山刀だけで 、  弓矢も飛び道具?

 山中深く 、この大鹿 を狩ろうとする 。

  その老鹿との対決を前に 、原田甲斐が 、

 ひとり野外に宿泊し 、ごしらえをする場面 。

 今でいうキャンプ飯 。

  引用はじめ 。

  「 薄焼 ( 小麦粉を練って伸ばし 、醤油で
  焼いたもの ) をひと口 、それから焙った
  猪の肉を歯で噛み千切って 、ゆっくり
  と噛み 、乾した杏子の一片で味を添え
  た 。猪の肉は時間をかけて焙るから 、
  脂肪とたれがよく肉にしみこんでいる
  し 、しこしこした薄焼の甘味と 、少
  量の杏子の酸味とで 、噛めば噛むほど 、
  濃厚で複雑な味が 、口いっぱいにひろ
  がるのである 。甲斐はそういう食事を
  好んだ 。それが鹿の焙り肉であれば申
  し分はない 。猪や兎の肉でも悪くはな
  いが 、韮と葱と人参を刻みこんだたれ
  で 、味付けしながら気ながに焙った鹿
  の肉ほど 、甲斐にとってうまいものは
  ない 。それはいつも 、想像するだけ
  で 、口いっぱいになる唾がはしるくら
  いであった 。
   ―― おれは間違って生れた 。
   と甲斐は心のなかで呟いた 。けもの
  を狩り 、樹を伐り 、雪にうもれた山
  の中で 、寝袋にもぐって眠り 、一人
  でこういう食事をする 。そして欲しく
  なれば 、ふじこやなをこのような娘た
  ちを掠って 、藁堆(こうたい)や馬草の
  中で思うままに寝る 。それがおれの望
  みだ 、四千余石の館も要らない 。伊
  達藩宿老の家格も要らない 、自分には
  弓と手斧と山刀と 、寝袋があれば充分
  だ 。
   ―― それがいちばんおれに似合って
  いる 。
   そのほかのものはすべておれに似あわ
  しくない 。甲斐は口の中の物を噛むの
  を忘れ 、ややしばらく 、どこを見る
  ともなく 、ぼんやりと前方を見まもっ
  ていた 。
   彼はやがて首を振り 、『 ああ 』と
  意味のない声をあげ 、そしてまた喰べ
  つづけた 。二枚目の薄焼を取りあげた
  とき 、うしろのほうで 、鹿のなき声
  が聞えた 。   」

  引用おわり 。

  ひとは 、思うようには 、望むようには 、生きられない

 ものらしい 。

 

 

  「 くびじろ 」の角にかかり 、原田甲斐は負傷する 。

  甲斐負傷のことを聞き及んだ 伊達兵部少輔 のコメント

 が 、面白い 。仮に 同じ話しを聞かされたとして 、ラ

 スボスの 酒井雅楽頭 なら 、甲斐への疑心をいよいよ

 募らせるところ 。

  引用はじめ 。

  「『 船岡の話しは面白かった 』
   ―― はあ 。
  『 あの男が鹿の角にかけられたとい
  うのは面白い 、いつもとりすました 、
  煮えたか焼けたかわからないあの男が 、
  ははは 、ばかなやつだ 』
   ―― いかにも 。
  『 ばかな男だ 、こんど会ったら顔を
  見てくれよう 、こともあろうに鹿の
  角にかけられるとは 、ははは 』  」

 引用おわり 。

 

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