「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・10・18

2007-10-18 07:30:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続きです。

 「梅川に友がないのは、梅川が大企業に属していないからで、だから梅川は『株式会社プラム』という横文字の架空の会社をつくったのです。これを笑うのは大会社に属している人で、属していない人は笑えません。そして属していない人が日本人の大部分なのです。
 大企業に属していれば、友のごときものが出来ます。病気で休めば会社に届けなければなりません。ながく休めば見舞に来てくれます。結婚すれば祝ってくれます。忘年会もあれば新年会もあります。手帳には書くことがいっぱいあります。電話をかける相手もありますから、ついうかうかと定年までいます。
 そしてハタと気がつくのです。退職したらもう顔を出すところがないのです。一度は顔を出すことが出来ても二度とは出来ません。むかしの同役や下役は一度ならあいさつの言葉と表情がありますが、二度目はもうありません。互に合せる顔がないから、本当は一度も訪ねないのが礼儀なのです。そして五年たち十年たつと、会社は全く彼を忘れますが、彼は忘れません。けれども電話をかけることは出来ないのです。かける相手がないのです。死んでも知らせる人がなく、知らせても来る人がないのです。
 私は地下道でしばしば浮浪者を見て、私も彼のようになるのではないかと思うことがあります。梅川は片親で、そのことにこだわっていますが、両親そろっていても同じことです。私たちは若いうちは両親と住みません。老いて定年になったからといって、わが子と住みたがっても、今度はわが子に断られる番です。
 以前は会社を去っても家族がありましたが、いまはありません。電話する相手がないこと浮浪者のごとく梅川のごとしと言うと、梅川と一緒にされてたまるかと怒る人があります。それはまだ壮年で会社のなかでいきいきと働いている人で、したがって想像力が及ばないのです。」

 「だしぬけですが、私たちが核家族を選んだことは、重大な選択だったように思われます。」

   (山本夏彦著「つかぬことを言う」中公文庫 所収)
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