「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

雨ときどき止む Long Good-bye 2024・05・16

2024-05-16 05:33:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている

 本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。

  作家は 、主人公 原田甲斐宗輔 の口をかりて 、

 あくことなき 権力の貪婪さ を 、ずばり 、直截

 に表現しいる 。

  権力は 、自己膨張的なもの 、組織で言えば 、

 構成員個々人の自己保身本能 、自己拡大本

 の 総和 でもあるか 、国 であれ 、会社 であれ 、

 いかなる形の 組織 でも 。

  引用はじめ 。

 《 主人公 原田甲斐宗輔 と 里見十左衛門 ・ 茂庭主水 との会話 》

  「『 権力は貪婪(どんらん)なものだ 』と甲
  斐は答えた 、『 必要があればもとより 、
  たとえ必要がなくとも 、手に入れることが  
  できると思えば容赦なく手に入れる 、権力
  はどんなに肥え太っても 、決して飽きると
  いうことはない 、慶長以来 、幕府がどう
  いうふうに大名を取潰して来たか 、いかに
  無条理で容赦がなかったか 、ということを
  考えてみるがいい 、―― こんどの場合も 、
  酒井侯ひとりの思案ではなく 、首謀者はお
  そらく伊豆守信綱と思われる 、酒井侯は亡
  き伊豆守の遺志を継いだものであろうし 、
  ここでもし伊達家改易に成功すれば 、加賀 、
  薩摩にも手を付ける事に違いない 、少なく
  とも 、二大雄藩の頭を押えるだけの収穫は
  充分にある 、そう思わないか 』
   主水は頭を垂れた 。
  『 それは 、―― 』十左衛門は唾をのみ 、
  見えない眼で甲斐をさぐり見ながら訊いた 、
  『 それは 、原田どのが推察されたという
  ことでしょうな 』
  『 私は事実から眼をそむけないだけだ
  『 しかしそれが単なる推察でないとしたら 、
  どうして早くその事実を告発しなかったの
  ですか 、もっと早くそれを告発していたら 、
  これまでに払われた多くの犠牲は避けられ
  たでしょう 、七十郎とその一族の無残な
  最期も 、避けられたのではありませんか 』
  『 そうかもしれない 、だがそれなら 、ど
  こへどう告発したらいいか 』甲斐は囁くよ
  うな声で叫んだ 、『 どこへだ 、十左衛門 、
  どこの誰へ告発したらいいのだ 』
   これまでに甲斐が 、そんな声でものを云っ
  たことは 、いちどもなかった 。十左衛門は
  ながいあいだ親しく甲斐に接して来たが 、
  そのようにするどい 、そして悲痛な響きの
  こもった声を聞くのは初めてであった 。杖
  を持った手をふるわせながら 、細い首の折
  れるほど 、十左衛門は低く頭を垂れた 。

  『 それは逃れることのできないものですか 』
  と主水が初めて口をきった 、『 なにか逃れ
  る方法はないのですか 』
  『 一つだけある 』
  『 うかがわせて下さい 』
  『 耐え忍び 、耐えぬくことだ 』
  『 なにを 、どう耐えぬくのです 』
  『 一ノ関の手をだ 』    」

  ( ´_ゝ`)

  「『 ―― 意地や面目を立てとおすことはい
  さましい 、人の眼にも壮烈にみえるだろ
  う 、しかし 、侍の本分というものは堪忍
  や辛抱の中にある 、生きられる限り生き
  て御奉公をすることだ 、これは侍に限ら
  ない 、およそ人間の生きかたとはそうい
  うものだ 、いつの世でも 、しんじつ国
  家を支え護立(もりた)てているのは 、こ
  ういう堪忍や辛抱 、―― 人の目につかず
  名もあらわれないところに働いている力な
  のだ 』」

   ( ´_ゝ`)

  「『 どうなるのだ 、周防 』と甲斐は口の中で呼
  びかけた 、『 ―― どうなるのだ 、これから
  どうなってゆくのだ 、周防 、おれは続かない 、
  おれはもう挫(くじ)けてしまいそうだ 』
   おれは独りだ 。頼る者もなし 、相談する者も
  いない 。いまでは涌谷までが重荷になろうとし
  ている 、周防 、おれをこんな事に巻きこんだ
  のはおまえだ 、そして自分は先に死んでしまっ
  た 。涌谷とおまえとおれと 、三人で力を合わ
  せてやる筈だった 。それがいまはおれ一人だ 。
  『 云ってくれ周防 』と甲斐は口の中でまた呼
  びかけた 、『 どうなるのだ 、これからどう
  なってゆくのだ 』
   甲斐はじっと耳をすました 。まるで周防の答
  えを聞こうとするかのように 、―― 甲斐は自
  分が虚脱していることを知った 。なにかたしか
  なもの 、自分を支えてくれる柱のようなものを
  欲しいと思った 。―― けんめいに追いかけて
  いたものが 、追いつけないとわかったときのよ
  うな絶望と 、反対に自分が追われていて 、つ
  いに追いつかれそうになったときのような恐怖
  とが 、前後から同時に緊めつけてくる 。その
  圧迫する力の強大さと 、避けることができない
  という事実の下で 、甲斐はわれ知らず呻き声を
  あげた 。
   そのときまた 、あのほのかな匂いが 、ふんわ
  りと甲斐を包んだ 。それは過去から呼びかける
  声のような 、極めて淡く 、ほのかな 、殆んど
  現実のものではないような匂いであったが 、甲
  斐にはそれがなんであるか 、ようやくわかった
  というようすで 、静かに背をまっすぐにした 。
  『 宇乃か 』と甲斐が云った 。
  『 はい 』宇乃の答える声がした 。
   甲斐はそちらへ振返った 。闇の中にぼうと白く 、
  宇乃の単衣がにじんでみえた 。  」

  ( ´_ゝ`)

  ( 山本周五郎著 「 樅ノ木は残った 」( 全巻パック ) 英高堂出版 刊 所収 )

  引用おわり 。

  現代の世界を見るような物語 。

  学びの多い「 上質な空想娯楽小説 」だと思う 。

 「 面白いものは面白いし 、つまらないものは つまらない 」、

   純文学 であれ 、大衆小説 であれ 、なんであれ 。

 

 

 

 

 

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