「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

諸行無常 Long Good-bye 2024・05・18

2024-05-18 05:58:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている

 本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。

  引用はじめ 。

  「  ・・・ 甲斐は虎之助の寝顔を 、じっと
  眺めていた 。おまえは仏門にはいるんだ 、
  お坊さんになるんだよ 、と甲斐は心の中
  で云った 。そんな幼い年で 、いちどに
  両親に死なれるという 、悲しみを経験し
  た 、私にはその悲しみがわかるんだ坊 、
  私はおまえより小さいとき 、五つの年に
  父に死なれた 、私には母があったし 、
  所領もあり 、家従もおおぜいいた 、け
  れども 、父のいない淋しさがどんなもの
  か 、いまでもよく覚えている 。
   私は父に死なれただけだが 、おまえと
  宇乃は両親に死なれた 。家もなく 、た
  よる親族もない 。幼いおまえにも 、ど
  んなにこころぼそく 、どんなに悲しいか
  は私にわかる 、と甲斐は心のなかで云っ
  た 。―― けれどもそれで終るのではない 、
  世の中に生きてゆけば 、もっと大きな苦
  しみや 、もっと辛い 、深い悲しみや 、
  絶望を味わわなければならない 。生きる
  ことには 、よろこびもある 。好ましい
  住居 、好ましく着るよろこび 、喰べた
  り飲んだりするよろこび 、人に愛された
  り 、尊敬されたりするよろこび 。――
  また 、自分に才能を認め 、自分の為した
  ことについてのよろこび 、と甲斐はなお
  つづけた 。生きることには 、たしかに
  多くのよろこびがある 。けれども 、あ
  らゆる『 よろこび 』は短い 、それは
  すぐに消え去ってしまう 。それはつか
  のま 、われわれを満足させるが 、驚く
  ほど早く消え去り 、そして 、必ずあと
  に苦しみと 、悔恨をのこす 。
   人は『 つかのまの 』そして頼みがたい
  よろこびの代り 、絶えまのない努力や 、
  苦しみや悲しみを背負い 、それらに耐え
  ながら 、やがて 、すべてが『 空しい 』
  ということに気がつくのだ 。
   出家をするがいい 、坊 。
   と甲斐は心のなかで云った 。生活や人
  間関係の煩わしさをすてて 、信仰にうち
  こむがいい 、仏門にも平安だけがあると
  は思えないが 、信仰にうちこむことがで
  きれば 、おそらく 、たぶん 。

  ( ´_ゝ`)

   甲斐の心の呟きはそこで止まった 。仏
  門にはいり信仰にうちこむことができれ
  ば救いがある 、彼はそう云うつもりで
  あった 。眠っている幼児を 、心のなか
  で慰めようとしたのだ 。誰に聞かれる
  わけでもないのだが 、やはりそう云い
  きることはできなかった 。彼は眉をし
  かめ 、顔をそむけながら立ちあがった 。

  ( ´_ゝ`)

   甲斐は障子をあけて 、廊下へ出た 。
  するとそこに宇乃が佇んでいた 。ずっ
  とそこにそうしていたらしい 、両袖を
  胸に重ねて 、身動きもせずに 、雪の
  舞いしきる庭の 、ひとところを見まも
  っていた 。
  『 なにを見ている 』と甲斐が訊いた 。
  『 あの樅ノ木に 、雪がつもっています 』
  と宇乃が云った 。宇乃はこちらを見ず
  に云った 。甲斐も黙って頷いた 。
   樅ノ木は雪をかぶっていた 。雪はこま
  かく 、かなりな密度で 、鼠色の空から
  殆んどまっすぐに降っていた 。しばらく
  乾いていたために 、地面はもう白く覆
  われ 、庭の樹木や石燈籠なども白くな
  り 、境の土塀の陰も 、雪の反映で 、
  暗いままに寒ざむと青ずんでみえた 。
  『 私は明日 、船岡へ帰る 』と甲斐が
  いった 。  

  引用おわり 。

  話の本筋には かかわりは少ないが 、大人の

 事情に 否応なく巻きこまれて 、その人生に

 齟齬や蹉跌をきたす 、多くの人間が出てく

 る この物語 。明治36年 ( 1903 年 ) 生ま

 れの作家が 、大正 、そして昭和の激動の

 時代に 、自身の体験と 、生の時々

 会った様々な人物の人生模様が 、主人

 の感想として 、織り込まれて 、物語に厚

 みを加えているようだ 。

  

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