「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

ひとは男女の区別なく悪口を言う Long Good-bye 2024・08・20

2024-08-20 05:26:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」

   最近読んだ 村上春樹さん ( 1949 -   ) の随筆「 村上

 朝日堂はいかにして鍛えられたか 」( 新潮文庫 )

 の中に 「 更衣室で他人の悪口を言わないで下さい 」

 というタイトルの小文がある 。その中から 三 、四

 節を 、備忘のため 、抜き書き 。

  引用はじめ 。 

 「 僕が昔経営していた酒場には 、どういう
  わけか文学関係の客が多くて 、作家とか
  編集者とか評論家とか 、いろんな人が来
  た 。それで僕がそのときにまず最初に思
  ったのは 、『 この業界の人々は本当によ
  くひとの悪口を言うなあ 』ということだ
  った 。この業界にいるから悪口を言うよ
  うになるのか 、あるいはもともと悪口を
  言うのが好きなひとがこの業界に進んで
  入ってくるのか 、どちらかはわからない 。
  ニワトリと卵みたいなものである 。
   でもとにかく盛んに悪口の応酬がある 。
  それも主にそこにいない人の悪口が交わさ
  れる ―― 早い話カゲグチですね 。酒を
  飲みに来る客の大部分は 、カウンターの
  中の人間のことなんかほとんど気に留め
  ない 。だから人間のナマの姿を裏おもて
  観察するのにこれくらいうってつけの環
  境はなかった 。」

 「 AとBが二人で酒を飲んでいると 、Aと
  Bは互いを褒めあい 、そこにいないCの
  悪口を言う 。ところがCがやってくる
  と 、こんどはAとBとCでDの悪口を言
  う 。やがてBがいなくなると 、今度はA
  とCで互いを認めあい 、Bの悪口を言い
  始める 。さっきまでそこにいた人のこと
  を手のひらを返したように 、『 あいつ
  は恐ろしいくらい才能ないよな 。世渡り
  だけだよ 』『 ろくなものも書いていな
  いのに愛人なんか作りやがって 』なんて
  痛烈に罵倒する 。最初は聞いていて『 い
  ったい何なんだ? 』と唖然としたのだが 、
  そのうちに『 これはもう一種の挨拶の文
  句みたいなものなんだ 』と考えるように
  なった 。気にしていたらとてもやってい
  けない 。 」

 「 もちろんそうじゃない人も中にはいた 。
  良いものは良い 、悪いものは悪いと 、
  誰の前でもはっきりと口にできる人も少
  しはいた 。でもそれはあくまで例外的な
  存在で( それにそういう人はそういう人
  なりにべつの問題を抱えていた )、大部
  分の人は相手次第 、場所次第でころころ
  発言内容を変えた 。またその悪口が辛辣
  で 、具体的で 、とにかくしつこい 。だ
  からいわゆる文壇バーには夜が更けてきて
  も『 帰るに帰れない 』という人がいっぱ
  いいる 。帰っちゃうとそのあと何を言わ
  れるかわからないからだ 。『 これはすご
  い世界なんだな 』とそのときつくづく感
  心した 。そんな世界に将来自分が入って
  いくことになるなんて想像もしなかった 。

   でもふとしたきっかけでその後 小説を書
  くようになり 、やがて店をやめて職業的
  作家になった 。それからもう十五年くら
  いになるが 、今思えばカウンターの中か
  ら世界を眺めていた七年間の体験は 、作
  家としての僕にとって 、何ものにもかえ
  られない貴重な財産になった 。」

  引用おわり 。

  この小文は 、こんな書き出しで始まります 。

 「 少し前にある女性から聞いたのだけれど 、
  彼女がときどきご主人と一緒に行くスポー
  ツ・ジムの女性用更衣室には『 更衣室で
  なるべく他のお客様の悪口を言わないよう
  にしてください 』という貼り紙がしてあ
  るのだそうだ 。

  ( 中 略 )

   もし文壇( あるいは文芸ジャーナリズム
  関連世界 )に褒められるべき点があると
  すれば『 そこでは人々は男女の区別なく
  悪口を言う 』ということですね 。そう
  いう意味では 、あそこには性差別みたい
  なのはまったくない 。平等である 。偉
  い 、素晴らしい ―― というか 、要す
  るにそのものまるごとが女性用更衣室み
  たいな感じなだけなんだけどさ 。」

  ( ´_ゝ`)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする