今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「このごろケンカは少くなったが、以前は多かった。見ると弱いほうがさきに手を出す。まっ青になってふるえている。強いほうは弱いほうが手を出すのを見守っている。ふるえるくらいなら逃げればいいというのは人情を知らないもので、弱いほうは恐怖にかられてほとんど倒れんばかりの姿勢でつかみかかる。
(略)
昭和十六年、だれが見ても勝ちみのない戦さをわが軍がはじめたのは恐怖心からだった。すでにゴムも鉄も石油もない。戦うなら今をおいてはない、あとになればなるほど勝てなくなるという理由ではじめるのは、はじめる理由が薄弱だと他人は思うが当人は思わない。
これまでもあったことである。これからもあるだろう。
〔Ⅲ『恐怖心のなせるわざか』昭59・11・29〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)