「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

白髪も空し 2013・06・16

2013-06-16 14:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、中野孝次さん(1925-2004)の著書「ローマの哲人 セネカの言葉」より。

「そこでわたしは言うのです。調べてみるがいい、君の人生の残りの日々を概算してみるがいい、
と。そうすれば君にもわかるでしょう、君の手許に残っているのはほんの僅かの、使われなかった
日々しかないことが。
 あの人は長らく望んでいた執政官職を手に入れてしまった今は、逆にそれを棄て去ろうと願い、
いつも口癖のように言う、『いつになったら今年(執政官の任期)は終るのだろう』と。
 またあの人は、名誉として願っていた競技大会の主催役を手に入れてしまうと、今度は言う始末
です、『こんなものをいつになったら手放せるのだろう』と。
 またあの人は弁護士として法廷じゅうで人気を博し、彼の声が聞えぬほど遠くまで聴衆を集めな
がら、それでいて言うのです、『いったいこの件はいつになったら休廷されるんだ?』と。
 こんなふうに大抵の人が、大急ぎで人生にけりをつけようとし、現在への嫌悪から未来への期待
に身を焦がしているのです。
 これに対し、自分の全部の時間をただ自分自身の必要のためにのみ使う人、毎日を人生の最後の
一日であるかのように生きる人は、明日を望みもせず、また恐れもしません。というのは、なんら
かの時が彼に新しい楽しみをもたらしたところで、それがどうしたというのです?どんなことでも
すでに知りつくし、飽くほどに味わいつくしているのに。それ以外のことは、運命が好きなように
するでしょう。その人の人生はすでに安全圏にあるのです。こういう人にはまだ何か付け加えられ
ることはあっても、何も奪われることはありません。また付け加えるといっても、それは、満腹し
た人が、別に欲しいわけではないが何かちょっともらうくらいのものです。
 こういう次第ですから、なにも髪が白くなったとか、皺がたくさんあるからといって、それをそ
の人が長く生きたしるしと思う必要はまったくないのです。彼は長く生きたのでなく、単に長く生
存したにすぎないのですから。           
                          『人生の短さについて』7-7~10」


「いたづらに百歳いけらんは、うらむべき日月なり、かなしむべき形骸なり。
                               道元『正法眼蔵』行持上」

(中野孝次著「ローマの哲人 セネカの言葉」岩波書店刊 所収)





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