国道122号沿いの音楽喫茶 『ドルフィン』

さぁ、音楽を聴け!
コーヒーは自分で沸かして用意して…
そんな仮想の音楽喫茶

アルバムにはそれぞれの世界観が隠れている

2010年10月18日 | マスターの独り言(アルバムのこと)
キース・ジャレットのアルバムが後回しになってしまうのは、
いわゆる叙情的な演奏が多いからだと思う。
キースのアルバムはそうした「聴きやすさ」から多くの人が購入するのだろう。
そのため常に市場には廃盤化することもなく、
ある程度ならばすぐに手に入れることができる。
そうなってしまうと普段なかなか手に入らないアルバムに目が向いてしまうから
キースのアルバムは結局「まぁ、あとでいいか」となってしまうわけだ。

極めつけの『ケルン・コンサート』などは、
ちょっと聴いただけでもその耽美なメロディーにぐぐっと引き込まれ、
「これもジャズなのか?」と疑問符を付けながらも、
どことなくジャズを聴いた感じがするから手軽さ感がある。
(実際に聴けるようになると、その後ろにある緊迫感や絶妙な間合いなどが
 たまらなくスリリングなえんそうなのだが)

今日のアルバムもキースの中では聴きやすい部類に分類される。
『マイ・ソング』だ。
まずこのジャケットがいい。
ジャケット三原則の「子ども」が入っている。
(その他は「動物」「シュールレアリズム的な絵画ジャケ」が僕の中での三原則だ。
 美女や裸、生足等は別の意味でスバラシイ!)
ジャケットに惹かれまいと思っても、
子どもジャケは何かほんわかとした印象を与えてくれてしまう。

さて聴いてみるとキースのさらりとしたピアノと
ジャン・ガルバレックのサックスの艶やかさが絶妙に混じり合い、
澄んだ空気を届けてくれる。
ECMということで音は想像しやすいのだが、
それ以上にリラックスした気配に辺りが包まれていくから心地よい。

特に4曲目「カントリー」や6曲目「ザ・ジャーニー・ホーム」は、
耳当たりもいいし、キースのピアノが最大限に生きている。
その中で5曲目の「マンダラ」。
その名の通り混沌がポッと組み込まれている。
曲の善し悪しは別として、聴きやすさだけではなく、
アルバムとしての世界観がまた独特な空気を運んでくれる。
キースがただロマンチックに歌い上げていただけではないという1枚だ。

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