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週五日記

ボチボチがんばります

今日のEnglish Writing Practice

2014-10-07 12:59:41 | Weblog

This is the prase of the day.

 

A:What is the revenue target for this year?

H:It has to be at least  five hundred million yen.

 

合っているか不安。

 

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嫌われる勇気のまとめ

2014-10-07 08:57:36 | Weblog

以下、まとめ。

 

・赤面症をもっているかぎり、彼女は「わたしが彼とお付き合いできないのは、

この赤面症があるからだ」と考えることができます。告白の勇気を振り絞らずに済むし、

たとえ振られようと自分を納得させることができる。そして最終的には、「もしも

赤面症が治ったらわたしだって・・・・・・」と、可能性のなかに生きることができるのです。(P65)

 

・そしてその無力な状態から脱したいと願う、普遍的な要求を持っています。アドラーは

これを「優越性の追求」と呼びました。(P79)

 

あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸るのです。(P86)

 

・そして最後にもうひとつ、自慢に関する複雑な事例も挙げておきましょう。

劣等感そのものを先鋭化させることによって、特異な優越感に至るパターンです。

具体的には、不幸自慢ですね。(P88)

 

・ええ。自らの不幸を武器に、相手を支配しようとする。(P89)

 

・いえ、単なるライバルではありません。いつの間にか、他者全般のことを、

ひいては世界のことを「敵」だと見なすようになるのです。(P96)

 

・あなたが変われば、周囲も変わります。変わらざるを得なくなります。

アドラー心理学とは、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です。(P114)

 

・曰く、「貨幣とは鋳造された自由である」と。ドストエフスキーの小説に出てくる言葉です。(P129)

 

自分への執着(self interest)を、他者への関心(social interest)に切り替えていくのです。(P181)

 

・たとえば彼が、一片のパンを買う。対価として1枚の効果を支払う。そこで支払った硬貨は、パン職人たちに

還元されるだけではありません。小麦やバターの生産者たち、あるいはそれらを運んだ流通業者の人たち、

ガソリンを販売する業者の人たち、さらには産油国の人たちなど、さまざまな方々に還元されているはずだし、

つながっているわけです。人は共同体を離れて「ひとり」になることなど絶対にありませんし、できません。(P191)

 

・そこで覚えておいてほしい行動原則があります。われわれが対人関係のなかで困難にぶつかったとき、

出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは「より大きな共同体の声を聴け」という原則です。(P193)

 

・(哲人)課題に立ち向かうのは本人ですし、その決心をするのも本人です。

 (青年)ほめるのでもないし、叱るのでもない?

 (哲人)ええ、ほめるのでも叱るのでもありません。こうした横の関係に基づく援助のことを、

アドラー心理学では「勇気づけ」と呼んでいます。(P202)

 

・たしかにその観点から考えると、寝たきりのご老人は周囲に世話をかけるだけで、

なんの役にも立っていないように映るかもしれません。

 そこで他者のことを「行為」のレベルではなく、「存在」のレベルで見ていきましょう。(P209)

 

・このときのアドラーの答えはこうです。

誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。

わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。」(P212)

 

・やはり、共同体感覚です。具体的には、自己への執着(self interest)を他者への関心(social interest)に切り替え、

共同体感覚を持てるようになること。そこで必要になるのが、「自己受容」と「他者信頼」、そして「他者貢献」の3つになります。(P226)

 

・巨万の富を得たのちに慈善活動に尽力する富豪たちもまた、自らの価値を実感して、「ここにいてもいいんだ」と確認

するために、さまざまな活動をおこなっているのです。(P239)

 

・つまり他者貢献していくときのわれわれは、たとえ目に見える貢献でなくとも、「わたしは誰かの役に立っている」

という主観的な感覚を、すなわち「貢献感」を持てれば、それでいいのです。(P252)

 

・承認欲求を通じて得られた貢献感には、自由がない。(P254)

 

・(青年)共同体感覚さえあれば、承認欲求は消えると?

 (哲人)消えます。他者からの承認は、いりません。(P255)

 

・特別によくあろうとすることも、あるいは特別に悪くあろうとすることも、目的は

同じです。他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、「特別な存在」になること。それだけを目的としているのです。(P258)

 

・そこでアドラーは「一般的な人生の意味はない」と語ったあと、こう続けています。

人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と。(P278)

 

・(哲人)「わたしの力は計り知れないほどに大きい」ということです。

 (青年)どういうことでしょうか?

 (哲人)つまり、「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。

世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない、ということです。(P281)

 

うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、デカイお話であるが、地に足ついていると思う。

 

 

 

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嫌われる勇気 の感想

2014-10-07 08:44:51 | Weblog

出張中に読んだ本。

なぜか、出張中は、集中して本を読むことができる。

「売れている本」というだけで、辞めとこうかな?と、思ったが

読んでみると、売れている理由が分かる。

読者にフレンドリーで、敷居がひくい感じがあるところも売れている理由だろう。

 

ドックイヤーしたところが多すぎて、まとめきれないが、

ざっくりまとめるとすれば、以下のとおり。

 

(1)人間の悩みのほとんどは、人間関係ではないか。(個人的にかなり納得)

 

(2)過去・現在・未来の三つがあるけれども、「過去」に縛られすぎているのではないか?

未来(この本では、目的)に目を向ければ、happyな気持ち(今は、つらいが、将来、楽しいかも)

と、なるのではないか?そうした未来(=目的)も、自分自身の心持ちが、全てではないか?

 

(3)原因⇒結果という、二項対立な発想をしてしまっており、その発想を持つこと自体が、

未来志向(目的をもつこと)にならないのではないか?

 

(4)他人の課題を背負ってしまうヒトが多いのではないか?「他人の課題」と「自分の課題」を整理して、

「自分の課題」のみに注力することが重要ではないか?

「他人の課題」を背負ったところで、自分自身は、どうしようもないのではないか?

 

 

 

 

 

 

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