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  秋の山染める 紅葉の美しさ 夢農園で見る。

2012-12-02 18:21:12 | インポート

夢農園(野菜作り

農園の全景Dsc02037

Dsc02029_2  農園を始めてから、6年になります。柑橘類1本、ビワ、柿、リンゴ、チェリー、イチジクの木、山椒の木、梅の木は2本植えています。葡萄の木、栗の木は2本植えています、4メーター位に成長しています。、今年収獲出来た木は、山椒の木、チェリーの木、梅の木、リンゴの木は、種類の違う木を2本植えています。栗の木は、今年は、沢山実が付きました。色々な料理を作って食べることができました。山椒の木は、昆布と一緒に炊いて、佃煮にしました。何ヶ月か保存して頂きました。チェリーは、鳥にたべられていました。私たちも取って食べたら甘くてとても美味しかったです。今年、花壇に植えている葵の花は、木が大きくなってきて、ブルーベリーが影になってしまうので、家の後に池があって、その後ろに植え替えました。家のベランダで葡萄を、ならせていましたが、この木を農園のDsc01430_2 家の横に影取として植えました。枝が伸びて少し影が出来ていました。これまでは、毎日、畑の作業をするために行っていましたが、今年に入ってから農園に行く日が少なくなり、家の用事が色々とあり、1ヶ月のうち一週間位しか行けなくなっています。最近は、収穫をするために、家に野菜がなくなったら取りに行っています。夏野菜は、10月の始め頃まで色々な野菜が沢山穫れました 。来年も珍しい野菜にもチャレンジして植えていきたいです。今年は、寒さが厳しくて十一月頃から野菜が育たなくなっています。作物は天候に左右されやすいです。   

キャベツDsc01392_2Dsc02017

10月の始めに、苗屋さんに行って色々と選んでいたら、50日植え、45日植えが有りました。収獲を考えて50日植えを5本、45日植えを5本と一度に成長しないように植えました。他、紫キャベツ、サラダキャベツとこれから成長するキャベツを植えています。しっかりと巻いて来たのから収獲しています。サラダにしたり炒め物にしたり色々な料理に使っています。

白菜

Dsc02016 Dsc02062_2 白菜は、9月の終わり頃に植えて、少し大きくなる頃に虫が多く付き、穴だらけになっていました。農園に行けない日が続いたので、穴が空いたまま巻いていました。収獲して持ちかえって上の葉を取ると、綺麗な白い菜が出てきてやわらかくて甘いので鍋にしたり、サラダにして頂いています。

水菜

Dsc02020 水菜は、9月頃に種蒔きをして、少し大きくなって来たら、別の所に植え替えました。今年は、雨の日が多く温度が低いので成長が止まっています。少しずつ抜いて鍋につかっています。水菜は、小さい方がやわらかくて食べやすいので少しずつ抜いて料理に使っています。

瓢箪ナンキン

Dsc02059_2 毎年植えていますが、今年も、10本植えました。普通の南京よりも1ヶ月遅れて穫れるので大きくなる段階で寒さに負けて腐ってしまうのも出て来たりしました。今年は、20個位採れました農園の近くの人にあげたら、昔は、多く作っている人がいたそうです。何故かと言うと、凄く大きくなるので食べる物がないときに重宝したそうです。私は、瓢箪ナンキンを作るきっかけになったのは、知り合いに瓢箪ナンキンを貰ったのがきっかけです。それから毎年作っています。1個1㌔位から、10㌔位の大きさになるので、料理をするときには、スープにしたり、煮物に使ったり色々と考えて作っています。

東福寺  創建1_dsc02206_2750年の歴史    摂政関白・九條道家Dsc02172の道営による京都最大の 大伽藍

Dsc02170完成させました。開山には聖一国Dsc02168_2師を Dsc02169_3られ、Dsc02166_7 奇跡的に都の兵火を逃れて中世以来の堂塔伽藍を承諾。惜しくも明治1 4年、方丈・仏殿・法党などを焼失・再建されましたが、今なお中世の禅宗建築を随所に遺しています。境内にある通天橋は紅葉名所として有名。昭和の作庭家・重森三玲による方丈庭園も知られるところです。

禅堂                                室町時代貞和三年(1347)

Dsc021751_dsc02192_2 禅宗の業林で重要な建物である禅堂である。選佛場とも称し座禅を通じ自己究明と自己の心のほとけを選ぶ場所である。僧侶になるための修行道場であり、修行僧である雲水が、座禅はもとより寝食を行う所であった。昔は400名以上の僧が修行を行ったこともあった。

1_dsc022291_dsc02259  内陣の「選佛場」扁額は宋国径山万寿寺の無準師範(佛鑑禅師)の筆であり、無準範の心が残っている。無準師範は東福寺開祖聖一国師匠である。人口の扁「禅堂」は当山三百三世福島慶道管長の筆である。禅堂の大きさは桁行七間梁間四間、一重もこしつき切り妻造り、本互葺きである。我が国最大最古の道場である。                     重要文化財指定   明治31年12月28日

浴室(重要文化財)                           

1_dsc02323_2  禅1_dsc02319宗伽藍の現存最古の浴室である現代でも使用出来るほど程現代的なシステムが採用されている。所謂「サウナ風呂」である。当時は100人単位の僧侶が修行していた。

沐浴に「お湯」を使用すると膨大な量となる。当然お湯を沸かす貴重な水はもとより、水を沸かす蒔きの量も多く、東山三十六峰の山々が禿げ山になる可能性がありました。そのためお湯ではなく「蒸気」で体の垢をふ1_dsc02274_2 1_dsc02272 やかし擦り落とすことで、お湯の使用量を格段に節約し、自然を大切にしたのである。今で言う「エコロジー」の精神である。

自然の中に人間は生かされ、自然に感謝して生きている。禅の中には人間のみのエゴを捨て去り、地球規模での輪廻を詠っているのである。構造は、東側に破風の二つの蒸し風呂が並び、1_dsc02270_3 1_dsc02205 各々板戸を建てる。

後方に釜や焚き口が有り、蒸気を簀(す)の子を通して下から送る。大きさは桁行三間梁間四間、一重正面入母屋造り・背面切妻造り、本瓦葺き・内部は正面板敷きの上に中央向唐破風    重要文化財指定明治40年8月28日

東福寺方丈と「1_dsc02210_2八相の庭1_dsc02212_2

方丈とは禅宗寺院における僧侶の住居であり、後には相見(応接)の間の役割が強くなった。東福寺方丈は明治十四年の火災により仏殿、法堂、庫裏とともに焼失したが明治二十三年(1890)に再建され災禍を免れた山門、東司、禅堂、浴室などの中世禅宗建築の精枠を遺憾なく発揮している。

Dsc02173_21_dsc02234_2内部は三室二列の六室とし、南面に広禄を設ける。中央禅宗の間を 室中と呼び、正面は双折桟唐戸とする。広大な方丈には東西南北に四庭が配され、「八相成道」に因んで「八相の庭」と称する。禅宗の方丈には、古くから多くの名園が残されてきたが、方丈の四周に庭1_dsc02223園を巡らせた物は東福寺の方丈のみでDsc02168_3ある。

作庭園・重森三玲(1896-1975)によって昭和十四年(1939)に完成された物で、当寺の創建年代にふさわしい鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れた近代禅宗庭園の白眉として広く世界各国に紹介されている。

興福寺に行く

1_dsc02264_2れの日が少な1_dsc02265い中、良い日を選んで興福寺に紅葉を見に行ってきました。京都は車で行くと混んでいるので避けたかったのですが、車で行きました。駐車場に車を置いて、歩いて行くと道路一杯に人が歩いていて、凄い人出でした。バスに乗り、団体で来ている人も多くて興福寺に入ったら人で一杯でした。人混みをかき分けながら写真を撮りました。紅葉は少し行くのが遅かったかなと思いましたが、赤々と燃えるような赤い紅葉が綺麗で、みんなで同じ紅葉を撮影していました。方丈庭園も座ってゆったりと見ていたら、心落ち着く様でした。八相の庭と命名されて近代庭園の傑作と言われているそうです。禅堂もわが国、最古最大と言われ中世から遺る唯一の座禅道場で美しい建物でした。見るところは多く東司は、便所も禅の修行のうちとされ禅宗は用便も修行であり、東司へ行くにも厳しい作法が定められていたそうです。全体を丁寧に見て回っていたら大部時間がかかるので紅葉の写真が撮れたところで帰りました。帰りに店が出ていたので串の団子を買って食べたり、京の漬け物を買いました。寺の中でうどんや、おしるこの店を出しているところが有りました。そこで、湯葉うどんと松茸ご飯を頂きました。良い紅葉が見ることが出来ました。

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