ときぶーの時間

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避難民 何もなし得ず 近き故郷。

2012-09-10 09:33:15 | 日記
NO-230
昨日、富岡町で養蜂を指導して頂いた森川師匠から電話が入った。いわき市の泉玉露の仮設住宅の自治会長をしていたが、家を建てて自治会長も辞め新しい環境に身を置いたとの知らせだった。


四畳半2間の仮設住宅で、物置らしきものを作ったり工夫して暮らしていた。

師匠はある省庁が管轄している現代の森の達人にも選ばれた方で「森という自然に向き合い、先人からの伝統的な文化・技術を受け継ぎ、自らの経験の蓄積と新しい試み、研鑽によって独自の境地を開いた人。」である。養蜂業では日本に2人しかいない。


今年の3月10日の台湾のラジオ局の取材で訪れたときの写真。

その彼が「国策の原発事故は、まだまだ収束の見えない状況です。家庭崩壊を始め生涯築いた資産賠償も、今後の生活も、生命までも危うくなっています。政府・東京電力・行政のもどかしさはまるでゆで蛙です。賠償問題も自宅帰還も相当の長期戦になることでしょうから健康には充分に気を付けて下さい。健康は自己管理です。くれぐれもご自愛専一に!」とのことだった。

75歳位の年になったと思うが、今年の暑さも堪えたのか?仮設住宅の暑さは厳しくさらに狭すぎますと・・・・彼自身大病を数年前に患っているから命の問題もある。高齢者の賠償を早くと叫びたい。

富岡町の家も数年前に建て替えたばかりだったのに、今回の新築を喜んでいいのか?本当に迷った僕だった。


まだ寒かった福島の3月に4畳半の狭い部屋の中で咲き誇っていた花。

彼が新住所をFAXしてくれたが、結びの言葉に「避難民 何もなし得ず 近き故郷」で、数千坪の富岡の土地に思いをはせ、今度の狭い土地に家を建てた思いはいかばかりのものであっただろうか?

放射能さえなければこんなこともなかっただろう。双葉郡の町村と住民は放射能という重い十字架を背負い、これから長い年月を生きて行かなければならない。

僕は若い人に戻って来て欲しいが、除染の問題を考えたら帰って来て欲しくない。今の20代のお父さんお母さんが連れてくるお子さんはいくつの子たちだろうか?放射能は怖い!見えないから尚更怖い。

少子化の中で本当に大切な子どもたちを、見えない危険に晒すことなんて絶対に出来ないから国に言いたい!町を除染するだけではだめだ!広大なあぶくま山系までを除染しなければ復興はない!と・・・・





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