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倉橋みどりさん 初の句集『寧楽(ねいらく)』/奈良新聞「明風清音」第74回

2022年06月17日 | 明風清音(奈良新聞)
倉橋みどりさんは編集者・ライターで、奈良きたまちの「踏花舎」を拠点に活動されている(ホームページは、こちら)。私はこれまで、奈良まほろばソムリエの会や南都銀行の講演会にお招きし、何度か講師をお務めいただいた。テーマは万葉集や俳句、歴史に登場する女性たちだった。

倉橋さんはまた、今年(2022年)4月25日に初の句集『寧楽』を上梓された俳人でもある。私は本書を拝読し、とても興味を覚えた。言葉遣いは平易だが心に残る秀句揃いだったし、奈良を読んだ句も多い。個人的には、恋の行方も気になった。

私は俳句も詠めない素人だが、このように素人の心をとらえる句集は、もっと知ってほしいと願い、奈良新聞「明風清音」欄(6/16付)で紹介させていただいた。ご担当の辻恵介さんは、きれいに記事をレイアウトして下さった。

タイミング良く6月19日(日)からは啓林堂書店奈良店で、増刷分の販売も開始される。ぜひ実際に書店で、手に取ってご覧いただきたいと思う。では記事全文を紹介する。

倉橋みどりさんの句集
4月に刊行された倉橋みどりさん(俳人、編集者)の初の句集『寧楽(ねいらく)』(角川文化振興財団刊 税別2700円)を読んだ。2007年以降に発表された387句を厳選し、それらを年代順に並べたものだ。わずか17音の俳句も、このようにまとまると、まるで一篇の「私小説」を読んでいるような深い感銘を受ける。何度も読み返し、心に残った句を書き出すと、約70句にもなった。

本書の帯には倉橋さんの「自選十句」が載っている(末尾に掲載)。ほとんどが私の70句と重なるが、全く毛色の違うものもある。「あとがき」に〈こうしてまとめることは、素っ裸の私をお見せするようでたまらなく恥ずかしい〉とお書きだが、よそ行きではない彼女の素顔が浮かんでくるから文学は恐ろしい。

倉橋さんのイメージといえば、いつも明るく前向き、ユーモアを解し、好きな色は赤。しかし、常に明るく前向きな人などいるはずがない。時には落ち込んだり、また時には恋の予感にときめいたり…。ジャンルを分け、私が気になった句を紹介する。( )内は私が補記した。

▼ユーモラスな句
三月の大きな欠伸(あくび)猫も我も
遠足子よそみも二人一組で
初みくじ大凶なかつたことにする

▼お好みの赤色を詠んだ句
マフラーは赤ケータイは持たぬ主義
花屑(くず)をはらひ真つ赤な傘たたむ
八月のワンピースは赤走り出す

▼花木を詠んだ句
闇に赤鎮もつてゆく実南天
蝋梅(ろうばい)は光集めて香りをり
いま一片やがて一切花吹雪

最後の句は俳人・長谷川櫂(かい)氏の目に止まった。〈満開の桜から花びらがひとひら舞い降りる。そのひとひらを見て、数かぎりない花びらの飛び交う光景を予感しているのだ。ひとひらの静かさと無数の花吹雪の静かさ。何事もはじめはかすかだが、たちまち奔流となる。句集『寧楽』から〉(5月13日付読売新聞「四季」欄)。

▼曼珠沙華を詠んだ句
赤の好きな倉橋さんは曼珠沙華(ヒガンバナ)がお好きなようで、何句も詠んでいる。

群れてなほ哀しき赤の曼珠沙華
あやとりはいつも紅糸曼珠沙華
曼珠沙華かくも冷たき炎かな

▼恋や恋の予感を詠んだ句
いつまでも指の冷たき男かな
芒原(すすきはら)見つめてゐたる君を見る
花吹雪声を殺して泣いてゐる
風鈴の鳴らねば君に会ひたくて
春夕焼背負つて歩く男かな
星飛んであの日のワインあけませう
君とゐる不思議を思ふ十二月
夕立が似合ふ豊川悦司かな

後ろの4句は本書第4章「君とゐる」に掲載されている。倉橋さんはどこかで「俳句では、気持ちは言わずに匂わせる」とお書きだったが、何だか気になる句ばかりだ。トヨエツのような謎めいた雰囲気の男性とは、その後どうなったのだろう。それとも私の思い過ごしなのか。

▼「自選十句」
では最後に、倉橋さんの「自選十句」を紹介しておく。奈良を詠んだ名句ばかりである。

黄落(紅葉)や正倉院に錠おりて
秋の蚊に小指を食はれ業平寺(不退寺)
つちふる(黄砂が降る)と都の趾(あと)に都人 
去年(こぞ)今年奈良太郎(東大寺の大鐘)の音鎮もれる
行く春や転害門ある手貝町
再建の塔(法輪寺)より秋の風の音  
大寺をつつんで若草山眠る 
時雨きて鹿も加はる雨やどり 
佐保川の千鳥ぞ光る石拾ふ 
満行(お水取り)や大和の春は調(ととの)ひぬ

句集『寧楽』は啓林堂書店奈良店で、19日から増刷分を販売予定。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)


なお、この句集に掲載されている「食パンの黴(かび)のぶんだけ重くなり」は、俳人・坪内稔典さんが毎日新聞「季語刻々」(6/5付)で、このように紹介されていた。

これ、ほんとうか。精巧なはかりでカビのないパンとカビの生えたパンを量ったら判明するだろう。事実はともかく、カビの生えたパンはいかにも重くなった感じではある。句集「寧楽(ねいらく)」(角川書店)から引いたが、この句集には「黴重く太宰治の文庫本」もある。作者は奈良市に住み、同市の観光大使をつとめる俳人。俳句結社「寧楽」を主宰している。<坪内稔典>

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