tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

父母の血脈/田中利典師『父母への追慕抄』(1)

2017年06月28日 | 田中利典師曰く
昨日(6/27)出勤すると、田中利典師(金峯山寺長臈・種智院大学客員教授)からご恵送いただいた『父母への追慕抄~父母の恩重きこと天の極まりなきが如し~』という冊子が職場に届いていた。本年6月19日(月)、師はご両親の合同法要を営まれ(ご尊父の17回忌・ご母堂の7回忌)、それを期に制作された冊子である。師のFacebook(6/19付)には、

合同法要を記念して、『父母の追慕抄~父母の恩重きこと天の極まりなきが如し』という全36頁ばかりの小冊子を制作した。過去に金峯山寺の機関紙などで書いてきた、父母に関わる私の文章をとりまとめたものである。父母の供養になればという気持ちと、なにか、父母の足跡を残したいという、いわば私のわがままな思いだけで、編纂したものである。

幸い編集者の池谷さんという友人がいて、彼とは金峯山寺関連の書籍出版でなんども仕事をしており、今回も彼の手を借りて、上梓した。私の文章の中ではずぬけて有名?な「回転焼きと母」など、全9編をおさめている。フェイスブックやブログなどで何度か載せたものがほとんどであるが、本になってみるとまた一段と見栄えをよく感ずるものである。


「回転焼きと母」をはじめ過去に師のブログ「山人のあるがままに」などで拝読した文章も多いが、やはりこうして1冊にまとまると、また新たな感慨が湧く。親子の情愛が、しみじみと伝わってくるのだ。制作部数はわずか300部で、もう在庫がないとのこと。このような文章をわずか300人で独占するのはもったいないので、すでに師自らが公開しているものの中から、いくつかを紹介させていただくことにしたい。今回は「父母の血脈」という一篇。ブログではこちらに掲載されている。


お父上と利典師、金峯山寺蔵王堂前で(師のブログから拝借。冊子にも掲載)

「父母の血脈(けちみゃく)」
私の父は頭の良い人だった。頭の回転が速かった。その分、鋭すぎるところがあった。母は愚昧(ぐまい)ではなかったが、どちらかというと、ちまちましたことが嫌いで、おおらかな人だった。幼い頃から苦労をしたわりに、自分勝手なところもありはしたが、妙に度量の大きい人だったように思う。

私は父ほど頭の回転は速くないし、母ほどの度量があるわけではないが、ほどほどに二人の血を受け継いでいるように思う。父はケチで、そういうところは私の方が受け継いで、二人兄弟の弟は母の気前のよさを受け継いでいるが、全体を見ると、最近は弟の方が父に似てきて、私の方が母に似て来ているような気がする。

たぶん、弟は弟で、気前の良さはみとめるにしても、私と反対のことを思っているかも知れない。いずれにしても、「血」というのは嘘をつかないと、父と母を亡くしてみて、時間が過ぎゆくほどに、つくづくそう思う。

父はいまの私の年齢で、新寺の建立(こんりゅう)を発願して、成し遂げた。それは実にすごいことだったと、いまの私だからわかる。ちょうど寺建立の最中にオイルショックの不況があり、建立費寄付金勧募がうまくいかず、大変苦労したようだ。そういう意味では父も母も一生涯、お金に縁のない人生を送った。その辺は遺伝ではないはずだが、気前のよい弟と違って、私だけ貧乏性を受け継いでしまったようだ。

とはいえ、父も母も上々の人生を送ったのではないかと思う。ほかのことは似ていなくても、そういう人生を受け継ぐことが出来たら、なによりの幸せなのだろう。仏教では本来あまり血筋のことはとやかく言わない。「血」などというものは何代にもわたると、膨大な広がりを見せる。たとえば30代さかのぼるだけで、なんと約11億人にも連なるのだから血筋などは意味をなさないことになる。

それよりも仏教で大事にするのは「血脈(けちみゃく)」である。血脈とは、教法が師から弟子に伝えられること(師資相承[ししそうじょう])で、身体の血管に血が流れるのにたとえて、その持続性と同一性をあらわすものとしている。教法の相承を「血脈を白骨にとどめ、口伝を耳底に納む」などと表現するほどである。

私たちは肉身を両親から受けたが、人生を豊かに生きる教法はご本尊からいただいた。両方が大切であり、その両方を大切にしながら、上々の人生を送れたらと願わずにはいられない。ー「金峯山時報平成23年11月号」より


「血脈(けちみゃく)」を『日本大百科全書』で引くと《一般には親族としての血のつながり、血統の意であるが、仏教では師から弟子へと連綿と教法が伝えられることを血のつながりに喩(たと)えて血脈相承(そうじょう)という。自己の継承した法門の正統性と由緒正しさとを証明するものとして、とくに中国、日本で重要視された。また相承の次第を記した系図そのものをも意味し、師は法を授けた証(あかし)として弟子にその系図を与えた。日本では仏教以外に芸道や連歌(れんが)、俳諧(はいかい)などでも同様の意で用いる》とある。

それにしても、オイルショックの時代に今のお寺(大容山 林南院)を建立されたとは、すごい。利典師は、お父上から受け継いだこのようなパワーで、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録を成し遂げられたのだな、と合点した。

『父母の追慕抄』に掲載されているのは、わずか9篇。急がずじっくりと噛みしめてまいりたい。利典師、ご恵送ありがとうございました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 纒向学セミナー(第9回)前方... | トップ | 父母は七世、師僧は累劫なり。... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

田中利典師曰く」カテゴリの最新記事