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tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

万博も開幕し、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

田中利典師の「やりかけのことばかり」

2025年04月29日 | 田中利典師曰く
今日の「田中利典師曰く」は、〈やりかけのことばかり…〉師のブログ(2019.5.22付)。2015年、吉野山の金峯山寺から、還暦の60歳で故郷の林南院(京都府綾部市)に戻られて、この年で、はや4年。
※トップ写真は、ウチの近隣公園のツツジ(コロナ禍の2020.3.30 撮影)

利典師は〈人間というのは時間が出来たからと言って、余暇を楽しむとか、有意義に過ごすとか、そういうことはなかなか出来ないもので、かえって時間があると思うほど、仕事のペースは落ちて、思うようにことは運ばない〉とお嘆きである。

今年(2025年)で利典師は古希(70歳)をお迎えになるが、お仕事や本・ビデオの整理は、進捗されたのだろうか。では、以下に全文を紹介する。

「やりかけのことばかり…」
見ようと思って録画した映画はもう100本くらい貯まっている。ビデオ録画に入ったままのドラマやドキュメンタリーもずいぶんある。「西郷どん」などは4月から12月までの分を録画したまま、まだ全然追いついていないのに、今の大河「いだてん」も第5回目までみただけであとは溜まってしまっている。

読みかけの本も5~60冊は手元にある。ここ2ヵ月の間でも5冊買って、3冊は読みかけで止まっている。なんでこんなに中途半端なのだろうとつくづくイヤになる。金峯山寺の総長時代と違って、いまは時間もかなりある。というか、あの頃の私って、ほんとにどうかしてたとしか思えないような毎日を過ごしていた。

しかし、人間というのは時間が出来たからと言って、余暇を楽しむとか、有意義に過ごすとか、そういうことはなかなか出来ないもので、かえって時間があると思うほど、仕事のペースは落ちて、思うようにことは運ばない。

やりかけの「修験道あるがままに」のシリーズもようやく④に手を入れ終えたが、まだあと⑤が残ったままである。これくらいは6月中にやり終えなければ。そういや、東大寺グレイトブッディストシンポジュウムの講演録も、締め切りが先だというのでほったらかしになっているなあ…。で、表題の、やりかけのことばかり…と、ぼやくはめになってしまう次第である。
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田中利典師の「半日断食」(3)

2025年04月26日 | 田中利典師曰く
今日の「田中利典師曰く」は、〈プチ断食生活〉(師のブログ 2019.5.19 付)。師は同年2月下旬以来、約80日間、「半日断食」(前日の夕食から当日の昼食まで約18時間を空腹にする)を続けられた。その間に一度(3月半ば)、48時間の「本断食」をされ、体重も85kgから76~78kgに落とされたそうで、これはスゴい。では、師のブログ全文を以下に紹介する。
※トップ写真は、ウチの近隣公園の桜(コロナ禍の2020.3.30 撮影)

「プチ断食生活」
ご存じのように、(2019年)2月下旬の鼻血事件以来、半日断食生活に入り、80日近くになりました。体重も85キロから78キロに一ヵ月間で落ちて、それ以後も76~78キロを維持しています。昨年は一時、91キロにまで体重がふえたことがあったので、それから見るとかなり痩せました。ズボンがぶかぶかですね。

80日の間で、3月半ばに1度、48時間ほどの本断食をしましたが、なんとか時間がとれそうなので、一昨日の昼以降、法務の傍ら、2度目の本断食に入っています。今朝は自坊の脳天堂の月例護摩。9時から行じて、午前中は新車加持祈祷などの法務をこなし、今日の午後、50時間が満ちるのをメドに断食明けをします。

本当は本断食というと3日間の断食がメドなので、ちょっと足りないプチ断食です。本断食は1度すると、3ヶ月以内にもう一度、そして半年以内に3度目の断食をすると、宿便退治の効果があがると聞いています。

今朝の体重は76キロちょうど。身長177センチの私の、理想健康体重に近づきました。かつての20代前半の体重です。でも、腹減ったなあ…(^_^;)
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田中利典師の「半日断食」(2)

2025年04月24日 | 田中利典師曰く
今日の「田中利典師曰く」は、〈半日断食日記…〉(師のブログ 2019.2.28 付)。この頃のオーバーワークのせいで高血圧、耳鳴り、肩こり、あげくは鼻血と災難続きの利典師。
※トップ写真は、ウチの近隣公園の桜(コロナ禍の2020.3.30 撮影)

一大決心をされて、4日間の「半日断食」(前日の夕食から当日の昼食まで約18時間を空腹にする)を実行された。〈余計な物が身体から出て行ってくれつつある感じはしています。みなさん、おすすめですよ〉とのこと。では、全文を以下に紹介する。

「半日断食日記…」
昨年秋頃からのオーバーワークで血圧が上がるわ、耳鳴りは酷くなるわで、肩は凝るわで、お医者様から節制してくださいね、と言われていて、12月はそれなりに節制をしていたにもかかわらず、ここしばらく油断していたら先週はじめに鼻血ブー。鼻血は4日ほど続いて、耳鼻科や内科医をはしごしました。

「これはやばい」…、さすがに生活環境を改めなくてはと思い、断酒や節制生活に突入しました。以前にも書きましたが、心配したお弟子さんから甲田光雄先生の『奇跡が起こる 半日断食』(ビタミン文庫)という著書が送られてきて、ずいぶん前に何度もやった断食+宿便退治を思い出し、とりあえず、24日から半日断食を実行しています。

24日 前日19:00夕食 12:30 昼食 空き17時間半
25日 前日19:30夕食 13:00 昼食 空き17時間半
26日 前日20:00夕食 18:30 昼食 空き22時間半
 *夜、少し宿便らしき物が出る
27日 前日19:30夕食 12:30 昼食 空き17時間
 *午後に宿便らしき物が少し出る
28日 前日19:00夕食 12:30 昼食 空き17時間半
*前日より多めに朝から宿便らしき物が出る

甲田先生の『半日断食』によると朝食を抜き、前日の夕食から次の昼食まで18時間を空腹にするのが基本ということで、まあ1,2時間の誤差は許容範囲らしいです。

10数年前に甲田先生直伝の野口法蔵式本断食(3日断食)をなんども経験している私としては、今回の半日断食での宿便らしき物ではいささかものたりないけれど、それでもずいぶん余計な物が身体から出て行ってくれつつある感じはしています。みなさん、おすすめですよ。

ただ、この生活を一生続けろといわれると「ハイ」とは素直に言えないですが、耳鳴りや鼻血に苦しめられ、このまま倒れるのじゃという恐怖を感じている今は、なんとか我慢して、この半日断食生活を送らねばと思うわけで…。

でも本音はそろそろ、昼と夜の食事くらいは普通に食べたいとは思っています。しかし、家族にも友人にもしばらくはまだ付き合いの悪い生活が続くのかも。そんなにいうほど、無茶な生活をしてきたわけでもないとは思うのですけどねえ。命は惜しい。とほほほ。
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田中利典師の「半日断食」(1)

2025年04月22日 | 田中利典師曰く
今日の「田中利典師曰く」は〈半日断食…〉(師のブログ 2019.2.26 付)。この頃、体調不良(赤信号の点滅状態)に見舞われていた利典師は、「半日断食」(12~18時間のプチ断食)に挑戦しようと決意された。お若い頃は金峯山寺で、「3日断食」もされていたそうだ。
※トップ写真は、ウチの近隣公園の桜(コロナ禍の2020.3.30 撮影)

私も、半日断食は知らなかったが、ノーベル生理学・医学賞を受けた「オートファジー」は知っていて、今でもたまにやることがある。「自分を(オート)食べる(ファジー)」という意味で、簡単にいうと、16時間の断食をすることで細胞の中身を入れ替えるという理論だ。「半日断食」も同じ発想のようである。では、全文を以下に紹介する。

「半日断食…」
18日から鼻血が止まらず、たくさんの方に心配をかけたし、右往左往して、病院のはしごもしましたが、23日以来、ようやく止まって、血圧も安定してきました。

その間、たくさんの方にアドバイスをいただき、ニンニクオイルや 井穴(せいけつ=爪の生え際)のマッサージ、ふくらはぎ運動、断酒、塩分制限、酢納豆…などなど、たくさんのことを実践させていただきました。

アドバイスいただいたみなさん、ありがとうございました。そんな中、私の身体を心配して、甲田光雄先生の『奇跡が起こる 半日断食』(ビタミン文庫)を送ってくれたお弟子さんがいました。実は甲田先生の断食は、甲田先生から直接指導を受けた野口法蔵氏を通じて、私も40代に10数回行じています。

ちょうど私の、金峯山青年僧の会の事務局長時代、さまざまな行事や事業に手をつけました。その中の一つで、野口先生とも知遇を得、青年僧の会の事業として、金峯山寺での定例断食道場を開くようになりました。

(その後、3日断食は金峯山寺の正規事業となりました…。) まあ、言い出しっぺですから、当初は私も欠かさず、3日断食に参加していたのです。

当時は野口先生もマニュアルらしいマニュアルがなく、断食明けの方法が毎回若干変わるので、マニュアルを私が書きました。そのマニュアルはその後、野口先生の著書に転写されたくらいです。年に2回の宿便掃除はほんとに身体によかったと思います。

だんだん忙しくなって、僧の会の活動とも距離が出来るようになり、考えるともう15年以上、断食から遠ざかったことになります。宿便がどっさりたまっているのでしょうね。

また奥駈行者の現役時代は奥駈前の1ヶ月ほどは節制精進する生活が定期的にありましたが、引退後は、自堕落な生活にメリハリをつける習慣もなくし、どんどん成人病を抱え込むことになってしまっていたようです。

そして黄信号が出て、今回の鼻血はまさに赤信号が点滅したようなことなのでしょう。甲田先生の言うとおり、現代人は食べ過ぎです。間違いありません。もう実感すること甚だしいわけでして…。

しかしなかなか食欲や飲酒欲にはかなわないのが凡人で、しかもなまじっか今まで私はタフでしたから、余計しまつが悪かったのだと今回思い知らされました。

そんな時だから、半日断食はピンと来ました。もう若いときのように普段の生活をしながらいきなりの本断食(3日断食)は無理なので、ともかく半日断食を、甲田先生の本を参考に始めています。もともと、朝の食事はどうでもよい人間です。そう苦にしないで出来そうです。

甲田先生曰く、人間は18時間の空腹期間を持つことが内蔵の負担を減らし、肥満の予防にもなるし、多くの成人病対策になるということ。確かに間違いないと思います。限りある命、そして頂いた命、大切に大切に使わせていただかないといけないですからね…。

健康であってこその命です。みなさんにも是非、半日断食はおすすめしたいです。
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田中利典師の「鼻血のサイン」

2025年04月20日 | 田中利典師曰く
今日の「田中利典師曰く」は〈鼻血のサイン…〉(師のブログ 2019.2.24 付)。一昨日(4/18)で書き下ろしエッセイが終了したので、今回から、通常のブログ記事に戻る。
※トップ写真は、ウチの近隣公園の桜(コロナ禍の2020.3.30 撮影)

私も毎年春には、よく鼻血を出していたので、気になるテーマだ。私の場合、原因は分かっていて、花粉症なので、鼻をかみすぎるのである。4~5年前、朝から大量の鼻血が出て、止まらなくなった。「これはイカン!」と、駅前の耳鼻科の名医を訪ねたが、混雑していて、なかなか順番が回ってこない。その間も鼻血が出るので、看護婦さんがボックスティッシュを持ってきてくれて、それでしのぎながら順番を待った。

やっとお昼過ぎになって、診察してもらった。「鼻腔のかなり奥の方で血管が破れていて、それで鼻血が止まらなかったようです。いっそのこと、患部を電気メスで焼き切りましょうか?」。ちょっとドキッとしたが、こんなしんどい目をするくらいなら、焼き切ってもらった方がマシである。即答して、焼き切ってもらった(痛くもかゆくもなかった)。

あとでネット検索すると、「電気メスによる凝固止血(鼻粘膜焼灼術)」と出ていた。効果はてきめんで、以来、全く鼻血は出ていない。利典師の場合は〈過労と不摂生と飲み過ぎ〉が原因だそうで、私の場合とは少し違うが、突然鼻血が出ることの驚きと、なかなか止まらない不安感は、よく分かる。では、師のブログ記事全文を、以下に紹介する。

「鼻血のサイン…」
(2019年2月)18日の夕方に最初の鼻血が出た。5分ほどで止まったので気にとめていなかった。翌日、朝から月例の護摩供を修し、終わったあとの法楽勤行の途中で、再度、鼻血が出た。白の素絹が真っ赤になった。でもしばらくしたら、また止まった。

…その日は一件、出張があり、ちょっとびくびくしながら無事にこなしたが、帰宅して夕食の時に3回目の鼻血。お風呂場で服を脱いで裸になった途端に4回目の鼻血。さすがにやばいのではと思った。

翌日、午前中はゆっくりしていたが、午後に5回目の鼻血が出て、慌てて、隣町の耳鼻咽喉科に駆け込んだ。「あー、鼻腔の入り口に傷跡がありますね。指で押さえておいたら止まりますから」と、簡単な診察で、止血剤を5日分もらって帰って来た。その夜、3回も、鼻血が出た。風呂に入ったのも悪かったのかもしれない。

その翌日は朝から鼻血は出なかったが、やはり不安なので、近くの内科医の診察を受けた。その待合室で9回目の鼻血。少々頼りない内科医だったが、ともかく、普段からかかっている医者に相談しないと言われて返された。それで22日、朝から、20年来のかかりつけの橿原市の病院に出向いた。

既に息子に院長を譲って、私を診ていただいている先生は会長職なので、長い付き合いの方しか診ておられないが、その日は用務で休診になっていたのを直接電話して診ていただいた。採血、心電図、血液凝固検査などを行ってもらい、結果、過労と不摂生と飲み過ぎだろう…ということで薬もいままで同様でよろしいということだった。

実は昨秋、心電図をとったときから、節制しなさいと言われていて、相変わらずの不摂生と過労と暴飲暴食がつづいたために、いわば去年の黄信号が、赤信号に変わったのだと、きつくお叱りを受けた。幸い、内科医待合室で9回目の鼻血を出してからはもう3日止まっている。

鼻血が出て止まった最初の日の翌朝の護摩修法も、塞がりかけた傷口に悪く、花粉や乾燥をしているために鼻腔が弱くなっていて、おまけに不養生のせいで血圧も上がり、再度キレて、それからなかなか塞がらなくなって、9回も出たのだろうという先生の見立てだった。

中でキレてなくてよかったと言われた。肝臓腎臓の機能と血糖値に問題があるので、血圧も含めてよほど用心しなさいとも言われた。一汁一菜、酒を控えて、仕事もほどほどに、しばらく塩分はだめだとも言われて帰って来た。ともかく、しばらく、十二分に用心と節制を心がけることにする。命は大事だ。

格段、仕事が忙しいわけではなく、節分会前後の不摂生が根本的な原因なのだと自分でもわかっている。ただ、なかなか節制という生活改善に気持ちがいかなかったわけで…。大いに反省している。

もう8年ほど前になる。亡くなる少し前の中村勘三郎さんに会った時に、直感したことを思い出す。勘三郎さんと私は同い年。もし、生けていたらお友達になれていたと思うが、ほんとに残念だった。彼も仕事だけてはなく、きっと全部が破天荒だったので、体が悲鳴をあげていたのに長期休養が出来ず、無理をしたのだと思う。

病気開けの新歌舞伎座復帰公演で楽屋に招じ入れていただき、「パワーをください」ときつく握手されたことがあった。けっこう無理をしてるなと感じる舞台(演目は「お祭り」)だったので、「休まないとだめですよ」と心を込めて握り返したが、やはりその後の無理がたたったのか、それから1年ほどして帰らぬ人となった。

仕事も遊びも、なまじ体力に自信があるから、若いときは無茶をする。勘三郎さんはきっと普段からタフなひとだったのだろうと感じた。私も人一倍、タフで元気な方である。しかし不摂生は身体にじわじわと負担をかけてしまう。最後は食道がんだったと聞いているが、数年前からの身体の不調が病気のサインだったのだろう。

勘三郎さんと私を比べるのは大変失礼だが、彼との出会いは仕事満載で走り回っていた私にとって、大きなサインだったように思う。そして、今回の鼻血は、あのとき以上の大きなサインだと受け止めている。
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