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てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

ルネサンスから現代へ(28)

2013年07月27日 | 美術随想
スペインの光のもとで その2


アントニオ・ロペス『パチンコを撃つ少年』(1953年、カルメン・ロペス蔵)

 アントニオ・ロペスは1936年の生まれだから、『パチンコを撃つ少年』は10代後半の作品である。この絵からは、まだリアリズムの片鱗はうかがえない。

 年若い人にとって、現実と非現実との境界線は曖昧なものなのだろう。幼児の動きなどをなにげなく見ていると、穴が開きそうになるまでひとつのものを凝視しつづけていることがあるが、それは現実を観察しているだけではなく、心のなかは自由な空想の世界に羽ばたいているはずだ。

 そんな子供が大きくなって、より広い空間を求めはじめるのは、ある意味で当然のなりゆきだと思える。この絵の半分以上に空が描き込まれており、しかも天に向かってパチンコを撃とうとしている少年のポーズは、いってみれば退屈な日常にいやけがさして新たな天地を求めはじめたロペス自身の肖像かもしれない。

 まるで白昼夢のようなとりとめのなさと、切り抜いて貼りつけたかのような人物の孤立感は、どことなくバルテュスの世界を彷彿とさせる。はじいたパチンコの球がどこに命中するか、ロペス自身にもまだわかってはいなかった。

                    ***


アントニオ・ロペス『飛行機を見上げる女』(1953-1954年、個人蔵)

 前作の少しあとに描かれた『飛行機を見上げる女』では、明らかな変化がみられる。絵のなかから空が消え、ほぼ人物のクローズアップとなり、画面がせせこましく、雑然としているのだ。

 この女は、手にしていたものを取り落とすほど、飛行機の出現に驚いている。戦争を思い出したからだ、などともいわれ、背景には実際に黒い戦闘機のようなものが描かれてはいるのだが、ぼくはこの絵からそういった歴史的事実を読み取る必然性をあまり感じない。ロペスの興味は、あんぐりと口を開け、真ん丸な眼で空を見上げている女そのものにあるような気がするからである。

 絵のマチエールは全体に粗く、赤茶けた壁画のような具合で、とてもではないがリアリズムからは程遠い。むしろ、スペインという特殊な国の風土性が濃厚に感じられる。太陽が輝き、空気は乾き、濃厚な影が地面を走る、あの灼熱のスペインだ。

 だが、画家としての経験を重ねるにつれて、彼はスペインのステレオタイプなイメージを抜け出し、個人的な体験を描くようになっていく。もちろんそれはスペイン人が描いたスペインの姿であり、ある意味でもっともスペイン的なものであるはずなのだが、われわれ日本人の心にも真っ直ぐに響く普遍性を徐々に獲得していくように思えるのである。

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