てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

東京ゼロ泊 ― ゴヤ展その他のこと ― (21)

2012年04月08日 | 美術随想
ブリヂストン美術館 その1


〔ブリヂストン美術館の入口〕

 ブリヂストン美術館は、歴史のあるところだ。洋画を中心に展示をしている在京の私立美術館としては、おそらくもっとも古いのではないか。1952年にオープンしたというから、今年で還暦を迎える。

 余談だが、企業の本社内に美術館があるという例は、関西では非常に少ないだろう。強いて挙げれば京セラ美術館ぐらいだが、ここは会社と同じく土日や祝日は休館しているようなので、非常に行きづらいのが難点である(以前は日曜だけが休みだったのだが)。

 東京ではブリヂストンのほかに、損保ジャパン東郷青児美術館も本社と同じビルにあるけれど、エレベーターでいちいち42階まで昇らなければならないというのが、正直にいうと面倒くさい。企画展などの展示替えをする際には、多くの貴重な美術品が地上180メートルもの高さまで上がったり下りたりするわけだから、考えてみれば眼が回りそうな話である。

 ただ、館内の一画には大きな窓が開けられており、高所から東京の街を一望したいという向きには、絶好のスポットかもしれない。ぼくが以前訪れたときにはあいにくの雨模様で、窓の外は曇ってしまってほとんど何も見えなかったので、眺望について具体的なことは何もいえないが・・・。

 その点、ブリヂストン美術館の受付は1階、展示室は2階にあって、人間の大きさに見合った規模だという気がする。天井が低く、部屋もこぢんまりとしている。こういう美術館は本当に居心地がよくて、何時間でも長居したくなるというものだ。それを見越してか、ベンチが置かれていたり、図録の閲覧やパソコンで作品の検索ができるコーナーがあったり、ゆっくりできる環境が整っているのがうれしい。1階にはもちろん、喫茶コーナーもある(損保ジャパンにはそれがないのが惜しい)。

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 ちょうど半世紀前の1962年、ここに収蔵されているフランス絵画のうち50点がパリに渡り、「里帰り展」を開いたことがあった。今回の展覧会は、可能なかぎりそのときの展示を再現しようという試みである。題して「パリへ渡った『石橋コレクション』1962年、春」。

 年譜を見ると、かつてブリヂストン美術館には、モダン・アートの香りが色濃く立ち込めた時期があったようだ。日本の前衛グループ「具体」を世界に紹介したミシェル・タピエが訪れているし、ザオ・ウーキーやスーラージュといった作家も足を運んだことがあるという。おそらくは今以上に、フランス画壇との交流が活発だったのではなかろうか。

 それはもちろん、当時のパリが、生きた芸術の中心地だったからだろう。1962年といえば、ジョルジュ・ブラックが亡くなる前の年である。ピカソやシャガールももちろん健在だった。

 そんな時代に、東洋の島国からフランスの絵画が大挙してやって来るというのは、現地の人々にとっても少なからぬ刺激となったにちがいない。海外に売られていった若冲などの「日本美術」が里帰りしたのを観て、われわれ日本人が浮かれたみたいに大騒ぎしてしまったのと同じように。

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