闇に響くノクターン

いっしょにノクターンを聴いてみませんか。どこまで続くかわからない暗闇のなかで…。

ロシア人と一緒に人形浄瑠璃を観る

2008-09-14 09:27:05 | 観劇記
昨日(13日)は、5月以来久しぶりに人形浄瑠璃(文楽)の公演を観た(国立劇場小劇場)。今回は人形遣い五世豊松清十郎の襲名記念公演で、演目は『近頃河原の達引(ちかごろかわらのたでひき)』(初演は1780年代)と『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』(初演は1766年)。
大夫陣は、『近頃河原の達引』~「四条河原の段」が松香大夫、「堀川猿廻しの段」が住大夫(前半)と綱大夫(後半)、『本朝廿四孝』~「十種香の段」が嶋大夫、「奥庭狐火の段」が津駒大夫(総合芸術である人形浄瑠璃にはさまざまな鑑賞の仕方があるが、私は、どちらかというと、人形浄瑠璃は観るものというより大夫の語りを聴くものだとおもって太夫を重視している。ちなみに今回の席は、大夫の真ん前の、語っているときの表情がよくみえる私にとってベストの席。ここだと、大夫の声だけでなく、三味線の響きもストレートに染み込んでくる)。以前も書いたように、私は、数多くの大夫のなかでも語りのなかに歌心の溢れた嶋大夫の芸風がとても好きなのだが、今回の嶋大夫は、武田家と長尾(上杉)家の敵対関係を描いた時代物「十種香」の場面が持ち味とぴったり合致して、前回公演の『心中宵庚申』~「八百屋の段」をはるかに上回る出来。ビロードのような美声が冴えに冴え絶品だった。住大夫(人間国宝)も、いつもどおり一部の隙もない理詰めの見事な語り。中堅の松香大夫と津駒大夫もそれぞれ健闘していた。反面、芸に衰えが見えたのが綱大夫で、この人は元々が武張った力強い芸風だったので、張りがなくなってしまったその語りには失望した。
人形も、襲名したばかりの清十郎が張り切って『本朝廿四孝』の八重垣姫と狐の二役を、早代わりを交えてはつらつと演じ、師匠の蓑助がその相手役の武田勝頼にまわってそれを支えるのがこのもしい(本来であれば八重垣姫がこの人の役)。総じて『本朝廿四孝』は、大夫、人形遣いの気合いと力量が合致して、非常によい舞台に仕上がっていたとおもう。
ただし芝居としては、久しぶりに観た『近頃河原の達引』に非常に感動した。
この作品は、京都を舞台に、呉服屋・伝兵衛と遊女・おしゅんの悲恋を描いたもので、伝兵衛への退き状といつわって、おしゅんが母に残す書き置きが痛ましい。

「真にこれまでのご養育、海山にも例へがたき親のご恩、殊更不自由なる御身の上、何卒首尾よう勤めを遁れ、世を楽に過ごさせまし候はば、せめて少しのご恩報じ、孝行の片端にもなり候はんと、それのみ朝夕祈り参らせ候ところ、二世までと云ひ交はし参らせ候伝兵衛様。思はぬこのたびの御身の難も、根を尋ぬればみな我故に候へば、今更見捨て候ふては、女の道立ち申さず候。不孝とは思ひながら、共に覚悟を極め参らせ候。先程伝兵衛様へ退き状と申して認めしは、このこと申し上げたきまま退き状と偽り書き残し参らせ候、何ごとも何ごとも前の世よりの定まりごとと、お諦め下され候。申し上げたき数々は筆にも尽くしがたく候へども、心急くまま申し入れ参らせ候」

このところイスラーム社会やキリスト教社会の恋愛観(性愛観)ばかりずっと考えてきたが、『近頃河原の達引』にみる日本のそれは、性愛の成就ではなく、死のなかにその最高の達成をみるという点が、これらの社会の恋愛観と根本的に異なっているとおもう(このあたりは『本朝廿四孝』も共通)。しかも『近頃河原の達引』の場合、そうして死を誓う相手は遊女であり、そもそも、性的な貞淑ということは、まったく恋愛の前提とされていない。
ところで、『近頃河原の達引』でさらに感動したのは、この書き置きを読みきかされた母親が、それまではおしゅんが伝兵衛と心中することを警戒していたにもかかわらず、娘の堅い決心を知って態度をがらりとかえるところで、それほどまでに伝兵衛をおもっているのなら、自分としてはつらいけれども心中に反対しないと言って、おしゅんと伝兵衛を送り出す。
そこから場面は一転し、二人の門出へのはなむけとして、おしゅんの兄・与次郎が軽妙な猿廻しを演じるのだが(ここは人形の見せ所)、この猿廻しの滑稽さと、それをじっと観ている死を決意した二人の強烈なコントラストが、非常に強烈だ。
また舞台で演じられている内容と背景のコントラストということでは、この場面の前の「四条河原の段」の伝兵衛と官左衛門の殺し合いの場で、背後からのんびりした上方唄が聞こえるという作劇法も見事。ちょっと類をみないすぐれた作品だとおもった。

     ☆     ☆     ☆

ところで昨日人形浄瑠璃を観たのは、私の他に、M美大でロシア文化と日本文化の交流を勉強・実践しているロシア人のR君と、W大の演劇博物館に勤務し、ロシア文学を研究しているUさんの計3人。UさんもR君も人形浄瑠璃を観るのははじめてとのことで、二人とも今回の公演には、「伝統的というより前衛そのもの」「(構造的に)作品が一つの焦点に収斂していくのではなくて、人形と大夫の二つの中心があって、それが重ならないところがすごい」等と非常に感激していたが、なかでもR君は、「日本文化のことはだいたいわかっているつもりだったが、人形浄瑠璃を観て、その奥行きの深さには改めて驚いた」と率直に語ってくれた。『近頃河原の達引』も『本朝廿四孝』も、同じ台本を歌舞伎でも時々上演するので、こんど歌舞伎で同じ演目を上演するときには、またみんな一緒にその違いを観に行こうと約束した。
公演後(公演は3時で終了)ちょっと楽屋を訪問してから(舞台裏で嶋大夫を見かけたので、私は感激をさっそく本人に直接伝えることができた)、場所を変え、赤坂で8時近くまで話し込んだ。その内容も、はじめは観てきたばかりの人形浄瑠璃の話題に集中していたが、しだいに話題がひろがって、ロシア文化論、ロシア社会論、比較文化論などさまざまな分野におよんだ。
かくて、人形浄瑠璃鑑賞会は8時に赤坂で解散したが、私はというと、その余勢をかって久しぶりに新宿へ出かけ、タックスノットで一時間ほど楽しく雑談をしてから帰宅した。

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