闇に響くノクターン

いっしょにノクターンを聴いてみませんか。どこまで続くかわからない暗闇のなかで…。

伊○丹二題

2008-03-30 22:55:54 | 雑記
桜が満開だというのに午後から雨になってしまったが、みなさんどのように過ごされただろうか。
私は夕方まで読書し、それから新宿の伊○丹デパートとJ書店をまわり、ウィンドウ・ショッピングして帰ってきた。伊○丹では、仕事場にしていくネクタイなどをみつくろったのだが、売り場をうろうろしているうちに顔見知りの店員につかまり、ちょっと立ち話。店員さんいわく「闇太郎さん、今度店員のHが新宿店に戻ってきますよ」という。
これは、ブログを読んでくださっている方にはちょっと説明のいる話なのだが、以前、私は伊○丹の売り場にお気に入りの店員ができ、特に商品を買わなくてもその店員Hくんの顔を見るために伊○丹に行っていた時期があった。もちろん伊○丹に行けばいつもHくんがいるわけではなし、まあなんとなく店内をぶらぶらするための自分用の口実にHくんをつかっていたようなところがあった。
ところがである。さすがゲイの味方・伊○丹というかなんというか、そのうち向こうでもなんとなく私のそうした行動パターンに気づいてきて、私が行くと、他の店員が気を回して、「今離席してますけど、Hを呼んで参りましょうか」というようになってきたのである。伊○丹恐るべし!
で数年前の私には、週末二丁目に行く前になんとなく伊○丹に立ち寄り、なんとなくHくんと挨拶するという習慣ができていたのである。
しかしそのうちHくんは近県の支店に転勤となり、Hくんに会うために伊○丹に行くという楽しみもなくなってしまった(ちなみに私は、Hくんに会うために、転勤先の支店に遊びに行ったこともある♪)。
で、そんなことはすっかり昔のこととなって、そうした時期があったことなどももうほとんど忘れてしまっていたのだが、今日伊○丹をぶらぶらしていたら、顔なじみの店員さんに、「Hが戻ってきますよ」と言われたというわけ。いったい、伊○丹の店員の眼には、私とHくんはどのようにうつっていたのだろうか?そしてそれは、私の顔をみると反射的にHくんの名前が出てくるほど強烈なものだったのだろうか?
そんな疑問がふつふつとわいてきたのは事実だが、ケ・セラ・セラ。疑問などはさておき、久しぶりにHくんに会えるというのは、誰がどのようにおもおうと理屈抜きにすごくうれしい。Hくんが戻ってきたら、チョコでもプレゼントしようかと、ものすごく楽しみにしている。
(ちなみに、Hくんはかわいいけど、私の「タイプ」とはちょっと違うんです…。それに誓って私とHくんは売り場以外では会ったことがありません!)

そんなこんなで、伊○丹では夕飯の食材とケーキだけを買って帰宅。夕飯をすませてからケーキをもって大家さんを訪問。職場の近況やHくんのことなどをネタにしばし団欒。
団欒では、これも私が最近伊○丹で購入したグラスの話題が出て、大家さんとお母さんがぜひ見てみたいというので、自室に戻ってグラスをとってくると、せっかくすてきなグラスをもってきたのだからといって、それに秘蔵の吟醸酒をついでくれた。
このグラスのこともついでにちょっと書いておくと、先日伊○丹の家庭用品売り場に行ったとき、あるショップに立ち寄って、このショップはいつも代わり映えがしないけど、なにか掘出物とかバーゲン品でもないのと冗談半分にきいてみたら、店頭には出してないけど、実はバーゲン品があるんですとすすめられて購入したもの。クリスタル・ガラスの上に金で細工がしてあるのだが、その金に磨きがかけてあるので、ちょうどいぶし銀のようにつや消し状態になっていて、ぴかぴか光らないところがとても渋くて奥ゆかしい。一目見てすっかり気に入ってしまった。伊○丹では当初これをワイングラスとして売っていたらしいのだが、ワイングラスとしてはサイズが小振り過ぎてまったく売れなかったということらしい。このためなんと定価の75%引きの超お買い得品だ。
もっとも、いくらお買い得品といっても使い道がないのではどうしようもないが、ワイングラスとしては使い方が難しいこのグラスも、日本酒用のグラスとして使い、吟醸酒をつぐとすごくいいのではとおもいつき、仕事始めの記念に購入することにしたのだ。実際、このグラスを漆器や和食器と組み合わせると、そのつや消しの金彩がものすごく映えるのである。

そんな話をしながら大家さんに極上の吟醸酒をついでもらったら、なにかすっかり酔っ払ってしまった。

18世紀の思想小説が問う人間の運命

2008-03-17 22:57:09 | テクストの快楽
「彼らはどんな工合でめぐり合ったのだろう?みんなと同じように、偶然に、だ。彼らの名前は?それが諸君に何の関係があるだろう?彼らはどこからやってきたのか?すぐ近所からだ。彼らはどこへ行くのか?いったい人間はどこへ行くか分かっているものだろうか?彼らはどんなことを話していたのか?主人のほうは何にもしゃべらなかった。ジャックは、彼の隊長がこの世でわれわれの身に起こることは、いいことにしろ、わるいことにしろ、すべて前世の因縁だ、と言っていたと言っていた。」

ディドロ晩年の傑作小説『運命論者ジャックとその主人』は、上に引用したように、小説としてはかなり変わったはぐらかしの調子ではじまる(この作品の引用はすべて小場瀬卓三氏訳<世界文学大系16、筑摩書房>による)。以下、ジャックとその主人は、どこへとも知れぬ旅の途中暇つぶしにジャックの語るその恋物語を聞くという展開になるのだが、この恋物語が陳腐なものであるだけでなく、ジャックが話を始め出すたびにいろいろな邪魔がはいって、話はいっこうに進まない。作者であるディドロ自身、その話をすすめることにはまったく気が向かないというふざけたそぶりだ。

「ジャックは自分の恋の話を始めた。昼下りだった。暑くるしかった。主人は居眠りを始めた。夜が両人を襲ったのは、野原のまんなかでだった。ふたりは道に迷っていた。主人は烈火のごとく憤り、したたかな笞が下僕の上に降り注ぎ、哀れな男はひとつぶたれるごとに「こいつもきっと前世の因縁だったんだ…」と言った。
 読者諸君、ごらんのとおり、いま話は佳境に入っているが、ぼくはジャックを主人から引き離して、彼ら両人をそれぞれ、私の気に向いたいろんな偶発事件にめぐり合うことにして、ジャックの恋物語を諸君に一年でも、二年でも、三年でも待たせることができる。主人のほうを結婚させ、彼をコキュにするのに何の差支えがあろう?ジャックをあっちこっちの島に出帆させてもよい。主人をそこへ連れて行ってもいい。両人を同じ船に乗せてフランスに連れ帰ることに、何の差障りがあろう?根も葉もない話を作るのは、なんてやさしいんだ!しかし両人ともありがたからぬ一夜を過ごしただけで無事に事はすみ、諸君もまたこの一夜だけで無事放免だ。
 黎明が訪れた。ふたりはふたたび馬に跨がり、その道をつづけた。ーー彼らはどこに行きつつあったんでしたっけ?諸君がぼくにこの問いを発するのは、これで二度目だ。そしてぼくがそれにこう答えるのも二度目だ。「それがどうしたっていうんだ?もしぼくが彼らの旅の話をし始めたら、ジャックの恋の話はおさらばだ…。」ふたりはしばらく黙って道をつづけた。両人がいずれも自分の憂鬱からいささか立ち直った時、主人が下僕にむかって言った。「さあ、ジャック、お前の恋の話はどこまで聞いたっけ?」」

しかし、物語(ジャックの恋の話)はなかなか進展しない。そのうちふたりが宿をとると、今度はその宿屋のおかみさんが自分が知っているある人たちの話を聞いて欲しいと、ジャックの恋物語を中断させる。

おかみさん「侯爵さまは、容赦をしない、かなり変ったご婦人にぶつかられました。そのかたはド・ラ・ポムレー夫人と申しました。身持ちもよく、家柄もりっぱで、財産もあり、身分も高い未亡人でございました。デ・ザルシさまはほかの知合いの女と全部手を切って、ひとえにド・ラ・ポムレー夫人にご執心あそばし、最大の熱心さでお言い寄りになり、およそ考えられるありったけの犠牲を払って、そのおかたを愛しているという証をお示しになり、結婚さえもお申し込みになりました。ところが、このご夫人というのが、最初の旦那さまとはたいそう不幸でございましたので…。(おかみさんは?ーーなあに?ーー燕麦の箱の鍵はどこです?ーー釘を見てごらん。そこになかったら、銭箱を見てごらん。)再婚の危険を冒すよりか、あらゆる不幸にあう危険に身をさらしたほうがよいとお考えになっておりました。」
ジャック「ああ!前世の因縁でそうきまっていたらな!」
おかみさん「このご夫人は世間からはたいそう引きこもって暮らしていらっしゃいました。(中略)侯爵の熱心な求愛ぶりは、そのお人柄の魅力や、若さや、お顔立や、いかにも本当らしい情熱の外見や、夫人のほうの孤独や、やさしさに負けやすいご性質や、ひと言で申しますれば、殿がたの誘惑にあたしたち女をゆだねてしまうすべてのものに助けられて…、(おかみさんは?ーー何だね?ーー飛脚さんですよ。ーー緑の部屋にお入れして、いつもの通りの食事を出しなさい。)効果を現しました。(中略)ところがでございますよ、旦那さま、ほんとに恋のできるのは女だけでございまして、殿がたと申しますものは、まるで恋というものがお分りになりません…。(おかみさんは?ーーなあに?ーー托鉢のお坊さんですよ。ーーここにおいでの旦那さまがたの分として12スー、あたしの分として6スーおあげして、よそに部屋を捜しに行ってもらいなさい。)数年たって、侯爵はド・ラ・ポムレー夫人の生活を、あまりに単調だとお思い始めになりました。(中略)ド・ラ・ポムレー夫人は、もう愛されてはいないという感じがなさいました。それをお確かめになる必要がございました。それをどんな工合におやりあそばしたか…。(おかみさんは?ーー行くよ、行くよ。)」
おかみさんはたびたび話を中断されるのにうんざりして、階下へ降りて行き、明らかにそれをやめさせる手だてを講じた。(中略)読者諸君、包みかくさずお話しなさい。というのは、われわれはごらんのとおり、率直であるということに調子づいているのだから。諸君は、このおかみの優雅で、冗漫なおしゃべりをほったらかして、ジャックの恋の話をふたたび始めることをお望みだろうか?ぼくとしては、どっちだっていいのだ。

とりあえず、おかみさんによるデ・ザルシ侯爵とド・ラ・ポムレー夫人の話は、何度も中断されながら結末に達するが、この挿話が『運命論者ジャックとその主人』という作品とどのような関係をもっているかは、少しも明らかではない。というより、この挿話は、物語全体とはなんの関係ももっておらず、ジャックの恋物語の進行を中断させるために挿入されただけなのだ。
ともかく、さまざまな紆余曲折を経てジャックの恋物語はいちおう完結するが、だからといって特別のことはない。それどころか、ディドロは、最後にこう付け加える。

「そしてぼくは、ここでやめる。というのは、ぼくがこのふたりの人物について知っていることはすべて諸君に話してしまったからだ。ーーでも、ジャックの恋はどうなりました?ジャックは何度も、前世の因縁で、彼の話はいつまでたっても終りにならないことになっていると言った。ぼくはジャックは正しかったことが分った。読者諸君、それが諸君をむくれさせることはよく分る。よろしい。それでは彼の話を、彼が話しやめたところでふたたび取りあげ、諸君の好きなようにつづけたまえ。あるいはアガート嬢を訪ね、ジャックが牢にぶちこまれた村の名を訊きたまえ。ジャックに会い、彼にあれこれと訊ねてみたまえ。彼は催促されるまでもなく諸君を満足させるだろう。それは彼の退屈をまぎらすだろう。ぼくがどうも怪しいと睨む十分な理由のある回想録によって、ぼくはおそらくここに欠けている部分を補うこともできるだろう。しかしそれが何の役に立つのか?ひとは真実だと思うことにしか興味を寄せないものだ。」

これはいったい、どのようなジャンルの、何を主題とした小説というべきなのだろうか?18世紀には小説というジャンルは形式として明確に成立しておらず、現代からみると風変わりな形式の作品が多い。それにしてもこの『運命論者ジャックとその主人』は、小説という形式が未完成だったために風変わりなスタイルになってしまったというより、いかなる形であれ、形式として完成されることを拒んでいる作品としかおもえない。ディドロがここで問うているのは、「物語」もしくは「作品」というもののもつ欺瞞、あるいは「完成」というもののもつ欺瞞なのではないだろうか。
そう考えると、この作品も、『ラモーの甥』などと同様いちおう仕上げられはしたものの出版されなかったという事実(執筆は1771年以降)は、真剣に考えるに値する問題ということになってくる。
ちなみに、作品タイトルの「運命論者(宿命論者)」という言葉も、この作品を読めばそれは逆説であり、ジャックは少しも「運命論者」ではないことがすぐに明らかになる。つまり、普通の意味での運命論者とは、自分の周囲に起こることをすべて運命のせいにして運命を重んじる人間のことだが、ジャックはなにかといえば「運命」を口にするものの、運命を重んじたり、自分に悲観したりしているそぶりは少しもない。ジャックのいう運命というのは、自分が自分の考えでなにかを選択してある行為をしたとしても、その行為は結果としては運命だったのだというもので、この場合、その行為(結果)が運命でそう定まっていたかどうかには少しも意味がない。偶然によって別の結果になれば、はじめからそれが運命だったのだと言うだけのことである。つまり、この作品では、すべてが運命によって決まるということとすべてが偶然によって決まるということに少しも実質的な違いがないのである。
とすると、この作品でいう「運命論者」というのは痛烈な皮肉以外のなにものでもないのだが、ここまで考えてくると、この「運命」と「偶然」にはなんの実質的な違いがないということこそ、(何ら明確な主題があるようにおもえない)この作品の大きな主題ではないかともおもえてくる。すなわち、ディドロに関して再三取り上げている無神論の問題がこれとからんでくるわけで、ここでのディドロの主張は、人間の行為は、どこかに存在する神によって必然的に定められているのではなく、偶然に左右されて決まるものであるということではないだろうか。それを示すためにディドロは、冒頭からしつこいほど作品に介入し、この作品の筋はどのようにでも変えられるのだということを強調している。それは、楽屋落ち的な笑いを狙ったものともいえるのだが、同時に、人間の行為のもつ偶然性を、これほど「リアル」に暴き立てた文学作品も希ではないだろうか。しかしこれも再三繰り返しているように、そこにディドロはいささかの皮肉をこめて読者を韜晦する。そうした偶然の所為をも、後づけで「必然」だったと強弁することはいくらでも可能なのである。であるがゆえに、われわれはそうしたレトリックに欺かれてはならないし、ある出来事が必然であるのか偶然であるのか、すなわち「神」によってあらかじめ定められているのかは、自分で判断していくしかない。作品の陰で、ディドロは、「みなさん、だまされなさんなよ」と複雑な笑い顔をみせる。
このように考えると、『運命論者ジャックとその主人』は、荒唐無稽なドタバタ喜劇の外観を装いながら、非常にすぐれた思想小説であることがわかるのである。

   ☆    ☆    ☆

【追記】
この『運命論者ジャックとその主人』の記事を書く際に私が読んだのは、上にも記したように小場瀬卓三氏によるかなり古い訳で、こちらは現在ほとんど入手不可能のようだ。ただ、2006年に王寺賢太、田口卓臣氏による新しい訳が出ているので(白水社)、この作品に興味をもたれた方はぜひどうぞ↓。
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=02758
また、この王寺・田口両氏による新訳には、丸谷才一氏の書評(毎日新聞、2007月1月21日)があるので、そちらもご紹介しておく↓。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2007/01/20070121ddm015070049000c.html

18世紀フランスのリアルな人間観

2008-03-10 21:29:01 | テクストの快楽
ディドロ(1713-84)読書シリーズ第三作目、今度は『ラモーの甥』(本田喜代治氏、平岡昇氏訳、岩波文庫)を読んでみた。この著作は『ダランベールの夢』のさらに前、1761年の執筆とされる。
ここでディドロの著作の出版事情について簡単に記しておくと、『ラモーの甥』も『ダランベールの夢』も『ブーガンヴィール旅行記補遺』も、ディドロの生前には刊行されず、いずれも没後の出版である。これには当時の出版界の事情を知悉したディドロが、余計なトラブルを嫌って出版を避け、友人達に原稿を回覧するだけにとどめたということなどが影響している。ただ『ラモーの甥』に関しては、気ごころの知れた友人達に原稿の存在をほのめかすこともなく、誰の眼にもふれずにいたのが、ディドロの没後、それを書き写したコピーがたまたまゲーテの手に入り、1805年にゲーテのドイツ語訳によってはじめて刊行されたという経緯がある(生前、プロイセンの首都ケーニヒスベルク<現在ロシア領>を一歩も出ることのなかったカント(1724-1804)は、おそらくディドロのこうした作品の存在をほとんど知らなかったとおもわれる。18世紀においては、こうした情報のギャップは現在考えられる以上に大きい)。
さてこの『ラモーの甥』は、18世紀のフランスを代表する作曲家として知られるジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764;当初ディドロとも良好な関係にあったが、1753年に起こった音楽論争を機に決別。『百科全書』のなかでラモーが執筆を予定していた音楽関係の記事はルソーが書くこととなった)の甥で、あちこちの金満家やサロンをわたりあるいては食(&職)を乞うという生活をしていた無頼漢の二流音楽家ジャン=フランソワ・ラモー(1716生)をモデルにしている。作品自体は、ある日の午後、パレ・ロワイヤル公園の一画にあるカフェ・ド・ラ・レジャンスでこの通称「ラモーの甥」と会った「私」が、彼と行った対話という形式をとっている。ラモーの甥とディドロは実際に顔見知りであっただけでなく、かなり仲がよかったらしい。『ラモーの甥』という作品は、はじめこの実在するラモーの甥の無頼や風変わりさをいきいきと描写してみようという意図から書き始め、書いているうちに次第に人物像がふくらんで、作中人物である「ラモーの甥」が、実在するラモーの甥を超えた独立した人格として動き出していったというあたりが、成立の経緯ではないだろうか。したがって作中人物「ラモーの甥」のなかには、ディドロ自身の姿や理想もかなり投影されているとおもう。ディドロはこの作品が気に入り、晩年まで細かく手をいれていたという。
ではさっそく、作品をみていこう。二人の出会いの挨拶はこんな感じだ。

私「相変わらず達者かね。」
彼「ええ、ふだんはね。しかし今日は上々とはいきません。」
私「どうしたんだね。まるでシレヌスのような腹をしてるじゃないか、そして顔は…」
彼「そのシレヌスとはあべこべみたいに見えそうな顔だってわけでしょう。そりゃ、わしの伯父貴をひからびさせる悪い体液が、どうやら、甥御さんを丸々と肥らせるからですよ。」
私「伯父さんといえば、時々その伯父さんに会うかね。」
彼「ええ、街を通って行くところを見かけますよ。」
私「伯父さんはなんにも君のためになることをしてくれないかね。」
彼「あの人が誰かにそんなことをしてくれるとすれば、そりゃなんかの間違いでやるんです。あれもそれなりに哲学者ですからな。あれは自分のことだけしか考えちゃいない。」

こうしてはじまった二人の会話は、なんの脈絡もなく延々と続き、その間に話題も転々として、尽きることをしらない。

私「君は、僕が、君の性格について下している判断を疑わないだろうね。」
彼「ちっとも。あんたの眼から見れば、わしはとてもいやしい、ひどく軽蔑すべき奴でさ。時には、わしの眼から見てもそうなんだ。もっとも、そんなことはめったにないですがね。わしは、自分の悪業を自分で責めるよりは得意がるほうが多いんです。あんたはいつも軽蔑ばかりしてるほうでしょう。」
私「そりゃそうだ。しかし、なぜ自分の恥を洗いざらいに僕に見せつけるんだね。」
彼「そりゃ、第一にはあんたが大体それを知ってるからですよ。それに、その残りの部分をあんたに白状しても、わしが損するよりか得するほうが大きいと見たからでさ。」
私「ほう、それはまたどういうわけでかね。」
彼「何か一芸に秀でることが大切だとしたら、そりゃとりわけ悪についてそうですな。ひとは、けちな掏摸には唾をひっかけますが、大罪人には一種の尊敬を感じないではいられないもんでさあ。その勇気にあんた方は驚き、その凶暴さにあんた方は震えあがる。性格の統一が全体として高く買われるわけです。」

最後の「性格の統一が全体として高く買われる」というのはどうやらディドロの口癖らしいが、それはともかく、いたずらに知性派ぶる「私」は、彼(ラモーの甥)のあざやかな弁舌にあっけにとられるばかりだ。そして、社会の通俗的規範や価値観からはずれた「ラモーの甥」に恐いものなどない。かくて、「ラモーの甥」をとおして当時のパリ社交界のさまざまな人物や習慣が次々と批判のやり玉にあげられ、こてんぱんにけなされていく。国王ですらその例外ではない。
ところで作品出版の特殊な事情もあり、この作品の魅力に最初に注目したのはドイツの知識人たちだった。平岡昇氏の文庫本解説によれば、ヘーゲルは、この作品の「私」と「彼」を次のように分析した。
「変革期の社会の文化的頽廃、社会全体の欺瞞の中で、それに受身になり、それに無自覚になり、自意識を喪失し、自己の存在を問題にする能力を失った連中に対して、「彼」は自覚的に明徹なあざやかな自意識の分析を見せる。(中略)真正直な意識(私)は、真と善の諸原理の顛倒に気づかず、その不動性、永遠性を信じているのだから、「思想欠如であり、無教養である」。「私」の説く道徳は徒らに雄弁であり、単調である。しかるに、下賤な意識(彼)は、その混乱と分裂を自覚することによって、自ら分裂を越え、分裂と顛倒を自覚しない真正直な意識を越える。」
そしてこの弁証法は、マルクスをも感心させたという。
しかしわれわれは、ヘーゲル、マルクス流の方向にだけこの作品を読みとる必要はあるまい。いや、そのようにだけ読み取ってしまうには、この作品はあまりにも多面的で、実にいきいきとしているのである。たとえばこの作品からさまざまな人物評や哲学的議論をすべて消し去ったとしても、18世紀後半のフランスにおける音楽事情、演劇事情を知るという観点からだけでも、この作品は実におもしろい。『ラモーの甥』は、ディドロにしか書けなかった、ユニークな傑作というべきであろう。

     ☆    ☆    ☆

ちなみに、上に引用した『ラモーの甥』本文の共訳者であり、また岩波文庫の作品解説を執筆している平岡昇氏は、澁澤龍彦の旧制浦和高校(現埼玉大学教養学部)におけるフランス語、フランス文学の教師である。

18世紀人の生命観、進化観

2008-03-09 09:51:42 | テクストの快楽
久しぶりにディドロ(1713-84)の著作を読んだらおもしろくなり、勢いで『ブーガンヴィール旅行記補遺』の少し前に書かれた『ダランベールの夢』も読んでみた(最近は新しい仕事と職場環境にもだいぶ慣れたので、こうして読書する余裕が出てきた)。『補遺』が1772年頃の執筆、『ダランベールの夢』が1769年の執筆だ。
『ダランベールの夢』は、タイトルからもわかるとおり、ディドロと共同で『百科全書』の編集を行った数学者・物理学者ダランベール(1717-83)を主人公にし、その夢にかこつけて、ディドロ自身の物質観、生命観を記した著作である。
作品の形式はこれもかなり風変わりで、導入部でディドロ自身とダランベールが物質と生命についての短い対話を行い、ディドロと別れた後のダランベールが、その対話を反芻しながら夢でうなされるのを恋人レスピナス嬢がききつけ、たまたま居合わせた医師ボルドゥと、その夢を題材に対話を行う(その対話に、目を覚ましたダランベールもときどきくわわる)という構造になっている(登場人物はすべて実在)。
小場瀬卓三氏によれば、この著作は、盟友ダランベールとのあいだにある生命観(生物観)の違いを明らかにしながら、無機的な物質に生命を付与し生物とするのは、目に見えないとある要素(感性)のはたらきであるとするダランベールを、そうした要素は存在せず生命のはたらきはすべて物理的に説明可能であるとする自己の唯物論的思考の陣営に引き入れることにあったとされる。
ディドロの生命観(生物観)には、現在のわれわれからすると不十分で奇妙なところも多いが、それでも、18世紀としては最新の生物学、物理学の知見をとりいれて、「人間の思考器官の物質性を説き明かし、神の存立する余地をあますところなくうばっている」(小場瀬氏)ことは疑いない。「生命(生物)」とはなにかという問題が、神学から切り離されて科学上の問題とされていく過程を記した証言として、貴重なものといえるのではないだろうか。なかでも、神経と脳の機能についての叙述や、身体の各部分の発生についての記述は読み応えがある。ただそれを寝言として記したのは、ディドロ自身、その問題が未だ解明過程にあり、明確なこたえを与えられていないということを自覚していたためであるとも考えられる(以下の抜き書きは、「ディドロ著作集」第一巻<法政大学出版局>収載の杉捷夫氏の訳による)。

    ☆    ☆    ☆

まずは、冒頭のディドロとダランベールの対話。生命(生物)とは物質に過ぎず、また現在存在している生物の「種」も偶然の産物に過ぎない(別の条件下では別の「種」が誕生する可能性がある)というディドロ自身の仮説が大胆に述べられる(=神による生物の創造の否定)。
ディドロ「太陽を消したとしたら、何が起こると思うかね?植物は滅びるし、動物も滅びるだろう。さあ淋しい物音のしない地上が現出する。太陽をもう一度燃やすのだ。途端に無数の新たな出生に必要な原因を復活することになる。けれどもその間から、幾世紀の後に、今日あるわれわれの植物や動物が再び生まれるか、それとも生まれないか、僕は保証できない。」
ダランベール「なぜ、散らばっていた同じ要素が再び結合してきて、同じ結果を生み出さないのかね?」
ディドロ「それは自然においては、すべての物が相互に依存しているからだ。」

続いてディドロは、鳥の卵の孵化を思い浮かべる。
ディドロ「君にはこの二つの態度のうちどれか一つを採るよりほかに方法はないよ。すなわち卵の生気のない塊の中に、自分の存在を現わすための発展を待っていたかかくされた要素を想像するか、それともその眼に見えない要素は発展のある特定の時期に、殻を透して忍びこまれたと想像することだ。だがこの要素とは何か?空間を占めているか、それとも全然占めていないか?自分で動くことなしに、どうして来たのか、あるいはどうして出てきたのか?どこにいたのか?どこかで何をしていたのか?必要な時に創り出されたのか?存在していたのか?住居を求めていたのか?同質とすれば、物質的なものだったし、異質とすれば、発展以前における無力も、発展した結論の動物の中におけるその力も、理解することができない。自分の言葉によく耳を傾けて見たまえ。自分がかわいそうになるぜ。君はこういうことを感じるだろう。すべてを説明する単純な仮定、すなわち感性を、物質の一般的特質とするか、ないしは有機体の産物とする、この仮定を許容しないためには、君は常識と縁を絶つこととなり、神秘と矛盾と荒唐無稽の深淵の中に落ち込むことになるのだ。」
ダランベール「仮定だって!そう言うのは君の勝手だ。だが、もしそれが本質的に物質と相容れない性質だったらどうだろう?」
ディドロ「どうして感性が本質的に物質と相容れないということが君にわかるのかね。物質だって、感性だって、何だってその本質を知っていない君にわかるのかね?運動の本質、一物体の中におけるその存在、一物体から他の物体へのその伝達を、君の方がよく理解しているというのかね?」
ダランベール「感性の本質も、物質の本質も考えているわけじゃないが、感性というものは単純な、単一な、不可分な性質で、分割可能の対象ないし基体と相容れないことを知っているよ。」
ディドロ「形而上学的・神学的寝言だ。」

このように問題を提起したのち、ディドロはダランベールを眠らせる。
レスピナス(ダランベールの寝言の報告)「動物類の各時代の継続のいかなる瞬間にいまわれわれがいるのか誰が知っていよう?極地の近くでまだ人間と呼んでいる4ピエ足らずの片輪の二足獣、もう少し片輪になれば、やがて人間という名前を失うかも知れないんだが、これが過ぎ行く種族の姿でないかどうか、誰が知っていよう?動物のあらゆる種族がこれと同じことでないかどうか、誰が知っていよう?すべてが無気力な動かない一大沈殿に還元される傾向をもっていないとどうして言えるか?この無力状態の継続期間がどのくらいか、誰が知っているか?いかなる新しい種族が再び感覚あり生命のある点をもった等量の集積から生まれるか誰が知っていよう?なぜ動物が一匹もできないことがあろう?象はその原始状態においては何であったか?おそらくはいまと同じ巨大な動物だったかも知れない。おそらくはまた一原子であったかも知れない。両方の場合とも等しく可能ではないか。」
ここでぼんやりと述べられているのは、人間を含めて現存する生物の「種」はつねに変化・流転(「進化」ではない!)を続けており、それを過去に遡らせると「原子」や「沈殿」からの生命(種)の誕生となり、未来に投影すると新しい種族の誕生となるという思想だ。

ダランベールの夢想は続く。
レスピナス「また夢の続きを始めたのかしら?」
ボルドゥ「きいてみましょう。」
ダランベール「なぜ私はこういうものなのだ?それは私がこういうものでなければならなかったからだ…ここではそうだ。だが別の場所では?極地では?赤道直下では?いや土星ではどうだろう?…もし幾千里かの距離が私の種を変えるとするならば、地球直径の数千倍の距離に何ができないだろうか?…そしてもしも、この世界の光景が至るところ示しているように、万物ことごとく流転であるとしたなら、数百万世紀の継続と転変はここまたはかしこに何を生み出さないであろうか?土星上の考えたり感じたりする生物がどんなものか誰が知っていよう?…だが土星上に感情や思想があるだろうか?…なぜあってはならないか?…土星上の思考し感覚する生物は私以上の感官を持っているだろうか?…もしそうなら、土星人はかわいそうだな!…感官多ければ、欲望多しだ。」
人間が現在のような人間であるのは偶然に過ぎず、なんの必然性もない(=神による「種」の創造の否定)ということが、これもぼんやりと述べられる。

ただしデカルトを批判する文章のなかで、ディドロは、生物は(デカルトの考えたような)単純な機械ではないとしており、生物と単なる物質の違いを率直に認めている。そこから転じてディドロが関心を集中させるのは、ではその違いはそもそも何に由来するかということであり、それゆえ彼は、生命(種)の発生、個々の生命の誕生、あるいは食物摂取という無機物が有機物に変化する瞬間にこだわる。その瞬間の解明こそが、生命とは何かという問題への解答につながると考えるからだ。
しかしこの問題に明確なこたえを与えることは容易ではない。この難問にこだわりながら、その変化を神に帰すのではなく、物質そのものの問題としてどこまで即自的に解明できるか追求したのが、この『ダランベールの夢』という作品といえるだろう。すなわち、この著作全体をつらぬく基本的態度は、自然界の外ではなく、自然そのものおよび物質(実体)のなかに自然を解明する原理が内包されているとするもので、それは、「神即実体即自然」を唱えたスピノザの態度を批判的に継承したものとすることも可能だろう。

(作品の最後で、医師ボルドゥの口を借りてディドロは同性愛を否定しているが、性行為のもつ生殖としての意味を重視するディドロからすれば、それはやむをえない結論であり、それだけをもってディドロを非難しようというつもりは、私にはまったくない。こうした点を問題とするならば、むしろ、彼が自慰行為を肯定している点を評価すべきであろう。為念。)

18世紀人からみたタヒチ人の嘆き

2008-03-08 00:55:47 | テクストの快楽
当ブログの記事「呑珠庵ーーサドとモーツァルトを結ぶもの」(2007年3月1日付)に対するいしやまてらみかさんの投稿を機に、『百科全書』の編集者として知られる18世紀フランスの哲学者ディドロ(1713-84)の著作『ブーガンヴィール旅行記補遺(ブーガンヴィル航海記補遺)』を読みかえしてみた。久しぶりに読んだこの『補遺』が刺激的でとてもおもしろかったので、以下に、その抜き書きを記しておく。なお、この著作が書かれた経緯については、いしやまてらみかさんへの私の返事をご参照いただきたい。また、ブーガンヴィル(ブーガンヴィール、1729-1811)とその旅行記については、ウィキペディアに要領のいい説明があるので、そちらをご参照いただきたい(抜き書きは、佐藤文樹氏の訳<『ディドロ著作集第一巻』法政大学出版局>による)。

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著作は、AとBという二人の男の会話からはじまる。最近ブーガンヴィールの旅行記を読んだところ非常におもしろかったというその会話は、この旅行記にはさらに『補遺』があるという展開になり、二人でいっしょにその『補遺』を読むという設定で、『ブーガンヴィール旅行記補遺』が紹介されていく。なお、ABの二人は、その後もたびたび『補遺』を読むことを中断して、それに対する意見などを交わすという構造になっている。

ではさっそく、作品中で紹介される『補遺』本文をみていくことにしよう。それはタヒチの老人の次のような嘆きではじまる。
「泣くがいい、情けないタヒチ人たちよ!泣くがいい。しかし、泣くのは、野心を隠した心のよこしまなヨーロッパ人の到着のときであるべきで、その出発のときであってはならないのだ。いつかおまえたちにも、ヨーロッパ人というものがもっとよくわかるだろう。いつか、この連中は、ここにいるものの帯につけている木片[船隊付司祭の帯に下げたキリスト十字架像のこと]を手にし、あちらこちらにいるものの脇にぶら下がっている鉄[腰にさげた剣のこと]をもう一方の手に持って、おまえたちを縛り、おまえたちの首をしめ、さもなければ、あの連中の途方もない習慣や悪徳に従わせようと、再びやってくるだろう。いつかおまえたちはこの連中と同じように堕落した、下劣な、さもしいものになって、あの連中に奉仕するようになることだろう。(中略)
 (ブーガンヴィールに向かって)山賊どもの首領よ!すみやかにこの岸から船を遠ざけるがいい。わしらタヒチ人は無垢だ、わしらは幸せだ、そして、おまえにできることといったら、わしらの幸福をそこなうことだけだ。わしらは自然の本能だけに従っている。それなのにおまえは、わしらの魂からその特徴を消し去ろうとした。ここでは、すべての物が万人のものだ。それをおまえは、わしらに、「おまえのもの」とか「おれのもの」とかいう何だか区別のはっきりしないことを教えこんだ。(中略)
 わしらは自由だ、それなのにおまえは、この土のなかに、わしらが将来奴隷となるという証書をこっそりと埋めた。おまえは神でもなければ、悪魔でもない。奴隷をつくろうとするとは、一体おまえは何者なんだ?この連中の言葉のわかるオルーよ!この金属の板に書かれていることを、わしに話してくれたが、それをみんなに伝えてくれ、<この国はわれらのものなり>と書かれていることを。この国がおまえのものだと?それは一体どうしてなのだ?おまえがこの国に足を踏み入れたからだというのか?もしいつの日か、タヒチ人がひとりおまえたちの国の岸に上陸して、おまえの国の石か、木の皮に<この国はタヒチの住民に所属するものなり>と彫ったとすると、おまえはどう思う?それは確かにタヒチ人よりもおまえのほうが強い。だが、それが何だというのだ?」

次にこの老人の言葉のなかに出てくるオルーがヨーロッパ人司祭に向かって言ったキリスト教や結婚制度に対する疑念が記される。
「わたしには、あなたが宗教と呼んでいるものがどんなものかわからない。しかし、わたしは宗教というものを悪く考えないわけにはいかない。それは、至高の主である自然がわれら人間すべてに勧めている罪のない楽しみを味わうことをあなたに禁じているからだ。(中略)
 実際、わたしたち人間のうちにある変化というものを禁止する教説ほどばかげたものはないと思わないか?不変性というわたしたちのなかには存在し得ないものを命じ、雄と雌との自由を、永久に両者に結びつけることによって、侵害する教説ほどばかげたものがあるだろうか?同じ個人にたいして、享楽の中でももっとも気まぐれな享楽を制限する貞節とか、つねに変化している大空の下で、いつ廃虚となってしまうかわからない洞窟の下で、いつかは崩れて粉となってしまう巌のもとで、枯れてひび割れてしまう木の陰で、あるいはたえず揺れ動く石の下で、たがいに交わす肉体をそなえた二つの存在の不変の誓いほど、ばかげたものがあるだろうか?」

また、オルーには近親相姦がなぜ罪とされるかわからず、司祭を問いつめる。
オルー「さあ、返事をしてくれ、「近親相姦」というのは、どういう意味なんだ?」
司祭「だが、「近親相姦」は…。」
オルー「「近親相姦」は?…。あなたの言う例の頭もなければ、手もなければ、道具ももたない偉大な創造者が世界をつくったのは、古いことか?」
司祭「いいや。」
オルー「その創造者は、全人類を同時につくったのか?」
司祭「いや、ちがう。はじめはただひとりの女とひとりの男をつくっただけだ。」
オルー「その二人には子どもがあったのか?」
司祭「もちろんだ。」
オルー「では、その最初の両親が、女の子だけしか持たないで、子どもたちの母がさきに死んだとしよう。あるいは男の子だけしかいないで、妻が夫をなくしたとしよう。」
司祭「困った質問をするね。だがいくら君が言っても無駄だよ。「近親相姦」は憎むべき罪だ。で、ほかのことを話することにしよう。」
オルー「冗談を言ってはいけない。」

最後に、二人の話ははじめの話題に戻って、修道士の禁欲生活が批判の対象となる。
オルー「あなたには、少なくとも自分が男でありながら、どういう理由で自ら進んで自分自身を男でないような羽目におちいらせたのかはわかっているはずだな?」
司祭「それを君に説明するとなると、それは長くなりすぎるし、むずかしすぎる。」
オルー「それで、修道士は、その生殖不能の誓いに忠実に従っているのか?」
司祭「いいや。」
オルー「わたしもそう思っていた。女の修道士もいるのか?」
司祭「いる。」
オルー「従順さは、男の修道士と同じくらいか?」
司祭「男よりももっと制限されている。女の修道士は、苦しみで干からび、悩んで死んでしまう。」
オルー「自然にたいする侮辱は、その復讐を受けるのだ。ああ、醜い国よ!あなたの国で、もしすべてがあなたが話してくれたように処理されているとしたら、あなたがたはわたしたちよりもずっと野蛮だ。」

ここまで『補遺』の原稿を読み終えたABの二人は、その感想を語る。
B「もし君が暴君になりたいと思うのなら、人間を文明に導きたまえ。できるだけ自然に反するモラルで人間を毒したまえ。あらゆる種類の手桎足桎をはめるがいい。人間の自然感情をたくさんの障害物で塞ぐがいい。人間をおびやかすような幻想を懐かせるがいい。心の中の内乱を永遠につづけさせるがいい。そして、自然の人間がいつも世俗的な人間の足下に鎖でつながれるようにしておくことだね。それとも君は、人間が幸福で自由なことを望むかい?それなら人間の問題に干渉してはいけない。思いがけない偶発事から人間を知識と堕落のほうへ追いやることがあるからね。そしてね、あの賢い立法者たちが現在のような君を作りあげ、こねあげたのは、君のためではなく、彼らのためであるとあくまでも信じていたまえ。ぼくのほうは、あらゆる政治制度、市民制度、宗教制度に従うことにする。君はそれらの制度を仔細に点検してみたまえ。そうすると、ぼくはひどいまちがいをしていることになるし、君はそこにひと握りの詐欺師どもが人類に課そうとたくらんだくびきに、何世紀にもわたって人類がつながれてきていることを見ることだろう。秩序立てようとする人物には警戒したまえ。秩序立てるということは、つねに他の人びとの自由を束縛することによって、他の人びとを支配することなのだ。」

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ちなみに、この『補遺』には、「倫理的観念を含まないある種の生理的行為に、倫理的観念を結びつけることの不都合なことについてのAとBとの対話」という副題がつけられている。キリスト教とそれに由来する性道徳、結婚制度に対するディドロの強い批判の一端は、以上の抜書きからもはっきり読み取れるだろう。

また個人的には、この著作の冒頭に記されているAとBの次のような会話も、明確な進化論が成立していない段階で進化論を予感させる疑問や発想がどのようにうまれてきたかを考えさせるという点で、非常に興味深かったことをつけくわえておく(この問題が、キリスト教批判の論拠のひとつとなっていることはいうまでもない)。
A「ブーガンヴィールは、大陸からおそろしく離れた島々に、ある種の動物の棲息していることをどう説明している?誰が、狼や狐や犬や鹿や蛇を、そこへ持っていったのだろう?」
B「彼は説明は何もしていない。事実を述べているだけだ。」
A「では、君は?君はそのことをどう説明する?」
B「ぼくらの地球の原初の歴史を知っているものがいるだろうか?現在孤立している地球上のどれほどの土地が、昔は、大陸と陸続きだったのだろう?何らかの推測の手がかりとなりそうな唯一の現象は、そういう島々を切り離している海の流れの方向だね。」
A「どうしてそうなんだい?」
B「地すべりの一般的法則によってさ。」

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なお、ブーガンブィルの『世界周航記』とディドロの『ブーガンヴィル航海記補遺』は、「世界周航記シリーズ」のなかの一巻として、岩波書店から一冊の本にまとめられて刊行されている↓。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/X/0088530.html