闇に響くノクターン

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歌舞伎『伽羅先代萩』を観る

2009-04-15 21:49:03 | 観劇記
昨晩の就寝が遅かったので、今日は9時過ぎに起き、10時に部屋を出て、歌舞伎鑑賞。演目は『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』。主要な出演者は坂東玉三郎(政岡)、片岡仁左衛門(八汐、細川勝元)、中村吉右衛門(仁木弾正)。江戸時代におこった伊達家のお家騒動にヒントを得て、時代を室町時代に移して、奥州足利家のお家騒動という設定で描いた時代物のドラマだ。タイトルの「先代」が「仙台」をほのめかし、これが仙台の伊達家の物語であることを暗示している。現在上演される『先代萩』の原型となった歌舞伎『伽羅先代萩』の初演は安永6年(1777年、タイトルは同じだがこれは現在の『先代萩』とは異なる作品)。実は先週末会ったロシア人のR君が歌舞伎を観たいというので勧めていたものだが、4月は彼の都合が悪いとのことで、今回は1人で観ることにしたもの。歌舞伎はかなり昔から観ているが、思い返してみると、『先代萩』はこれまで観た記憶がなく、私としても今回がはじめての鑑賞だ。

ということで、今日は、筋立てや作品全体の構造の把握が主の鑑賞となったが、結果からいうと、この作品、歌舞伎の名作としてたびたび上演されるものの、芝居としては構造が弱いとおもった。
ドラマは、奥州足利家の主君・頼兼が遊蕩にふけり政治をおろそかにしているので、幼い嫡男・鶴千代に跡目相続の期待がかかるのだが、足利家の執権・仁木弾正が鶴千代を殺して政治を我が物にしようと企み、乳人・政岡がそれを必死で阻止するというもの。これに弾正の妹・八汐がからみ、最後は細川勝元の裁きで弾正の悪事が露見し成敗される。
さてこのなかで、鶴千代を毒殺から守るため政岡が自分でご飯を炊いて食べさせる場面は「飯炊き(ままたき)」という有名な場面で、鑑賞の大きな眼目であるのだが、物語としては特に何も進行しないため、私の感覚からするとあまりにも長すぎる(ドラマそのもののおもしろさというより、ここはご飯を待つ子役のあどけないかわいさを見るべき場面なのであろう)。
続いて、弾正方の陰謀で政岡と鶴千代が窮地に陥ったとき、政岡の息子・千松が身替わりになり鶴千代を救うという場面も政岡の見せ所とされるが、この愁嘆場は、政岡と対峙する相手がいない一人舞台なので、ドラマの構造としてはやはり弱いとおもう。つまり、演じる側としてはここでたっぷりと自分の悲しみの演技を披露したいわけだが、観る側からすると、仮にこの場面がないとしても子供を失った政岡の苦しみはわかるわけで、ドラマ全体の進行からすると、この場面は冗長な気がする。もしこの場面がなければ、観客は子供を殺された政岡の苦しみを自分の中で象徴的にうけとめてふくらますことができるが、この場面があるために、政岡の苦しみは役者によって見せられただけのものになってしまうのである。
ちなみに私は、ここで、歌舞伎や人形浄瑠璃の作劇法があまりにも古すぎて冗長だといおうとしているのではない。たとえば『先代萩』より前につくられた近松門左衛門の心中ものは、ドラマの約束として心中の場面もみせるが、その死の瞬間、死の苦悶がドラマの中心となることはない。近松の心中ものの核心は、恋人たちが死を決意する心理的なプロセスにあって、このため今観ても新鮮だ(これに比べると、『先代萩』のドラマには結末しかない)。
さて続く問注所での裁判の場面(対決)は、証拠の吟味などの描写が今度はあまりにも理詰めに過ぎて、やはり心理的なドラマとしてのおもしろさを欠く。もしかするとこの場面では、裁判劇的なおもしろさを感じる人もいるかもしれないが、それにしては、前半の心的なものの比重が大きいドラマトゥルギーと重心があまりにも違いすぎるため、鑑賞態度の切り替えがうまくいかないのだ。
結局この芝居は、お家騒動や忠義といったものが身近に感じられた時代にはある種のリアリティーをもっておもしろく感じられた作品かもしれないが、現代的な感覚からすると自己投影が困難で、かなり難しい作品だとおもった。
そうしたなかで玉三郎の乳人・政岡は、過度な思い入れを排した演技で、それ自体は評価されるべきものだとおもうが、さらりとしすぎて上に書いたような作品の弱点が浮き彫りにされるといえなくもない。
それに比べると仁左衛門の敵役・八汐は出色のできで、ふだん立役(男役)しか演じない彼が、そうした役者のために書かれた憎々しい奥女中を楽しそうに演じていた。
吉右衛門の弾正は、私の席(三階)からは最初の花道すっぽん(床下の穴)からのせり上がりもよく見えず、そのまま問注所の場面に移るので、「らしさ」があまり感じられない。
仁左衛門が二役で演じる細川勝元(裁き役)は、理屈で裁判を進行するだけなので可もなく不可もなし(仁左衛門を襲名する前の孝夫のころの彼だったら、もっとさっそうとしてとおもう)。
ということで、今回の『先代萩』、私としてはかなり期待していたのだが、おもっていたほどの出来ではなかったようにおもう。

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歌舞伎の帰りに、築地に住む知人を訪問してしばし雑談して帰宅した。

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