映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

白石加代子「百物語」

2009年07月10日 | 舞台
白石加代子「百物語」

7月4日(土)、札幌の[かでる2・7]ホールにて。

白石加代子さんは舞台女優ですが、
これは1人語り(というよりは朗読なのですけれど)の舞台です。
「百物語」と題して、古今の怖い話、不思議な話を、
多少の演出をつけながら語っていきます。
現在は26夜まで進んでいますが、
この日は、特別編として、以前に人気のあった2作の上演でした。

高橋克彦「遠い記憶」と、宮部みゆき「小袖の手」です。
この「百物語」は札幌でも毎年上演されていて、
一度見たいと思っていたのです。
今回、どちらも私の好きな作家の作品ということで、初めて足を運びました。

聞きながら思い出したのですが、どちらも読んでいましたね。
でも、例によって細かなところまでは覚えていなかったので、
最後まで楽しめました。


「遠い記憶」
4歳の頃まで住んだ盛岡に初めて帰った作家の「私」。
取材旅行でしたが、
これまで何も覚えていないと思っていたはずが、
地元の風景などを見るうちに少しずつ当時の記憶がよみがえってくる。
・・・しかし、それは思い出すべきではない、封印された記憶だった・・・。
本当に、最後の最後が怖いです。
あまりの結末に、実際トリハダもの。

「小袖の手」
これはもともと、江戸のおかみさんの語りとしてかかれた本なんですね。
だから、1人語りにはぴったり。
ややユーモアを交えた語りながら、これも怖い。
ある古い着物にまつわる話ですが・・・。
人が着たものにはその人の思いが宿る・・・ということで、
取り扱いには要注意、ですよ。


思ったより、照明とか効果音で「これでもか」という怖がらせ方はしません。
あくまでも、「語り」で勝負。
うちの娘と一緒に行ったのですが、
「1人の人が本を読むだけって、眠くなるかと思ったら、全然眠くならなかった。
すごく集中して聞いた。」
と言っておりました。

ちょっと汗ばむくらいの日でしたが、
帰る頃には相当体温が下がってました・・・。
(それはエアコンの効きすぎ?)

・・・ということで、すっかり気に入ってしまったので、
また来年、ツアーで札幌に来ると思いますので、
ぜひまた行きたいと思います。

ゆれる 

2009年07月08日 | 映画(や行)
兄弟の間にかかる吊り橋は危うく揺れる

           * * * * * * * *

「ディア・ドクター」の西川美和監督作品。
順が逆になりましたが、気になってみてみました。


東京で写真家として気ままに暮らす猛(オダギリジョー)。
母親の一周忌で、久しぶりに帰郷しました。
実家はガソリンスタンドで、兄、稔(香川照之)が家業をついでいます。
翌日、猛と兄、そして幼馴染の智恵子は近くの渓谷に遊びに行くのですが、
智恵子が吊り橋から転落して・・・。

兄弟間の相克というのは、
カインとアベルの昔から、人類の永遠の課題の一つですね。
兄弟は人生最初に出会うライバルなのです。
稔はまじめで実直、世話好きで、人からの信頼が厚い。
世間からはそう思われているし、猛も、そう思って信頼していました。
一方猛は家を飛び出して好きなことをやっている。
父親はそんな猛を快く思っていないけれど、兄はわかってくれている、
猛はそう思っていたんですね。

しかし、人の本心というのはわからないものです。
そして、思わぬところでそれが現れてしまうことがある。
本人同士では決して語られるはずもない奥底の思いが、
この作品では裁判という公の形で、さらけ出されていくのがなんとも残酷です。

故郷から飛び出すことができない兄。
吊り橋を渡ることができない兄。
そんな兄の思いを弟は想像もしたことがなかった。

兄弟の絆、
すなわちこの映画で言う「吊り橋」は大いにゆれるのです。
ゆれて切れそうになる。
この橋は持ちこたえることができるのか・・・。


この作品では同じ関係を彼らの父と叔父という兄弟にも当てはめ、
二重構造をなしています。
いずれにしても、ここでも、嘘と誠、善意と悪意、
簡単には割り切れない人間の複雑な内面を描写しており、
そして、その答えをきっぱりと断言することをしない。
その答えは私たちにゆだねられているのです。
切なくもゆれる思いのこの二人に、
私たちは、自分の中のリアルな感情を重ね合わせずにはいられません。

二作をみて、私は西川美和監督作品にすっかり魅了されてしまいましたが、
どちらかといえば、こちらの方が好きかな?

2006年/日本/119分
監督・脚本:西川美和
出演:オダギリジョー、香川照之、伊武雅刀、新井浩文、真木よう子


ディア・ドクター

2009年07月07日 | 映画(た行)
ホンモノの魂を持つニセモノ

* * * * * * * *

山間の小さな村。
ずっと無医村だったところへ赴任してきた医師伊野は、
村人たちに全幅の信頼を寄せられるようになっていました。
ところがある日突然、彼が失踪。
道路わきに捨てられていた白衣。
ストーリーはこの2ヶ月ほど前にさかのぼります・・・。


実はこの伊野は、無免許医、ニセ医者だったんですね。
私は無免許医というと、
つい、ブラック・ジャックを思い出してしまうのですが・・・。
ブラック・ジャックの場合は、腕は超一流。
コミックの世界なら、紙切れ一枚の資格なんてなくても平気!
と言えるのですけれど。
現実ではそうは行きませんね。
まず、これは犯罪ですしね。


さて、この作品の伊野医師は、患者の話をきちんと聞いてくれるし、
優秀な看護師と運のよさ(?)にも支えられ、名医とまで言われている。
病院までこられない老人のところへは、往診もする。
熱心な伊野の姿勢をみるうちに、
ほとんどやる気のなかった研修医、相馬も次第に彼に感化されてくるのです。
彼は終盤では、伊野の中にむしろ「本物のあるべき医師」の姿を見出していました。
都会の流れ作業のような診察。
彼の父の金儲けに走る医療。
そういう実態を見てきているから・・・。

ホンモノとニセモノの差は、まさに免許や資格という紙切れ一枚の有無に過ぎないのですが。
でも、世間一般ではそれがすべてです。
現に、伊野がニセ医者とわかってしまえば、もう彼を名医だとは誰も言わない。
けれど、実は彼に信頼をおいていたことも全く否定はできないんですね。
騙されたと、彼を悪し様に言う人もいない。
伊野自身も実は始めは高額の報酬が目当てだったかもしれませんが、
次第に人助けが生きがいになっていたことも否めないでしょう。
医療知識を身に付けるために勉強も怠らない。


ホンモノとニセモノ。
善と悪。
人の心はこんな風に両極では語れないのですね。
だから映画も一つの結論を強いないし、
いろいろと見るものの想像を刺激します。
静かにストーリーは進行しますが、目が離せない。

鶴瓶さんの、人がよさそうだけどどこか胡散くさい感じ、ぴったりでした。
なぜ、彼があのタイミングで逃走を決めたのか。
それについてもいろいろと考えてしまうのです。
人の死に方に介入する重責。
・・・その嘘の重さに耐えられなくなったのでしょうね。
医師であるという最大の嘘には耐え抜いたのに。
このことは、多分、免許を持った本物の医師でも悩みますね。
・・・というよりは忙しくて、
1人1人のそんな気持ちに寄り添おうなどとも思わないのかもしれませんが。
まさにホンモノの医師の魂を持ったニセモノでした。

2009年/日本/127分
監督・脚本・原作:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、井川遥、香川照之、八千草薫




『ディア・ドクター』予告編



ボツ 2作

2009年07月05日 | 本(その他)
おススメでない本を紹介するのはおかしいのですが・・・。
おススメでない本の記事が意外に面白かったりして。
ボツ2作、UPしてしまいます。


「シャトゥーン ヒグマの森」 増田俊也 宝島社文庫

こんな本、読まなきゃ良かった・・・、そう思える本が時々あります。
残念ながらこの本も、その一つ・・・。

この作品は、第五回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞作品。
まあ、この時点で、若干警戒心は持ったのですけれど。
このミス大賞作品は、面白いのは確かですが、
アクが強くて辟易することも多いのです。

舞台が北海道の手塩研究林、などというところに興味を引かれ、
ついフラフラと手に取ってしまいました。
主人公はクマです。
・・・いえ、そうじゃないのですが、でも、クマです。
つまりこれは「ジョーズ」なのですね。
ジョーズならとりあえず海から離れれば襲ってこないです。
ところがこのヒグマは、車の中でも家の中でも、木の上でも
とにかく執拗に襲ってくる。
向き合ってもダメ、
死んだフリもダメ。
何がイヤかといえば、
生きたまま食われてしまうヒトのシーンがいくつもいくつも・・・。
描写が生々しすぎです。
具合悪くなります。
くれぐれも気の弱い方は、読みませんように。
それがありのままの自然なのかもしれませんが、
スプラッタは好きではありません・・・。

シャトゥーンというのは、冬ごもりしそこねて、
冬になっても外を出歩くクマのことだそうです。
なぜそうなるかというと、つまり、秋に食物が足りずに、
栄養を蓄えることができず、冬ごもりに失敗したということなのです。
この物語では、増えすぎたネズミを駆除するために撒いた殺鼠剤の影響で、
生態系が崩れた挙句の、
このクマの時ならない出現となったという設定。
このように現代的な自然環境破壊への警鐘も、
きちんと書かれているのですけれどね。
なにぶんにも刺激的過ぎます・・・。

この著者は、現在ノンフィクション分野で活躍しているそうで、
ああ、それなら良かった、と思います。
はっきり言って私はこの方の小説はもう読む気になれません。
ノンフィクションの方が多分力量を発揮できると思います。
こんな本を読んだ矢先、札幌の南区でクマ出没のニュースがありました。
我が家とは方向違いですが、
うちのほうも、時々出没する地域ではあるのです。
くわばら、くわばら・・・。
やはり、あまり山奥に踏み込むのは止めることにしよう・・・。

満足度★★☆☆☆・・・(いや、本当は★☆☆☆☆にしたいくらいですが、このミス大賞に若干敬意を表して・・・。)


シャトゥーン ヒグマの森 (宝島SUGOI文庫) (宝島社文庫)
増田 俊也
宝島社

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「エンド・ゲーム 常野物語」  恩田陸 集英社文庫

常野物語シリーズ、第3弾ということで、結構期待して読んだのですが・・・。

常野一族というのは、人を見通し、癒し、守る、特殊な力を持つ一族。
いつの頃からか、この日本にそういう人々がいて、ひそかに血をつないできた。
前2作では、そういう一族とごく普通の人々とのふれあいの中で生じる、
微妙な心の揺れ---共感であったり、また反感であったり、
そういう部分でロマンチックな語りとなっていたと思います。
一般の人とは異なった能力を持ってしまったが故の哀しみ、
そういうところに魅力を覚えました。

さて、この巻は・・・。
常野一族の末裔、拝島瑛子。
その娘時子。
失踪した父。
謎の人物火浦。
登場人物がすべてその一族か、ゆかりのある者なのです。
さかんに出てくる、「裏返す」や「洗濯する」という言葉。
完全に著者の空想の設定上の物語になってしまっていて、
よくわからない上に、
登場人物にひかれもしないし、
共感もできない、
という困った作品に思えました。

残念ですが、私的には×です。
多くを語ると余計ひどいことになりそうなので、ここまで。

満足度★★☆☆☆

エンド・ゲーム―常野物語 (集英社文庫)
恩田 陸
集英社

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いとこのビニー

2009年07月04日 | 映画(あ行)
いとこのビニー [DVD]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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本人にとって明白でも、証明するのは至難の業

* * * * * * * *

これは、コメディタッチの法廷劇ですが、
昨今問題の「冤罪」がテーマでもあり、
単純に笑ってもいられない、
そんなことを感じさせます。


大学生のビルとスタンは車で気軽な旅行中。
アラバマ州のとある町のコンビニに食糧を買うために入りました。
ビルは持ちきれない缶詰をポケットに入れ、つい精算し忘れて出てしまった。
そりゃ、万引きだよ。
車を出してから気づく二人。
するとなんと、パトカーが追いかけてくるではありませんか。
銃を向け、手を上げろという警官。
警察署に連行された二人の容疑はなんと殺人犯。
二人が立ち寄ったコンビニの店員が、殺されたというのです。
青ざめる二人。
ビルのいとこ、ビニーが弁護士だというので、さっそく呼び寄せました。
ところが彼は、やっと6週間前に6度目の司法試験に合格したばかり。
法廷に出た経験もありません。
さて、このたよりないビニーは
どのようにして二人の無実を証明するのでしょうか・・・。


田舎町の法廷です。
都会から来た若者に、ことさら周囲の目は厳しい。
二人がコンビニを出るのを見たという証言まである。
有罪となれば死刑・・・。

このようなときに、いつも感じるのですが、
本人にとっては実に明白なことなのに、
これをきちんと証明するのは、なんと難しいのでしょう。
このドラマを始めから見ていた私たちも、
そんなバカな・・・と、思うのですが、
いくら「私はやっていない。何かの間違いだ。」と叫んだとしても、
疑惑を晴らすことはできないのです。
裁判はくれぐれも先入観なしに、
冷静に事実だけを積み上げて行って欲しいものです。

しかし、その事実を見極めるはずの科学も、時にはミスをする・・。
(というよりはその科学がまだ未熟というべきなのかな。)
このようなことを私たちは肝に銘じなければなりませんね。
ビニーは始め法廷の決まり自体を飲み込めず、
また、元来格式ばったことが嫌いなので、
法廷侮辱罪で留置されたりするのですが、
しだいに本領を発揮していきます。

力になったのは、彼と同行した婚約者のリサ。
この二人の馴れ初めをそもそも疑ってしまいますが、
彼女は度派手な美女なんですね。
しかも、なぜか車のことに非常に詳しい。
彼女が重要なヒントを示しますよ。
現実では、こんなにうまい具合に解決の糸口は出てこないでしょうし、
本当に、冤罪というのは難しい。


ところで、ミステリマニアからすると、
まず二人からは硝煙反応が出ないでしょうし、
今時コンビニなら監視カメラがあるはず。
二人が現金を奪った形跡もないでしょうし・・・。
使用したと思われる銃も見つかっていない。
まあ、いくらなんでも、有罪にするには証拠不足。
・・・だと思います!

でも、ユーモアにくるめながらも、大事なことを言っている。よい作品でした。

1992年/アメリカ/119分
監督:ジョナサン・リン
出演:ジョー・ペシ、ラルフ・マッチオ、マリサ・トメイ、ミッチェル・フィットフィールド

「栄光なき凱旋 上」 真保裕一

2009年07月03日 | 本(その他)
栄光なき凱旋〈上〉 (文春文庫)
真保 裕一
文藝春秋

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この本は、上・中・下と3巻完結なのですが、
一ヶ月に一冊ずつの発売となっています。
まずは上巻を読みました。


1941年12月から物語はスタートします。
舞台はアメリカ。
日系二世の3人の青年の様子が交互に描かれます。
1941年12月。
ご存知と思いますが、真珠湾攻撃のあった時ですね。

当時、アメリカへ移住した日本人はすでにかなりいたのです。
彼らは日本においても食うや食わずの生活で、
何とか活路を見出そうと、アメリカに渡ってきた。
それは現在でもアメリカに押し寄せる各地からの移民の事情と同じです。
しかし当時の日本人は、一世についてはアメリカ国籍を持つことはできなかった。
アメリカで生まれた二世についてのみ、
アメリカ国籍を持つことができた、というわけです。
しかしまた、白人社会では
黒人に対するのとほとんど変らなく東洋人に対する差別もあった。
アメリカンドリームなどとは程遠く、
ここでもやはり食べるのがやっと、という状況。
それでも、持ち前の勤勉さで、
ようやくほんの少しゆとりのある生活といえるところまで
こぎつけることができた・・・。
まずそれが背景。


ところがそんな状況で、日米が開戦。
たちまち、アメリカ人たちの態度が硬化してしまうのです。
なにしろ、いきなりだまし討ちのように
真珠湾に攻撃を仕掛けてきた日本という国に対して、
強烈な敵意を抱くのは当然ですね。
当然その敵意はアメリカ国内にいる日本人により直接的に向かってきます。
いきなり勤め先でクビを宣告されたり、
スパイ容疑でつかまったり。

更には、当時日本はアジアの国々へも進出しており
同じくアメリカにいる、中国人や東南アジアの人々からの敵意をも
あびることになります。
挙句には、日本人すべて強制収容所に押し込められてしまう。
つまりようやく手に入れたささやかな住まいも放棄せざるを得ない。

特に悲劇的なのは2世達。
彼らはアメリカ生まれのアメリカ育ち。
名前すらヘンリーであったり、マットであったり。
自らは当然自分をアメリカ人だと思っているし、
事実、国籍もアメリカ人。
極力アメリカに溶け込むように努力した家族の中では、
日本語もうまく話すことができない彼ら。
その彼らが、日系人であるというだけで、いわれのない敵意を浴び、
かすかにあった将来への道も閉ざされてしまう。

もし、日本軍がアメリカ本土まで攻め込んできたとしたら、
自分たちはどうするのか・・・。
自分はアメリカ人として日本人に銃を向けることができるのか。
しかし、日本人としてアメリカ人と戦うこともできるわけがない。
引き裂かれる思い。

こんな中で、日系二世、ジロー、ヘンリー、マットという三人の
それぞれの選択した道が描かれていきます。

彼らのおかれた状況についてはかなり緻密に描写されており、
その時代色がとてもリアルに感じられます。
戦争がいやおうなく人々の生活を混乱に巻き込んでいく、重厚なストーリー。
しかし、そこがやはり真保裕一で、
ある一つの「事件」が、また更なる悲劇を呼びそうな雰囲気なのですね。
ミステリ性・エンタテイメント性もやはりあるので、
ぐいぐいと興味をひきつけつつ、物語は進んでいくのです。
一冊のボリュームも500ページと、結構あるのですが、
月一冊ですから、期待感が薄れないうちにどんどん読めてしまいそうです。

この上巻では三人の若者が、
ようやくそれぞれの進むべき方向を見出し始めるところまでとなっています。

次巻のときにもう少し詳しく、それぞれの道の紹介をすることにしましょう。

満足度★★★★☆


「f植物園の巣穴」梨木香歩

2009年07月02日 | 本(その他)
f植物園の巣穴
梨木 香歩
朝日新聞出版

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梨木香歩さんの新作です。

帯の紹介文から-------------------
植物園の園丁は、椋(むく)の木の巣穴に落ちた。
前世は犬だった歯科医の家内、
ナマズ神主、
烏帽子を被った鯉、
幼きころ漢籍を習った儒者、
アイルランドの治水神・・・・・・・・。
動植物や地理を豊かにえがき、
埋もれた記憶を掘り起こす会心の異界譚。

----------------------------------

主人公は植物園に勤務する私、佐田豊彦。
この紹介文でもわかるように、かなり幻想的なストーリーです。
本人も、どこからが現実でどこからが夢なのか、よくわかっていない。
単純に表面上をなぞっても、興味深いストーリーなのですが、
さて、これをどう捉えればよいのか・・・・、ちょっと戸惑います。

そんなときに思い出すべきなのは、
梨木さんの物語のキーワード、「ぐるりのこと」。
つまり、自己と他者の境界のこと。
といっても、そう難しいことではないですね。
常にヒトは、自分から「外」の世界を見ている。
だから、万物が「外」にあるのだけれど、
私たちの心は、その「外」の世界をも、
自分の「内」に取り込むことができるのです。

この主人公「私」は、はじめ、かなり強いバリアで自分を囲っているようです。
その彼がまずすることは歯科医へ行くこと。
ここは大事なんですね。
歯医者では嫌でも大口を開けて、
他者に内面をさらけ出さなければなりません。
物語の冒頭で、彼が無防備に大口を開けることで、
彼の境界に亀裂が入ったのです。
そこからさまざまな事象が内側に入り込んでゆく。

なかでも、子どもの姿になってしまった「私」が、
「カエル小僧」に出会い、
行動をともにするあたりが、なんともいえず悲しく懐かしい情感が漂います。
これには、最後に種明かしがきちんとあって、
この幻想ともつかない物語にしっかりした骨格を与えています。

自分自身と等身大の境界しか持たなかった「私」の境界が
どんどん広がっていくような気がします。
自然の万物、周りの人々・・・。

覚醒した私に起こった変化は、結構劇的ですよ。
この不思議な物語を、どうぞゆったりとお楽しみください。

満足度★★★★☆