映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「f植物園の巣穴」梨木香歩

2009年07月02日 | 本(その他)
f植物園の巣穴
梨木 香歩
朝日新聞出版

このアイテムの詳細を見る


 
梨木香歩さんの新作です。

帯の紹介文から-------------------
植物園の園丁は、椋(むく)の木の巣穴に落ちた。
前世は犬だった歯科医の家内、
ナマズ神主、
烏帽子を被った鯉、
幼きころ漢籍を習った儒者、
アイルランドの治水神・・・・・・・・。
動植物や地理を豊かにえがき、
埋もれた記憶を掘り起こす会心の異界譚。

----------------------------------

主人公は植物園に勤務する私、佐田豊彦。
この紹介文でもわかるように、かなり幻想的なストーリーです。
本人も、どこからが現実でどこからが夢なのか、よくわかっていない。
単純に表面上をなぞっても、興味深いストーリーなのですが、
さて、これをどう捉えればよいのか・・・・、ちょっと戸惑います。

そんなときに思い出すべきなのは、
梨木さんの物語のキーワード、「ぐるりのこと」。
つまり、自己と他者の境界のこと。
といっても、そう難しいことではないですね。
常にヒトは、自分から「外」の世界を見ている。
だから、万物が「外」にあるのだけれど、
私たちの心は、その「外」の世界をも、
自分の「内」に取り込むことができるのです。

この主人公「私」は、はじめ、かなり強いバリアで自分を囲っているようです。
その彼がまずすることは歯科医へ行くこと。
ここは大事なんですね。
歯医者では嫌でも大口を開けて、
他者に内面をさらけ出さなければなりません。
物語の冒頭で、彼が無防備に大口を開けることで、
彼の境界に亀裂が入ったのです。
そこからさまざまな事象が内側に入り込んでゆく。

なかでも、子どもの姿になってしまった「私」が、
「カエル小僧」に出会い、
行動をともにするあたりが、なんともいえず悲しく懐かしい情感が漂います。
これには、最後に種明かしがきちんとあって、
この幻想ともつかない物語にしっかりした骨格を与えています。

自分自身と等身大の境界しか持たなかった「私」の境界が
どんどん広がっていくような気がします。
自然の万物、周りの人々・・・。

覚醒した私に起こった変化は、結構劇的ですよ。
この不思議な物語を、どうぞゆったりとお楽しみください。

満足度★★★★☆