映画と本の『たんぽぽ館』

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「黄金列車」佐藤亜紀

2020年07月15日 | 本(その他)

憎むべき任務の中で・・・

 

 

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ハンガリー王国大蔵省の役人のバログは、敵軍迫る首都から国有財産の退避を命じられ、
政府がユダヤ人から没収した財産を積んだ「黄金列車」の運行にかかわることになる。

バログは財宝を狙う有象無象を相手に、文官の論理と交渉術を持って渡り合っていくが、
一方で、ユダヤ人の財産である物品は彼を過去の思い出へといざなう。
かつて友誼を結んだユダヤ人の友人たち、妻との出会い、
輝くような青春の思い出と、徐々に迫ってくる戦争の影――。

ヨーロッパを疾駆する機関車のなか、現在と過去を行き来しながらバログはある決意を固める。

実在した「黄金列車」の詳細な資料を元に物語を飛翔させる、佐藤亜紀の新たな代表作!

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「スウィングしなけりゃ意味がない」で、見事に異国の混乱期を描き出した佐藤亜紀さん。
それはドイツが舞台でしたが、本作はハンガリー、
しかも主人公はお役人の中年おじさん・・・というなんとも地味な設定。
しかし題材は実際にあったという、ユダヤ人から没収した財産を積んだ「黄金列車」。
なんとも興味をそそられます。

作品は、財宝を積み込んだ列車がハンガリーからオーストリア方面へ向かうところから始まります。
主人公バログは荷物や人員配置、列車の運行状況などを管理する裏方。
もちろん、これらユダヤ人の財産没収などに関わっているはずもない。
しかし、彼及びこの任務に当たった他の官僚たちも、
この荷物がどういった忌まわしい方法で集められたかは理解しているのです。
でも今はひたすら、「荷物」を損なわず指示通りに運ぶことのみをやり遂げようと
自分を納得させています。


おりしもヨーロッパは、ドイツ軍が敗退をはじめ、ロシア軍と米軍がそれぞれに進出してきているところ。
ハンガリーはドイツと同盟を結んでいたはずが、いつの間にか政治もドイツに牛耳られ、
実質ドイツの統治下となっていました。
それ故に、やはり反ユダヤ主義を取らざるを得なくなっていたのです。

そんなハンガリーも今や指揮系統は乱れ、この任務中にも、
なんとかこのお宝を自らの手中にしようとする
上官やらならず者やら有象無象の連中が現れては、彼らを悩まします。
しかし文官である彼らは決してドンパチでそれを解決したりはしません。
規則を縦にとって、なんとかのらりくらりとやり過ごします。
賄賂を取ろうとするものからも、しっかり領収書を取っておく。
多少は必要経費と割り切ることも知恵のうち。

 

こんな殺伐とした日々の中で、バログはときおり回想するのです。
親友のヴァイスラーのこと。
そしてその妻と自分自身、自身の妻、4人の懐かしく穏やかな日々・・・。
そしてそれがどのように壊されていったのか・・・!

 

ヴァイスラーは祖母がユダヤ人というだけのことでした。
裕福でも気取らず、自由闊達で実に気のいい人物。
しかしそれでも、ユダヤ人とみなされた彼の人生は激変します。

でもそれは、ユダヤ人ではないバログにとっても同じ事。
かけがえのない人々を失われ、これまでの人生を失ったにも等しい・・・。
そんなバログの心中が次第にくっきりと浮かび上がってきます。

こんな時代を切り取った著者の手腕には脱帽。
この表紙のイラストがまた、実に雰囲気が出ていていい。

 

図書館蔵書にて

「黄金列車」佐藤亜紀 角川書店

満足度★★★★★

 



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