その土地と人々の歴史散策
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30年ぶりにアメリカから帰国し、武蔵野の一角・うらはぐさ地区の伯父の家に
ひとり住むことになった大学教員の沙希。
そこで出会ったのは、伯父の友人で庭仕事に詳しい秋葉原さんをはじめとする、
一風変わった多様な人々だった。
コロナ下で紡がれる人と人とのゆるやかなつながり、
町なかの四季やおいしいごはんを瑞々しく描く物語。
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さすが中島京子さん、ベテラン、安定の面白さ。
大学教員、紗希は、30年ぶりにアメリカから帰国し、
武蔵野の一角・うらはぐさ地区の伯父の家に住むことになりました。
伯父は高齢で施設に入所し、その一軒屋は空き家となっていたのです。
伯父の家に来たのは子どもの頃に数度だけなのですが、
大学時代にこの付近に住んでいたこともあり、
紗希にはなじみのある土地。
そこで紗希は、伯父の友人で庭仕事に詳しい秋葉原さんなど
いろいろな人たちと出会い親しくなっていきます。
そんな中で、この地域の知られざる歴史に触れることになる。
今は暗渠になってしまった川。
梅林・・・。
そのような地形的なことから、戦時中に飛行場ができて、そこから特攻隊が飛び立った、
というような戦争の記憶までも。
そして又この地域のというよりも個人的なことではあるけれど、
本人から語られることもなかった戦争の記憶が呼び起こされるのが又、
物語に深みを与えています。
私の一番心に残ったエピソードは「狼男と冬の庭」の章。
いつも庭の手入れに来てくれる秋葉原さんの、亡きお父さんのこと。
満月の夜になると人がかわったようになって、表情をかえ、大声を上げていたという・・・。
普段からアルコール依存症ではあった、というその人。
単に変人かと思っていたけれど、秋葉原さんは後になって気づいたというのです。
それは父親が日本兵だったPTSDの症状なのでは?と。
今でこそ、兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のことは広く知られ、
社会問題として取り上げられたりもしますが、
敗戦後の日本では単に「戦争神経症」と呼ばれ、むしろ隠されていたのです。
秋葉原さんは、父親から戦争の話は何一つ聞いたことがないというのです。
おとうさんは戦場で一体何をみてどんな経験をしたのか・・・。
話すこともできず、ただ自分でため込んでいた・・・。
そうしたことが、「狼男」につながっていたのではないか。
昭和のお父さんの良くある「像」として、いつもお酒を飲んでいて激昂しやすく、
時にはちゃぶ台をひっくり返したりする、というのがありますね。
こういうのも実は日本兵としてのPTSDだったのではないか。
なんかちょっと、心が震える話です。
そしてまた、ここの商店街に再開発の波。
有史以前からあるこの土地に、人々が住んで、その有様は常に変化していきます。
変わっていくのは当たり前のこと。
だから再開発に目くじらを立てるのも少し違うのかもしれない。
それでも、なじみのある商店街や街並みが変わっていくことにはさみしさも覚えてしまう。
いろいろな人々がかかわって、多くの人が納得いくような変わり方をしていけばいいな・・・と、
うらはぐさ地区の過去、現在、未来を見させていただきました。
<図書館蔵書にて>
「うらはぐさ風土記」中島京子 集英社
満足度★★★★★
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